人助けも簡単じゃない
「ありゃま。ちょいと早まったかな」
メープルと別れた後、僕は取り合えず彼女の要望の通り人々を『ワンダラー』から守るため、倒れて動けない人を優先して避難させていた。これ以上症状を悪化させないようにと浄化の魔法を振り撒きながら動いていたので、それによって自力での脱出をすることが出来るようになった人はかなりいたが、それでも、『ワンダラー』に触れてしまったであろう一部の人は、地を這う事しかできない程に悪化していた為、どうにかして運ばないとと悪戦苦闘していた。
ぐったりと倒れて力が入ってない人達を運ぶという経験は初めてで、当たり前だがアクセルを使いながら全力で背負っていくわけにもいかないので慎重に運ぶ必要があり、正直大雑把な僕がやるには荷が重すぎる。
とにかく運んでいる僕が被害を広げる訳にもいかないので、救急隊員の人たちが用意していた人を包むための毛布をちょっと借りて、揺らし過ぎないように、速度を出し過ぎないように恐る恐ると運んでいたのだが、その合間にメープルと『ワンダラー』の戦闘が激化していた。
箒に乗って宙を舞いながら触腕を翻弄して追いつくモノにはナイフを投げ、効果的な攻撃はないものの防御面ではしっかりと対処していた様子だったのだが、徐々に追いつかれ複数本の触腕に囲まれてしまっていた。
何か抜け出す策でもあると思って直前まで見守っていたのだが、触腕が攻撃の構えを取り今にもメープルへと襲い掛かろうとしたので、流石に見守り続けている訳にもいかなかなく思わず銃で消滅させてしまった。メープルに怪我をさせないように、触腕に触れさせないようにしていた訳だが、消滅させた中から魔女人形が出てきたことでそれ自体が彼女の術中だという事を理解し、思わず漏れたのが先ほどの言葉だ。
「まぁ、大切な人形だって言ってたし結果オーライでしょう」
触腕を破壊する浄化魔法を抜き打ちした銃を懐に仕舞いながら、自分の行動を肯定する為に言い訳を考える。
人の獲物に横から手を出すのはよろしくない事なのだが、結果的に魔女人形を助けたのでセーフとしよう。そうしてくれ。
メープルが知っているかは分からないが、『ワンダラー』の攻撃は普通の建造物などを通り抜けるので基本的にああいった小物を使おうとも壊れる心配はないのだが、魔法力が付与されたものが悪意とぶつかると、強烈な負荷が掛かるために壊れる可能性がある。
クォーツが使用していた魔法も純粋な魔法力だけで構成されたものではなく、周囲の鉱石などを集めた結果による魔法と物理の融合体のようなものだったが、悪意とぶつかる事で負荷が掛かり壊れるといったことが起きていた。
まぁ、仮に知らなかったとしても壊れるリスクくらいは理解していただろうし、彼女としてもある程度の覚悟はしていただろうが、大切な人形が壊れて泣き、直して喜ばれた顔を思い出せば、むしろ守ったのは評価されるべきだろう。
「うんうん。そう考えれば我ながらいい仕事したんじゃないかな。というか、もうそういうことにしておこう」
助けるつもりでやったことではあるので何ら恥じることはないはずなのだが、自身の早とちりで余計な手出しをしたと思い返した途端に顔が熱くなってしまい、恥ずかしいやらなんやらで穴に埋まりたくなってしまう。
とはいえ、そんなことに気を取られている場合じゃないだろう。
運んでいた人達を警察や救急隊員のいる場所の近くまで降ろした後、大きく飛び上がって視界の確保をする。
瞬間移動のような魔法を使用したメープルの場所自体は確認できているが、『ワンダラー』の近くまで接近している為、より一層の注意が必要になった。目立った要救助者は大体安全な場所まで運び終えたので、残った人達には申し訳ないが、戦闘が佳境となったメープルの方に集中させてもらうとしよう。
「それに、ヒーローは僕達だけじゃないみたいだしね」
マンションの上からさっきまで自分がいた場所を見下ろす。
魔法少女はメープルと僕しかいなく、悪意の中に飛び込んで救助に行けるのも当然僕達のみだったのだが、動いていたのは自分たちだけではなかった。
救急車や警察車両や装甲車のようなものまでもが、悪意の届いている範囲ぎりぎりの道路などに複数とまり、避難してきた人たちを救急隊員が保護したり、防護服を着た人々が悪意の中まで入り込み救助活動を行っていたりした。
防護服が一体どの程度まで効果があるかなど不明だし、下手をすれば救助に向かう人までもが危険な行為ではあるのだが、それでも、危険を顧みずに突き進み、動けなくなっている人を探して助けまわっていた。
仕事による義務からか、それとも自身の正義からか、理由は人それぞれに様々あろうが、助けられた人たちにとってはまさしくヒーローそのものだろう。
「特別な力なんてなくても、ああやってヒーローになれる人だっているんだなぁ・・・」
『ワンダラー』なんて怪物が出現する前から、ああいった人たちはヒーローとして活躍していたのだろうが、こうやって実際に目にすることもなければ、特に注目して見ることもなかった。
なぜならば、僕にとってのヒーローとは明確な悪を力で打ち倒し、自身が活躍できるようなものだと思っていたし、仕事としてやるべきものではない思っているからだ。
しかし、今こうして動いている人たちはどうだろうか。
僕にあそこまで出来るかと問われたら、首を横に振るしかないだろう。悪意渦巻く中に飛び込むなど、並大抵の度胸でできるものではない。僕の理想としているような、特別な力を持った戦うヒーローとは違う姿ではありながらも、そのあり方は決して劣るようなものではないだろう。まぁ、優劣を決めるようなものでもないだろうが。
上から『ワンダラー』と相対しているメープルの戦いを注視しながらも、同じように人類を守るために動いているヒーロー達の活躍も注目していると、警察車両や救急車などの特殊な車両ではなく、一般的な普通の乗用車がこちらへ向かってくるのが見えた。
通行止めにしているはずの警察官が一向に止めようと動かないので、どうしてなのかと不思議に思っていたのだが、よく見ると、フロントガラスや窓などは全てスモークガラスの様に中が見えないようになっている。この時点で、一般の枠からは外れるものだと理解を出来た。
一般車両に偽装した上で中まで見えないように全体的に細工をする、そこまでする必要がある人物なんて、誰が乗っているのだろうと興味半分で覗いていると、壮齢を過ぎたくらいだろう白髪混じりのおじさんと、その他に2名、知っている人物が降りてきた。
「ガーネットと、それからアベリアちゃんだっけ?移動手段は車を使ってるのか」
出てきた人物は、赤いドレスを着こなした長身美人のガーネットと、メイド服に身を包んだちっちゃな女の子の自称メイちゃんだった。
ガーネットは車から降りるや否や、近くを警備している人に状況の確認をしているようで、アベリアは浄化魔法を発動し、悪意に晒された人たちを一人一人と診て回っているように見える。
連日の『ワンダラー』討伐で魔法力の回復が追いついてないと言っていたが、節約や削減の為に移動手段に魔法を使わないようにしてるのだろう。
しかしながらその弊害として、こうして訓練された人達と比べるとどうしても動き出しが遅くなってしまっている。
「到着する時間は遅れてしまうけど、魔法力不足で『ワンダラー』が倒せなくても問題だから、難しい所だろうなぁ・・・」
見たままで判断しているでしかなく実態はどうなのかも知らないが、取り合えず分かったように「うんうん」と一人で頷いていると、『ワンダラー』の場所を探していたであろうガーネットがこちらを見つけたのか見上げていた。
見られて困るようなことはしていないはずだが、とりあえず挨拶だけはしようと他の人に見つからないように軽く手を振ってあげると、それを見たガーネットは魔法を使って一瞬で距離を詰めてきた。
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