共通の友人
サブタイ考えるのが面倒になってきた
「お味はどうかしら?」
「とっても美味しいよ。三食これでもいいくらいだね」
「おいしそうに食べてくれて何よりだけど、偏食はあまりよろしくないわよ」
エンプレスから非常に正論を叩きこまれるが、普段からアイスやお菓子ばかりを食べている僕にそれをいっても今更でしかない。
「それにしても、貴女はいつも話題に事欠かないわね。今朝のニュース見たわよ?」
「むー・・・ん?僕の格好良い姿が映ってたかい?」
エンプレスに勧められるまま、今日の為にと用意してくれたバターの香るクッキーと甘さ控えめでお菓子との相性の良い紅茶を堪能し、手作りでこのレベルの物が作れるなんて侮れないと筆舌に尽くし難く唸っていると、彼女から今朝のニュースについての話題を振られる。
僕としては、一番の目玉であるはずの戦闘シーンが流れていた訳ではない上に、思想のぶつかり合いなんて面倒事の方が盛り上がりを見せていたので、あまり積極的に振り返りたいものではない。自分が火種であるというのは承知の上だが。
「えぇ、とっても勇ましい姿が映っていたわよ。大人達を相手にあそこまで大きく言える子はまずいないわね」
エンプレスは目を細め両手を組んでそこに顎先を乗せ、にんまりとした笑顔でまるで揶揄う様に返答する。
「別に大口を叩いてたわけじゃないよ?あくまで僕の考えを伝えただけだし」
「分かってるわよ。単純に、貴女みたいな考えの子がもう少し増えてくれたら、私の仕事も楽になるんだけどって思ってしまってね」
「僕みたいな考えの子が沢山いるなんてゾっとするね。こんな自分勝手なヒーロー、沢山いたら収拾がつかないよ」
「本人がそういう事を言うのかしら・・・」
「僕は自分の本質を理解しているからね」
僕のヒーロー業は仕事でやっている訳ではなく趣味みたいなものだが、全員がそんなことをしてしまえば世間一般からすれば困った事になってしまうだろう。気分で出動する警察や消防が当たり前になってしまった場合どうなってしまうのかなんて、誰だって想像がつく。
「君達みたいに真面目な子には悪いけど、ニュースでも言った通り僕の掲げる正義は自分本位なものだからね。他人よりも自分の身が可愛い。気分で助けるかどうか決める。そんな子ばかりじゃ、きっと世界を救う事なんてできないよ」
「そう言いながらも、『ワンダラー』を倒した数は貴女が一番多いだろうって聞いてるわ。それも圧倒的に。貴女がいい加減な人なら、そんな事できるはずがないわ」
「人より強い力をたまたま手に入れただけだよ。でも、それだけだ。いくら力は強くても、全てを救えるような正義の味方になることは諦めてるんだから」
しっとりとした食感のショコラケーキをフォークで突き刺し口に含み、その甘さと苦みを紅茶で流し込む。
彼女から向けられる視線や言葉は、中々に僕の心を乱してくれる。
「自分本位な正義なんて自称する割には、貴女でもそんな高すぎる理想を考えるのね」
「考えるだけだよ。理想は理想でしかないから、考えはするけど実践なんてとてもできないし、切り捨てる時はそうする。失望するかい?」
思わず問いかけてしまう。
理想と現実の比較など何度も自問自答した事であり、悩みはするもののある程度の割り切りはしている。
だが、こうして交流のある子に否定をされてしまったらどうしようという不安も生まれてしまった。誰かと関わるという事は、こうした悩みを抱えてしまう事でもあるだろう。あまりよろしくない傾向だ。
しかし、そんな僕の杞憂とは裏腹に、エンプレスは首を左右へ振り笑みを崩さずに言葉を繋げる。
「全然。それくらいの考えの方がいいわよ。魔法少女は滅私奉公を美学とする子が多すぎるもの。そんなことばっかりしてたら、いくら超人とはいえ身体がいくつあっても足りないのにね」
「それは君も含めてでしょ?連盟のトップなんて面倒ごとの塊みたいな肩書じゃないか。君はしっかり休めてるのかい?こうやって話す相手にすら困ってるように思えたけど?」
「耳が痛いわね・・・。でも、私よりもっと酷い仕事中毒者が近くにいるんだもの。そっちと比較してしまえば、可愛い物だと思うわよ?」
青色のグラスを指さしながら微笑むエンプレスが誰の事を言っているのか大体予想はつく。というより、共通の知り合いで仕事中毒者など一人しか思いつかないので、必然的に誰なのかは絞り込めるとも言えるが。
二人でその「誰かさん」の働きすぎについてしばらく盛り上がっていると、知っている気配と共に背後の扉がノックされる。エンプレスが返事をすると同時に開かれた音がするので、背もたれから首だけを傾けると、上下が反転した視界には予想通り、いつものように眉をひそめているサファイアの姿が映り込む。
噂をすればなんとやらというやつだろうか。
「少々遅れてしまいました、が。二人して楽しそうですね?扉の前でも聞こえてましたが、一体誰の事で盛り上がっているのです?」
「わざわざそう聞いてくるって事は、自分に向けられている言葉だって理解してるのでしょう?分からないなら言ってあげるけど、貴女の事よ、サファイア」
「そんなことだろうとは思っていました。私が近くまで来てたのに気づいていたはずなのに話を続けるなんて、相変わらず人を揶揄うのがお好きなようですね」
「貴女といいブラックローズといい、揶揄い甲斐があるのが悪いのよ」
「ああ言えばこう言ってまったく・・・。はぁ・・・」
サファイアは慣れた様子で、テーブルに備えられている最後の空いた椅子へと着席し、深いため息をつく。この二人はいつもこんなやり取りをしているのだろうか。
少し二人の関係性について視線を彷徨わせていると、サファイアがこちらへと視線を寄越す。脚を揃えてかしこまったように向き直ったサファイアは、凝り固まった眉を少しだけ和らげ、座高の高さを同じくらいまで下げ揃える。
「こんにちは、ブラックローズ。久しぶりですね。最後に会ったのは同じこの部屋だったと記憶していますが、今日まで元気にしていましたか?」
「やぁ、サファイア。君もお呼ばれしてたんだね。まぁ、可もなく不可もなく、程々くらいかな。君のほうは元気にしてたかい?君は働きすぎるきらいがあるようだし、色々と大変そうだけど」
「お恥ずかしい限りです。ですが、きちんと休みも頂いてますので大丈夫ですよ。前みたいな失態は犯しません」
先ほどサファイアの話題を話している時にエンプレスが取り出してきた新聞や雑誌を机に広げる。どれも少々の違いはあれど、そこには魔法少女の話題が大きく書かれていると同時に、サファイアの、柳梓という少女の事が書かれている。
『魔法少女は自分のような何の変哲もない一般人である』
魔法少女という存在の正体を正しく世に知らしめ、間違った方向へと世間が向かないようにと修正する。その為の役割として彼女が矢面に立った結果、こうして様々な媒体に記録される事となっている。
「これなんて、まるでアイドルみたいな扱いだね」
雑誌の見開きの折りたたまれたページを展開すると、カメラ目線で笑顔のサファイアが映し出された写真が大きく開かれる。表面は魔法少女サファイアとしての姿で、裏面は普通の少女の柳梓としての姿で印刷されており、撮られ慣れてないせいか、少し困り眉になっているのはご愛敬だろう。
本人にそれを渡してあげると、顔を段々と紅潮させていく。その原因となった本は丁寧に折り畳まれ、そのまま近くの棚上へと置かれてしまう。
「本当に、穴があったら入りたいくらいお恥ずかしい限りです・・・。どうです、ブラックローズ。貴女も一緒に広報活動を行いませんか?一人より二人の方が心強いですし、効率もよいと思うですが」
「確かに僕は君達ともっと協力しようとも考えているけど、でも悪いけど、こういうのは遠慮するよ。第一僕は世間一般的には正体不明の魔法少女なんだから、こういうのに顔出しする訳ないじゃないか」
「残念です。一緒に写真でもどうかと思ったのですが・・・。そうですよね、貴女はこういったものはお嫌いですよね・・・」
「いや、別に写真くらいなら普通に撮ればいいじゃんか」
「そう・・・ですか!それでは、この後一緒に撮りましょう。えぇ、是非とも」
両手を掴まれ、まるで小指を結んで約束をするが如く優しく握られる。その表情は普段の難しそうなものと違い、嬉しそうにしている少女そのものだ。
写真を撮ることの何処に琴線に触れる要素があるのかは分からないが、まぁ喜んでいるならいいだろう。
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