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2話「10年ぶりの妹」


 久しぶりに見る自室は昔の記憶のままで、改めて自分が過去に戻っていることが実感出来た。


「…何もビンタしなくても良いじゃんかよ」

 

 親父にビンタされた左頬はまだ熱を持っていて、先程の出来事が現実である事を教えてくれている。

 まあ、親父からしたら急に息子が家族とはいえ初対面の女の子に抱きついたら、ビンタの1発でもかましたくなるよな。


「生きてたな、春菜…」

 

 少し色落ちした天井も今となっては懐かしくて。

 散らかったベッドも脱ぎ散らかしたジャージも昔の部屋と寸分も違わない。

 そういえばこの辺にと思い本棚の裏を探ると、思った通りの「お宝本」が顔を出した。


「うわぁ…当時の俺ってこんな趣味だっけ」

 

 まさに青春ならぬ性春が弾けているようなラインナップに少し引く。

 高校2年生の健全な男子高校生としては至極当然なのだろうが、本来なら俺も30歳が近くなっているわけで。

 昔の自分の性欲と対面するのは中々エグいものだ。


「そういえば…結構胸あったよな」

 

 春菜を抱きしめたことは、少なくとも俺の記憶にはない。あれが初めてだった。

 手にはまだ柔らかい感触が残っているようでなんだか複雑な気持ちになる。


「…いやいや、俺は何を考えてるんだよ、家族だぞ?」

 

 そんな言葉とは裏腹に胸の高鳴りが抑えられない。

 思春期の我がボディにあてられたのか…いや、ただの30前のオッサンのスケベ心に違いないのだが。

 とにかく、春菜は生きている。その事実が嬉しかった。

 と、同時にーー


「なんとか、しないとな」

 

 決まっている未来。

 俺のトラウマでもある彼女の死。

 それを回避することが過去に戻ってきた最大の目標になる。

 そのためにはもっと春菜のことを知らなければならないし、コミュニケーションも取らなければならない。

 

 思えば俺は春菜と殆ど話をしたことがない。

 彼女は元々性格か滅多に自分から話さなかったし、当時の俺は遅れてきた思春期真っ盛りということもあって「女に興味はあるけど恥ずかしいし、周りにいじられたくない」みたいな感情が第一だった。

 そのせいで家でも会話なんでしたことがなかったし、同じ学校に通っていたのに春菜がどこでどうしているか、卒業するまで全く知らなかったし興味もなかったのだ。

 そしてあの卒業式の日に春菜はーー


『――今まで、ありがとう』


 あれが最期に交わした言葉。

 その時俺は「別に何もしてないのに、なんだコイツ」くらいにしか考えていなかった。

 春菜が学校でどんな目に遭っていたのか、どんな気持ちで2年近く通っていたのか。

 一番近くにいて理解してやれるはずの男は、自分のくだらないプライドのせいで家族を一人失った。


「…そうはさせるかよ」

 

 部屋を出て冷え切った廊下に出る。

 もう4月になるが夜はまだまだ冷える季節だ。

 俺があの少女、穴来命あならいみことに殺されたのは3月。

 つい何十時間か前の出来事のはずなのにずいぶん昔のように感じる。

 神様でも悪魔でも良い。

 今はこのチャンスを必ず活かして、今度こそ家族を守らなければならない。

 

 春菜の部屋は2階廊下の奥にあって、部屋の入り口には「はるなの部屋」とピンク色の丸文字で大きく書かれたコルクボードが吊るされている。

 これはおそらく明子さんの作ったものだな。

 深呼吸をして扉をノックする。落ち着け、俺。

 こんなの塾講師の時の保護者面談で散々やって来ただろ。

 脳内で必死に流れをシュミレートする。


 大丈夫。大丈夫なはず。


「……はい」

「あ、や、夜分遅くにご、ごめん…。お、お、俺だけど」

「え、えっと……」

「いや、お、俺…じゃなくて薫!薫だけど!ちょっと良い、かな」

「あっ……開けます」

 

 いや何今の。

 何が塾講師だ、シミュレートだ、大丈夫だ。

 完全に吃りまくったただの不審者じゃないか。そこで初めて我にかえる。

 この20数年間、彼女もまともに出来たことなければ、最近は生徒以外との女性と話したこともない自身のコミュ力について。

 …やばい、完全にやばい。

 部屋から春菜が出てきた時、自分の頭が真っ白になるのが分かった。


「あ、えっと…あはは」

「…あの、何か」

 

 春菜はじっと不審者を見るような目で俺を見つめる。実際、それに近いやつなのかもしれない。

 普段はそうなのか、赤縁のシンプルな眼鏡を掛けており紺色のパーカーの下には胸元が見えそうな白地のTシャツ。

 下は色白で細身の足がよく分かる、緩めの短パンを履いている。

 そして風呂上がりだったのか、どことなく甘い香りが春菜を包んでいて、俺の緊張感をさらに上げていた。


「あっと、き、急にすまん。ま、まだまともに挨拶してなかったから、さ」

「…四宮薫さん、ですよね。お母さんから聞いてますから、大丈夫です」

「そ、そうだよな…」

 

 春菜は今にも扉を閉めたそうにしている。このままじゃまずい。

 とりあえずちゃんと言うことを言わなければならない。


「…そ、それよりも、ちょっとーー」

「ごめん!」

「へっ?」

「さっきは本当にごめん!いきなり抱き付いてすまなかった!反省してる、この通り!」


 綺麗に45度のお辞儀と共に誠心誠意の謝罪をする。自分が悪いときにはとりあえず謝る。

 言い訳はしない。

 社会人になって学んだ数少ない経験の一つだ。


「えっ?あ、ああ…別にわたし、そんなことーー」

「これからは気を付ける!本当にすまなかった!」

「だ、だからもう気にしてーー」

「それじゃあ明日からよろしく!おやすみ!!」

「あっ、ちょっと!!」

 

 それだけ言い終えるとダッシュで自室に戻る。

 本当はちゃんと顔を見て言わなければならないはずなのに直視出来なかった。

 恥ずかしいという気持ちもあるがそれよりも、春菜を助けられなかった罪悪感の方が勝っていたのかもしれない。

 いきなりトラウマと対面したら、誰だってそうなるだろ。

 見慣れたはずの天井はどこか落ち着かなくて、慣れないことをするものじゃないなと改めて痛感するのだった。






「……変な人、本当に」

 

 そう言って、暗い廊下を見つめる春菜の顔はどこか嬉しそうだった。

「変な人」とその笑顔の意味の真意を、薫が知るのはもう少し先の話になるーー



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