女三人寄らば
「ちょっと!私をのけ者にして二人だけで盛り上がらないでよ!」
一人すまし顔で我関せずと紅茶を飲んでいたエンプレスだったが、僕とサファイアの話が終わらない事に痺れを切らしたのか、眉を吊り上げて乱入してくる。先程までは良いところのお嬢様の様に綺麗な仕草で佇んでいたはずなのに、今は見る影もない。
「主催者をほったらかしにするなんて、客人としてのマナーがなってないんじゃない?」
「自分が標的にならないようにと傍観者に徹していたのは君自身だろ?自業自得じゃないかな」
「人を揶揄っているからそうなるんですよ。人を呪わば穴二つです」
「貴女達ねぇ・・・」
腕を組みながらむくれたように頬を膨らませ、自身の正当性を主張していたが、僕とサファイアが同じように指摘すると、味方をしてくれる人はいないと悟ってあえなく撃沈する。彷徨わせた視線をチョコレートケーキへと向けた彼女は、八つ当たりをするかのようにフォークを差し込み口へと運ぶ。
「ちょっと前まではあれだけ初々しい感じだったのに、いつの間にそんなに仲良くなったのやら・・・。わざわざ仲を取り持ったのは失敗だったかしら」
「その節はどうも。君のお陰で、まぁ、そこそこの関係が築けていると思うよ」
サファイアとこうして面と向かって話せているのは、目の前にいるエンプレスのお陰である事は間違いない。そうでなければ、今になってもサファイアを苦手とし、逃げ続けていただろうという想像は簡単に出来てしまう。
「私としては現状に満足はせず、もっと良好な関係を築ければ良いと考えていますが、如何でしょうか?」
「如何でしょうって言われても、僕には答えかねるよ。そもそも、もっと良好な関係っていうのがどんなことを指すのか分からないし、僕にとっては今が精一杯だよ」
「一人で行動している貴女らしいわね。あんまり私が言えた事ではないかもしれないけど」
「人間関係は複雑すぎて苦手なんだよ。相手を思いやったりするのは大事な事だろうけど、それが正解か不正解かなんて結果を見ないと分からないじゃないか。それに、他人の意見にあまり左右されたくないから、必然的に一人でいる方が楽だし」
魔法少女になってからはもきゅという例外的な存在がいるものの、それまでは基本的に一人でいる事の方が多かったのだ。それに、僕と魔法少女達では世代も性別も違うので、常識からして違うだろう。こうやって交流しているだけでもマシになったと言える。
「筋金入りねーこれは・・・。野良の魔法少女でいる理由がなんとなく分かるわ」
「だから、仲がいい子達がどんなことをしてるかって、あんまり分かんないんだ」
こう言っておけば、今の子達が普段どんなことをしているか理解していなくても深く突っ込まれることはないだろう。我ながら名案だ。
「そうですね。例えば」
サファイアは少し思考するように手に持つフォークを弄ぶと、目の前に置かれたショートケーキを少し切り取り、そのまま僕の前まで運んでくる。そしてその状態のまま、笑顔でこちらを見つめてくる。
なんのつもりだろうか。いや、なんとなく分かるのだが、分からない。
「はい。あーんしてください」
「・・・またそうやって子ども扱いする」
「仲の良い子達はみんなやっていることですよ。おかしなことではありません」
「本当かな・・・」
予想違わぬ状況となり、思わず目を細めてサファイアを見返したが、崩れぬ笑顔で返されてはそれ以上追求することは出来ない。
まぁなんだかんだで頂きはする。甘いものを目の前にぶら下げられたら、食いつかずにはいられない性分なのだ。それに、サファイアが嘘をつくことはないだろうから、こういうことは普通にあることだし、断るほうがおかしいのだろう。
サファイアのされるがままにケーキをおいしく頂いていたのだが、気づけばエンプレスまで無言でフォークにショートケーキの欠片を突き刺し、僕の目の前に差し出すように待機している。お前もかブルータス。
「構って欲しいなら素直に言えばいいのに」
「誰が構ってちゃんよ!いいじゃない、私にだって癒しは欲しいのよ」
「癒しって・・・二人共こういうのは楽しいのかい?」
「はい。妹が出来たみたいでとても」
「えぇ。前からペットを飼ってみたかったのよ」
「えー・・・」
想像していた回答とは違うベクトルの発言が飛び出てきたせいで、思わず口がへの字に曲がる。
人の事を愛玩動物扱いするエンプレスは、かなり疲れているのではないかと心配になるくらい精神状態に不安があるが、妹扱いするサファイアも大概だと思う。どうして僕の周りには、こうもお姉さんぶりたい人達が集まるのだろうか。
しばらくはこうして、2人が僕にお菓子を与えるという、よく分からない状況が続いた。
両人ともケーキ一つを丸々食べさせて満足したのか、使っていたフォークをそれぞれ机に置く。与えられた分だけ食べてしまったが、僕はまだまだ食べられるぞ。
「そういえば、ブラックローズ。貴女に聞いておかないといけないことがありました」
「ん?なんだい?秘密以外の事なら大体答えてあげるよ?」
ゆったりとして落ち着いた時間が流れていく中、紅茶を飲んで一息ついたサファイアが改まるようにこちらへと視線を寄越し、何やら質問を投げかけてくる。真面目な表情でわざわざ前置きをされると、何を言われるのか恐ろしいものがある。
「そうですね。もしかしたら、貴女の隠している事に関わるかもしれません」
「それは恐ろしいね。それで、何が聞きたいんだい?」
「はい。先日、貴女が真化した『ワンダラー』の討伐をしたと、ニュースなどを通じて聞き及びました。その後のやり取りについても」
「うん。その話はさっきエンプレスともしてたよ」
「その話に関連しての話なのですが・・・。クォーツに話を聞いたところ、あの場には彼女も戦闘に参加しており、貴女と共に真化した『ワンダラー』の討伐に成功したとの事でした。しかしながら、クォーツがその場にいたという事実が確認できませんでした。ニュースでもクォーツの事に触れられませんでしたし、委員会でも、です。ですので、貴女にも確認しておこうと思いまして」
「あー・・・」
それはそうだろう。なぜなら、クォーツがその場にいたという情報は消してしまったからだ。本当なら別段消す必要性もなかったのだが、ああして悪意に塗れた人やカメラに囲まれた状況を残しておくのもどうかとも感じ、そして僕がかなり場を荒らしてしまったという事もあり、矛先が彼女に向けられることを恐れて削除に至った。
張本人であるクォーツは覚えたままであるが、この状況で、僕だけ記憶しているというのもおかしな話だろう。ここは誤魔化してしまおう。
「僕も記憶にないかなぁ」
「そう、ですか・・・」
「力になれなくてごめんね」
サファイアはそれを聞くと目を伏せて何か考え出し、ゴーストの正体を知っているエンプレスは僕の方をニヤニヤとしながら見てくる。『どうせ貴女がやったのでしょう?』と目線で訴えかけてくるが、バレるのでこちらを見ないで欲しい。僕は清廉潔白な美少女だ。
「そうなると、困ったことになってしまいました」
「記憶や記録がなくなるなんて、恐ろしいよね」
「勿論それもあります。しかしそれ以上に、クォーツが嘘を言っているとは思わないのですが、それを証明する手立てがない以上彼女の働きはなかった事になってしまいます。当然、その分のお給金も支払われる事もありませんので、彼女にはタダ働きをさせてしまった事になります」
「・・・・・・・・・」
「それは大変よねー。真化した『ワンダラー』の討伐なんて偉業と呼ばれておかしくないくらいの大きな出来事なのに。それに、そこから出た魔石も相当な値打ち物でしょうし、魔法少女としての力を高める為の一助を担ってくれるものとなったでしょうに。あぁ、貴女が一人占めしようとしてるなんて思ってるわけじゃないから勘違いしないでね?」
「エンプレス。その言い方はブラックローズに失礼ですよ」
「・・・・・・・・・・・・」
冷や汗が全身の至る所を伝う。
あまり不用意に使うべき魔法ではないと理解はしていたが、そういった影響を全然考えてなかった。組織に所属している魔法少女達にとっては『ワンダラー』の討伐記録というのは大事な物だろう。やはり浅い考えで突発的に使用するべきではなかった。
それに、いざこざがあったせいで魔石を渡すのを忘れていたのも失敗だ。魔石なんて使い道のないもの、僕が持っていたって宝の持ち腐れなのだから。
サファイアは心底困った表情で、エンプレスはどこか楽しそうな表情で話を続けているが、きっと僕の表情は強張っている事だろう。このまま黙っていたら心労で倒れてしまいそうだ。それに、流石にこれを隠し通すのは協力をしてくれたクォーツに対して義理の欠ける行いだろう。
乾いた口内を潤すように唾を嚥下しつつ少しずつ顔をほぐすように口を開き、恐る恐ると言葉を発する。
「あ、あの・・・。僕が、やりました・・・」
喉奥から吐き出すように言葉を絞り出す。まるで何かの罪を告白するかのような心境に、どんどんと胃が絞めつけられる思いだ。罰を下されるのを待つ罪人の如く首が重力に従いどんどんと沈んでいき、視界には自身の影を落としたテーブルクロスだけが映る。
そんな深くお辞儀をしたような体勢になった僕の頭に、二人分の手が乗せられ、そのまま撫でられる。
顔を上げると、秘密を知っているエンプレスの表情には当然驚きはないが、サファイアも何処か納得するかのように頷いていた。
「疑った事はありますが、まさか本当に、貴女がゴーストだなんて」
「よく言えました。偉いわよー」
「エンプレス。まさかと思いますが、貴女も共犯ですか?」
「ちょっと、人聞きが悪いわね。ただ秘密を共有する仲ってだけよ」
「どうでしょうか。貴女なら喜々として協力していそうですが」
「信用ないわねー」
どうやら危機は去ったらしい。
緊張が抜けたせいで力がうまく入らない腕を机に置いて、一旦心を落ち着ける。未だに漫才染みた事を続けている二人を横目に、大きく息を吐いて胸を撫でおろし、完全に乾ききった喉を潤す為にカップの中の紅茶を一気に飲み干す。
『抜けてるローズの事だから、遅かれ早かれいつかはこうなると思ったっきゅ』
「うっさい・・・」
先程からバレないようにとこっそりとお菓子を拝借していたもきゅからは中々な評価を頂いた。
君のその行動も大概だろうが。
ブックマーク、評価。モチベになります、感謝します