どこまで変わったか答えをくれないアハ体験のような空間
勤労の義務というものがある。
皆様もご存じの通り、日本国民の三大義務の一つである。
この場合の義務は、あくまで権利と責任があることと、人は働くべきであるという精神的な解釈によるものである。
要するに、労働とは強制的にされるものではない。働いて社会へ貢献すべきという奉仕に溢れた人もいるが、強制できるものではないだろう。
とはいえ、人が生きていくために大事な物の一つにお金という物がある。ただ生命活動を続けるだけであれば、お金は不要で、栄養があれば生きていけるという論もあるだろう。
しかし、生活を彩るためにお金があるとないとでは大違いだ。生きるというのは身体だけに限らず、心にだって豊かさが必要だ。
ゆえに、その豊さを整える為にお金が必要であり、そのお金を得る為に労働が必要なのだと僕は考える。
じゃあ、お金があれば労働は不必要なのかと言われると、これは難しいところであろう。
例えば宝くじで1等に当選した時、莫大な財産として多額のお金を手に入れることができるだろう。その時、いままでしていた仕事を辞めることができるか。
答えは否だろう。
当然、契約的に一定期間はやめられないというものもあるが、それは置いておいてだ。
生活を急激に変えるというのは、中々に勇気のいる行動だ。
お金を得る為に始めた仕事であっても、お金が手に入ったからすぐ辞めると決断できるものは、少数派なのではないか。
つまり、ここまで長々と言い訳した上で僕が言いたいことは、僕がアルバイトを辞めてないのは仕方のない事だという事だ。
「いらっしゃいませー」
深夜まで続くコンビニのアルバイト。多額のお金を手に入れ、魔法少女という仕事――あまり仕事という認識でやってはいないが、を手に入れたはずの僕は、それでも辞める決断をできないでいた。
2年も経っていない上にアルバイトという立場の職場だが、なんとなくで始めたものでさえ、手放すのはなんとなく惜しくなってしまったのだ。
しかしながら、それは男のままだったら、という注釈を付けたくなるくらいには、現状に不都合がありすぎる。
取りあえず制服が大きすぎる。
当然だが、コンビニのアルバイト含め大体の仕事着というものは、小中学生へ向けて作られていない。芸能界の子役だったり、職場体験が頻繁に行われたりする場では、気遣ってそういった制服の用意もあるだろう。
しかしながら、僕が務めているコンビニは何の変哲もない小規模な店舗だ。
むしろ、ここら辺の地域が『開発区』として名を変え、その在り方も徐々に変えていったせいで学生の姿はたまに見る程度になってしまった事を考えると、『仕事盛りの大人の来店の多いコンビニ』としての特色が強いだろう。
もう一度言うが、とにかく制服が大きい。袖はだぼだぼだし、裾回りは膝近くまであるし、こんな状態じゃ、気を付けないとそこら辺に服を引っ掛け放題だ。
いや、分かってはいる。これは別に制服が大きい訳ではないと言うことは。
なにせ、棚の最上段は背伸びをしなければ届かない上に、タバコに関しては背伸びでも届かない。カウンターでお会計の際には、ほとんど身体ごと乗り出してる状態だし、レジスターが打ちにくいったらありゃしない。そんな僕用の台座が、カウンター下に置いてある時点で非常に屈辱的だ。
総合的に考えると身長が低すぎるのだ。考えるまでもなかった。
変化してしまったローズの身体は全体的には小学生、中学生くらいの見た目だ。身長が、感覚的には140ないかもしれないくらいのことを考えると、中学生の中でも小柄に位置するのではないだろうか。
男だったときは170に届くか届かないくらいだったことを考えると、約30センチのリニューアルだ。普通だったら感覚が壊れてしまう。
幸い、魔法の力かわからないが、そういったバランス感覚に一切の支障はない。支障はない、のだが。届かないと言うのは最早そういう問題ではない。感覚的な話ではなく物理的な話なのだ。
いっそ魔法でも使えれば悩まずに済むが、当然使えるはずもない。こんなことでヒーローバレなんてしたくない。いくらなんでもダサすぎる。
とにかく、現状のアルバイトという全うなお仕事は、身長という強敵によって中々困難なものとなってしまった。
というか店長も店長である。
こんな見た目の子が働いていることに少しは疑問をもって欲しい。
来店する初顔合わせの人には驚かれたり、話しかけられたりする辺り、やはり普通ではないという僕の認識は間違いではないのだろうが、夜勤交替する時の店長からは微笑ましく見つめられるだけだった。いや、「最近は学生さんくらいの若い子達が増えてきたんだよ。珍しいね」とかいってたな。目の前を見ろ。見た目は学生だぞ。
僕が関わった人は、男の時の記憶が全て改変されているようだが、その影響でどれだけ僕が幼かろうが違和感を感じることができないのだろうか。
戸籍すら改変されているのだから、その程度の認識くらいは簡単に変えられてそうだ。どこまで余波が広がってるのか分からないのが怖すぎる。
「お嬢ちゃん。お会計お願いしてもいいかい?」
「あ、はい!いま向かいます!」
どれだけ不満を漏らそうが、出勤している以上、仕事はしなければいけない。
いつもより足を踏む数が増えた通路を通り、手を伸ばしながら会計を進める。
「ありがとうございましたー!」
店長が言っていた、学生の利用者が増えたというのは本当のことだった。
なぜならば、深夜までのアルバイトという夜遅い時間にも拘らず、小中学生らしき少女達が3組も来店したのだから。
いや、おかしいでしょう。
確かにこのコンビニは学生が来店しないわけじゃない。大人以外の利用者は当然いるし、増えてきたというならたまたま今日、学生を見かけたっておかしくはない。
だがそれは、今の時間が0時に近いということを除けばの話だ。
高校生や大学生くらいならまだしも、小中学生がこの時間に来店ってどうなってんだ。補導されても知らんぞ。
いまだって、お店の角にある新聞を立ち読みしている少女も、見た目は中学生くらいでしかない。
あのくらいの年齢の子が新聞を読んでいるのは凄いな。僕が同じくらいの年齢の頃は新聞なんて欠片も見てなかったのに、最近の子はこんなにも大人びているのか。
感心のあまり少女を見ていたが、手に持つ新聞の見出しが目に入ったとき、毎日のルーティンを忘れていたことを思い出す。
(そういえば魔法少女特集見るのをすっかり忘れてた。自分がヒーローになったからって疎かにするのは違うよなぁ)
ヒーローに憧れていた時に現れた魔法少女。その魔法少女がどこで『ワンダラー』を討伐し、助けられた人々がどんな感謝の言葉を述べていたかが新聞で取り上げられているのが、魔法少女特集というページだ。
魔法少女がどんな存在なのかがはっきりしていなかった為、その特集に乗せられた情報は非常に曖昧で信ぴょう性が薄い物だったが、『ワンダラー』が討伐されたという事実と、助けられた人々の感謝の気持ちは本物だった。
当然ヒーローに憧れていた僕はその特集を毎日見ていたし、それが魔法少女によるものであっても、いずれは自分もといった気持ちを抑えることができなかった。
まぁ、結局はこうして魔法少女としてヒーローになることはできたがわけだが。
僕は特集に乗っているような皆の理想のヒーローではないが、出来ればそこにブラックローズの格好いい姿を載せてみたい。ついでに誰かが感謝をしてくれるなら、僕の中のヒーロー魂は最高に気分が良くなること間違いないだろう。
来るべき未来の皮算用に想いを馳せながら、忘れていた日課の遅れを取り戻すために新聞を手に取り、カウンターで読み始める。
手に取った時にちらりと目に入った物にもしかしたら、という思いがあったが、カウンターに入り最初に飛び込んできた姿で歓喜の声が漏れる。
「おぉ・・・おおぉ!!」
そこには剣を掲げ、怪物へ鉄槌を下そうとするブラックローズの姿があった。
もきゅが見せてくれた携帯でも、同じような写真があったが、その姿が新聞に載っていると考えると嬉しさもひとしおだ。
写真の周りには『謎の黒い魔法少女』という大きな文字と共に、助けられた人々からのメッセージが記載されていた。
やっぱりヒーローっていうのはこうでなきゃ。見返りを求めないのがヒーローという説もあるが、感謝はされればされるだけ嬉しいものだ。助けられた人はWIN。感謝される僕もWIN。きっともきゅだって同意してくれるだろう。
言葉を選んでいるのか、魔法少女特集に載せられる言葉にはプラスの物しかないのも、僕のヒーローとしての顕示欲を満たしてくれる。全てがこれくらい優しい世界だったらいいのに。
「ふふふふふ」
いつもは憧れて見ているだけだった新聞に自分が載ったという事実は、予想以上に僕を興奮させていたらしく、思わず弾んだ可愛い声が漏れてしまった。
だから油断をしていたのだろう。
心の緩みを的確に突くような強烈な一撃が胸に突き刺さった。
「貴女も、魔法少女、好きなの?」
「うぇっ!?」
心臓が口から飛び出るかと思った。
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