実害とイメージは違うという話
「こんばんは、サファイア。それとクォーツ。こんなめでたい日でも怪物退治かい?」
「こんばんは、ブラックローズ。『ワンダラー』の討伐に、休日などは関係ありませんからね。まぁ、今日も先を越されてしまったようですが」
「こ、こんばんは・・・」
公園に3人の魔法少女が集まる。
サファイアは、まるでこちらがこの場にいるのが分かっていたかのように平坦な言葉を掛けてきたが、一緒に登場したクォーツは、そんなサファイアの後ろに一歩引いて、隠れるようにこちらを見てくる。
かなり他人行儀というか、よそよそしい態度を取られてしまったが、そういえば、ブラックローズの姿で出会うのはこれで2回目だった気がする。ローズの時との反応の差が激しすぎて、ビックリしてしまった。
特に世間話をするような仲でもないので、帰って録画したニュースの続きでも見ようと思ったのだが、それに待ったを掛けるようにサファイアが声を差し込んでくる。
「それよりブラックローズ。何やら気分が悪そうですが大丈夫なのですか?」
「ん?大丈夫大丈夫。何の問題もないよー」
「ですが、顔が赤い気もします。もし怪我をしていたり、体調が悪いなら治療ができる魔法少女を呼びますが」
自分ではあまり気づかなかったが、酔っていると外から見ても分かるくらいには赤くなるらしい。
まぁ、この身体になってからはかなり色白になってしまったので、そういった変化は見抜かれやすいのかもしれないが、そんなに分かるものなのだろうか。
「心配してくれるのは嬉しいけど、まったく問題ないよ」
「委員会に所属していないからと遠慮しているのならばお辞めください。『ワンダラー』による傷害は、甘く見てはいけません」
「そんなんじゃないって。僕が『ワンダラー』程度に怪我するなんてありえないよ」
委員会でも、『ワンダラー』によって傷ついた子が沢山いるので敏感になっているのだろう。隣にいるクォーツがその証人みたいなものだし。
しかし、ただ酔っているだけです、とは言えない。
真面目なサファイアの事だ。未成年の飲酒に対してよく思わないことは簡単に想像がつくし、かなり厳しく注意が飛ぶことだろう。僕は未成年ではないので本当ならば問題ないが、それを説明するわけにはいかないし、どうにか誤魔化すしかないだろう。
「あの、間違ってたらごめんなさい。ブラックローズさん、酔ってませんか・・・?アルコールの香りがするのですが・・・」
「ソンナコトナイヨ」
どうやって誤魔化そうか考えている内に、予想しない方向からいきなり攻撃が飛んできた。
おのれクォーツ。そういうのはもし気づいてしまったとしても、黙っておくもんだろう。本当に未成年でお酒なんて飲んでいるような不良なら、口封じに何をするか分かったもんじゃないぞ。
クォーツの言葉を聞いたサファイアは、眉をどんどんひそめていつもの睨みつけるような表情へと変わり、言葉も鋭い針のようにとがり始める。
「ブラックローズ。もしかして、お酒を飲んでいるのですか?いくら魔法少女だろうと、当然ですが法律には従う義務があります。委員会への所属に口出しはしないとは言いましたが、法律違反は見逃すことができません」
「あーあーあー。もう、めんどくさいなー!お酒を飲んで何が悪いんだー!」
「悪いに決まってるでしょう!!」
そりゃ、普通の未成年がお酒を飲んでいたら問題かもしれないが、魔法少女がお酒を飲もうが害なんてまったくないんだから、そこまで強く言わなくてもいいと思う。
何せ、怪我も病気も簡単に治すことができるんだし、お酒が禁止される原因になる要素など無意味でしかない。
まぁ、僕もお酒を飲んでる子がいたら、流石に注意はするとは思うが、それはそれだ。
「あの、お酒は、良くないと思うよ?」
「大人は飲んでるのに、どうしてよくないのさ?」
「だって、子供の内から飲むと、身体に良くないって」
「じゃあ問題ないね。魔法少女にはそんなの関係ないし」
「で、でも。それでもとにかく良くないよ!」
クォーツが僕を諭してくるが、うまく言葉がまとまらないのか内容は薄っぺらい。そんなんじゃ不良少女は止まらないぞ。
「魔法少女は全員未成年だということは、本日の発表で世界中の人々が知る事になりました。そんな中、お酒を飲んでいる子がいるなんて事態が露見すれば、魔法少女全体のイメージダウンに繋がります。ですので、害のあるなしに問わず、飲酒行為は見逃すことが出来ません」
「そりゃそうだ」
ただでさえ人々のヒーローということを強調するために、イメージアップに専念しているのだ。酒飲み魔法少女なんて、それを真向から喧嘩売ってるとしか思えないだろう。
お酒で気分が良くなっていたのだが、そう言われてしまったら仕方ない。怪我を治すときのように、身体を正常に戻すことを意識して、アルコールを体内から抜いていく。
身体の火照りが段々と消えていき、高揚していた気分も正常に戻ってしまう。
「はぁ。せっかくいい気分だったのに台無しだよ。どうせ飲んでたって、他の人には分からないって」
「そういう問題ではありません。誰にも見つからなかったとしても、ダメなものはダメです。そもそも、どこからお酒なんて手に入れたんですか。どうやら、貴女はしっかりとした教育が必要なようですね。普段は『ワンダラー』討伐に免じて見逃していましたが、今回は流石に見ぬ振りはできません。大人しく同行願います」
「見逃していたって?まるでいつでも僕をどうにかできたみたいな口ぶりだね。沢山の人に注目を浴びて天狗になっちゃったのかな?日本一のヒーローだけあって言う事が違うね」
説教を喰らうのは仕方ないにしても、侮られるのは許すことはできない。
強さというのは、僕が他のヒーロー達に負けない、負けることのできない一番の要素だ。
正義感も責任感もなく、ヒーローとしてはおおよそ欠陥だらけの僕が、それでもこうして満足に活動していられるのも、圧倒的な力があるからに他ならない。
そんな僕に、見逃していたなどという上から目線の言葉を掛けるなどと、見下しているとしか思えない。
別にこれは、一番目立っているヒーローへの私怨や嫉妬ではない。
どうしてかいつも以上に感情が昂ぶり、サファイアの言葉に反応して気持ちが前のめりになってゆくのを感じる。
「あ、あの!喧嘩は良くないよ!仲良くやろ!」
「ルールを守れない方と、仲良くすることは出来ません。それに、見逃していたというのも事実です。私達が貴女を捕まえるという手段を使ってないのは、あくまで貴女という存在が人類の助けにもなっているという判断の上で、あえて泳がせているにすぎません。今回のように法を破るというのであれば、これ以上放置している訳にもいきません」
「そこまで言うなら、捕まえてみなよ。見逃していたなんて大口叩けるくらいなんだから、それくらい簡単な事だろう?増長した鼻っ面へし折ってあげるから、かかってきなよ」
「どうしてそんなに二人共喧嘩腰なの!?同じ魔法少女なんだから、協力し合おうよ!」
睨み合う僕とサファイアの間に、クォーツが立って止めるという構図になっている。
一触即発の空気に耐えきれず、必死に宥めようとしているクォーツに思わず笑ってしまいそうになるが、別に本気で怒っていたり、争おうと思っているわけではない。勿論、侮られているのは癪だが。
ただ、サファイアがどれくらいの実力を持っているのか非常に興味があるので、丁度いいのでこの機会に見せてもらおうと思う。
今日、テレビで流れたどの映像を見ても、サファイアが全力を出しているとは到底思えなかった。
ブラックローズの力はもきゅにもお墨付きを頂いており、他の魔法少女達と比べても規格外の物を持っているのは理解しているが、本気を出していないサファイアを差し置いて判断するのは早計だろう。
それに、ここで圧倒的な実力差を見せつけることができれば、出会う度にとやかく言われる心配もなくなるだろうし、どちらに転ぶにしても僕に得しかない。
サファイアがいつ仕掛けてくるかいまかいまかと待ち侘びているのだが、あちらも先手を取って動き出す気はないらしく、クォーツがただ一人で騒ぎ立てているという謎の空間が出来上がる。
特に攻撃する意思はないし、されても回避に専念するつもりだったのだが、このまま膠着状態が続いても時間の無駄なのでどうしようかと悩んでいると、懐に入れておいた携帯が鳴り出す。
目の前の二人も同様にアラームが鳴っているらしく、音は聞こえないが不可解そうに携帯を取り出して確認しているが、ここにいる魔法少女全員に通知が行くという事は、また『ワンダラー』が出現したということだろう。
携帯を確認してみると予想を裏切ることはなく『ワンダラー』の出現を伝えており、地図にはここから10km程離れた場所が表示されていた。
「こんな短時間に3体目って。『ワンダラー』もお祭り騒ぎに参加したいのかねー」
「3体目・・・ですか?他に出現していた報告はありませんでしたが」
「あー・・・。一応伝えておくと、ここに2体同時にいたんだよ。稀有な例だとは思うけど、これから先気を付けた方がいいかもね」
「同時に出現!?見たことも聞いたこともない例ですね。それは、貴重な情報をありがとうございます」
いまだ、にらみつけるように鋭い眼光を飛ばすサファイアだが、敵意自体は一切なくなってしまったようで、いつでも動けるようにと構えた姿勢も解いて直立してしまった。
僕が嘘を言っていると思わないのはサファイアらしくあるが、敵対状況にあるのだから少しくらい疑ったらどうだろうか。
『ワンダラー』という世界共通の敵が現れてしまった事によって、先ほどまでの雰囲気が有耶無耶になってしまい、僕もやる気が削がれてしまった。
まぁ、水を差されてしまって残念ではあるが、彼女が力を見せる機会はまだまだあるだろう。
それは次回のお楽しみということで、今は横槍を入れてきた招かざる客に、振り上げた拳の行先がどうなるかその身体に叩き込むとしよう。
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