人柱は良心のあるものから選ばれる
僕の寝起きは良い方ではない。もきゅがたまに顔に張り付いてくるのは抜きにしても、寝て起きた時は頭が働かないし、覚醒するまでいつもだらだらとしている。
とりあえずという感覚で洗面台に向かい歯を磨く。洗面台に映る自分は、少しはねた髪と眠気まなこでぼーっとしているのがわかる。ジト目の表情もとても可愛い。頭はぼんやりと夢見心地だが、ふと昨日お風呂に入らずそのまま寝たことを思い出したので、お湯を溜めながらタオルを取りにリビングへ向かう。
タオルを探すために箪笥へ向かおうとしていたが、その道中では、白というより灰色になって項垂れているまんじゅうの姿があった。明らかに暗い雰囲気でブツブツ呟き、手に持つ一升瓶で何かを飲んでいるのだが、酒でも飲んでるのか?というか飲めるのか?
「もきゅ。なにしてんの?」
声を掛けるともきゅが顔を上げこちらを向く。なんかすごい目が潤んでいるし、酒であろう飲み物のせいか目元だけ赤くなっている。
僕に気づいたもきゅは、その表情に反して、意外としっかりとした口調で口火を切る。
「ローズ、もきゅ達妖精は、基本的に自由って話をしたっきゅ」
「うん。そんな話をした気もするねー」
「妖精は、自由で責任感もなくて好奇心旺盛で面白ければなんでもよくて面倒なことが嫌いで、それで、飽き性っきゅ。何をするにも考えなしで思慮が足りないし、何が起きてもまぁいいやで済ませるろくでなしっきゅ。興味があればそれに突き進んで、興味を失えばそれをすぐ捨てるようなあんぽんたんっきゅ」
えらいボロクソに言ってる気がするが、妖精は自分の同類じゃないのか。確かに、『ワンダラー』を養殖しようとしてた事を聞いたときは、中々にぶっ飛んだ奴らだと思ったことは否定できないが、流石にそこまでの評価はあんまりではないだろうか。
「飽きたって言われたっきゅ・・・」
「ん?何が?」
「魔法少女のサポート、飽きたって言われたっきゅ・・・。だから、帰るって・・・」
「え、どういうこと?」
サポートに飽きたってどういうことだろう。それに帰るって。そもそも妖精がサポートしているのは『ワンダラー』を生んだ罪滅ぼしみたいな事言ってなかったっけ。ちょっと違う気もするが大体そんな感じだったはずだ。
「昨日、サファイアにもクォーツにも、妖精の姿が見えないのはおかしいって話をしたと思うっきゅ。ローズが寝た後、他の妖精達にどういう事か問い合わせたっきゅ。そしたら、魔法少女のサポートや見物は、飽きたからもう帰ったって、言われたっきゅ。魔法少女委員会だけじゃなくて、色んな組織にいた妖精達も、全員帰ったって・・・」
「えぇ・・・なんだよそれ・・・」
飽きたから帰るって、どうなんだそれは。どこに帰るかは知らないが、要するに妖精によるサポートはもう終了するということだろうか。まぁ、僕が無責任だなんだという権利はないから何をいうでもないが、それでも唐突すぎやしないだろうか。
「それで、妖精はいなくなっちゃったってこと?もきゅも、もしかして帰るの?」
「もきゅは、帰らないっきゅ。帰れなくなったっきゅ。魔法少女委員だったり、各地にいる妖精達は「自分たちがこれ以上人類に手を貸すのはよくないので、あとは人類の手でなんとかすべき」という建前の元、この世界を去っていったっきゅ。もきゅは、『ワンダラー』が全て消えるのを確認できるまで帰ってこなくていいって・・・。妖精が『ワンダラー』を生み出した責任があるから、もきゅはその責務を果たしてこいって・・・」
あー・・・そういえば、『ワンダラー』を生み出したのは妖精だって言う話は僕しか知らないんだった。寝起きで頭が働いてなかった。その話を聞いてなかったら、「後は人類の手でなんとかすべき」って建前もまぁ、納得できる事ではある。僕は裏話を知ってるから複雑だが。
つまり、なんだ。妖精はもう、人を助けないということだろうか。もきゅだけを置いていって。
「あれ、そうなると魔法少女ってもう生まれないんじゃ。結構まずいんじゃ」
「新しい妖精が産まれたら、魔法少女に力を与えるために現れて、また帰るみたいっきゅ。昨日の紅姫みたいに・・・」
「あぁ、あれか。何の説明もなく消えたって。なるほどねー」
いや、眠気も吹っ飛ぶ話を朝から聞かされたので段々と覚めてきたが、中々ややこしいことになってそうだ。他の魔法少女がどの程度妖精のサポートを受けていたかは不明なので、そういったところがどう変わるのかは僕には分からない。ただこれからは、紅姫のような放置された魔法少女が現れるということだろう。そして確実に、野良の魔法少女が増えるだろうということだ。
「お仕事が増えそうだねー」
「そんなレベルじゃないっきゅ!!なんでもきゅが一人残されなきゃいけないっきゅ!!もきゅは頑張って『ワンダラー』への対処を考えてたし、魔法少女達のサポートをするためにローズとなんとかしてきたっきゅ!!それでも、『ワンダラー』を全て消すなんてこと、無理っきゅ!!この世界は悪意が集まったらいずれ『ワンダラー』が産まれるような流れがもう出来てしまってるっきゅ!!これじゃもきゅは一生故郷に帰れないっきゅうううう!!!」
もきゅが錯乱して、手に持つ酒瓶を振り回すが、危ないので瓶を取り上げて落ち着かせるために擦ってあげる。毛並みが柔らかくて中々触り心地がいい。
しばらく、号泣しながら抱き着いてくるもきゅをあやして泣き止むまで好きにさせてあげることにする。
数分すると落ち着いたのか、いつもよりは意気消沈しているものの、先ほどよりか幾分かまともな顔色をしたもきゅが膝上で転がる。
「取り乱したっきゅ。面目ないっきゅ・・・」
「まぁ、誰だって故郷に帰れなくなったら錯乱くらいするさ。そういえば、もきゅの故郷ってどこ?別の世界とか言ってたけど」
「説明が難しいっきゅ。疑似的に別の世界とはいってるけど、正確に伝える言葉がないっきゅ。ただ、もきゅの故郷とこの世界を魔法で繋いで、行き来できるようにしてるっきゅ。魔法少女学校も同じ要領で、別の空間に繋いで作ってたりするっきゅ。ただ、もきゅは故郷へ帰るためのパスが剥奪されたから、帰ることができないっきゅ」
「酷い話だね。これから魔法少女はどうなるんだろうなぁ」
別の世界なんて壮大すぎて想像もつかないが、そういうものがあると無理やり納得するのが大事だろう。別の空間と繋げて行き来できるようにするなんて、魔法はやっぱりすごい技術だなぁ。そしてもきゅは可哀そうだなぁ・・・。
「多分、そこまで大きく変わる事はないと思うっきゅ。他の妖精のサポートなんて、自分たちが楽しむためにまともに機能してたとは思えないっきゅ。ただ、これから野良の魔法少女が増えることだけは確実だから、不安っきゅ」
やっぱそうだよね、増えちゃうよね。昨日の紅姫くらいだったら少し面倒くらいで済みそうだけど、魔法なんて不思議なものを手に入れてしまった少女が好奇心趣くままに使ってしまったらと思うと、不安になるのもしょうがないな。
魔法少女委員会も妖精がいなくなっててんやわんやしているのだろうか。いや、騒動はあるものの意外と納得してるかもしれないな。なにせ、人類からすれば妖精は、『ワンダラー』という怪物から人類を守る魔法少女を生み出してくれる、いわば救世主みたいなものだ。その救世主が、「後は人類がなんとかすべき」といったならば、納得せざるを得ないだろう。不満を漏らして相手を不機嫌にするわけにもいくまいし。
とにかく、これからは突然魔法少女が生まれて、その魔法少女を保護する形になるのだろう。そう考えると、僕は中々動きにくくなりそうだな。何せ僕は野良の魔法少女だし、これからは魔法少女委員会も積極的に野良の魔法少女の保護に動きそうだし。
僕の事は放っておいてくれないかなぁ。まぁ無理な相談だろうけど。
世界の確変は簡単には落ち着かないなぁ。
「ローズ・・・」
「ん?どうしたのもきゅ」
もきゅが膝上からこちらを見上げてくる。白い不思議生物を膝に抱えてる美少女なんて、とても絵になる姿だろう。マスコットとして優秀だぞ、もきゅ。
「ローズはもきゅを見捨てないっきゅ・・・?これからも、一緒にいてくれるっきゅ・・・?」
同族から責任を全て押し付けられて心に傷を負ってしまったのだろうか。普段のようなおちゃらけた調子は欠片もなく、不安そうに、縋るようにこちらを見つめてくる。
いつもそんな感じなら、僕ももう少しは優しくしてあげるのになぁ、と思いながらも、安心させるようにもきゅの頭を軽く撫でてあげる。
「僕は見捨てないし、好きなだけいるといいよ。君が結構がんばってるのを僕は知ってるし、僕はこれでも、君にとても感謝してるんだから。夢も、理想も叶わず、くだらない日常をただ送るだけだった僕に、素敵な世界を届けてくれたんだから。『ワンダラー』を生み出した妖精達は、人類の救世主としてはちょっといい加減すぎる気もするけど、もきゅは僕にとっては、間違いなく救世主だよ」
抱きしめてあげながら、もきゅをしっかりと肯定してあげる。普段、もきゅに対してはあまりそういったことを言わないが、今日くらいは胸の内を明かしてあげてもいいだろう。あまり褒めすぎると調子に乗るし、恥ずかしいから、今日だけだけど。
ゆっくり膝上で揺らして撫で続けてあげると、恥ずかしいのか顔を膝にうずくめて、それでもされるがままになっている。
本日の魔法少女営業は閉店でいいだろう。そういう気分でもないし、魔法少女委員会に全て丸投げしよう。全てを忘れてゆったり過ごす時間があってもいいはずだ。
もきゅを抱えたままお風呂へ向かい服を脱ぐ。そして、嫌なことを吹き飛ばすように浴槽へダイブする。
「ローズ、こんな小さな浴槽に飛び込むのは良くないっきゅ。壊れたらどうするつもりっきゅ」
「その時はおっきいの買い直すよ。僕はもう大金持ちだからね。泳げるサイズのお風呂でも作ってもらおうよ!」
「この家は賃貸だからそういうのできないと思うっきゅ」
お風呂でゆったりと、もきゅとくだらない話で盛り上がる。お湯に身を任せてだらだらするのは気持ちがいいものだ。のぼせないようには注意が必要だが。
ぷかぷかと浮いているもきゅは、まるで浮き輪でも付いているかのように漂っているが、毛とか落ちて詰まらないよな。連れ込んだのは僕だが今更ながら不安になってきた。
本当に詰まると困るので、浮いているもきゅを引っ張り出して身体を洗うことにする。普段と違い毛が濡れて垂れているが、それでもまんじゅうとしての姿を失っていないもきゅを床に座らせて、頭の上からシャンプーで洗ってあげる。
「きゅっきゅ!?突然何をするっきゅ!?もきゅはスポンジじゃないっきゅ!!」
暴れて騒ぎ出すもきゅを股に挟んで固定し、そのまま洗い続ける。自分が洗われていることを理解したもきゅは、最初は抵抗するように身じろぎしていたが、やがて気持ちよくなってきたのか大人しく力を抜いて身を任せてくれるようになった。
不思議なことに毛は一切落ちなかったので、僕の心配は杞憂だったわけだが、まぁ、リラックスできているならそれでいいか。
「そういえば、もきゅ。紅姫がどうなったかって分かる?サファイアに任せたし何とかしてくれてるとは思うけど」
「分からないっきゅ。いままで色んな情報は妖精達で共有したりしてたっきゅ。だから委員会の動向とか、普通の魔法少女がどうしてるとか、ある程度は聞くことができたっきゅ。ただ、今はもうみんないなくなったみたいだから、これからはそういった情報も集めるのが難しくなるっきゅ」
「そっかー。不便になりそうだねー」
「どうせ残ってても、タイムリーな情報を寄越す連中でもなかったっきゅ。むしろ、雑な情報から選別する作業がなくなっただけ楽になったかもしれないっきゅ」
もきゅは笑いながらかつての同僚へ毒を吐く。
吹っ切れたかは分からないが、それで気分が楽になるのなら僕も存分に付き合ってあげるとしよう。
「僕は魔法少女生活を十分楽しんでるから、もきゅもしっかり楽しんでやるのがいいよ」
「勿論っきゅ。どうせ上から指図されることももうないし、仮にあったとしても無視してやるっきゅ。もきゅも好きにやって楽しませてもらうっきゅ」
「あまり調子に乗りすぎないでよ?『ワンダラー』誕生の二の舞はごめんだからね?」
「わかってるっきゅ。今度はもきゅが洗ってあげるから座るといいっきゅ!」
「はいはい、よろしくね」
もきゅが短い手を動かしながら、必死に僕の髪と身体を洗ってくれる。どちらとも泡だらけになり、大きな泡の塊を作って遊び、最後には高級スポンジのような柔らかい身体を抱えて、泡も疲れも嫌なことも全て、お湯で洗い流す。
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