第3話 『麗氷姫』と呼ばれる霊峰院 明日香
次の日。俺は数学の授業中に前の席にいる、”金髪縦ロール”という特徴的な髪形をした少女を何気なく見ていた。彼女はシャープペンシルを持ちながら至って真面目に黒板の内容をノートに書き写している。
―――そんな彼女の名前は霊峰院明日香。あのあとモブから聞いた話によると彼女はこのクラスのクラス委員長であり、なんと霊峰院グループ財閥が運営・管理するこの学園の理事長、霊峰院之ノ助の孫娘らしい。
容姿端麗で勉強や運動も学年トップの蝶よ花よと育てられたリアルお嬢様。リーダーシップもあり誰もが羨む才能を持つ高嶺の花である彼女はみんなに好かれている。……と思いきや、どうやら彼女はクラスメイトどころか学校中の生徒から『麗氷姫』と呼ばれて敬遠されているらしい。
それは何故か。
(冷気の如く放たれる冷たい雰囲気と、切れ長で鋭い瞳。そしてお嬢様然とした上からの口調が周りにそういう印象を与えているのか……)
それ故、この学園の生徒は彼女に話し掛けられれば話すが、極力自分からは関わらないというスタンスをとっている。
つまり、みんなが霊峰院さんに対して一歩引いた態度で接しているのだ。
霊峰院さんへの評価は、モブ曰く『人を見下したような態度がデフォ』らしい。まぁ、その態度を別の言葉で言い表すのならば、傲慢・不遜といっても良いだろう。
一年の頃から同じクラスだったというモブが言うには、学園入学時から早くもお嬢さまと有名だった霊峰院さん。クラスが割り振られた当初は"金髪縦ロール"という普通の人にしては物珍しいぐるんぐるんな髪型をしているということもあって、彼女の周囲には常に生徒がいるほど人気だったらしい。
それも当然だろう。容姿はいわずもがな、さらに彼女の背景にある経済力や地位といったステータス的な面では、明らかに自分たちとは一線を画す存在なのだから。
しかし、何がどうあれ恵まれた裕福な容姿と環境であろうと一人の人間には変わりない。そう考えたクラスメイトは自己紹介後の休憩時間中にこぞって霊峰院に話しかけたとのこと。
初めはうっすらと笑みを浮かべながら無言だった彼女。だが、しばらくしてこのような言葉を言い放ったという。
『先程から群れる蟻のようにうっとおしいですわね。ふん、もっと高校生らしくしてはいかが?』
ツンとした明確な塩対応。侮蔑的で冷淡な視線と共にクラスメイトへそう皮肉げに言い放ち、加えて鼻と口元を隠すように豪華な赤い扇を広げたそうだ。
それからというもの、彼女には迂闊に話しかけてはいけない雰囲気が漂ったという。
当時の雰囲気のことをモブは『あれはヤバかった』と語っていた。
(ま、確かに霊峰院さんみたいな美人な同級生に冷たい顔でそう言われたら精神的にキツイかもしれないよな。もしイラッときても霊峰院さんは理事長の可愛がっている孫娘だから下手に悪口も言えないだろうし。……でも)
―――関わらない方が良いという程、本当に彼女の性格は冷たいのだろうか?
そう俺が思ったところで授業終了のチャイムが鳴った。先生が教室を出て行くと、今まで張りつめた糸が緩んだようにクラスメイト同士が顔を見合わせて雑談する声量が次第に大きくなる。
その一方で、金髪縦ロールの少女は独りで次の授業の準備をしていた。
◇
「しまった、またタイミングを逃してしまった……」
放課後、俺は教室に荷物を置いたまま職員室へ向けて廊下を歩いていた。昨日の放課後に貰ったアルバイト許可申請書を記入したので、担任の先生に提出する為だ。
因みに先程俺が呟いた"タイミングを逃した"という言葉は、決してアルバイト許可申請書の提出のことではない。
俺は後ろ頭を搔きながら困ったような表情で呟く。
「はぁ、霊峰院さんとまだ全然話せてないんだよなぁ……」
そう。俺が思い悩んでいるのは昨日のことへの謝罪と感謝の件だ。残念ながら霊峰院さんにまだ伝えることができていない。
こういうことはウジウジせずに早めにはっきりと伝えたいタイプなのだが、昨日のモブの霊峰院さんに関する話が尻込みさせる。
……つまりモブが悪い。うん、きっとそうだ。『どうしてなのさ!?』と幻聴が聴こえてきそうだけれど、どうにかかぶりを振って打ち消した。
やがて俺は職員室の扉の前に到着。編入前に実施した試験の際にも、そして編入した後もここを通りがかったが、何度見ても未だこの装飾には慣れない。
何故なら、扉は漆で出来ており金色で縁取られていたのだ。加えてこの学校中のすべての床には赤色の絨毯が敷かれているのだから、教育以外に装飾にも力を入れていることが分かる。
「はー、マジすごい。今更ながら凄いところに編入してきちゃったよなぁ、俺。……よし、頑張ろ。失礼しまーす」
良い成績をとれるように頑張っていこう、と決意しながらも俺は若干緊張したまま職員室に入室した。
周囲を見渡すと、当然ながら職員室には多くの先生が机に座っていた。強張った表情できょろきょろと視線を巡らせて担任の先生を探していると、彼女は案外すぐに見つかる。安心からほっと息を吐いてから足を運ぼうとするも、ちょうどある特徴的な髪形をした少女の後ろ姿が目に入って俺の足は止まってしまった。
そう、『麗氷姫』と呼ばれる霊峰院さんである。
距離が離れていて何を話しているのか分からないが担任である美人教師、雪村若菜先生と二人で何やら座って作業しているらしい。
まさか霊峰院さんが職員室にいるとは思ってなかった俺は思わず緊張してしまうが、心を落ち着かせると俺は二人のもとへ足を進めた。
「いつも手伝ってくれてありがとうね霊峰院さん。正直、いくら貴方がクラス委員長と云えど他のクラスの小テストの採点まで手伝って貰うのは気が引けるのだけれど……」
「いえ、お気になさらないで下さいまし。こうした作業は嫌いではありませんし、なにより霊峰院家の者として困っている人を助けるのは当然ですわ」
「ホント助かるわ。あとで飲み物買ってくるわね……って、あら、御子柴君? どうしたの?」
俺が職員室に来たことに気が付いた雪村先生はこちらに振り向く。長い黒髪がふわりと揺れて、にこやかに俺に微笑んだ。
因みに先生の隣にいた霊峰院さんは俺なんか眼中に無いのか、素知らぬ顔でシュッ、シュッと赤ペンでマルバツを描き続けていた。……うん、やっぱり中身がどうであれ近くで見ると綺麗なんだよな、霊峰院さんって。
……いけないいけない。見惚れるより、まずはここにきた用事を果たさなければ。
「あー、どうもです先生。実はアルバイトをしたいと考えているんですけど、この申請書を提出すれば大丈夫ですかね?」
「えぇ、大丈夫よ。見せてみて。……うん。保護者の初見欄もしっかり記入されているし、理由も申し分ないわね」
「そうですか、良かったです」
「でも御子柴君。アルバイトに励むのも良いですけど、あまり無理しないようにね? この学校の雰囲気に慣れてないでしょうし、覚えることもまだ多いでしょう。ご家庭の事情があるとしても編入特待生である御子柴君にとっては成績も大事なのですから、くれぐれも体調管理には気を付けて下さいね?」
「あ、はい。なるべく善処します」
「うーん、その返事に先生は一気に心配になりました……」
「?」
雪村先生の沈んだ声音に俺は思わず首を傾げる。ここに編入する前の高校でバイトしていた通り、放課後から夜までバイトして帰宅後勉強すればいいのではないかと思ったが、どうやら先生の懸念はそこではないようだ。
すると雪村先生はハッと焦った様子で俺に声を掛ける。
「あっ、そういえば御子柴君、まだこの学校の案内をしてませんでしたね!? どうしましょう……まだ採点や明日の授業の準備が残っているのに……!!」
「あの、それでしたら別にしなくても―――」
早く家に帰って新しいバイト先を探そうと思っていた俺。雪村先生の困り顔を見てやんわりと断ろうとするのだったが、雪村先生は妙案を思い付いたようにポン、と手を叩いて声を出した。
「―――そうだわ! ねぇ霊峰院さん、私の代わりに御子柴君を連れて学校を案内して貰えないかしら?」
「へ?」
俺は思わぬ提案に間抜けな声が洩れる。
一方、霊峰院さんは赤のマーカーを持ちながら採点をしていたが、先生の思いがけない言葉を訊いた途端こちらを振り返りきょとんと首を傾げた。
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