歩み続ける人々
書きたい話はあるものの、構成をうまく作り切れない現状
「ただいまー」
「ローズ遅いっきゅ!いったい何処をほっつき歩いていたっきゅ!?心配したっきゅ!」
「いや、ごめんごめん。色々と用事が増えちゃってさ」
人気のない場所でポータブルゲートを開き、図書館への帰宅を一気に済ませた瞬間、目の前に飛び込んできたのは勢いよくぶつかってくるもきゅの姿だった。胸の中に一気に収まり、そのまんじゅうのように丸い身体をすりすりと押し付けてくる姿は、ペットがいたらきっとこんな感じなのだろうという想像を掻き立てさせる。
普段よりも激しいスキンシップにくすぐったさを覚えるが、一日離れていただけでこんな状態になってしまうなんて依存度がかなり上がっている気がする。まぁ、ヒーローになってからというものいままで四六時中常に隣にいたこともあり、その反動とも言えそうだが。
「それにしても、心配してくれてたんだ?」
「当たり前っきゅ!もきゅとローズはもう家族っきゅ!家族なら、心配はするものっきゅ!」
「そっか・・・。うん、そうだよね。家族なら、心配するものだよね」
顔を覗き込んで揶揄うようにもきゅへと尋ねたつもりだったのだが、思わぬカウンターを喰らってしまった。今まで家族から心配をされるということからは無縁に等しい人生を送ってきたのだが、こうあるのが一般的なのかもしれない。
「心配かけてごめんね。次からは、お互いに連絡を取れる魔法でも作ろっか」
「っきゅ。パソコンから携帯に連絡を取れるようにもしておくっきゅ。でも、一人でいるのはもうこりごりだから、もっと一緒にいることにするっきゅ」
そう言いながら僕の胸中を独占するまんじゅうは、かなり甘えん坊な一面も持っている。
先程、お互いを思い合う家族を見てきたということもあり、なんとなく嬉しい気持ちになってきたので、そのまま抱え込んだ状態で談話スペースにあるソファまで移動する。そして、お互いが今日一日あった事を談笑混じりに交換しあう。
「委員会のお手伝いをしてきたっきゅ?ローズにしては意外っきゅ」
「成り行きでそうなっちゃっただけだよ。お願いされたら断り切れなくって」
「良い事だと思うっきゅ。この調子でローズはもっと他の魔法少女達と交流してもいいと思うっきゅ」
「そうはいってもなぁ・・・」
人間関係ほど難解で、複雑で、恐ろしいものはない。
一歩間違えば関係性は一瞬で崩壊し、その先に残るのは敵意か無関心だろう。特に、僕自身にコミュニケーション能力に問題があるのは自覚しているので、どうしても深く踏み込むことを躊躇してしまう。
それに、自分が彼女達のような子供とは違う、異物のような存在であるという差異も邪魔をしている。どう取り繕うとも、元男であることや成人済みであることは、中々受け入れられるものではないだろう。
ローズとしての情報を公開できるような関係ならまだしも、偽り続けなければいけないブラックローズとしては、委員会の子達とどう接すればいいのか、いまだに雲を掴むように手探りの状態だ。
「まぁ、分かってるよ。僕としても、もっと彼女達と協力してもいいのかなって思い始めてきてるし・・・」
「ほんとっきゅ?その心境の変化は、どういう風の吹き回しっきゅ?」
「言い方が悪いなぁ・・・。単純に、僕がしてきたことはその子達のヒーロー成り得るに足るものだと確信が持てたからだよ。それに不特定多数を救うよりも、身近な人を救う方が僕には向いてると思ったしね」
未だにどういった行動指針を取るかという部分では迷ってるとこもあるが、沢山の魔法少女達に感謝を貰った今日、それだけで満足している自分がいるのも確かである。
「理由はどうあれ、安心したっきゅ。このまま孤独のヒーローを貫くつもりかと思ったっきゅ」
「いや、協力っていっても、あんまり表立ってはするつもりはないよ?あくまで野良の魔法少女が勝手に助けるようなものなんだから」
「コミュ障も極まればこんな風になるっきゅか・・・。ひねくれてて素直じゃないし、わざわざ面倒な方向に進んでるっきゅ」
「うるさいなぁ」
今更生き方を変えることなんて簡単にできるはずがないのだから、仕方ないことだろう。
二十何年で形成された人生観など、子供達のように柔軟な対応ができるものではない。
「それで、もきゅの方はどうなの?エンプレスから貰った資料を見てたみたいだけど」
お気に入りのアイスを取り出して2人?で食べながら、机の上へと広がる紙束へと目を向ける。
今時紙の資料なんてアナログだなぁなんて感想も抱いたのだが、エンプレスの魔法を掛けるのには紙が一番都合がいいらしく、当然この紙束にも魔法が掛かっている。僕以外には読む事ができないようになっており、一定の時期がくれば自動的に消滅する、そんな魔法を掛けたらしい。
まぁ、もきゅが読めるようにする為にちょこっとだけ改変させて貰ったが。
僕はまだ目を通していない為、どんなことが書かれているのか詳しい事は分かっていないのだが、魔法の研究結果や『ワンダラー』の特性や悪意に関してなど、取り合えず僕に公開しても問題ないレベルの物を作って貰った。
「色々と新しい事が分かったっきゅ。妖精と人間はやっぱり違うから、色んな研究結果が見れるのは面白かったっきゅ」
「楽しんでいたならいいんだけどさ。何がわかったのさ」
僕としては、これだけびっしり書かれた文字列など頭が痛くなってしまうので、よっぽど興味を惹かれるようなものではない限り読み込みたいとは思わないのだが、研究畑のもきゅからすれば、久々に自身の本領にありつけたのが嬉しいようだ。
魔石の運用や魔法の解析などが人間界ではどの程度進んでいるか、資料から読み取れるものに主観を交えて解説してくれるのだが。
「難しい事言われても、さっぱり分かんないよ」
「説明しがいがないっきゅ・・・。要するに、魔石からエネルギーを取り出す研究は少しだけ進んでるみたいっきゅ。でも、魔法に繋がるような研究はまだまだ先が長そうってことっきゅ」
「ふーん。魔石が活用できるようになるだけ、進歩したってことなのかな?」
「電気や石油に代わるエネルギーの目途がついたってことだから、大きな進歩と言っても過言じゃないっきゅ。もしかしたら、魔石の需要が高まる可能性もあるっきゅ」
「研究所の人間っておじさんも魔石を欲しがってたみたいだし、そういった関連なのかなぁ・・・」
メープルから教えてもらった魔法であるアイテムボックスもどきから魔石を取り出して手のひらに転がす。
『ワンダラー』を倒す度に一応は懐へと仕舞っているのだが、使い道がなさすぎてタンスの肥やしのような状態になっている。マジフォンに入れる必要はないし、売るにしてもお金も必要としていない上に、魔石を魔法力へと変える外付け機関みたいな役割にできる資料も図書館にあったのだが、僕にとっては需要がまったくない。
いっそのこと、全部魔法少女達に上げてくればよかった。
「魔法関連で分かったことはそれくらいだけど、悪意に関しても色んな事が判明しているみたいっきゅ。こっちに関してはもきゅも初めて知る事ばかりだったから、色々と勉強になったっきゅ」
「もきゅ達って悪意を食事としてて、その悪意をエネルギーとして使ってるんでしょ?それなのに、知らないことばかりなの?」
なんだか意外だ。妖精達の性格からすれば、とことんまで研究していそうなものだが。
「もちろん、妖精達にとっての研究は終わる事はないにしても、簡単に追いつかれるようなものでもないっきゅ。ただ、悪意が人間に与える影響は表面的なものしか知らなかったし、もきゅ達にとっては、悪意は悪影響のあるものじゃないから、そういった意味では新鮮味があって面白かったっきゅ」
「なるほどね。それで、どんなことが書かれてたの?」
「また難しい話をするとローズの頭だとちんぷんかんぷんになると思うから、簡単な話だけにするっきゅ。悪意に影響を受けた人間は気分が悪くなったり、意識を失ったりするって話は元々してたと思うっきゅ」
「そうだね。そういった人たちも、何人も見てきてるしね」
直接的に死に繋がらないものの、最悪の場合後遺症が残ったり、他の病気と合わさって間接的な死に繋がる場合もあるという事は知っている。
「それで、悪意の塊である『ワンダラー』に直接触れた場合は、精神に大きく影響が出る事が分かってきてるっきゅ」
「小鳥遊ちゃんもそんな事言ってたね」
『ワンダラー』に触れてしまったその時から、自分の中に別の自分が現れ、そして自身の全てを否定してくるのだと言っていた。
今はその悪意による影響から抜け出すことは出来たようだが、一時期はそのせいで、魔法少女としての活動を出来なかったくらいだ。
「っきゅ。小さい子供が『ワンダラー』に触れてしまうと、人格にまで影響を与える可能性があることが分かったみたいっきゅ。逆に大人の場合は感情の制御がうまくいかなくなったり、自身の欲望が増幅されて、それに従って行動するようになったりするみたいっきゅ。ローズにも覚えがあるっきゅ?」
「あの研究所のおじさんの事?確かにまともな行動とは思えなかったけど、そういうことだったのか」
魔石欲しさに喚き散らすなどとまともな大人のやる事ではないと思っていたが、そう言う事であるのならば納得だ。
きっと、その時にいた『ワンダラー』のせいで欲望が止められなくなった結果なのだろう。
「もきゅが言ってるのはそっちの話じゃないけど、自覚がないっきゅ・・・?まぁ、いいっきゅ。とにかく、悪意に飲まれたら手遅れになる前に、早急な浄化をするのが一番良いみたいっきゅ。細かい部分はまだまだ沢山あったけど、大雑把にいうとそんなことが書かれてたっきゅ」
かなり簡潔にまとめてくれたようだが、多分資料にはもっと細かい事例などが書かれていたのだろう。資料をまとめて渡してくるもきゅは、どこか解説したりなさそうにしている。
とはいえ、僕には難しい話を理解できるような頭などないので、渡された資料をしまってからまたもきゅを抱え直す。
「ローズも『ワンダラー』と戦う時には、十分に気を付けて欲しいっきゅ。悪意に触れたら、浄化するのを絶対に忘れないようにするっきゅ。悪意に、触れたら、浄化するのを、絶っっ対に忘れないようにするっきゅ!」
「なんでそんなに強調するのさ・・・。大丈夫だって。生まれてこのかた、悪意に飲まれるなんてヘマしたことないから。それに、僕程慎重に動いてる魔法少女なんて中々いないでしょ」
「どこからその自信が出てくるっきゅ・・・。酒飲んで捨て身で突っ込んでいったのはどこのどいつっきゅ・・・」
「あーあー。聞こえなーい」
あれは実験の為に行った事であるのでノーカンのはずだ。
しかし、嫌な事を思い出させるようにちくちくと言葉の刃を刺してくる奴だ。サファイアを泣かせてしまった出来事は、今思い返すと黒歴史というかトラウマのようになっているというのに。まぁ、自業自得だが。
身から出た錆ではあるものの、言われっぱなしのままでいるのは業腹なので、もきゅの口を塞ぎながらそのままベッドのある部屋まで直行する。もきゅは身じろぎをして逃れようとするのだがそれを無視して布団へと潜り込み、そのまま一日を終える為に目を閉じる。
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