ガラスの靴がなくなっちゃった!
「あれ~!? おかしいわ! ない、ない、ない!!」
部屋をいっぱいひっくり返しながら、マジョリカは叫んでいる。
ボクはそれを、自分のベッドから見ていた。
かたづけるヒマがないからいつも散らかっているけれど、今日はいつにもまして部屋はひどい。
「ねえ、クロネ! 知らない!?」
知らないよ、とボクはこたえる。自分のすばらしいシッポを手入れしながら。
「ああもう時間だわ! すぐに食事会にいかなきゃ! そのあとは海の中、午後は毒りんごを作らなきゃいけないし、そうしている間にもお菓子の家をたてなきゃなのよ! あ~いそがしいのに、どうして見つからないの!?」
バタバタとマジョリカはじゅんびをする。
「シンデレラにとどけなきゃいけないのよ~! あれだけは魔法じゃ出せないんだから!」
ボクの方をちっとも見ずに、マジョリカはそれぞれの衣装をトランクいっぱいにつめこんで、ほうきに乗ってとんでいった。
「クロネ! もし『ガラスの靴』があったらとどけに来てね!」
はあい、とボクはへんじをする。自分のうつくしい黒い毛なみをなめながら。
*
ボクは黒ねこクロネ。魔女マジョリカの家族だ。
魔女っていうと、みんなはどんな人をそうぞうするんだろう?
うーん、だいたい、悪いやつかな。
でも、考えてみて。
多くの童話には魔女がかかせないでしょう?
だから魔女は一日中、休むひまなく大いそがし。
はるなつあきふゆ、あさもばんも、お正月だっておかまいなし。
だって、魔女たちがいなければ、物語はすすまないんだから。
絵本が読まれるたびにおしごとをしなくてはならない。
でも、ボクは思うんだ。
ちょっと“はたらかせすぎ”じゃないかしら……って。
*
すべてのねこは魔法が使えるってごぞんじ?
多分、きみが今なでているその子もこっそり使っているはずだ。
もちろんボクも使えるよ。
ボクはベッドにねころびながら、近くの水晶をのぞく。
ボクの魔法で水晶にはマジョリカの姿がうつる。
今日はいつもと違うはずなんだ。
*
マジョリカは『眠れる森の美女』の物語にいた。
金の食器が足りなくて、まねかれない13人目の魔女がマジョリカ。
……の、はずだったんだけど。
「あれぇ!? 招待状が来ているわ!」
金の食器は13セットあったのだ。
「今日だけは、そうなんだ。ひとつもらってしまってね。だからマジョリカもおまねきできてしまった」
王さまの言葉にマジョリカはびっくり仰天。
いつもだったら、“王女が15才になったとき、紬車の錘が刺さって死ぬ”呪いをかけなくてはならない。そうしなければ、王女さまは眠りにつけないし、王子さまとも出会えない。タイトルだって、『眠らない美女』になってしまう。
「じゃあ、呪いがかけられないわ!」
そんなマジョリカに王さまはコホンとせきばらいをひとつ。
「まあ、たまにはこういうお話もいいんじゃないか。呪いがなければうちの城も平和なただのお城なんだし、王女も家族一緒にきっとすくすく育って、普通にすごすよ。あの黒い子だって、マジョリカと一緒にすごしたいんじゃないのかな」
「黒い子?」
王さまはあわあわ。
「い、いやなんでもない! とにかく、魔女のおしごとは今日はないよ」
「そんな! わたしの役割はどうなっちゃうの!?」
「ひとつの物語くらい変わっても大丈夫さ。今日くらい家でクロネと過ごしたらいかが?」
だけどマジョリカは「ううん」と言う。
「次も予定はびっしりなのよ。だって、物語は読まれるんだから!」
*
じゃぼん、とマジョリカは海の中に入り込む。
ここは『人魚姫』の世界。
人間になる薬を人魚姫にあげるため、海の魔女として姫を待っている。
でも……
「どーなってるの!? ぜんっぜん来ないわ!」
待っても待っても人魚姫はあらわれない。しょーがなくマジョリカは海の王国のお城に会いに行った。
「人魚姫さん、人間になる薬を持ってきたわよ!」
「あら、マジョリカさん。でも、今日は気分じゃないのよ」
「でもそしたら物語がすすまないわ! 人間にならなきゃ、王子さまとも会えないのよ?」
人魚姫はシッポをゆらゆらさせながら困ったように言った。
「だけど、いつも泡になって終わるんじゃ、つまらないでしょう? わたしだって、たまには人魚のまま、お父さまとお姉さまたちとゆっくりすごしたい時もあるの。あのねこちゃんに言われてそう思ったの」
「ねこ?」
ああ! ボクは叫んだ。人魚姫ったら、口がかるいんだから!
マジョリカは不思議そうな顔をした後、とっても悲しそうな顔になった。
「そんな! わたしの役割はどうなっちゃうの!?」
「ひとつの物語くらい変わっても大丈夫じゃないの? 今日くらい家でクロネと過ごしたらいかが?」
だけどマジョリカは「ううん」と言う。
「次も予定はびっしりなのよ。だって、物語は読まれるんだから!」
*
おばあさんのかっこうをしたマジョリカが、大きなナベであやしげな液体にりんごを入れていた。
「ふむふむ。今日はなんだかおかしいけど、毒りんごはばっちりじゃ! この物語はすすめられるのじゃ!」
ここは『白雪姫』の世界。
これから白雪姫のところに行って、毒りんごを食べさせるんだ。
「いちおう、聞いておこうかのう。コホン。
鏡よ鏡よ鏡さん。この世界で一番美しいのはだあれ?」
鏡はこたえる。
「人の美しさというのは、それぞれが持っているもの。それぞれが美しく、一番というのは決められないのだ」
「え!?」
マジョリカはおばあさんのへんそうもといて鏡におこった。
「そんなこと言ったら、お話にならないわ!」
「しかし、“真理”をある黒い小さき毛の者に言われたのだ。人間は一人一人がかがやいているから、そこにじゅんばんをつけるのはおかしいんじゃないのかとな。白雪姫もさんせーだったのだ。今日ばかりはこびと達とのんびり過ごすそうだ」
「そんな! わたしの役割はどうなっちゃうの!?」
「ひとつの物語くらい変わっても大丈夫ではなかろうか。今日くらい家でクロネと過ごしたらいかが?」
だけどマジョリカは「ううん」と言う。
「次も予定はびっしりなのよ。だって、物語は読まれるんだから!」
*
マジョリカはお菓子の家を魔法であっという間に作ってしまって、家の中でヘンデルとグレーテルを待っていた。
そう、ここは『ヘンデルとグレーテル』の世界。
とんとんとん、と扉を叩く音がして、マジョリカはほっと一安心。
「よかった。この物語では、ちゃんとおしごとができるわ」
だけど玄関を開けて口もあんぐり。
「やあ、よい家なので、ちょっと見学したくなったんだ。子供達と一緒に」
いたのはヘンデルとグレーテル、そしてふたりのお父さんだった。
「ど、どうしてお父さんまでいるの!?」
マジョリカは驚いている。
「新しい奥さんをむかえるのは、やめたんだ。今の時代、シングルファーザーでも子供は幸せなはずだと、とある小さな黒い子に言われてね。それもそうかと思ったんだ」
「それでお父さん一緒に森をさんぽしたの!」
ヘンデルがにこやかに言う。
「お菓子の家を食べてもいいのよ! 勝手にお菓子の家を食べてさえくれれば、お父さんがいても、物語はなんとかすすめられるはずだもの!」
「いいえ! 人のものを勝手に食べるのはだめだよ!」
グレーテルもにこやかに言う。
「あのねこちゃんがそう言ってたもの!」
「ねこ?」
こら、とお父さんがグレーテルに言う。
マジョリカは不思議そうに首をかしげたあと、
「ねえ、さっきから、ねこってもしかして」
慌てたお父さん。
「そんなことより、今日はこの物語に魔女はいらないみたいだよ。ぼくたち家族は三人で仲良く暮らすから」
「そんな! わたしの役割はどうなっちゃうの!?」
「ひとつの物語くらい変わっても大丈夫じゃないかなあ。今日くらい家でクロネと過ごしたらいかが?」
だけどマジョリカは「ううん」と言う。
「次も予定はびっしりなのよ。だって、物語は読まれるんだから!」
*
マジョリカがボクのいる家に帰ってきたから、いそいで水晶のえいぞうを消す。
「クロネ! ガラスの靴は見つかった!?」
「ううん、いっしょうけんめい探したけど、なかったよ」
ほんとうは、ぜんぜん探していないけど。
マジョリカはなにかに気がついたような顔になった。
「一つだけ探してない場所があるわ!」
そう言うと、ボクの体をベッドからかかえ上げた。
ああ! どうしよう!
「見つけた!」
そこにはボクがずっと隠していたガラスの靴があったのだ。
「どうしてこんなことをしたの!?」
ボクをかかえたままマジョリカはびっくり仰天。
ボクはあやまる。
「ごめんなさい」
「今日一日、おしごとのじゃまをしてたのはクロネなの? 金の食器を王さまにあげて、人魚姫に会いにいって、鏡に真理を教えて、お父さんに今の時代の価値観を言ったのはクロネでしょう? どうしてそんなことをしたの?」
「ごめんなさい」
ボクはまたあやまる。
とても悲しくなってきた。
「わたしはおしごとがだいすきなの! おしごとが生きる幸せなの! いたずらでじゃまするなんてひどいわ!」
「ごめんなさい」
ボクはもっと悲しくて、すごくごめんなさいという気持ちになった。
ぽろぽろと涙が出てきた。
マジョリカはまたまたびっくり仰天。
「あらあら、どうして泣くの? ごめんね、クロネ。言いすぎちゃった。だけど、どうしてこんなことしたの?」
ぽろぽろ涙はとまらない。だいすきなマジョリカのじゃまをしたかったわけじゃないんだ。
ただ、ただボクは……
「さいきん、マジョリカは忙しくって、ボクのこと、抱っこもしてくれないし、なでてもくれないもの。でもね、今日くらい、一緒にいたかったの。
眠れる森の美女の王さまにマジョリカと一緒にいたいって伝えたら、魔女のおしごとをなくせばいいんじゃない、って教えてもらったんだ。だからいろんな物語の人に会いに行って、魔女のおしごとをなくしてくださいって頼んだの。そしたら、一緒にいていくれるかなって思ったの」
「まあ、クロネったら」
マジョリカはぎゅうとボクを抱きしめた。
「そんなことを思ってたなんて。ごめんなさい。わたし、おしごとばかりで気がつかなかった」
マジョリカのあったかい体にくっついていると、悲しかった気持ちがちっちゃくなって、心がじんわりと温かくなった。
と、その時、チャンチャカチャンチャカ音がなる。マジョリカの「すまーとふぉん」だ。
がめんには『シンデレラ』の文字がうかんでいる。
「もしもし? マジョリカよ」
――「あ、マジョリカ? シンデレラだけど今日はガラスの靴いらないわよ!」
「え、どうして?」
――「今の時代、幸せは王子さまとの結婚だけじゃないって気がついたのよ! それにお母さまとお姉さまとしっかり話し合ったら仲直りしたの。血のつながりだけが家族じゃないってね! マジョリカ、だからお家でゆっくりしてていいわよ! クロネと一緒にね」
マジョリカはうんうんとなんどもうなずいて「すまーとふぉん」を切った。
それから、ボクをまたぎゅうとだきしめて、やさしくしく言った。
「クロネは家族とすごしたかったのね?」
「うん、そうなの」
「ごめんね、大切なものに気づいてなかった。おしごとも大切だけど、家族の時間もとーっても大切よ。今日はクロネとすごすことにする!」
「ほんとう?」
「うん。それにこれからはおしごとも魔女のおともだちとわけあって、少なくするわ!」
すごくうれしかったけど、でも、心配にもなった。
「いいの? だって、マジョリカはおしごとがだいすきなのに」
マジョリカは「ううん」と言う。
「それよりも大切な家族を悲しませたら、意味ないもの。だって、家族のためにはたらいているんだもの」
ボクはもっともっとうれしくなって、マジョリカの指をなめた。
マジョリカの手はボクの頭をそっとなでてくれる。
もっともっともっとうれしくってくすくす笑った。
今日はゆっくり、ふたりで楽しく過ごすんだ。
おおくの物語には魔女がかかせないけれど、魔女の家族にだって魔女はかかせないんだ。
たま~には、魔女もいない、呪いも怖いこともおきない、そんな物語もいいじゃないのかな。
家族と一緒にいられたら、それで「めでたし、めでたし」なのだ!