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「Yの日曜日」

作者: あぜ道 流

「んッ……」


 よく晴れた日曜日だった。

 午後も暮れ始めた時間帯にYは目覚めた。


「‥‥‥」

 安物のカーテンの裾から漏れる柔らかな日差しは、床を這い、その先にある壁のゴールへと足を延ばしていた。そのことが、彼自身に部屋の狭さを自覚させた。

 四畳半の狭いアパート。そんな世界にYはいた。

「‥‥起きるか」

 Yは誰に言うでもなくそう呟くと、色の剥げた木組みのベッドから上半身を起こし、床に足をついた。部屋の主人を受け入れた煤汚れた畳はザラつき、俄かに明るい空気の中には、小さな埃が紙吹雪のようにヒラヒラと舞っている。

 Yは寝すぎによる耳鳴りに顔をしかめつつも、カーテンを開けた。

「‥‥‥ッ」

 一気に差し込む斜陽に目を細めつつも、光に目を慣れさせ、視界が明瞭になった頃合いを見計らって窓を開けた。

 少し冷えた十月の風が部屋に吹き込み、Yの頬を艶やかに撫でた。

 窓枠に切り取られた外の世界は、相も変わらず忙しなかった。車の通る音、人の行きかう足音、話し声、カラスの囀り、犬の鳴き声、木の葉の舞う音・・・・。男女、老若、ヒト獣。あらゆる生物と音とが混然一体となって街に犇めき合っていた。

「最後まで変わんねぇな……まったく‥‥」

 Yは卓袱台に置いてあったタバコに火をつけると紫煙を喧騒に溶け込ませながらそう呟いた。

 上京して四年。この窓枠から見える景色に変化はなかった。いついかなる時も、いついかなる場合でも、ここから見聞きする景色に変化はなかった。

 最初はうるさく感じていたこの喧騒も、今では落ち着くbgmへと変わっていた。

 Yはそんな風景を眺めながらタバコを吸い終えると、街よりはほんの少しだけ暖かな部屋へと戻すため、窓を閉めた。そして、その足で狭く乾いたシンクへと移動すると、近くに置いてあったポットに水を入れ電源をつけた。

 Yは生欠伸を呑みこみながら、食器棚に置いてあった白いマグカップを手に取ると、居間へと戻り、卓袱台の隅に置いてあったインスタントコーヒーの蓋を開けた。中を覗くと茶色の顆粒がビンの四隅に塊を作っていた。一昨日までは顆粒の層があったはずだが、今ではその層も消滅寸前だった。

―――あと一回か・・・。

 Yはぼやけた頭でそう計算するとビンを傾け、カップの中に顆粒を入れた。

 カンカン―――ビンと磁器のかち合う音が、部屋の中に静かに響いた。

 白いマグカップの底に顆粒が溜まった。後は〝お相手〟が湧くのを待つだけだ。

 Yは蓋を閉めると、やや雑にビンを卓袱台の端へと置いた。そして、暇つぶしに地面に置いてあった新聞を手に取る。

 ザラ紙はYの硬く乾いた指と擦れ、くすぐったいようなむず痒いような感覚を生み出した。

 Yは適当にページを捲ると一面にあった記事に目を通す。

『○○が△△に~~するという報道があった。それに対し□□氏は口頭で〝それは……である〟と述べており、他報道機関は引き続き発言に対する事実確認を急ぐつもりである。』

『明日世界が終わるとするなら何をする? 必見ッ!百人に聞いた地球最後の日の行動!』

 適当に開いたページにはつらつらとそのようなことが書かれていた。しかしYは特に注視するわけでもなく、ただただ文字の羅列を目で追っていくだけだった。

 文字の羅列は暫く紙の上で居座っていたが、徐々にその存在を宙に浮かせ、思うがままに踊り出した。

 自由を手に入れた文字たちは暫く楽しそうに踊っていたが、ポットの音がその舞踏会に終止符を打った。

 幕を下ろされた文字たちは、瞬時にその存在をザラ紙の上へと押し戻した。まるで隠れるように、見つからないように…‥。それと同時に、Yも意識を新聞からポットへと戻す。

 Yは立ち上がり、カップを片手に再びシンクへと向かった。

 ポットの取っ手を持ち、湯をカップに注ぐ。

 散開した香りは、空気に苦い味を灯した。

 そして豊潤で苦みのある香りは、そのままYの濛々としていた意識を覚醒させる。いい気付け香だ。

 Yはサラサラとした黒い液体の入ったカップを手に四畳半へと戻ると、卓袱台の前にゆっくりと腰を下ろした

 そして、薄明に染まった窓を一瞥すると、白きカップに口をつけた。

(end)


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