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7話「兄と妹」


 放課後。

 外からは運動部の掛け声や、吹奏楽部が奏でる多種多様な音色が聞こえてくる。

 そして窓から差し込む夕陽がこの部屋の雰囲気を、一層情緒的にしていた。

 目の前にいる女性はじっと俺を見つめて、言葉を待っている。

 高鳴る鼓動を抑えつつ彼女に掛ける言葉を考える。

 答え方を間違えれば、下手すれば俺の運命を変えかねない。

 しっかりと考えた後、俺は覚悟を決めて彼女の目を見た。

 そしてーー


「すいませんでしたっ!!!」

 

 職員室中に響き渡る声で、目の前にいる担任、依田雫よりたしずく先生に綺麗な土下座をした。


「おいおい、私は土下座して欲しくて四宮を呼んだわけじゃないよ」

「えっ…だって今日のことで、俺を徹底的に凌辱するために呼んだんですよね、エロ同人誌みたく!」

「お前なぁ……珍しく私は四宮を評価してるんだけとね」

「…‘珍しく’は余計だと思いますけど」

 

 放課後の職員室には俺と依田ちゃんの二人きりだ。

 ここに座れ、と指差す先生に促されて空いている椅子に座る。

 シュッとまとめられたポニーテールが夕陽に照らされて、年上の女性の魅力みたいなのが自然と出ていた。

 この人も黙ってればそれなりにモテると思うんだけとな。


「とにかく、今日の四宮には助けられたね。ありがとう」

「い、いや…別に大したことはしてないんで」

 

 ニコッと笑う依田ちゃんはどこか子供っぽくて思わずドキッとしてしまう。

 大人の女性のたまに見せる子供っぽさってやつか、ずるいな。


「流石は妹想いの‘お兄ちゃん’ってとこかな?」

「…知ってたんですね、先生」

「当たり前だろ、私は担任だよ?事前に向こうのお母さんからも、四宮のお父さんからも既に一通り話は聞いている」

「そりゃあ、そうですよね…」

「二人が通いやすいようにとのご両親の希望で、妹の方は‘桃園’の姓で登録してるけど……それより、四宮ぁ?」

「な、なんですか」

「どういう風の吹き回しだ、四宮があんなことするなんて」

「いや、だから大したことはーー」

「誤魔化すなって。私は嬉しいんだよ、四宮!いつも一歩引いてたお前が誰かを助けるために自分から厄介ごとに飛び込むなんてさぁ!」

「ちょ、先生!」

 

 頭を思い切り乱暴にわしわしされる。

 男子高校生にとっては妙齢の年上女性に必要以上に触れられるのは死を意味するということを、この先生は知らないのだろうか。

 だとしたらなんて罪深い教師なんだ、この人は。

 もっとやってくれ!


「あはは、恥ずかしがるなって!…四宮」

「も、もう、なんっすか!」

「桃園は色々と不慣れなことが多いと思うが‘お兄ちゃん’のお前が支えてやってくれよ?」

 

 急に真面目な顔をして俺を見つめる依田‘先生’。

 こういう時、大人は本当に卑怯だよな。こんな顔されたら断れるわけないじゃんか。

 まあ、元々そんなつもりは毛頭ないけど。


「…分かってますよ、俺は‘お兄ちゃん’ですから」

 

 俺の返事に、依田ちゃんは満足そうな笑みを浮かべていた。


 






「失礼しましたー」

 神に誓って一切失礼など働いてはいないが、日本の形式上仕方なく決まり切った挨拶をして職員室を出る。

 すでに夕陽は落ちかけていて普段ならとっくに家に着いている時間だった。

 一応教室を覗いているが誰も残ってはいなかった。

 まあ無事に帰ってくれたなら何よりだ。

 校門まで向かう途中、すれ違う生徒数人に「あっ、あの人例の…」「あの爆乳好きの…」なんて噂されていたような気がするが気のせいだろ、うん。

 全く悪いことはしてないわけだしな。

 ふと校門を見ると春菜がぼーっとしながら立っていた。

 なんだ、あいつもう友達でも出来たのかと思っていると、俺に気が付いたのかゆっくりと近付いて来る。


「遅い…」

「えっ…と、わ、悪い?」

「うん、早く帰ろ」

「お、おう…?」

 

 春菜はそれが当然のように俺の隣を歩く。

 俺たち、一緒に帰る約束なんてしてたっけ。

 帰り道は同じわけだし、なんなら兄弟なわけだし問題は何もないわけだが。


「……職員室で、怒られたの?」

「…いや全く。なんなら褒められたぞ、普段しないことして偉いみたいな感じで」

「ぷっ、何それ。普段どんだけ信用されてないのよ」

「う、うるせえなぁ…」

 

 そう話す春菜はどこか嬉しそうで、それをみた俺も何故か嬉しくなる。

 なんだこれ。

 一丁前に青春しちゃってるってか…妹と?

 あり得ないが春菜の笑顔は悪くない。

 こいつ、前髪切ればもっと垢抜けるんじゃないか、なんて父親みたいな視点で考えてしまう。


「そういえば、今日大人気だったな」

「えっ?」

「クラスで。毎時間女子の群が話し掛けて来てたじゃん」

「あ、ああ…うん。少し怖かったけど、嬉しかった」


 怖い、か。

 彼女が一体何をそこまで恐れているのか、俺は知らない。

 そこに簡単には踏み込んじゃいけない気がする。

 とりあえず今は以前とは違い、春菜が無事にクラスに溶け込めそうなことを素直に喜ぶとしよう。


「お昼も、佐藤さんと一緒に食べたし…」

「ああ、佐藤ね。あいつコミュ力魔人だからなぁ」

「少し話したんだけど、佐藤さんって倉田くんのこと、好きだよね」

「それについてはノーコメントだ」

「ほぼ言ってるようなものだよ、それ」


 くすくすと笑う春菜を、鋭い奴だとは思わない。

 なんせ佐藤の倉田に対する態度を見ていれば、眠りの名探偵が寝てなくったって、すぐに分かる。

 その証拠にクラスの男子の中でも海斗は大変人気が高いが、誰も手を出そうとはしない。

 それだけ佐藤が周りの女子から好かれているということでもあるし、二人がお似合いのカップルであることを皆が認めているということでもある。


「まあ、クラスに少しは馴染めたようで何よりだな」

「……あの、ね」

「言わなくて良い、別に」

「で、でもわたし…」

「俺たち、家族だろ?だったら当然だよ」

 

 本当は俺の方が感謝しなければならない。

 春菜への強い後悔が、きっとこのやり直しのチャンスを俺にくれた。

 過去に出来なかった、妹を守るという兄として当然のこと。

 それを今やっと始めることが出来たに過ぎないのだから。


「……ありがとう」

「…おう。というかさ」

「なに?」

「距離、良いのか…近いけど」

 

 今朝よりもずっと近くで歩く妹。

 もしかして朝のことを気にして無理をして合わせてくれているのではと思ったが、春菜はすぐに首を振って否定する。


「もう、大丈夫だから」

「いや、でもさ」

「何……嫌なの?」

「い、いや嫌じゃないけど」

「じゃあ別に良いでしょ」

「お、おう」

 

 二人で帰る通学路は、朝と同じはずなのに何故か全く違う景色に見えた。



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