幽霊の痕跡
それにしても、仮に魔法少女学校に勝手に秘密基地を作ってもすぐにバレてしまうということが分かったな。
ある程度警備みたいなものがあるのは想定していたが、魔法でされたらどう対応すればいいかが分からないぞ。
インビジブルは対魔法を想定してないからバレる可能性も考えられるし、仮に機能したとしても、ゲートを通る時は魔法を使いながら移動することができないからその時にでも気づかれるだろう。
「他にお聞きしたい事などはありませんか?」
「それじゃあ、『ワンダラー』の事について聞くんだけど、真化って何?ちょっと前に実体化した『ワンダラー』を見たんだけど、サファイア曰く、真化した『ワンダラー』だって」
「そう、ですね。最近発生の確認をしたばかりで、こちらでもまだはっきりとしたことは言えないので正確ではないかもしれないのですが、悪意が大量に集まり実体化した『ワンダラー』の事を、我々は『真化』と呼んでいます。各地で真化した『ワンダラー』はいくつか目撃があり同時に討伐もしているのですが、危険度が今までの比じゃなく高く、精神的な被害だけではなく物理的な被害が多く出るようになってしまっています。多分、『ワンダラー』を討伐せずに放置していると、これからもどんどんと成長していってしまうのではないかと推測されます」
「うわー・・・。厄介だねー」
つまり、クォーツと対面していた『ワンダラー』は、まさしく目の前でその成長を遂げた結果、真化に至ったのだろう。
ただでさえ脅威な『ワンダラー』が成長し、そしてそれを放置していれば更に脅威を増すかもしれない。
成長する敵というのは燃える展開ではあるが、もう少し力を抑えて欲しいところだ。
「重要な都市に配置されている魔法少女達により、大きな被害が予想される『ワンダラー』の討伐は順調に行われているのですが、それ以外の場所で産まれたワンダラーに対応することが出来ず、連盟でも後手に回っている状態です」
「そりゃ、世界中全てに対応するのは難しいでしょ。そういえば、魔法少女ってどのくらいいるの?」
「私が記録しているだけだと200人程でしょうか。勿論、貴女のように記録されていない方もいますので、正確な数字ではありませんが」
「世界の魔法少女の数って考えたら、少なすぎるね。逆に、日本は魔法少女の数が多いのかな?」
ネットでちらほら見るのだが、合わせると大体10人以上はいるらしいから、200人のうち10人と考えるとかなり多いだろう。
「日本は貴女を合わせて丁度20人でしょうか。確かにそれだけ見ると多いのですが、そもそも日本は『ワンダラー』の目撃情報が多すぎます。国にもよりますが、大きな国でもひと月に多くて5回程、小さい国だと1回も目撃されてないところもあるのに、日本ではその倍以上確認されています。はっきりいって異常としか思えません」
「魔法少女20人もいたんだ。だけど、なんで日本だけ『ワンダラー』の出現がそんな多いんだろうなぁ・・・」
「分かりません。勿論、全ての『ワンダラー』の出現を把握できているわけではありませんし、島国に出現しやすい傾向があるのは確かなのですが、それにしても多すぎます」
思い返せば、ネット等で見ると日本の『ワンダラー』の被害ばかり見る。海外の情報はそんなに入ってきてないせいかと思っていたのだが、実際に多かったのか。
まぁ確かに、開発区だけで週に1回以上は確認できてるし、人の集まる場所に限定したとしても思いつくだけで3つの地域があるので、国全体で考えれば2桁は超えているだろう。
「そういったこともあり、まだまだ魔法少女は足りないというのが現状でして、このままだとそのうち『ワンダラー』に対抗しきれなくなってしまうかもしれません。また、メープルの確保に手伝っていただいたブラックローズさんは理解して頂けると思いますが、妖精がいなくなってからは魔法少女になって間もない子達がここへの来方が分からず、力を思うがままに使う例も増えてきてしまっています。それに、いつ魔法少女が生まれなくなるのかという懸念もありますので、こちらでもまったく先が見えないんです」
「魔法少女のトップともなると、色々考える必要があって大変なんだね」
「確かに大変ではありますし私はトップを任されていますが、難しい事は魔法少女達だけでは到底無理です。『ワンダラー』の対応だけでなく、『ワンダラー』の悪意に飲まれた子のケアもしないといけませんし、亡命してきた魔法少女達の保護もしないといけませんし」
「亡命?」
「えぇ。先ほど『ワンダラー』被害がない国もあるという話をしましたが、被害がなくても魔法少女が生まれる国は当然あります。そういった国の中には、『ワンダラー』対策としてではなく戦争の道具や、足の付かない犯罪道具として使おうとする国もあるのです。そういった魔法少女が来校された際には、連盟が表立って保護することによって、魔法少女達の人権を守っているのです」
エンプレスは唾棄するかのように不快な表情をしながらも、淡々と事実のみを説明するように話す。
多分、サファイアが言っていた人類に利用されている魔法少女という話に関連したものだろうが、改めて聞くと、こちらも思わず眉をひそめてしまう。
確かに、魔法の種類によっては誰にも見つかることなく殺人等を遂行することはできるだろうし、証拠なんて残るはずもないが、少女に対する扱いとは思えない。
亡命という手段が必要になるくらいには魔法少女の扱いが悪いとなると、その国への心証はかなり悪いのは当然だろう。
「ブラックローズさん。もし大切な家族や友人等がいましたら是非連盟にお知らせください。魔法少女を利用しようとする人たちは、魔法少女の弱みを握ろうとしてきます。日本ではそういったことはまだ聞きませんが、いつそのような事が起きるか分かりませんので、いざとなればこちらでも保護させて頂きます」
「野良の魔法少女に対しても親切なんだね。でも、遠慮しておこうかな」
連盟の人間でもない僕に、そういった提案を持ちかけてくるとは思わなかったので、少々驚いてしまった。
サファイアもこの人も魔法少女の為を思って尽力を尽くしているのだろうし、それは僕のような好き勝手している人間も例外ではないのかもしれない。
気を遣っていただき大変嬉しい事なのだが、まぁ、僕は守られる立場ではない。
「やっぱり、こういった組織は信用できませんか?委員会の勧誘も断っているようですが、我々は貴女を利用しようとは考えていませんし、無理に入れということは言いませんよ?」
「いや、信用してない訳じゃないよ?魔法少女達の為に色々やってるのは知ってるし、心配して言ってくれてるんだろうっていうのもなんとなく分かるからね。ただ、そういった助けは僕には不要なだけだよ」
「そう、ですか。分かりました。もし、気が変わりましたらご連絡ください」
「それより、いいの?僕は野良の魔法少女だけど、放置しちゃって」
サファイアも、これ以上は何も言わないみたいなことを言っていたが、本気なのだろうか。
勿論僕は、いつまでも自由気ままでいたいので、このままでいいというのなら万々歳なのだが。
「基本的には全ての魔法少女には私達の管理下にいてもらいたいので良くはないのですが、サファイアから聞く限り、貴女と敵対するのは得策ではないと判断しました。それに、貴女の活動を聞いている限りでは、今のところ問題がなさそうですので。ただ、連盟に入らないにしても、出来ることなら今のまま変わらずに活動して頂きたいのですが、お願いできないでしょうか?」
「確約はできないけど、出来る限り不利益にならないようにするつもりではいるよ。僕も悪役になりたいわけじゃないからね」
「それを聞けただけでも、今回の対話は有意義なものになりました。『ワンダラー』の討伐をしたり、ガーネットやメープルの保護をしたり、それと、クォーツを陰から助けたりと。報告だけなら貴女が悪い人だとは思いませんでしたが、実際にこうして会うまでは分かりませんでしたので」
「会っただけで僕の善性が分かるのかい?」
「人を見る目はあると自負していますので」
紅茶を飲みながらこちらへウインクを飛ばしてくる。
意外とお茶目なところもあるようで、初めに会った時の威厳溢れる姿は薄れているが、こちらのほうがとっつきやすくていいな。
「ところで、一つお聞きしたいことがあるのですが、ニーナ・フローレンスという名前を聞いたことはありませんか?」
「ん?初めて聞く名前だけど、人探しかい?魔法少女?」
「はい。魔法少女アイリスと言う名前で活動していたことがあるのですが、多分、現在では使っていないと思います」
エンプレスが2枚の写真を棚の中から取り出し、こちらへ渡してくる。
1枚は変身前の姿なのだろう。姉妹と思われる2人の少女が肩を並べて笑っている。
2枚目は魔法少女の姿なのだろうが、顔はモザイク掛かっていてはっきりとしない。しかし、この青と紫の花弁のような衣装はどこかで見たことがある。
「魔法少女アイリス・・・確か、守るべき人を見捨てたとかなんか言われてた子だったよね。それ以降、活動してるって話を聞かないけど」
「よく、ご存じですね?その通りです」
「結構話題になってたからね。魔法少女なんだから逃げるなとか色々言われてて。嫌になっちゃうよね」
「え、えぇ。そうですね・・・」
何かおかしなことを言ったのだろうか。エンプレスは僕の言葉を聞くと少し固まり、指を頬と額に当てて何やら考え出した。手を振っても気づかないくらい集中しているようだが、そんなに考えることなんてあるのだろうか。
カメラでもあったら絵になるくらいはとても似合っている仕草なのだが、目の前にいる僕を放置しないで欲しい。
たっぷり1分近く使って思案していた彼女は、再度僕に質問を投げかけてくる。
「アイリスが、なんて蔑称で呼ばれていたか、覚えていますか?」
「そりゃ、覚えてるけど。『親殺し』だなんて、あまり口にしたくはないよね」
魔法少女アイリスは『ワンダラー』が現れた時に逃げ出し、それによる被害で両親が昏睡状態に陥ったことで、親殺しを始めとする数々の誹謗中傷を受けていた。
あまりにも酷いので片っ端からポチポチしたわけだが、思い出すだけでも気分が悪くなる。
「貴女は、それを覚えているのですね?」
「忘れられないくらいには不快指数が高かっただけだよ。何かおかしい?」
「はい、おかしいです」
なにやら僕の精神を否定された気がする。
もしかして、みんなはそういった不快な事があってもすぐ忘れることが出来るのだろうか。
勿論、自分自身が言われた訳ではないので気にしない人はいるだろうが、真正面からおかしいなんて言われてしまうと、僕はそういったことを結構気にしてしまうタイプなのかもしれないと考えさせられる。
悶々と自身の性格について見直していると、彼女は意を決したかのように問い詰めてくる。
「貴女は、ゴーストですね?」
「いや、普通に生きてる人間だが?」
魔王だったりゴーストだったり、魔法少女は相手に変な称号を付けないと気が済まないらしいが、それでも死んでる人間扱いは酷いと思う。
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