見た目は子供 精神も子供
「ブラックローズ、もうちょっと南のほうっきゅ!」
「おっけー」
移動魔法アクセルを使って深夜のビルの谷間を飛び跳ねる。窓枠を蹴り、加速して、とにかく速くと速度を求める。
この魔法は大のお気に入りだ。
決して宙に浮いているわけではないが、飛び跳ねる感覚は空を飛ぶかの如く爽快感を感じさせてくれるし、景色が一瞬で流れていく速度は、どんな乗り物と比較しても代えがたい快感を生んでくれる。
あまりにも楽しすぎるので、深夜良い子も悪い子も寝静まっている時間に抜け出して、開発区の端から端まで走り抜けてみたこともあった。今なら走り屋の気持ちが分かるぞ。
速度が上がるのを体感するたびに自分が笑顔になっていくのを自覚するが、このままだとスピード狂になってしまいそうだ。よくない兆候だろうが楽しいんだから仕方ない。
それに、この魔法にはもう慣れたもので、たとえ狭い隙間の中でも速度を維持しながら身体を擦ることなく進むことができるようになった。そのため、今もこうして入り組んだ街中を、右へ左へするすると抜けることができる。
あまりの楽しさに目的を忘れてしまいそうになるが、今回外を走り抜けているのはお散歩ではない。折り畳み携帯電話君が『ワンダラー』の出現を知らせてくれたので、駆け付けている最中だ。
魔法少女生活をしばらくしてみて分かったのだが、『ワンダラー』は夜に多い。朝や昼には討伐したことがないが、夜の出撃は今日で4回目だ。もちろん朝だったり、昼間だったりと時間を問わず現れはするのだが、確実に夜の報告が多い。
そして、魔法少女は少女がなるものだ。一般的にはだが。
ここから導き出される答えは非常に簡単だ。深夜とか子供は寝る時間に決まってるだろ。
『ワンダラー』さんサイドも、少しは考えて出てきて欲しい。
例え正義の味方だろうと睡眠が不要なわけがない。それが育ち盛りの少女達なら尚更だ。
もちろん、深夜にも活動できる子達だっているだろうが、ただでさえ少ない魔法少女の中、『ワンダラー』なんていつ現れるか分からない怪物を待ち続けれる子が、どれだけいるのだろうか。多くはないことは想像に難くないだろう。
その結果、昼間から夜にかけての『ワンダラー』は、組織に所属している魔法少女達によって迅速に討伐されているが、その反面、深夜から早朝にかけての『ワンダラー』は討伐されるまでに時間が掛かっている。
まぁ、そこは組織という枠組みの難しいところなのかもしれない。
国が先導して組織の運営している中、小中学生という未来ある子達を酷使することはできない。
今現在は世間的には魔法少女は謎の存在だが、いずれはどういった子達が人類を守っているのか、公表せざるを得なくなるだろう。その時に、そんな小さな子達を深夜まで働かせていたなんて露見したら、ただ事では済まないだろう。
勿論、『ワンダラー』は世界の脅威だ。そんな甘い事を言ってられないという意見もあるだろう。だから、あの真面目そうなサファイアのように深夜に動いている子だっているはずだ。
かといって、子供たちの未来を奪うことに簡単に納得することもできない人たちだって当然いるだろう。
要するに何が言いたいのかというと、僕みたいな野良の魔法少女は、こういう時の為にいるんだろうということだ。
唯一成人していて、組織の枠組みに縛られることもなく動くことのできる謎の魔法少女。本格的にダークヒーローっぽくなってきたぞ。
まぁ、もしかしたら僕が野良の魔法少女であろうが、世間では組織に所属している魔法少女と同じように認識する人たちもいるかもしれないが、そこは仕方ない。結局は誰かがやらないといけないんだし、僕がやってもいいだろう。
これでは一般の人たちだけじゃなくて魔法少女関係者にも感謝されてしまうな。困っちゃうなー。
「なにニヤニヤしてるっきゅ。気持ち悪いっきゅ。そんなことよりレーダーをもきゅに任せないでローズも探して欲しいっきゅ」
「気持ち悪いってなにさ。可愛いの間違いでしょ。それにちゃんと探してるって。でも、こんなに見つけにくい『ワンダラー』もいるんだね。探すのが大変だよ」
「『ワンダラー』の大きさは基本的に悪意の大きさで決まるっきゅ。家くらいの大きさの奴もいれば、自動車くらいのもいるっきゅ。脅威度的には大きいほうが問題だけど、小さいほうが見つけにくい上に被害も大きくなりにくいから対応が遅れることが多いっきゅ。地方で報告される『ワンダラー』はこういったのが多いからどんどん後回しになったりするっきゅ」
いままで倒してきた『ワンダラー』は中型と呼ばれる程度の大きさらしく、携帯に出現報告があって向かえばすぐどこにいるかがわかった。それは、『ワンダラー』が放つ悪意が非常に危険なものであるが故に、どちらへ行けば危険かがすぐ分かったからだ。
だが今回の『ワンダラー』は小型と呼ばれる種類で、悪意がどちらの方向にあるかはなんとなくわかるものの、正確な位置が掴みづらい傾向にあるようだ。
「どこに『ワンダラー』がいるか正確に探知できる魔法ってないの?足と感覚で探すんじゃ不便すぎない?」
「一応、携帯電話にはその機能があるっきゅ。だから出現した瞬間に悪意の塊を探知して大体の位置を報告してるっきゅ。ただ、小型の『ワンダラー』だと出現した瞬間はわかっても、すぐ周りに紛れて正確な位置を掴めなくなるっきゅ。悪意の塊は『ワンダラー』として活動するけど、『ワンダラー』になってない悪意の雰囲気みたいなのは、そこら中に漂ってるっきゅ」
「かくれんぼの得意な『ワンダラー』って感じなのかな。僕がそういうのを探知する魔法を作るとかどう?」
この歳になってかくれんぼをする趣味はあまりないし、相手が悪役なのも嬉しくない。
どうせ魔法を色々使えるなら、そういう魔法を作ったっていいだろう。
「探知したい『ワンダラー』がどの程度の悪意を持っているかが分かればまだ問題ないけど、曖昧なままで作ろうとするのはやめたほうがいいっきゅ。ローズは『ワンダラー』の成り立ちや悪意そのものに対しての理解も知識も薄いから、自分でセーフティも作れないっきゅ。多分いまのままやろうとすると、自分の思う色々な悪意を全部取り込んじゃって頭がおかしくなっちゃうっきゅ」
「え、なにそれ。こわすぎるんだけど」
ヒーローが光と闇の両方を備えると頭がおかしくなって死ぬとかそういう話?
「結果をきちんと想像できたり、もしくはそのものに対して理解がちゃんとできてないと、過剰な効果を生み出すことにもなるっきゅ。本来ならそういった魔法は発動すらしないけど、ローズならそれすら覆すことができちゃうっきゅ。単純な効果を生み出す魔法ならそれでも問題はないっきゅ。だけど、精神に作用する魔法はお勧めしないっきゅ。ローズは身体的には超人だし、魔法的にも最強格っきゅ。でも精神的には子供だからきっと耐えられないっきゅ」
「いや、僕は大人だが」
だが、まぁ。もきゅが僕を心配して言ってくれてるのはよくわかった。
強すぎる力は身を滅ぼす恐れもあるということだろう。強くなりすぎてしまったか・・・。
しかし、強すぎて使えないというのは中々に不便だな。正直、強い攻撃魔法とかなくても『ワンダラー』は倒せるし、移動魔法もアクセルが楽しいので足りている。なので、欲しいのは便利な魔法なんだが。まぁ精神に作用する魔法以外は大丈夫っぽいから気を付ければ問題ないか。
「ねー、もきゅ。見つかんないよー・・・」
「感覚的には近いはずっきゅ。もう少し頑張るっきゅ」
『ワンダラー』は意外と知能もあるという話だし、こそこそと隠れてるんじゃないだろうか。
厄介にも程があるぞ。
しばらく捜索を続けていると、もきゅが唐突に叫び出す。
「ローズ、向こうで魔法の気配を感じたっきゅ。多分そっちに『ワンダラー』がいるっきゅ」
「ありゃ。魔法少女委員会の子に先を越されちゃったかな?」
今回で4回目の討伐であり、出撃した際には全て僕が『ワンダラー』を討伐しているのだが、倒した後には毎度の如くあのサファイアって子が遅れてやってきていた。
向こうも、もしかしたらこちらに気づいていたかもしれないが、何か言われるかもしれないのでいつもそそくさと退散していた。
今回はあまりにも見つけるのが遅すぎて獲物を取られてしまったかもしれない。そこまで遅かったつもりもないんだが、優秀なのだろう。
「どうしよっか。横取りするのもよくないし帰る?」
ノルマとかあるのかは知らないが、『ワンダラー』の討伐だけでなく、魔石を回収することは国にとって重要な目的にもなり得るし、それは委員会の子であれば当然の話だろう。
仮に野良の魔法少女が横から掻っ攫ってしまえば、第三陣営の悪役の出来上がりだ。今だってお目こぼしをしてもらっているような物なのに、本格的な捜索になってしまうだろう。
「っきゅ。せっかくだし他の魔法少女が戦うところを見るといいっきゅ。ローズは自己流で戦ってるけど、どんな戦い方をしているのかみるのも勉強になるっきゅ。あと、討伐失敗しないという保障もないから、保険として付いておくのもいいっきゅ」
「そういえば、魔法少女がどんな風に『ワンダラー』と戦ってるかって直接見たことなかったね。うん、どうせ暇だし見物しよっか」
バックアップするためだし覗き見するのは仕方ない仕方ない。
自分に言い訳しながら、もきゅの腕差す方向へ向かう。
目的の方向に向かうと、赤い光がわずかに見え、近づくにつれてその光は強くなった。
マンションの屋上から覗き込むと、小型の『ワンダラー』と赤い髪の魔法少女が戦っているのが見えた。
「誰だろう。魔法少女特集でも見たことない子だ」
「深夜に動く魔法少女は限られてるから、初めて見る子ならもしかしたら新人かもしれないっきゅ」
もし新人なら覗き見、もとい見守る事にして正解だろう。ただ、普通は新人がいたら教導する人もいるんじゃないだろうか。もきゅみたいな妖精がどこかにいるのかな?
頭の横で赤い髪を一纏めにした魔法少女は、その燃えるような髪と同じように炎を操り、手に持つ刀のようなもので『ワンダラー』を斬り付ける。灼熱に焼かれ、刀で斬り続けられただろう『ワンダラー』は、そのボロボロな身体を引きずるように身体を動かし反撃を試みるが、焼け落ちた触腕は機能せず、身体ごと襲い掛かろうにも炎の壁によって阻まれ、まともに身動きができない状態となっていた。
力の差を見せつけられた『ワンダラー』は、黒い霧のようなものを放ち逃げ出そうと試みるが、少女がそれを逃すはずもなく、刀によって身体を貫かれ、灰のように散っていった。
「かっこいいー!いやー、やっぱヒーローに赤色は欠かせないよね!見に来てよかったよ!」
ヒーローは何色かと聞かれればまず確実に赤色が出てくるだろう。外すことの出来ない色に間違いない。当然ヒーローで赤色といえばチームの華、リーダーであり主人公だろう。つまり奴は主人公ということか?
炎を操っているとこもポイントが高い。魔法といえばどんな属性があるかと聞かれればまず確実に炎属性が出てくるだろう。当然ヒーローで炎と言われれば主人公。つまり奴は主人公ということだ。
「かっこいいのは分かるけどはしゃぎすぎっきゅ。静かにしないとバレるっきゅよ」
「そんなこといって、もきゅだってこういうの好きでしょ。録画とかするくらいだし」
このまんじゅう、人が戦っているときにその戦闘風景を録画しているのだ。もちろん、僕だって格好いい姿を撮られるのは嫌じゃないし、むしろ観返すことができるのでとやかく言うつもりはない。どうせ今回のも録画しているだろうから後で鑑賞させてもらおう。
十分に楽しませてもらったし、ゆっくりと帰宅しようとしたのだが、そうは問屋が卸さなかった。
どうやら騒ぎすぎてしまったせいで例の少女に気づかれてしまったようだ。
「覗き見とはいい度胸してんじゃねぇか。なぁ?」
赤髪のヒーローは、ちょっぴり口の悪い子だった。
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