自称、世界一の美少女
怪物対策省という、人類の敵である『ワンダラー』に対抗する為の組織が人々に認知され、さらに大きく発展を続ける特区。そこに居を構える魔法少女委員会も、魔法少女の為の施設をどんどんと増やしていった。
その中の一つに、委員会が本拠地とするオフィス隣に建てられた、小さな病院の存在がある。
元々は秘匿的な存在だった魔法少女の為、大きく医師の募集をすることはせず、また、『ワンダラー』による被害が精神的な物だということもあって魔法少女が怪我などをすることがなかった事もあり、基本的には身近な人による支えやなどが重視されていた。
その為、医者として呼んでいる人は精神科を担当している者のみであり、その他には、魔法少女達とかかわりの深い委員会の者たちが、そういった役目を負っていた。
しかし、『ワンダラー』の真化という異常事態によって、その方針をすぐさま転換せざるを得なくなった。
物理的被害を及ぼす『ワンダラー』の出現は、今までとは比較にならない程の被害をもたらし、当然ながら、それは表立って戦う魔法少女にとっても脅威であった。初めの報告があってからいままでの出現情報は少数であるのだが、だからといって対策をしないというのは愚行でしかなく、急ピッチでありながらも緊急対応のできるように整備を進めてきた。
魔法少女の中にはアベリアというどんな怪我も魔法で治してしまう子もいるのだが、彼女は委員会の魔法少女ではなく連盟が保護している魔法少女なので、常に動いて貰うという訳にもいかない。それに、魔法は無限に使える訳ではなく、魔法力といった不思議なエネルギーを消耗する為、余裕がある時以外は彼女を頼ることはできない。
この魔法力の消耗による反動というのも厄介な物であり、枯渇寸前まで消耗してしまうと、免疫力の低下や疲労等、おおよそ衰弱状態といって差支えがない程に身体に圧し掛かってくる。最近の『ワンダラー』の出現傾向の増加によって、魔法力を満足に回復することが出来ないまま出撃せざるを得ない魔法少女もおり、そのように大きく負担を抱えていた魔法少女の皺寄せが徐々に起こるようになってきた。
そういった背景もあり、この新しく建てられた小さな病院は怪我の回復のみならず、彼女達がとにかく快適に過ごせるように、特に魔法力の回復が著しいとされる睡眠が重視された施設となっている。
そんな見た目だけはこじんまりとしているが、施設としての機能は完備されている病院の一室で、2人の人間が会話をしている。
「梓ちゃん。後はちゃんと寝てないと駄目よ?貴女は働きすぎなんだから、きちんと休んでないと」
「すみません。でも、何かしてないと落ち着かなくて」
呆れた表情をしながらも心配そうに声を掛けたのは、魔法少女委員会の主任兼、魔法少女達の相談役でもある沢田優子だ。
魔法少女委員会が世間に認知されてからはしばらく忙しい日々に追われる事となっていたが、人々が魔法少女を受け入れ始めたことや、大々的に発表したことにより増員することができるようになり、今までの委員会としての仕事が徐々に減っていったことで、現在では魔法少女達に寄り添う事が彼女の主な仕事となっている。
そんな沢田と向かい、ベッドで横になりながら安静にするよう注意を受けている少女の名前は『柳梓』。魔法少女サファイアと呼ばれる、委員会の委員長だ。
魔法少女達のまとめ役とも代表とも言える彼女は、日々の『ワンダラー』討伐による疲労や睡眠不足に魔法力不足と、役満とも言える杜撰な体調管理によって、強制的に休息を言いつけられベッドへ追いやられている。
しかしながら、先ほど沢田がメープルからの電話を受けた時も、サファイアはすぐさまに仕事モードへとスイッチが切り替わってしまい、いまだ戦闘経験のないメープルの出撃嘆願にどうすべきか頭を悩ませていた沢田に代わり、委員長としての権限で出動の許可を出すくらいには仕事に囚われている。
「気持ちはわかるわ。魔法少女達に頼り切りでいつも無力な私達だって、同じように歯がゆく思ってるもの。だから、あまり偉そうなことは言えないんだけどね。でも、休まないと一向に良くならないわよ?貴女が責任感が強い子だというのは理解してるけど、今の状況は貴女のせいじゃないんだから、あまり気負わないでね」
「はい。お手数をお掛けします」
「いいのよ。貴女達をサポートするのが私の役目だもの。それはともかく、さっきは誰にお電話をしていたのかしら?まぁ、メープルが言っていた『お友達』に連絡をしていたんでしょうけど」
沢田が梓の持つマジフォンに目を向け、電話先の相手を訪ねる。
メープルが沢田に嘆願をしてきた時、一人で『ワンダラー』に当たらせることは出来ないのですぐさま却下をしたのだが、『お友達』が手伝ってくれるので一人じゃないと言われて困ってしまった。
早く戦いたがっているメープルには申し訳ないが、ここ最近の状況はあまり芳しくなく、彼女のように戦いを知らない魔法少女を連れながら『ワンダラー』と戦闘をする余裕を作ることが出来ていない。当然、それを可能とする『お友達』など委員会にいるはずもないので、ともすると、彼女の言う『お友達』というのは外部の者であると必然的に判断できる。
そんな外部の者に任せることなど本来なら許可を出来ないのだが、猫の手だろうが借りたい現状が現状だけに頭を悩ませた末、沢田の言葉を横で聞いていた梓が引き継いで許可を出したのだ。
その後、間髪入れずに梓がどこかに電話を掛け出したので、『お友達』が誰なのかは大体の察しがついていたが、いざというときの為に聞いておかないわけにはいかない。
彼女の方が有する権利も立場も上とはいえ、責任を取るのは我々大人の役目なのだから。
「えーっとですね・・・。世界一の美少女さんとお電話してました」
「世界一の美少女って・・・。あの謎の黒い魔法少女ちゃんと連絡を取っていたんじゃないの?よく知らないけど、あの子ってそんなに愉快な子だったの?それとも、それは梓ちゃんの感想かしら?」
「ノーコメントでお願いします。私が連絡を取っていたのは、あくまで世界一の美少女さんとです」
「貴女が隠れてブラックローズと連絡を取っていることはもう気づいてるんだから、私に今更隠すことでもないわよ。私達がどうやっても彼女を捕まえる事なんてできないのだし、特に問題行動を起こしてる訳でもなく、むしろ『ワンダラー』の討伐数で言えば随一でしょう?余程の事がない限り、今更どうこうしようとも思ってはないわ」
謎の黒い魔法少女こと、自称ブラックローズには不可解な点が多すぎる。
いつから魔法少女となったのかは分からないが、突如現れたと思えば中型の『ワンダラー』を撃破し、そこでようやくサファイアとの邂逅を果たした。サファイアからの委員会の所属勧告に拒絶を示したことで、初めは彼女による暴走等の懸念がされたが、その予想に反して大きな動きは見せる事がなく、むしろ、ガーネットやメープルといった魔法少女になって間もない子達を見つけた際に委員会へと引き渡したりと、我々の懸念している事を理解して防いでいるとしか思えない行動を起こしている。どこにも所属をしてない野良の魔法少女でありながら、他の魔法少女には所属するよう説得するなど、自身の行動と矛盾しているような行為は、幼い子供のする行動としては異常としか言いようがない。むしろ、委員会や政府が秘密裏に動かしている子と言われた方が納得がいく。
その後も次々と現れる『ワンダラー』を、委員会が観測し出撃した魔法少女が到着するまでの短時間で討伐するなど、前々から聞いていた過大とも取れる評価を易々と越えていき、敵対してしまった場合は確実に手に負えないだろうと判断できる彼女の扱いに困った結果、委員会が定めた対応は不干渉という実質的な自由裁量だ。
組織の下にいないだけじゃなく、未成年であることは確実な魔法少女を放置したままでよいのかという議論もあったが、そもそも彼女を捕まえようと足跡をいくら追ってもまるで煙のように消えてしまうので、どうする事もできない。結局、彼女が問題を起こすまでは、触らぬ神に祟りなしといった先送りのような状況となっている。
そんな謎の黒い魔法少女とサファイアに何かしらがあったのは、すぐに気づくことが出来た。
自分を見るや否や逃げ出そうとしたり、揶揄うような言動をしたり、抱えている問題を丸投げしてきたりと、真面目なのか不真面目なのか理解に苦しむ彼女の行動をまるで遊んでいるようだと評価していたサファイアは、いつも彼女の話をする度に非常に複雑な表情で語っていたのだが、いつからかそういった苦言を漏らすようなこともなくなっていた。
あれだけ自身が嫌われているのではないかと気に病んでいたり、一人で戦っている事を心配していたりと、彼女の話題が出る度に眉に皺を寄せながら落ち着きを失っていたサファイアが、ここ最近では平静を装いながらブラックローズの事を口に出すのだ。
隠し事をするのが上手ではない――これは精一杯のお世辞である、サファイアであるがゆえに、ブラックローズと何かしらがあったのは確かであり、時折連絡すら取っていることは沢田にはお見通しなのだが、目の前の少女はどうやら隠し通せていると思っていたらしい。
嘘のつけないサファイアらしく微笑ましい気持ちになるが、よく言えば真面目で頼りになる、悪く言えば堅苦しくてとっつきにくいと評価されていた彼女の雰囲気も、ここ最近は少しだけ柔らかく変化しており、前までは滅多に見せなかった笑顔も浮かべるようになったので、それを見れば、ブラックローズとの関わり合いはいい方向へと転がったのだと簡単に予想がつく。
まぁその結果、頑張りすぎてこうして過労で倒れてしまっているのは、やる気がオーバーフローしているとも言えるのだが。
沢田の問いかけに対して目をあちこちへと彷徨わせていた梓だったが、すぐに諦めて口を開く。
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