第12話 『麗氷姫』と初めてのたこ焼き 前編
タイトルしょっちゅう変えてごめんなさい……。
それではどうぞー。
次の日の放課後、俺は霊峰院さんと一緒に茜色に包まれている歩道を歩いていた。周囲には住宅街や雑居ビルが立ち並んでおり、自動車が行き交う音やどこかの店内から洩れ出ているBGMが雑音となって響いている。
少しだけ夕暮れの日差しが眩しい。隠れるように目を下に向けると、隣にいる霊峰院さんと俺の足元からぼんやりと影が伸びていた。
ふと俺は気付く。自分たちの影は、学園の敷地内を出てから今まで一度も離れたり小さくなったりしていないことを。
俺は思わず口角を上げる。たったそれだけのことでも心が浮き立ってしまうのは、きっと美少女な霊峰院さんと一緒にいるからだ。
ずっと口を閉ざしていた霊峰院さんだったが、眉間にしわを寄せながらようやく口を開く。
「まったく、どうしてわたくしが御子柴さんの施しなんかを受けないといけないのでしょうか……!」
「だから今日のサッカー練習会のときに言ったろ? これまで霊峰院さんには勉強や運動面ですっごく世話になったし、俺から何かお礼をしたいって思ったんだ。その頼みを伝えたら、霊峰院さんも快く了承してくれたじゃん」
「”押し付けた”の間違いではなくて? わたくしが必要ないと幾度も申し上げておりますのに、何度も何度も頭を下げて……。貴方には、プライドというものがありませんの?」
「俺が心からしたいと思ったことだから霊峰院さんに頭を下げてお願いしたんだ。そこに後悔なんてないよ」
「…………。ふん、言っておきますが今回は御子柴さんの気持ちを慮って仕方なくですわ。わたくしの私的時間を奪うのですから、せいぜいわたくしを満足させなさい」
「おもん……? はいはい、分かりましたよお嬢様」
俺は霊峰院さんのぶすっとした表情を覗き見ると、道化のように気取って答えてみせる。
まぁなんだか難しい単語を言われたが、前後の言葉から推測してみるときっと俺のことを考えてくれたということなのだろう。
俺は今日の放課後を振り返る。今度の体育祭では男子の競技がサッカーなので、今日の放課後練習会はサッカーだった。俺は日頃放課後練習会に付き合って貰っている霊峰院さんに何かお礼をしたいという考えが頭の中をぐるぐる回って集中できないでいたので、心を決めて提案した次第だ。
最初は彼女から「結構ですわ」と断られたものの、何度もお礼をしたいからと言葉を重ねた甲斐があった。
先程は相変わらずの言葉の冷たさと高慢さが伺えるような表情で声を出した霊峰院さん。そんな霊峰院さんを見て、一瞬だけ気まぐれなシャム猫を想像してしまったのはご愛嬌だ。
―――さて、そもそもお礼をしたいと言った俺が何故人通りも多いこの道を歩いているのか。
「ところで御子柴さん、わたくしたちはどちらに向かっていますの? 行ってみてのお楽しみと言って、学園からはもう随分と歩いてきていますが」
「あぁ、たぶんお嬢様な霊峰院さんには一切馴染の無いところだろうなぁ。お気に召すといいんだけど」
「なんだか少しだけ気に掛かる物言いですわね。これでもわたくし、一般層のことはある程度体験済みですので、大抵のものでは驚きませんわよ?」
「そうだったのか……。なら、食べたことがあるかもな」
「? 食べ物ですの?」
「あぁ、そうだよ。―――あ、見えてきた。アレだよアレ!」
俺が指差すのは、大きな建物が立ち並ぶ街角の端にひっそりと構えるお店だ。入口のところには赤い暖簾が掲げられており、その隙間からは白い煙と共に香ばしい油の匂いが漂っている。近づいてみて中を覗き込むと、店員さんが白い生地の入ったいくつもの丸い窪みのある鉄板に向かって、両手にピックを持ちながら器用に細かく動かしていた。
俺の隣でその光景を見ていた少女からは息を飲む気配が伝わる。店員さんのその熟達した技術により熱の通った生地は次第に丸い形へと成形されていき、やがてこんがりキツネ色に焼きあがった丸い表面にはプツプツとした気泡状と化した油が浮きあがっていた。
―――そう、赤い暖簾にでかでかと描かれているとある海の生物と日本語4文字の食べ物といえば……、
「たこ…焼き……?」
「そう、たこ焼き! 食べたことある?」
「いえ……、ありませんが……」
「なら良かった。さ、これから買うから一緒に食べよ! 前にここ来たばかりに一回食べたんだけど、カリトロで美味しくってさ!」
「かりとろ? は、はぁ……、わかり、ましたの」
なんだか呆気にとられているような表情をしている霊峰院さん。俺は首を傾げながらも内心ウキウキしながらお店の前に立つ。
「おっちゃん、たこ焼き2つください!」
「あいよ! おっ、最近買いに来た坊主じゃねぇか! ほうほう、今日は女の子連れか。それにしても嬢ちゃん別嬪さんだねぇ。もしかして坊主のコレかい?」
「やだなぁ、彼女はただのクラスメイトですよ。まぁ綺麗なのは認めますが……って、それって下手すればモラハラ案件じゃないですか?」
「がははっ、これは痛いとこを突かれた! すまねぇすまねぇ! どうもおっちゃんは時代に乗り遅れてるみてぇだ! どれ、お詫びにお嬢ちゃんのだけ一個サービスしてやるよ!」
「あれ、俺のは?」
「生憎、おっちゃんは女の子だけに優しいんだ。坊主、強く生きろよ?」
「はいはーい」
俺の軽い返事をよそに、たこ焼き屋のおっちゃんは手慣れた動作で素早く経木容器の舟皿に焼き立て熱々のたこ焼きを載せていく。
たこ焼きの表面にソースを掛けたら、青のり・鰹節を投下。そしてたこ焼きの端の空いた空間にからしマヨネーズをピンポン玉ほどの大きさで添えた。最後に10センチ程の爪楊枝を一つのたこ焼きにちゅくりと刺すと、たこ焼きの完成である。
俺は思わずごくりと喉を鳴らす。ソースの茶色とマヨネーズの卵黄色、青のりの緑色によりたこ焼きは見事に美しく彩られている。そしてその上に鎮座している鰹節は美味しく食べてと言わんばかりにゆらゆらと踊っているのだ。同時に、香ばしい匂い。
前にここで一度食べてみたが、外はカリッ、中はトロッとした幸せな食感だった。キャベツなどの細かな具材が入った生地やぶつ切りにされたタコ、そしてソースのコク深い酸味やマヨネーズのまろやかな酸味が口の中で合わさり、それはもう見事な味わいだった。
きっと俺の今の表情は子供みたいにキラキラとしているのだろう。こういう機会が無ければ自分からは滅多に食べようとは思わないので、非常に嬉しい。
「ほいよ、二つで800円だ」
「はい、じゃあ1000円からで」
「あい、200円おつりな。まいどあり! またこいよ!」
「ありがとうおっちゃん!」
にこやかな笑みを浮かべたおっちゃんに礼を言うと、俺は今まで静かにしていた霊峰院さんへと振り返る。すると彼女は俺の顔とたこ焼きを交互に見つめており、蒼い瞳をパチクリとさせていた。
……ははっ。なんだか彼女のその姿、まるで小さい子が親からはぐれて迷子になったみたいだ。いつも凛とした姿ばかり見ているので、どうしたら良いのか分からないような不安げな霊峰院さんの様子はとても新鮮だ。
……これがギャップ、なのか?
「なっ、何を笑っていますの……!?」
「い、いや……っ。可愛いと思って」
「な―――!?」
「ほら、あそこのベンチで食べよーぜ」
そんなことは無いのだが、馬鹿にされたと感じたのか霊峰院さんは頬に赤みが差したまま俺を睨み付けるも気にしないことにした。そして俺はたこ焼きの容器を二つ持ちながら霊峰院さんと共に近くにあった木製のベンチへと座る。
「はい、霊峰院さんの分のたこ焼き」
「あ、ありがとうですの。……わ、あったかい」
俺が差し出すと、霊峰院さんはおそるおそる受け取った。たこ焼きを初めて食べる、というだけあって手の平に広がる温かい感覚も新鮮なのだろう。
「それじゃ、お先にどーぞ。今までのお礼と、これからよろしくっていうことで!」
「は、はい……。それでは、いただきますの。…………」
「あ、因みにメチャクチャ熱いから少しずつ食べた方が―――」
「……はむっ。っ! ~~~ッ!!」
俺が忠告しようとするも時すでに遅し。熱々のたこ焼きを一個丸々口に放り込んだ霊峰院さんは涙目になりながら口で手を抑えながら身悶えたのだった。
すみません、執筆などでパソコンの画面を見続けたからか少し目が痛いです。なので12時過ぎにもう一話だけ更新したら、明日からの更新を少しの間だけストップしようと思います。
拙作を読んで下さっている方には大変ご迷惑をお掛けしてしまいますが、どうぞご理解のほどよろしくお願いします。