肩の荷を下ろすのに都合のいい集会
「えっと、こんばんは。いい夜ですね?」
「はい、こんばんは、ブラックローズ。貴女はいつも楽しい夜を過ごしてそうですね。貴女が素直なら、私ももう少し楽しい夜を過ごせると思いますが、如何でしょうか?」
軽く挨拶をしたら、見事なカウンターパンチを貰った。前に委員会へのお誘いを無視したのを根にもってるらしい。そういうところにも真面目さを出すのは辞めて欲しい。
しかしまぁ、子供が集まるにはいささか遅すぎる時間だと思わないかな。
野良のヒーローである僕。
さっき魔法少女になったばかりの赤い少女。
魔法少女委員会所属の真面目系青い少女。
そして、見た覚えはあるが、実際に会うのは初めてである、クリーム色の髪をした少女。
3人の魔法少女と1人のヒーローが、良い子の寝鎮まる深夜、マンションの屋上で集まっている。
なんなのだろうこの集まりは。警察や保護者の方々が見たら卒倒してしまいそうだ。
まぁ、深夜の『ワンダラー』いるところにサファイアありみたいな認識でいるので、この青い少女と出会ってしまうのは不思議ではない。ただ、その隣にいる少女がこの場にいるのは、予想外を超えて驚愕ではあるが。
魔法少女クォーツ。タブレットに集まった悪意を消している時にかなり見る名前と姿だった。集まった情報によると、どうやら『ワンダラー』の討伐に失敗してしまったらしく、その後姿を見せなくなったようだった。その時は魔法少女自体報告が少なく、ヒーローが敗北するということは世間には非常に衝撃が強かったらしく、しばらくはクォーツに対する悪意がひっきりなしだったらしい。
そういった悪意に晒され、魔法少女を辞めてしまったと思われる彼女が今この場にいるというのは、きっと、喜ぶべきことなのだろう。
不安の表れか、黄色いスカートを強く握りしめ、レースで飾られた白い手袋も皺が付いている。クリーム色をした柔らかい癖毛が揺れ、前髪に隠れた目元が露になるが、不安そうで自信のなさげな垂れ目には、それでも気丈に振る舞うようにこちらを見つめている。そこから覗く薄い黄色の瞳は、宝石が煌めくイヤリングのように輝きをまだ失っていなかった。
たとえ挫けてしまっても、また立ち上がるヒーローの姿を目にした僕は、人知れず歓喜の渦に飲み込まれていた。挫折を味わった人間がそれを克服することなど、誰にでもできることではない。もしかしたら目の前の少女も完全には吹っ切れていなく、まだ迷っている段階にいるのかもしれない。だが、『ワンダラー』の出現報告のあったこの場にいま立っているという事実は、彼女の心の強さを表しているだろう。
敬意を込めてクォーツを見つめるが、睨まれたと勘違いしたのか、サファイアの裏に隠れてしまった。僕は悪いヒーローじゃないよー。
「なんだぁ、テメェら。突然集まって来やがって。ガキが出歩く時間じゃねぇぞ?」
赤い子が威嚇をし始めた。誰にでも喧嘩を売りに行くのだろうかこの子は。もしかしたらそのつもりはないのかもしれないが、それは挑発にしか聞こえないぞ。
予想通り、子ども扱いをされたサファイアは常に張り付けた不機嫌そうな表情を更に深くし、赤い子へ正面から向き合う。一触即発の空気が流れ、傍らで身を引いていたクォーツは身体の震えを強くし、僕はこの状況をどうしようかと悩んでいた。
だがまぁ、よくよく考えればこの状況は非常に都合がいいのかもしれない。さっきまではどうやって赤い子を納得させようと悩んでいたが、魔法少女委員会の方がせっかくここに訪れてくれたのだし、面倒そうな事はそちらへ任せてしまえばいいのだから。
僕も実力行使で言う事を聞かせるのはあまり好きじゃないし。というか年下の子に暴力は普通によくない。僕のヒーロー魂が穢れる。
現時点で悪行を働いていない時点で、僕の出番よりも委員会の方が相応しいだろう。そうに違いない。
「それじゃ、僕はこの辺で失礼するね。赤い子のことはサファイアちゃんがなんとかしてね」
「待ちなさい!貴女にも話はあるんですよ!それに、なんとかしてねって何をどうしろというんですか!?」
「待ちな黒いの!まさかこの意味不明な状態のままアタシを放置するわけじゃねぇよな!?それと赤い子って呼び方はなんだ!?」
うるさいのが2人に増えたんだが。あと同時に喋るのは辞めて欲しい。いくら僕がヒーローでも一度に聞ける話の数には限りがあるのだから。
説明するのも面倒だからそこで話し合ってというと、今度は両方から身体を揺さぶられることとなった。貴女達仲いいですね。
ヒーローの仕事に職業案内所の業務はないはずだが、まぁ、毒を喰らわば皿までというし、仕方なく仲介をしてあげよう。
「では説明をしますので、お互いまずはお口にチャックをお願いします。僕が面倒に思った時点で帰りますので、そのつもりでお願いします」
どちらも不満そうにこちらを見てくるが、僕が腕を組みながら鋼の意思をみせつけると、諦めて話を聞く姿勢を取ってくれる。やっぱどちらも根は素直なんだな。あと隅にいるクォーツはしきりに頷いて相槌を打ってくれるが、君には何も問題ないから取り合えず集まりなさい。
「まず、ご紹介からしましょうか。えー、こちらのお二方は魔法少女委員会という組織に所属されてる方々です。魔法少女委員会とは国が直属に管理している組織で、魔法少女学校などもこの組織の枠組みのはずです。基本的に、魔法少女は皆この組織へ所属しています。クリーム色の髪の子がクォーツで、青い髪の子がサファイアです」
「えっと、クォーツです!よろしくお願いします!」
「・・・・・・サファイアです。よろしくお願いします。ブラックローズ、何故そこまで理解されているのに委員会に所属されないのですか?」
取り合えず、サファイアの言葉は無視する。僕は長話をするつもりはないのだ。というかもう眠い。
「それで、こちらにいるのは通称赤い子。名前は・・・今思ったけど僕も名前知らないや。なんていうの?」
「喧嘩売ってんのかてめぇ!アタシの名前は紅姫だ!よく覚えておけ!それと年上は敬え!」
そう言われても、名前を聞くタイミングなんて、あったかもしれないけど興味はなかったし。あと僕の方が年上だぞ、敬いたまへ。
「紅姫って言うらしいです。まぁ、サファイアちゃんに任せたいのはこの子の事なんだけど。今思ったけど魔法少女が本名を名乗っちゃって大丈夫なのかな。あんまり良くない気はするけど」
「魔法少女同士なら、本名を教えあってる人も多いですから大丈夫です。禁止してもしきれないことでもありますので」
魔法少女同士って本名教えあったりするんだ。まぁ、学校に通う小中学生ならそれくらい普通か。同じ職場の人間だし、友達でもあるもんな。
「私の言葉を無視するつもりなのは分かりましたのでそこはもう諦めます。それより、紅姫さんについて任せたい事というのはなんなのでしょうか。私が初めて見る魔法少女のようですが」
「実は、紅姫はさっき魔法少女になったばかりらしくて、右も左も分からないんだ」
「なるほど?」
あまり詳しいわけではないが、とりあえず僕が先ほど知ったことをそのまま話す。
サファイアが意外としっかり話を聞いてくれるおかげで、説明はスムーズに進めることができた。頑固そうではあるが、やはり真面目なのだろう。魔法少女になったばかりで困ってるが、魔法少女学校には行きたくないと駄々をこねてることを説明すると、すぐに納得をしてくれた。
「理解しました。紅姫さんの事はこちらで預からせて頂きます。魔法少女になったばかりの子達の中には、紅姫さんのように環境が変わる事を嫌って駄々を捏ねる方も少なくありません。しかしながら、魔法少女になったからには、魔法の利便性と危険性、そして役割を理解してもらう必要があります。紅姫さんは、私が責任を持って委員会へとお連れします」
「誰が駄々を捏ねてるだ!?アタシは魔法少女なんておままごとするつもりはねぇっていってんだよ!」
「魔法という力を手に入れてしまった以上、その力を持つ者には望む望まないに限らず責任が降りかかります。それは当然、魔法少女を続けないにせよ、です。貴女は高校生ということですが、それくらいの事はご理解頂けないのでしょうか?」
「てめぇ・・・言わせておけば・・・!!」
息が合ってたり水と油だったり、ずいぶんと忙しい2人だ。
まぁ、説明すべきことはしたんだし、僕の役割はここで終了だろう。いい加減お布団が僕を呼んでいる気がするから、ここらへんで帰らせてもらうとしよう。
一応の礼儀として、2人の諍いをどうしようか迷っているクォーツへ声を掛けておく。
「それじゃ、僕は帰るから。後の事はよろしくね。魔石は回収してないから、後で紅姫に説明してあげて」
「あ、えっと。お疲れ様です・・・!その、ブラックローズさん・・・!」
「ん?なに?」
「その、どうして魔法少女委員会に入って頂けないのでしょうか。先輩に聞いたら、取り付く島もなく、『どこに所属するつもりもないし、誰の指図も受けない』と言われたって。魔法少女委員会は、悪いところではないですよ?みんな優しいですし、学校だってあります。それに、どこにも所属していないと、悪くだって言われてしまいます。紅姫さんには入るように言うのに、どうしてブラックローズさん入ってくれないんですか?」
どうしてと言われても、初めはもきゅにそうして欲しいと言われたからだし、今は僕自身もそうしたいと思ってるからだが。だけど、どう言葉にしたものか。僕が魔法少女委員会に入らない理由。
「敢えて言うなら、僕がヒーローでいるために都合がいいからだよ」
組織という枠組みに縛られず、規律やルールに悩むことのない立場というのは、僕のヒーロー活動をする上で非常に都合がいい、ただそれだけだ。
「それは、身勝手がすぎるのはないでしょうか・・・?魔法少女になったからには、委員会に入って誰かを助けるべきじゃないんでしょうか」
「誰かを助けるのに、どこかに所属してる必要なんてないよ。それに、身勝手がすぎるなら、君はどうする?力づくで僕を連れていくかい?」
ちょっと意地悪に威嚇をすると、クォーツは怯えたように後ずさる。別に何かをするつもりもないが、これ以上僕を引き留めないで欲しい。僕は眠気が嵩むと不機嫌になるぞ。
いまだに言い争いを続けている2人を尻目に、アクセルを発動して屋上から跳び立つ。
使命とか正義とか、そういうのを語りたいなら他所でやって欲しい。聞く耳を持たない訳ではないが、どうせ僕は正統派のヒーローではない。僕の中の正義は、僕だけが知ってればいい。
さあ、安全運転で早めに帰ろう。お布団が待っている。
「お布団だーいぶ!」
「ローズ、変身したまま寝る気っきゅ?服は皺にならないけどはしたないと思うっきゅ」
「ねーむーいー」
小型の『ワンダラー』探しで精神を使った後に変な事に巻き込まれてしまったせいで精神的にくたくただ。なまじ肉体面が優秀すぎるせいで、気づいたら疲労が溜まっている感じだ。まぁ、この状態でお布団に包まれるのは非常に心地が良く、ぐっすり眠ることができるので悪い事ではない。
「もきゅ、なにやってるの?」
暗い部屋の中、白いまんじゅうがタブレットをぺちぺちしている。
こんな時間に何をしているのだろうか。というか、暗がりで液晶だけ見つめるのは目が悪くなりそうだぞ。
「っきゅ。紅姫って子が魔法少女になったとき、桜餅はすぐどこかいっちゃったっていってたのを覚えているっきゅ?」
「あぁ、そんなこといってたねー。あれってもきゅのお仲間でしょー?」
「そうっきゅ。何の説明もなしに放置するなんてあまりにも酷すぎるっきゅ。だから色々文句を言ってやろうと思ってたっきゅ。だけど・・・」
「だけどー?」
「おかしいっきゅ。サファイアって子も、クォーツって子も、妖精がついてなかったっきゅ。妖精は魔法少女をサポートする為に、基本的には傍にいるものっきゅ。たとえ興味本位で魔法少女の力を与えた妖精にしても、近くで見学をしたいから同じはずっきゅ。でも、どの妖精も姿が見えないっきゅ。たまたま付いてなかったにしては、偶然が過ぎるっきゅ。だからちょっと確認してるとこっきゅ」
「ふーん・・・そうなんだー・・・」
僕の思う妖精像は、基本的に自由だし、面白いことに目がなく、テンションが上がりすぎると歯止めが利かないって認識だ。自分の生み出したヒーローの観察なんて、これ以上ない面白い事だと思うんだけどなぁ。
もきゅがタブレットをぺちぺち叩く音を環境音にしながら、睡魔に誘われるがままに微睡みの中へと沈んでいく。
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