お客様、図書館内での騒音・飲食はお控えください
「最初から豪邸にでもしておけば苦労しなくて済んだっきゅ」
「ごめんって。考えてるうちに色々欲しくなっちゃったんだよ」
秘密基地の形を大きな図書館に決めたわけだが、どうせ作るならお風呂も欲しいし寝室も欲しくなってしまったのだ。実用性というのは非常に大切な項目だと思う。別に研究施設としての秘密基地が欲しいのではないし、要塞として敵を待ち受ける必要もないし。人が快適に過ごす空間というのは、秘密基地だろうが普通の家だろうが変わらないということがわかった。
「ある程度形になったから説明に入るっきゅ。まずは秘密基地に行くためにゲートの設置をするっきゅ。このゲートは出入り自由だから、取り合えず家に設置するといいっきゅ」
「ゲートがどんなものかまだよく分かんないんだけど、賃貸に設置しちゃって大丈夫なの?」
ゲートと聞くと扉とか門とかそんなイメージなのだが、この家に設置するとか大丈夫なんだろうか。大きさもそうだし、レイアウト的にもぐちゃぐちゃになりそうだ。
「ローズがどんなイメージを持っているかわからないけど、そのイメージは捨てて欲しいっきゅ。出入り自由なゲートは、必要な時に呼び出すことができて、不必要なら隠すことができるっきゅ。大きさだって玄関の扉と変わらないくらいっきゅ。ただ、携帯できるタイプじゃないから、撤去するときはちょっと時間がかかるっきゅ」
「まぁ、隠せたり撤去できるならいいんだけどさ。引っ越しした時にそのゲートが残ってるなんてことになったら大変だしね」
今のところ引っ越しを考えているわけではないが、賃貸なのでいつここから離れるか分からない。その時にゲートを残したままになったら、次に入る人が秘密基地の存在に気づいてしまう。
いや、そういった非日常の入り方というのも個人的にはかなり好きではあるのだが、そんなヒーローバレのリスクを追う事はできない。見てる分には楽しいが、自分が登場人物なのはNGだ。
「もう一つゲートを使う事ができて、そっちは携帯から呼び出すことの出来るポータブルゲートっきゅ。このポータブルゲートはいつどこでも展開できる代わりに一方通行で、入口しかないっきゅ。だから出口を使う場合は家に設置してる方から出ることになるっきゅ。逆に、どれだけ遠いところから秘密基地にアクセスしたとしても出口を使えば家にすぐ帰還することができるから、帰宅用のワープとして使ってもいいと思うっきゅ」
「どこからでも秘密基地いけるの?もしかして普通の魔法少女達もそうやって帰還してるのかな?」
「っきゅ。魔法少女学校も同じ仕組みで、魔法少女ならどこからでもアクセスできて、出口は日本だと特区になってるはずっきゅ。だから、魔法少女達は帰還するときは大体魔法少女学校のゲートを使って経由してると思うっきゅ」
いままで跳んで走って帰っていた僕が馬鹿みたいじゃないか。いや、アクセル使って走るのは楽しいからいんだけどね。それでも、デパートから帰宅するときにゲートがあったならと思わずにはいられない。西区から東区までは流石に遠すぎる。
「うん、大体分かったよ。それより早く秘密基地見せてよ」
「せっかちが過ぎるっきゅ。とりあえずその押し入れをゲートにでもするっきゅ」
いうが早いか、もきゅが押し入れの扉に携帯を向けると、その扉が輝き出す。光が収まると特に変化のない扉が残るが、何かが違うと感覚が告げている。
「これでこの扉は、秘密基地まで行き来できるゲートに変わったっきゅ。アプリで操作すれば隠すこともできるから、そこらへんは臨機応変に使って欲しいっきゅ」
「はーい。それじゃ早速入ってみようよ」
取っ手を掴んで扉を開ける。
元々そこにあった本の数々は見えず、どころか、あれだけ狭い押し入れだった空間はなく、広い広い図書館が広がっていた。
図書館の全体は円形で出来ており、天井はかなり高く5、6階くらいはありそうだ。中央部は全て吹き抜けとして突き抜けており、その天辺からは少し暗めな光が差し込んでいる。壁に設置された本棚には、すでに本が収められており、そのどれもがきっと魔法の本なのだろう。手に取りたいと思った本が手に収まり、収納しようとしたらそこまで勝手に戻っていく。
「魔法の図書館って感じだね」
「まぁ、魔法の図書館で間違いないっきゅ。ローズが見境なく買った魔法の本も全部収納中っきゅ。欲しい本は中央に置いてあるタブレットから検索すれば勝手に持ってきてくれるっきゅ」
司書さんはいないけど、魔法が全部補ってくれているのだろうか。本が勝手に飛んでいき、意思を持つかのように収まっていく光景は、これ以上なく魔法の世界を表しているだろう。
暖炉まであるのだが、本のある場所に火気ってどうなんだろうか。魔法の世界に僕の常識を照らし合わせても無駄かもしれないが。
「それでそれで。隠し部屋は?」
「向こうに作ったっきゅ。まぁ、期待はしないで欲しいっきゅ」
もきゅが腕差す方向には、談話スペースらしきものと本を読むためのスペースがあり、長方形の机がいくつか並んでいる。
机が並ぶ部屋の一角にはひと際大きい本棚があり、引いてくださいとばかりに明らかに豪華な本が1冊だけ差さっている。
好奇心を抑えきれずに本を抜いてみると、本棚が動き出して隠し部屋が現れる。
「おぉー!そうそう、こういうのが欲しかったんだ!」
「っきゅ。まぁ、隠し部屋といっても先は普通の部屋っきゅ。お風呂とか寝室がある程度っきゅ」
「いいんだよそういうので。隠し部屋があるっていうことが大事なんだから」
中を確認するために奥へ進むと、大きな部屋へ辿り付く。そこには馬鹿でかいベッドと僕の部屋と同じように机とソファが置いてあり、壁には次へ繋がる扉があった。ベッドも毛布もふかふかしていて柔らかいし、ソファも座っていたらダメになってしまいそうだ。
どれも明らかに高級そうな家具が置いてあるが、ストアからの注文だとしたら納得だ。あそこには高級品しかない。
気になる扉の先を確認してみると、そこはお風呂であり、明らかに部屋よりも大きい浴槽があった。お湯は垂れ流し状態なのかもうすでに張ってあり、湯気が立って早く入れと誘ってくる。
「もきゅ。大きすぎるでしょこれ」
「っきゅ。せっかくだし大きいのにしたっきゅ。疲れも魔法で吹っ飛ぶ最高級のものっきゅ」
いや、お風呂は好きだからいいんだけどね。でも、泳げるくらいのお風呂なんて個人で使う物じゃないと思う。ここに入り浸ってしまったら賃貸の家なんて住んでいられなくなりそうだ。契約解除してもいいかもしれない。
とりあえず、湯気からの誘惑を振り切ってお風呂は後にして、そろそろお腹が空いたので夕飯にするため隠し部屋を閉じる。流石に図書館で食事をする気は起きないので、おうちに帰るため入ってきた扉まで戻る。
「今日は十分に楽しめたし、残りのお楽しみは今度にするよ。夕飯にしよう、もきゅ」
「一旦家に帰るっきゅ?」
「うん。図書館での飲食は辞めとこう。誰に怒られるでもないだろうけど、なんとなくね」
「今度、飲食のスペースも作ることにするっきゅ」
秘密基地を十分に堪能できたので、今日の所はこれくらいにしておく。
でも、お風呂だけは忘れないようにしよう。
「ローズ、なんでメガネ掛けてるっきゅ?」
「ん?司書っぽい雰囲気出そうかと思って」
でかすぎるお風呂で疲れを癒したあと、せっかくなので図書館で本を読むことにした。湿気と図書館なんて相性最悪な気もするが、暖炉なんてものがある時点で突っ込みは無粋だろう。
この前デパートで買ってきたネグリジェに身を包み、長い髪を乾かした後、もきゅに三つ編みにしてもらいてきとーに手を取り読んでると、もきゅがメガネについて問いかけてきた。
別に僕は目が悪いわけじゃないし、当然メガネもコンタクトもしていない。しかし、司書といったらやはりメガネは外せないだろう。ということでアプリからメガネを取り寄せてみた。度が入っていない伊達メガネだが、シンプルな楕円のメガネは柔らかい雰囲気を際立たせるアイテムになり得る。それに、メガネを掛けたボクは可愛い。鏡を確認したが、ここまで似合うものだとは思わなかった。これからはメガネを掛けるのもいいかもしれない。
図書館で本を読んでいるメガネを掛けた美少女。うむ、絵になる。
「どう?似合うでしょ?」
「似合ってるとは思うっきゅ。でも、司書がメガネを掛けているなんてイメージはどうかと思うっきゅ。魔法少女は三角帽子を被ってるくらいの暴論っきゅ」
「いや、僕はいまでも魔法少女は三角帽子じゃないのって思ってるけどね」
魔法少女はフリルにリボンの可愛い服というのは分かるが、三角帽子の子を見たことがない。それに杖を持っている子も少ないし、テンプレートなイメージが通用しないというのも分かる。
でも、魔法少女はやっぱり三角帽子に杖じゃない?って思ってしまうものだ。司書だって三つ編みにメガネに優しいお姉さんだろう。
「ローズはイメージが先行しすぎっきゅ。現実見るっきゅ」
「夢くらい見たっていいじゃんか!ちゃんと現実だってみてるよ!」
いいじゃないか理想を夢見ることくらい。幼いころからの癖なんだよ。
もきゅの呆れるような眼差しを無視して本を読み進める。アプリから買った魔法の本なのだが、魔法の種類や使い方だけじゃなくて、その技術の成り立ちや仕組みみたいなものも沢山あった。
論文みたいなのもあり、あまりにも難しすぎて僕では片鱗すら理解することはできなかったが、こういうのって閲覧開放してしまっていいものなのだろうか。
妖精間だけならまだしも、僕も確認してしまっているのだが。いや、理解できなきゃ意味ないといえばそうだけど。
といった旨をもきゅに伝えたのだが。
「妖精はそういった管理は結構いい加減っきゅ。むしろ自慢したくて見てもらおうとしてるまであるっきゅ」
と、ありがたい言葉を頂いた。すごい事をしているんだろうけど、どの程度すごいかが分からないから自慢されても困るんだが。人類が手に入れたらもしかしたら技術の発展は一気に加速するのかもしれない、と思いながらも、僕はそれを伝えたり、本を誰かに渡したりする気はない。
僕がヒーローであるのは人類が持たない力を持っているからだし、そのアドバンテージを捨てるようなことはしない。例え人類の為であろうとも、僕の為が最優先だ。
しかし、この魔石を武器にする技術が載っている本は、面白いかもしれない。細かい部分はまったく理解できないが、頭のいい人には理解できるのかもしれない。
「もきゅ。妖精達が作り上げた魔法の技術って、人類も辿り着けるの?」
「まぁ、出来ないことはないと思うっきゅ。でも、もきゅ達の作り上げたものは長い時間と失敗を繰り返して積み上げてきた物っきゅ。これだけの資料と結果が見えていても、そう簡単に辿り着けるものじゃないっきゅ」
もきゅが図書館を見渡しながら自慢気に言う。僕も追随して視線を追うが、まるで深い縦穴に敷き詰められた書架の数々は、妖精達の長い研究の歴史を表している。確かに、この量を全て理解し、それを実用までこぎつけるのは一朝一夕ではいかないだろう。
魔法なんて未知の物に手を出すのは、人類にはまだ早いのかもしれない。
「魔石からエネルギーを取り出せるようになれば、ローズが持ってる本の一部くらいはなんとかできるかもしれないっきゅ。それ以外は魔法力の扱いから学ばないとだから、先は長いっきゅ」
「ふーん」
それなら魔石は人類の、魔法少女の助けに少しはなりそうかな。
もきゅと研究内容を本にまとめるくらいにはしっかりとした面もある妖精について、楽しく談義をしていると、魔法の携帯電話が聞いたことない唸るようなアラームを鳴らしだす。
ブックマーク、評価。助かります。感謝します