混沌とした情勢
「『ワンダラー』の討伐だけでなく、そんなことまで、影で色々とやっていたんですね」
「そうなのよ。だけどこの子、ゴーストって名前が恥ずかしいみたい。せっかく私達が考えて付けてあげたのにねー」
「もういいじゃんかその話は・・・。もっと建設的な話しようよ・・・」
サファイアにバレてしまっては仕方がないので、今までどんなことをしてきたか渋々説明したのだが、エンプレスが面白がって補足をするせいで話が長引く。
ようやく解放される頃には散々揶揄われた後であり、変な疲労が肩にのしかかってきた。
「サファイア。悪いんだけど、この魔石をクォーツに渡してくれないかな。僕が直接渡すとボロがでちゃいそうだし」
メープルからぱくった、もとい学んだ、アイテムボックスと呼ばれる謎空間へと仕舞っていた大きな魔石を取り出してサファイアの前に置く。普通の魔石よりも輝いているそれは、真化した『ワンダラー』が落としたものであり、要するに、本来ならばクォーツが手に入れるはずだったものだ。
「そういったものは本人が直接渡した方が良いとは思いますが・・・。先程の話をクォーツに知らせる訳にはいきませんか。致し方ありませんね。私の方でうまく誤魔化しておきます」
「助かるよ」
「しかし、あまりその力は使わない方がよろしいかと思います。思わぬ弊害も出ているようですし、そのうち大きなボロが出ますよ?」
「分かってるよ。最近は使わないようにしてたんだけど、昨日の事はあくまで僕が直接関わっちゃったからやむなく使っただけ。正直もうボロが出すぎてるくらいだから、無暗矢鱈と使う気はないよ。迷惑かけちゃってごめんね」
「いえ。この程度の迷惑ならば、いくらでも掛けて頂いて構いません。きちんと本人に渡るように手配します」
このまま渡す機会を失ってしまうのではと心配になってしまったので、サファイアが快諾してくれたおかげでようやく胸のつっかえが取れる。
「その魔石は貴女が討伐したものでもあるでしょ?いいの?丸々全部渡しちゃって」
「全然問題ないよ。前にも言ったけど僕はお金に困ってないし、僕よりも他の子達が使った方が活用できるでしょ?それと・・・」
魔石を取り出した謎空間から、同じようにコンビニの袋を取り出す。物を沢山詰め込んでいる為パンパンになっており、どこにでもあるような普遍的なデザインはこの場にはそぐわないものだが、取り合えずエンプレスの目の前へと置く。
ゴトリという鈍い音がする袋に、その中身に何が入っているのかとエンプレスが顔を顰めるが、きっと彼女なら活用してくれることだろう。
「エンプレスにもこっちを渡しておくよ。僕には無用の長物だから」
「渡しておくって・・・。なに・・・これ、全部魔石?嘘でしょ・・・。いったい何体の『ワンダラー』を討伐したのよ・・・」
袋の中身を見たエンプレスは少々引き攣った笑みを見せながらこちらへと問いかけてくる。
「さぁ?途中からは数えてなかったから分かんない。今まで僕が倒してきた分だけど、正直このまま持ち続けても意味がないし、君がうまく使ってくれれば嬉しいな」
「そう・・・。いえ、とてもありがたいことだわ。これだけあれば、戦う意思はあっても力のない子達への助けにもなるもの。本当に感謝するわ」
「うむうむ。存分に感謝してくれたまえ」
エンプレスからの本気のお礼に気分がとても良くなる。ヒーローをしているという実感をひしひしと感じることの出来る瞬間だ。
それに僕の渡した魔石によって新たな魔法少女が参入してくれば、それは僕にとっては利点しかない。
新たなヒーローの活躍が見れるのは勿論の事、その子達の助けになれたという事実は、僕の虚栄心を満たしてくれる事だろう。
学校ではこうだとか、そろそろ期末テストがあるだとか、二人がそういった話をする度に自分はこうだったなと思い出しながら、ヒーローとしてではなく、普通の学生と変わらないような他愛もない話で交流し続けて数時間程。
そろそろいい時間なのでお暇しましょうかとなり始めた時、待ったを掛けるようにエンプレスが手のひらを前に出す。
「楽しいお茶会の最後にお仕事の話を持ち込むのは無粋だと思うけど、まぁさっきから結局離れられてないし、今更よね。丁度いいから今の情勢と連盟の方針を伝えておくわ。ブラックローズ、貴女にも関係する大事な話だから、しっかり聞いておきなさい」
「どうしてそう前置きで不穏な空気を出すかなぁー・・・」
「この方が身が引き締まっていいでしょう?」
絶対に揶揄い混じりで言っているだけだが、そんなことはおくびにも出さず話を続ける。
「『ワンダラー』の出現地域がどんどん日本に偏ってるって話は知っているかしら?」
「そりゃまぁ。ニュースでも大雑把な『ワンダラー』の分布図は報道されるし、サファイアからも聞いてるから、それなりには」
「そうよね。その出現地域なんだけど、少し前からとうとう日本にしか現れなくなったそうよ」
「えぇ・・・。物凄く重大な話だねそれは・・・」
「だって大事な話って言ったもの」
「そりゃそうだけどさ・・・」
鳩が豆鉄砲とはこのことだろうか。突然爆弾を目の前に渡されても、思考が一旦フリーズするという事がよく分かる。
ということは、これからもっとヒーロー稼業が忙しくなるということだ。いやー困っちゃうなー。
「一応はまだ非公開情報だからオフレコでお願いね。委員会の方でもパニックを起こさないようにか情報は隠蔽気味だし、全ての『ワンダラー』の出現情報を把握しきれている訳じゃないから確定とは言えないけど、まぁ大差はないわ。とにかく、懸念していた事態が現実になった感じね」
「日本だけに『ワンダラー』が集中する。法則も原因も不明で、こちらも出現したら倒すくらいの対処法しかできてません」
「それに、真化したと思われる『ワンダラー』の情報も少しずつ頻度が上がってきてるわ。一体なにが起こってるのでしょうね・・・」
僕としてはヒーローの活躍の場が広がるのだから負の感情よりも嬉しさの方が勝る事態なのだが、流石にそうも言ってられないだろう。
「それで、ここからは大人達の利権の話なんだけど。魔石なんて未知で有益な資源が日本に集中すると分かったら、他の国がどうするかは分かるかしら?」
「どうするかって・・・え、なに?こんな非常時に利権の奪い合いでもしてる訳?」
「日本にしか『ワンダラー』が現れなくなれば、当然その魔石を入手する機会があるのは日本だけよね。それに、他国の魔法少女達はもしもの時の防波堤としての役割以外にすることがなくなるわ。だから表面上は『魔法少女をお貸出しします。お手伝いしますよ』という建前の元、『でも委員会の指揮下には入りません。利益を分けてください』というスタンスで交渉が続けられてるわ」
「いつの世も変わらないねー」
国の進歩、発展はそういった所から始まるのだろう。しかし、タヌキの化かし合いに進んで参加したいとは思わないし、それだけならばあまり僕とは関りはなさそうなものだが。
「当然そんな事を委員会が認める訳にはいかないからどんどんとやり取りが激化している訳なんだけど、更に問題が起きてね・・・」
「まだこれ以上あるの?」
「えぇ、問題は山積みよ。私達連盟が魔法少女の亡命を手助けしているって話はしたと思うけど、それを悪用するような形で自国の魔法少女を日本へ送り込もうとする国まで現れる始末でね。実際に『逃げ出した』といって送り込まれた子もいるみたいなんだけど、その魔法少女が勝手にやっている事だと言い切るし、もうてんやわんやよ。嘘を言っている訳じゃないけどホントの事も言ってなさそうだから、多分魔法少女が自主的に動くように正義感を煽られて誘導された結果だと推測できるけど、もう私の頭はパンクしちゃいそうよ」
お菓子でお腹を満たしたところに爆弾を落とされて、もうお腹いっぱいだっていうのに、更なる爆発物を送り込まれたような状況に、これ以上は胃もたれをおこしてしまいそうだ。
げんなりした気分に追い打ちをかけるかのように、エンプレスは更に言葉を重ねる。
「前にも言ったと思うけど、私の魔法があれば、契約書への記載をしてない不審な人物はすぐに把握できるわ。当然、記載をしていても不審な行動をしていれば変わらず、ね。だから、ここに訪れた事のある人間の事は大体把握出来る訳。だけど、ゲートを超えられてしまえばそれまで。そこから先はそれぞれの国が対処すべき事柄になってしまうわ。私は前々から注意すべき人物について委員会にも忠告をしておいたのだけど、貴女達の国はどうやら長い物には巻かれるか、責任を負うのが嫌で見て見ぬ振りをする方が多いみたいね。せっかく警告しても、無駄にしかならなかったわ」
「謙遜と協調性と、事なかれ主義が美徳の国だからね」
「過ぎたるは及ばざるが如し、よ。まぁそう言う事だから、きっとこれから貴女達の国は野良の魔法少女が増えると思うわ。本人が利用されていると自覚していない、どこかの国の首輪の付いた、ね。そうなれば当然、これからどんどん野良の魔法少女への当たりは強くなると予想されるわ。委員会としても無視する事はできない事案になるでしょうね」
要するに、だ。ここまで長々と彼女が話をしてくれたのは、野良の魔法少女である僕にもそういった被害や目が向けられるという事を伝えてくれているのだろう。決して、こんな面倒な話の捌け口に使われている訳ではないはずだ。
「貴女もどこかの国の魔法少女じゃないかなんて言われてるのだけど、そこのところどうなのかしら?」
「そんなわけないじゃんか。僕は誰の指示も受けないし、誰かの思想に利用されるような人間じゃないよ」
「えぇ、そうでしょうね。時期もおかしければ、魔石をこんな簡単に渡すような子が、どこかのエージェントなんてあり得るはずがないもの。私だったらすぐクビにするわ」
「手厳しいね」
「まぁどこかの国に所属しているとは思わないけど、それと同じように、貴女がたった一人で動いているとは思わないけどね」
エンプレスがこちらを見透かすような透き通った目を鋭く細め、何やら思わせぶりな発言をする。
ゴーストの話が出た時、どうにか誤魔化すために電話をするといってもきゅと相談していたが、きっとそのことを言っているのだろう。
思わずちらっともきゅの方へ視線を向けてしまうが、当の本人は未だにお菓子に夢中になっている。それでいいのか妖精。
じーっと見つめ続けられて数秒。僕が答えを何も返さないと理解してくれたサファイアが話を戻してくれる。
「だからこそ、どこかの国から送り込まれた訳でもなく、かといって委員会にも所属している訳でもない貴女は異質なんです。委員会では普通の魔法少女とは違う貴女を、もしかしたら人間じゃないのではないか、とか、妖精ではないか、なんて言われています」
「極端だなー・・・。まぁ、妖精くらい可愛い事は自覚してるけどね」
「ふふ。えぇ、妖精の様に可愛らしいですよ」
「はぁ・・・全くこの二人は・・・。まぁそれくらい、今の魔法少女の情勢は混沌としているという事よ。理解しておきなさい」
なんだかんだいいながらもこういった混沌とした情報に触れ続け、それでも先頭に立ち続けているのは、流石は組織のトップ二人といったところだろう。恐ろしく多大な責任と重圧が降りかかっているだろうに、それでも前を進み続けているのは持ち前の正義心の為せる業だろうか。僕だったらすぐに投げ出してそうだ。
「現時点での連盟と委員会に所属している子達のリストと、そこに乗っていない野良の魔法少女だと思われる子達のリスト渡しておくわ」
エンプレスが冊子としてまとめられている書類と、それとは別の薄っぺらい紙を渡してくる。これもきっと、何かしらの魔法が掛けられているのだろう。
「これを見れば、相手が野良の子かどうかが分かるはずよ。もし野良の子達を見掛けたら、それとなくでいいからなんとかしてくれると助かるわ」
「いや、なんとかってなにさ・・・」
「なんとかはなんとかよ。ガーネットやメープルの時だってなんとかしてくれたのでしょう?そこらへんは任せるわ」
「・・・君も結構ずぼらなとこがあるよね」
「信頼の証だと思ってちょうだい。貴女は自由に動くのを良しとしているみたいだし、それでうまくもいっている。気負い過ぎて欲しくはないけど、貴女ならなんとかしてくれるんじゃないかって思っちゃうのよ」
かなり投げやりでいい加減な依頼をされたのだが、信頼の証だと言われてしまえば悪い気分ではない。それを裏切ってしまわないかの不安はどうしても付きまとうが、こういわれて奮起しないのは、ヒーロー心が廃るというものだ。
しかし、それ以上に問題がある。
「そうはいっても、他国の魔法少女もいるかもって事は、使ってる言語だって違うでしょ。日本語しかできないよ、僕」
「・・・・・・あのねぇ。じゃあなんで私とこうして会話出来てると思ってるのよ。魔法少女の言葉は誰にだって伝わるし、どの言葉でも理解できるわよ。じゃないと、私が連盟の代表として様々な人達と話すのに、不便ったらないわ」
全然気が付かなかった。明らかに西洋風の見た目をしたメイちゃんだって変身してなくても日本語を話していたし、最近の外国人さんは勉強熱心だなぁとしか思わなかった。
しかし、全ての言語を理解して話すことが出来るのか。
「それじゃ、通訳とかのお仕事とか引っ張りだこになりそうだね」
「・・・えぇそうね。貴女ってほんと何処か抜けてるわよね・・・」
「そこが彼女の可愛らしいところでもあるでしょう」
「貴女はブラックローズといると人が変わるわね・・・。良い事なのか悪い事なのか・・・」
何故か呆れられてしまったが、実際の所大事な問題だと思う。
ヒーロー活動を諦めてしまった子達の就職先としても候補にあがるし、逆に、そういった子達が現れた時に現在職に就いている人達からの反応がどうなるかというものだってある。
魔法少女がヒーロー以外になる選択肢だって、十分に残されているのだから。
「そういえばブラックローズ。ガーネット達とお泊り会をされたと聞きました。私もそういった事が出来る日を楽しみにしています」
「えっ、あっ・・・え。それはたまたまというか無理矢理というか、不可抗力だよ」
「あら、私だけ除け者かしら?私も興味があるから、その時がきたら仲間外れにしないでよね?」
「あー・・・まぁ、そのうち、機会があったらね。そのうち」
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