守るべき存在が、守ってくれる存在とは限らない。
「なに、これ・・・。酷い・・・!」
最後の仕事の話をすると言われてもきゅに見せられたタブレット。そこにはヒーローとしての仕事として想像していたものとはかけ離れたものが映っていた。
例えるなら、そう。それはまさに悪意の塊というに相応しいだろう。そういった意味では、ヒーローとしての役目に違いない。
しかし、これは、『ワンダラー』のような異形ではないにも関わらず、その性質はより醜悪で、悍ましく、唾棄すべきものだ。
『〇〇の魔法少女は助けてくれなかった』『その魔法少女は××区でよく見かける。きっとその近くに住んでるよ』『魔法少女になったって子が近くの学校にいたよ。〇〇って名前なんだけど』『あいつらは助ける人間を選別してる』『『ワンダラー』に負けた魔法少女集めた。こいつら役立たず』『この前負けた魔法少女は〇〇病院で目撃されたって。文句言いにいってくる』『魔法少女のパンチラ画像集めました』......
言葉、画像、動画。
様々な方法によって魔法少女への誹謗中傷だったり、個人情報が晒されていたり、全てがマイナスの要素で構成されている。
これを行っているのは人間なのだろうか。
どこをみても、どれをとっても、これが正義のヒーローに対するものとは思えない。
これは、一種の怪物だ。
「ここにあるのは、ネットだったり、新聞だったり、テレビニュースだったり。人類の使うメディアで蓄えられた魔法少女への悪意の一部っきゅ」
「これが・・・一部・・・?」
画面いっぱいに広がる悪意の数々。
いままで見てきたものの中でも直視を躊躇われるこれが、氷山の一角でしかないと。
「どうしてこんなことができるんだ!だって、魔法少女はヒーローなんだろ!?」
「人類の事を妖精の僕に言われても困るっきゅ。でも、敢えて言うなら、ヒーローだからっきゅ」
ヒーローだから・・・?
「ヒーローだから助けを求めるし、期待をするっきゅ。そして、それが裏切られたときに、人は悪意を持つっきゅ」
「それは・・・」
僕だって子供の頃、ヒーローは全ての悪を滅ぼすし、全てを救うと思っていた。だから、理屈自体は分からないでもない。
だけど、そんなこと、ありえない。
ヒーローに憧れを持ち、ヒーローになった僕だって、全てを救うなんてできるはずがない。
「まぁ、大抵はそういった失望や八つ当たりからくるものだけどだけど、純粋に魔法少女を弄ぼうっていうどうしようもないものもあるっきゅ。どちらにせよこんなもの、他の魔法少女には見せられないっきゅ」
「僕も出来ることなら見たくなかったよ・・・」
ヒーローに対して好意的なものもあれば、否定的だったり、攻撃的なものもある。
それが理解できるのは僕が大人だからだろう。理解したくもないが。
しかしこれは・・・。
「魔法少女達がこれをみたら、どう思うんだろうね・・・」
「実際に魔法少女になった子は、自分が魔法少女であることを言ってしまったり、こういったものを見てしまったりして魔法少女を続けられなくなってしまった子もいるっきゅ」
さもありなん。少女達に向けられるものとしてはあまりにも苛烈すぎるだろう。
というか僕だってこんなものに敵意を向けられ続けたら、ヒーローとして助けるべき存在を見失ってしまいそうだ。
「そんなわけで、もきゅが君を選んだ理由の一つ。『自己中心的なヒーロー』が素質として適任というのはここに繋がるっきゅ。ローズならきっと、この程度の悪意なんとでもないはずっきゅ」
「褒められてるんだろうけど・・・なんだかなぁ・・・」
確かにこの程度でヒーローを辞める程、僕のヒーローに懸ける思いは安くない。
仮に直接誹謗中傷を言われようが、関係ない。
というか誰かの為にヒーローをやっているわけじゃなく、自分の為にヒーローをやっているだけだし。
「ローズがこれくらいで魔法少女を辞めるとは思わないけど、もしこういったことが原因で誰かを助けたくなくなったら、それは仕方ないと思うことにしてるっきゅ。魔法少女にだって休むことは必要だし、助けるべき対象を選んだっていいんだっきゅ」
もきゅが悲しそうに呟く。
辞めてしまった魔法少女もいるようだし、きっとそこで色々あったんだろう。
「僕はまぁ、大丈夫だよ。難しく考えることは辞めたし、やりたいからやってるんだから。もし、僕がやりたくない状況になったら、その時は迷わず逃げちゃうよ」
「それでいいっきゅ。ヒーローは自分を犠牲にしなければいけない存在でもないし、君一人でもないっきゅ。万人にとってのヒーローになる必要はないっきゅ」
助けたい人は助け、助けたくない人は助けない。
義務感だって責任感だって、僕にはない。
自己中心的なヒーローにはお似合いだろう。
「さて、気分の悪くなるような話を聞いてもらったけどこれは前置きに過ぎないっきゅ。ここから本題に入るからよく聞いてほしいっきゅ」
「長い前置きだったね」
「どれくらい深刻な問題か共感してもらうためには大事なプロセスだったっきゅ。ローズにも、こういった問題のせいで、魔法少女をやりたくなくなっちゃう子の気持ちが理解できると思うっきゅ。でも、このままじゃだめっきゅ。もきゅ達が魔法少女として力を与えた以上、その子達の人生は守らなきゃいけないっきゅ」
「まぁ、確かに。魔法少女も誰かに守られないといけないよね」
「正直、この仕事さえこなしてくれれば他の仕事は全て放棄して貰っても構わないっきゅ。それくらい重要なものだと思って欲しいっきゅ」
「そこまで重要なものなんだ。なんだか緊張してきた」
とはいえ、流石に放棄する気はさらさらないけど。
別に責任感で動いているわけではないが、それでもヒーローにしてもらったんだ。
出来る限りやったって罰は当たらないだろう。
「ローズにやって欲しい仕事、それは」
「それは?」
「ここにある全てを消して欲しいっきゅ」
タブレットを手で差しながら訴えかけるまんじゅう。
そこにあるのは勿論、魔法少女に悪意をまき散らす心無い人々。
「え、アンチ魔法少女を殺せとかいうヒットマンみたいな仕事?」
「そんなわけないっきゅ!!!」
「悪意の塊が『ワンダラー』であるって話は何度かしたと思うっきゅ」
「はい」
「当然、こういった魔法少女に対する誹謗中傷だったりも、『ワンダラー』が産まれる原因にもなるっきゅ」
「はい」
「ローズのお仕事は、ここに集まった悪意を消し去って、魔法少女の子達に安心を届け、ついでに『ワンダラー』の発生を抑えるのが仕事っきゅ!」
「そっちがついでなんだ」
「当然っきゅ!ぶっちゃけ、魔法少女にした子がこんな目に合っているということに申し訳なさはあっても、『ワンダラー』が発生していることに申し訳なさは感じてないっきゅ!」
「ぶっちゃけすぎでは」
正座しながら大人しく話を聞いていたのだが、このまんじゅう、原因が自分たちにあるにも関わらず開き直りやがった。
やっぱ悪魔だろこいつ。
「だってもきゅ達が産み出したのは1体だけなのにいつまでもいつまでもいつまでも産まれてくるっきゅ!これから先、永遠に産まれてくる可能性だってあるのに申し訳なく感じることなんてもう無理っきゅ!!」
「どうどう、落ち着いて。その話はもういいから先に進めて。僕はそのことについては聞かなかったことにしてるから」
まぁ、確かにいつまでも贖罪しろと言われても困るだろう。
こいつもきっと苦労してるんだろうし。
可哀そうだからこのことで弄るのは今後辞めてあげよう。
「取り乱したっきゅ。とにかく、ローズにはこの悪意を消し去って欲しいっきゅ」
「それはわかったけど、どうやって?」
「まず、このタブレットは、こういった魔法少女に向けた悪意を集めるためにあるっきゅ。悪意を集めすぎると『ワンダラー』になる危険性があるけど、敢えてこの中で『ワンダラー』を産み出すっきゅ」
「え、『ワンダラー』産み出しちゃうの?危険じゃない?」
「問題ないっきゅ。タブレットの中は檻のようなものだからそう簡単に出られないっきゅ。それに『ワンダラー』といっても、今発生しているのと比べるとミニとかプチとかつくレベルの可愛らしいものっきゅ」
可愛らしい『ワンダラー』といわれても、あの異形が小さくなろうが可愛くはならない気がする。
せいぜいがキモ可愛い程度だろう。
もきゅがタブレットをぺちぺちと何回かタッチすると、タブレットから黒いもやもやが立ち込め始める。
「もきゅ、なんか禍々しい空気が漏れてるけど」
「完成したっきゅ。これがちっちゃな『ワンダラー』っきゅ。見た目だけなら可愛らしいっきゅ」
一仕事を終えた雰囲気を出しながらタブレットを掲げたもきゅは、画面をこちらへ向けて見せてくる。
そこにはドロドロというよりはぷにぷにしてそうな丸目の身体に、つぶらな赤い瞳をしてふるふる怯えてる『ワンダラー』っぽいものがいた。
これが、あの怪物?
「どうっきゅ!可愛らしいっきゅ!本来ならもきゅ達が産み出した『ワンダラー』はこうなるはずだったっきゅ」
「見た目だけなら確かに無害そうだけど、本当に危険じゃないの?」
「もちろん、このまま放置し続けたら成長して、ローズも知ってるような姿になるっきゅ。とはいえ、こいつの運命はここで終わりっきゅ。さあ、その命に幕を下ろしてやるっきゅ」
「いや、どうやってやればいいのさ」
なんかもきゅが悪役みたいな台詞を吐き始めたけど、タブレットの中にいるんじゃ手出しだってできないぞ。壊せばいいのか?
「やり方自体はとても簡単っきゅ。ローズは変身して、全力で魔法力を使って画面の『ワンダラー』をタッチするだけっきゅ。タブレット自体が魔法武器の役割をしてるから、難しくはないっきゅ。とにかく全力でやって欲しいっきゅ」
「全力でタッチすればいいんだね」
「全力でやるのは魔法力だけにして欲しいっきゅ!ローズの怪力でタッチなんてされたらタブレットが壊れちゃうっきゅ!」
「なんて失礼なやつなんだ」
女の子に怪力とかいうのはデリカシーに欠けるだろう。
まんじゅうだからって許されることではない。
無神経の代償をその身体に払わせた後、仕事に取り掛かるために変身をする。
相変わらずリボンとフリルが過多の服がよく似合う。部屋着もこういったものを探してみようか。
「さて、もきゅ。どうすればいいって?」
「魔法力を全力にして『ワンダラー』をタッチするだけっきゅ。『魔法力を全力にして』っきゅ!!」
そこまで念を推されると、やれってことかと勘違いしてしまいそうになる。
言われた通り、魔法を使う時の感覚を全開にして、ミニマムな『ワンダラー』に狙いを定める。
『ワンダラー』は狙われているのがわかるのか、こちらを潤んだ目で見返しながら震えて懇願している様子を見せる。
こういった仕草を見せられると、まるで小動物をいじめているかの気分にさせられる。
「えいっ!」
まぁ、こいつは小動物じゃないから容赦しないけど。
タッチをした瞬間、軽く弾ける音と同時に、風船に針を刺したかのように『ワンダラー』が破裂する。
悪は滅びた。
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