大きな貯金箱
魔法少女になってからは、お金というものについてほとんど考える事がなくなった。
正確には、家賃や税金、その他諸々の生きていく為の経費として必要にはなる為、本当に頭から抜け落とすわけにいかない。それでも一般的に必要だと言われている生活費よりかはよっぽど低く、また、本当に必要であれば、怪物の討伐報酬としてもきゅが渡してきた現金を使う事も出来るし、まだまだ取り寄せてくる事も可能なようなので、実際に金欠という状況に陥ったことはない。最悪の場合はエンプレスやサファイアに言えば、連盟や委員会から、いままでの報酬も渡して貰えるようだし、目に見えてはいないが、僕の財産は使い切ることができないくらいには貯まっているだろう。
しかし、だ。それでも世間体というものがある。
阿呆みたいに散財すれば目をつけられるのは当然の事、そうでなくとも、あの人は働いていないのにどこからかお金が湧いてくる、なんて噂が立てば、明らかに怪しい人物としてリストアップされるのは目に見えている。
それに、誰かから貰ったお金を使うということはそこから足が付く可能性もある。
仮にエンプレスやサファイアがあくどい性格をしているならば、現金を渡した後にそれを使用した場所を特定する事で、僕の正体を探ることだってできるだろう。サファイアはそんな真似は絶対にしないと言い切れるし、エンプレスは意地悪なとこがあるが、流石にそこまでの事はしないだろうと信じている。必要に駆られた場合は断言できないが、それ以上考えるのは彼女にも失礼だろう。
要するに何が言いたいかというと、魔法少女ブラックローズとしてのヒーロー生活とローズという人間の生活は、出来る限り分けた方がいいという事だ。いくらお金に困る事がないからといって、稼いでいるのはあくまでブラックローズ。そこから多少使用する事はあっても、限度を決めないといつかは破綻してしまう。
だからこそカモフラージュの意味も込めて、僕はコンビニのアルバイトという仕事を続けている訳だ。労働時間は減り続けているが、それでも労働者だ。
それと僕は一応クォーツの友人という特殊な立場にあるので、委員会の人に住所バレもしていれば、場合によっては訪ねてくることもあるだろう。魔法少女を利用する為に拉致等の前例があるせいで、保護という名目で監視が付く可能性だってある。
もしその人たちが僕の事を見ていたならば、バイトの時以外はロクに外出もしない引きこもり野郎として、悪い意味で認知されていそうだ。野郎ではないが。
それらの心配事をクリアする為にも、僕は行かねばいけないところがある。
そう、銀行だ。
「アルバイトして稼いだお金に一切手を付けてないなんて、怪しいにも程があるからね。それに、流石にアルバイト時にしか出掛けないのも不自然で不健康だろうし、丁度いい機会でしょ。」
毛皮のコートと柔らかいストールに身を包み、久々の寒気に身体を震わせながら、ここらへんで一番大きな銀行へと向かう。ローズの姿で、かつ、アルバイト以外の用事で出掛けたのは、ひと月前に新しい服や化粧品を見に行った時くらいだ。
外は雪こそ降っていないものの、杪秋と言っても問題ないくらいには気温が低く、ところどころ霜や氷が張っており、これからの季節を予感させるには十分な景色になっている。
「最近はブラックローズとして変身している時間の方が多い気がするっきゅ。魔法力の無駄遣いっきゅ」
「だってそっちのほうが楽なんだもの。動きやすいし気温も気にならないし、いくら食べても太らないしお肌はすべすべだし。合理的でしょ?」
魔法の利便性に胡坐をかいている気がするが、使えるものはやはり使うのが一番だ。勿論、手間暇かけるのも人生のスパイスなので、状況によりけりだが。
こうしてわざわざ歩いて目的地に向かっているのも、楽をするだけが楽しい事ではないと理解しているからだ。
「どの口が不健康なんて言葉を言ってるっきゅ・・・。ローズは女の敵っきゅ」
「何言ってるのさ。僕はヒーローの味方が第一位で、その次はか弱いものの味方だよ。敵な訳ないじゃないか」
「女がか弱い物と決まってるわけじゃないっきゅ。特に、ローズの周りは」
「そうだね。僕の周りは強い女の子ばっかだね」
諦めない意思を見せ続ける子に、沢山の責任を背負っている子。魔法少女達は、みんな強い子ばかりだ。
「まぁ、力だけなら僕が一番強いんだけどね!」
「何を張り合ってるっきゅ・・・」
「いや、僕にだっていいところはあるんだよってアピールしないとさ」
「心配しなくても、もきゅはちゃんとわかってるっきゅ」
「そうだよね!うんうん」
久々の明るい時間での外出に気分も高揚し、銀行へ行った後ついでにどこかへ出掛けようかと思いながら、意気揚々と道なりに進む。
「で、もきゅ。これはどういう状況だと思う?」
「見たまんまだと思うっきゅ。人間はこんな所でもお祭りをする生き物という事っきゅ」
「どう考えても祭りじゃないと思うんだけど」
「分かってるっきゅ。皮肉で言ってるっきゅ」
家から歩いて30分程。外の景色ともきゅとの会話を楽しみながらのんびりと散歩していた訳なのだが、目的地である銀行前は騒然としており、何やら警察車両等が複数台止まっているのが見えた。立ち入り禁止の看板とテープで建物を囲んでおり、ただ事ではない。
明らかに異常事態であり、もしや『ワンダラー』の出現かと一瞬思ったものの、マジフォンには何かの異常があった憶えもなく、ともすれば、他に思いつくものはない。
「銀行強盗って奴?本当にそんなことする人達いるんだ・・・」
「いるからこそ、そういう単語が存在してるっきゅ」
「そりゃそうだ」
妖精から日本語について諭されてしまったが、まぁ、言語というのは物事が先にあるという成り立ちが、どこも同じくあるということなのだろう。勿論例外はあるだろうが。
それは置いておいて、何が起きているのは正確な所は分からないが、向かう先でこんなトラブルが起きていてはお金を下ろすどころの話ではない。予想通りに銀行強盗がいるのならば、新たな人質として檻の中へ飛び込む事になるだろう。
別の場所を探すか、首を突っ込むか、どうすべきか頭を悩ませていると、もきゅがこちらを見上げて同じように疑問を投げかけてくる。
「それで、どうするっきゅ?魔法少女ブラックローズ」
「改まってなんだい?妖精のもきゅ。もしかして、僕がこのまま見なかったことにするとも思ってるのかい?」
「半分半分で思ってるっきゅ。人同士の争いごとなんて、どう見てもローズの嫌いな面倒そのものっきゅ」
「まぁ、そうだね。とはいえ、このまま何もしないっていうのも後味が悪いよ。何も手出ししなかった結果死者がでました、なんてことになったら、今日の夕飯は美味しく食べられないだろうし。取り合えず、僕の力が必要か様子見だけしよっか。魔法を使えば気づかれることはないし、何もなければ杞憂で済むし」
「なんだかんだ言いながら手を出すのもローズっぽいっきゅ。正解はもう半分のほうだったっきゅ」
「ヒーローだからね」
軽口を叩き合いながら、もきゅを抱えて近場の適当な建物の影へと移動する。周囲に人気がないかをしっかりと確認し、正義を胸にポーズを決める。
「変身」
軽快にそのワードを呟けば、慣れ親しんだ衣装に瞬時に包まれる。
寒さは消し飛び、極限まで研ぎ澄まされた感覚は『ワンダラー』とはまた違った漂う悪意を銀行の中から感じ取る。
「それじゃ、こっそりと近づいてみよっか」
「見物で終わらないと断言するっきゅ」
袖口からカードを取り出して魔法の言葉を発し、建物の中へと侵入する。
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