石の中にいる
「ん?何の音なのこれ。『ワンダラー』の出現じゃないよね?」
聞いたことのない携帯からのアラーム。『ワンダラー』の出現ではないよな、と思いつつも、もしそうだとしたらあまりにもスパンが早すぎる。いままでなら早くても1週間前後は間隔が空いていたが、こっちは今日デパートで『ワンダラー』を見たとこだぞ。等間隔で出現するわけではないから「稀によくある」ことはあるだろうが、それでも半日も経っていない、短すぎるだろう。
「あー、これは魔法少女のヘルプ音っきゅ。魔法少女がピンチに陥った時に、心の底で願うことで鳴らすことが出来るっきゅ」
「ヘルプ?いままで鳴ったことなかったよね?」
鳴ったことがないということは今までヘルプの必要がなかったということだろうが、それだけ魔法少女達は優秀だということだろうか。もしくはヘルプの通知が届かない範囲にいなかったからかもしれないな。どこでも繋がるのなら毎日鳴りっぱなしになるだろうし。
「当たり前っきゅ。連絡先を交換している同士での連絡範囲内でしかヘルプは鳴らないっきゅ。ぼっちのローズには関係ない機能だったっきゅ」
「ぼっちじゃないよ!いや、誰の連絡先も持ってないけどさ。ん?じゃあ何で鳴ってるの?幽霊さんからのヘルプとかそういう?」
「その歳で幽霊なんて信じてるっきゅ?どうして鳴っているかというと、アプリの制限を解除したからヘルプをキャッチできるようにしたっきゅ。クォーツの事があったし、色んな魔法少女のヘルプをキャッチ出来るようにしてもいいと思ったっきゅ」
いや、幽霊はいてもおかしくないだろう。魔法があるのに幽霊がいないのはおかしくないか。それとも何か根拠でもあるのだろうか。まさか研究気質なもきゅが何のエビデンスもなくてきとーな事を言うはずがない。
「どうして幽霊がいないなんて証明できるの!!?」
「降参っきゅ。もきゅが悪かったっきゅ。だから詰め寄るのはやめるっきゅ。話を戻すけど、本来ならヘルプは友人関係のみでの連絡だけど、ローズのアプリは改造してあるからその制限をなくしてるっきゅ。助けに行くかどうかは自由だけど、どうするっきゅ?」
「いや、ここで見捨てる選択肢は難しくない?勿論、僕も危険ならその限りじゃないけど、取り合えず確認だけはするよ」
なんてことを言い出すのだろうかこのまんじゅうは。ヘルプをキャッチできるようにしておきながら、助けに行くかどうかを聞くなんて。僕が助けにいく選択肢を取ると分かっているからそういうことをしているだろうに。
腹が立つので次のおやつの時はアイス抜きにしてやろう。
「救援要請場所はN県からっきゅ。大体200km程の距離っきゅ」
「無理だよ!!!」
思わず手に持つ本を机に叩きつけてしまう。大きな衝撃音が図書館に鳴り響くがそれどころじゃない。
いままでならどれだけ遠くても50km程の距離の移動だった。『ワンダラー』の通知範囲もそれくらいだし、その程度ならアクセルを使って直線で移動すれば、大体10分程で移動できるので困る事はなかった。しかし200km、4倍の距離。当然掛かる時間だって4倍以上かかるだろう。
ヘルプをしているということは、当然緊急なわけで、にも拘らず40分もかかる。
「救急車が40分掛かったら患者は間に合わないでしょ!というか『ワンダラー』の出現報告ですら、いままでそんな距離の報告なかったじゃんか!」
「探知範囲を伸ばしたから『ワンダラー』の通知ももっと遠い所からくるようになったっきゅ。そろそろローズも開発区以外で活動したほうがいいっきゅ。同じ場所だけで『ワンダラー』退治してたら居場所バレちゃうかもしれないっきゅよ?」
「いや、言いたい事は分かるし、僕だって活動場所をもう少し散らした方がいいかもとは思ったこともあるけど、でも流石に遠すぎるよ?」
一応、僕の住むA区だけじゃなく、開発区全体に散らして活動するようにしてはいるものの、それだけじゃ足りないかもと思う事はある。しかし、『ワンダラー』は人の多い土地に出現する傾向が多い。つまり開発区の外となると、本来ならもう少し足を延ばした先にある都心部が狙い目のはずだ。しかし、今回の目的地は200km、極端が過ぎないだろうか。もう少し段階を踏んで100kmくらいにしないか?
「心配しなくても、そこは考えたから大丈夫っきゅ。いままでなら移動はアクセルだけに頼っていたけど、長距離用の新しい魔法を覚えるといいっきゅ」
「新しい魔法?アクセル以上に便利な魔法なかった気がするけど」
他の移動魔法はどちらかといえば、入り組んだ場所や水中など限定された場所で使う物であり、初めに貰った『楽しい魔法の使い方 初級編』には直線距離であればアクセルが一番速いとされていた。初級編に書かれていたものなので、実際はもっと違う魔法があるかもしれないが、もしかして中級編や上級編でも貰えるのだろうか。
「ワープを試してみるっきゅ」
「ワープ!?」
名前からしてヤバそうな魔法が飛び出してきた。
「とりあえずこの本を渡しておくっきゅ」
もきゅが図書館のどこかから魔法の本を呼び出し、それを僕へ渡してくる。タイトルはそのまま「ワープ」と書いてあるのだが、厚いとまでは言わないものの、本としてしっかり装丁されている。一つの魔法でここまでの量があるものなのか。
「こんなの読んでたら時間が掛かりすぎるよ」
「とりあえずは持つだけでいいっきゅ。本来なら改変する内容まで理解するまでが魔法だけど、ローズなら改変は容易だから問題ないっきゅ。それに、簡易版にするからちょっとだけ手を加えるっきゅ」
「持つだけで魔法を使えるの?」
「その本自体が魔法武器みたいなものと思っていいっきゅ。ストアにある魔法の本は、持つだけで魔法を使えるようになるものが沢山あるっきゅ」
今までは魔法武器に魔法を定義して登録をしていたはずだけど。それが不要だとしたら魔法武器の役目とは。
「それなら、全部この形にしちゃえばみんな魔法使えるんじゃないの?」
「無理っきゅ。正確には、魔法を使う事ができるだけで、自由度が低いっきゅ。例えばアクセルの魔法で言うなら、本を持って使うだけだと加速も減速もできない、初めに決められた設定のみしか使えないっきゅ。当然そのままでも使えないことはないけど、ブレーキとかも別の手段を用意する必要があるっきゅ。もっと言えば、その魔法への理解のないまま使うということは制御を放棄してるに等しいから、最悪暴発するっきゅ。そういった自身での操作や制御を行うためにも、魔法武器が必須っきゅ」
「こっわ。爆弾でも持ってる気分になってきたよ」
手に持つワープの本が暴発したらなんて考えたら恐ろしくてたまらない。
要するに、ゲームで言うなら魔法少女がハードウェア、魔法の本はソフトウェアで魔法武器はコントローラーということなのだろう。魔法の本だけでもゲームはできるけど、魔法武器というコントローラーがないと操作もできないし、そのゲームへの理解度が低ければ操作を間違いゲームオーバーと。コントローラーにソフトを直接入れることはできるけど、それには理解がないといけないみたいだし。
「じゃあ、これ僕が持っても結局使えないんじゃない?本を読まないと理解できないでしょ?」
「読んだってどうせ理解できないっきゅ。ワープはかなり高度な魔法だから、簡単に理解はできないし危険っきゅ」
「いや、じゃあなんでこれ渡したのさ」
危険だって言われて使う気は早々起きないんだが。
「まず、なんでワープの魔法が危険かっていうと、移動先の座標への理解と空間への理解、あとは自身の維持が追いついてないと地面に埋まったり、移動中に身体が分解したり、身体が別の物に置き換わったりしちゃうからっきゅ」
「もきゅは、僕がそれを聞いて使うと思っているのかな?」
馬鹿なのかな?僕はそこまで狂人になったつもりはないんだけど。
人差し指でもきゅの頬をつつくと、落ち着けよとばかりに僕の指をタップしてくる。
「まず、大事なのは座標だけど、これはアプリを使えば問題ないっきゅ。通知のあった場所の座標は表示されるから、大体の座標にはなってしまうけど移動するだけなら大丈夫っきゅ。次に空間への理解だけど、これは移動先の環境だったりで変化するものっきゅ。物理的な障害物だけに目が行きやすいけど、空気だって障害物の一つっきゅ。理解が薄いと身体の一部が空気に置き換わる可能性があるっきゅ。最後に自身の維持っきゅ。これは簡単で、ワープするときにかなり魔法力を消費するからそのせいで魔法力が乱れるんだけど、その時に自身が無事な姿をイメージできていなければ暴発するっきゅ。当然魔法力が足りなければ不発に終わるか暴発するっきゅ」
「説明を聞いたけど、落ち着ける要素が見当たらないよ?おかしいな・・・」
3つの要素のうち、1つしか問題が解消されていない気がする。いや、その一つも大体の座標なんていっているあたり、安心する要素じゃない。結論から言うと、全然使い物にならない気がするんだけど。
「ここまで長々と説明したけど、ぶっちゃけこれは一般的な魔法少女の話っきゅ。ローズの場合は座標さえあればどうにかなるっきゅ」
「えー・・・今までの説明聞いたらそんなことにはならないと思うけど」
「まず座標だけど、正確なものは必要ないっきゅ。大体の座標を拾ったあと上空にワープすればいいだけっきゅ。普通なら着地しなきゃいけないし、恐怖で魔法力が乱れる可能性があるけど、アクセルであそこまで遊んでるローズなら問題ないっきゅ。次に空間への理解だけど、ローズの身体よりも移動先の空間のほうが耐えられないから問題ないっきゅ。心配なら移動先の空間を消し飛ばせば関係ないっきゅ。移動先の障害物全部を異次元にさようならすることになるけど、上空なら問題ないっきゅ。あ、修復だけはするように改変するっきゅ。最後に、自身の維持だけど、ローズの魔法力がその程度で乱れるわけないっきゅ。つまり、魔法力を使って無理やり発動すればいいっきゅ」
「結局ごり押しじゃん」
僕の作ったインビンジブルに対して言った言葉を思い返して欲しい。そして謝って欲しい。僕が自信満々に作った魔法はかなりボロクソな評価を頂いた気がするんだが、正直この魔法だって変わらないだろう。
「僕以外に使い物にならないんじゃ、魔法という技術としては未熟とか言ってなかった?」
「インビンジブルなんて無茶苦茶な魔法と違って、もきゅのは理論に基づいた上の魔法っきゅ。それに、個人での発動ができればこれは偉業っきゅ!ワープなんて言ってしまえばゲートの上位互換の魔法、妖精達ですら簡単に使えないっきゅ。ローズが使って見返してやるっきゅ!」
「私怨が籠りすぎだし、僕を利用しないでよ」
いやまぁ、使えれば便利なのは間違いないけどさ。しかし、それでも不安は残る。失敗したら身体がバラバラになる魔法なんて、好き好んで使えるものじゃない。このマッドサイエンティストには理解してもらえるのか分からないが。
あまり気分が乗らないまま変身をし、もきゅに促されるままに魔法を定義していき、そして黄金の弾丸に魔法を込める。魔法の発動は本に任せ、武器は操作を指示するために。弾をマガジンに込め、そして銃身と一体化させる。
引き金を引いたが最後、この魔法は発動し、イメージする座標へとワープをする。
「ねぇ、本当に使うのこれ?僕死にたくないんだけど」
「もきゅを信じるっきゅ。ぶっちゃけ失敗してもセーフティはちゃんと掛けてるし、例えそれがなくても、自分の無事な姿さえイメージできていれば、どれだけ危険でもローズの身体は無事っきゅ。正直、もきゅの身体のほうが耐えられるか不安っきゅ」
「不安になるならやめればいいじゃんか・・・」
「実験に危険は付き物っきゅ。死んだら花だけでも添えて欲しいっきゅ」
「縁起でもないこというのやめてよ」
運転手は僕なのだから、もっとテンションの上がるようなことを言って欲しい。
覚悟を決めて、左手でワープの本ともきゅを抱え込み、右手で銃を正面に構える。普通の銃よりも厚みのないこいつに重さを感じたことなどないのだが、今は右手に負荷が掛かっているように感じる。
もきゅが持つ携帯に映る座標を確認し、その上空に浮かぶ自分ともきゅの無事な姿をイメージする。
魔法の失敗なんていままでしたことはない。そして当然、これからもするはずがない。
強固なイメージと自信を持ちながら、引き金を強く引く。
銃口から鈴のような音色が鳴った時には、図書館は無人となっていた。
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