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グランストリアMaledictio  作者: ミナセ ヒカリ
外伝 【白と黒の英雄】
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外伝7 【第3の敵】

「くっ、うわぁぁぁぁ!」


「いやぁぁぁぁぁ!」


 ジークの言う通りに里に戻ってきた時には、里のあちこちに血の海が広がっていた。


「チッ、遅かったか」


 ジークが吐き捨てるようにそう言うと、一目散に叫び声のする方へと向かっていった。


「まずいわね。ここにあるの全部死体じゃない」


 見るのも恐ろしい程に、無惨な死体。

 もし、あの時魔獣の存在に気づいていなければ、イグシロナもこうなっていただろう。


 ただ、あの時は何故かは分からないが、事前に察知することが出来た。だからイグシロナを助けることが出来た。


 でも、里の人達にそんなものの存在が分かるはずない。


「ゼータ、暗殺隊をすぐに叫び声のする方へと派遣していって」


「了解致しました」


 ゼータがその場で指を鳴らすと、どこに隠れていたのか、暗殺隊らしき者たちが素早い動きで散っていく。


「......里も、ここまでか」


 村長のお爺さんが、声を絞り出すようにしてそう呟く。


「絶対に守ってみせます」


「もう遅い。これだけ死体が転がっておって、とてもじゃないが、ここから再起することなぞーー」


「そうやって諦めないでください。あなたのような頭の働くものなら、ここからいくらでも逆転できます。まだまだ若い者に負けるわけにはいかないのでしょう。なら、立って今はまだ生き残っている者を助けることに全力を注いでください」


 ガンマの声は、強く、ハッキリとした声で、ガンマの心音が響いているかのように、こちらのやる気を奮い立たせてきた。


「......皆の者、儂に力を貸してくれ」


 その言葉に、全員が一斉に頷く。


「どれだけ生き残りがおるかは分からん。じゃが、生きているやつを見つけたら片っ端から助けろ。そして、ここに連れてこい」


「全員を集めると、敵の狙いは集中的にここに集まりますが......」


「それを利用する。あの地下道。それを利用して避難させる。そして、敵が追ってきたところに火を放つ。里ごと丸焼きじゃ」


「爺ちゃん!そんなことしたら里が......」


「分かっておる!」


 カイナの悲痛な叫びに、涙をこらえているかのような声で叫んでいる。


「里が潰れる。苦肉の策じゃ。しかし、案ずることはない。一族揃っての大引っ越しじゃと考えろ。いずれ、白陽か黒月かのどちらかが攻めてくるのは分かっておった。その時のために、儂らを受け入れてくれるところを見つけておる」


「い、いつの間にそんなことを......」


「お前らにバレんよう、隠れてコソコソやっとったわい。分かったら、全員実行に移れ!1人でも多くを助ける!」


「分かった。全部爺ちゃんに任せときゃ良いんだな」


「大船に乗ったつもりで来い!」


 村長のお爺さんを炊き立たせることはできた。この里を守りきることは難しいが、少しでも多くの人を守る。

 グズグズしている暇はない。私も里の中に行かないと。


「お待ちください。デルシア様」


 駆け出した直後に、ガンマに呼び止められた。


「私の心配はしなくてーー」


「いえ、そうではなく」


 ガンマが腰に巻き付けてあった剣を抜き出し、その場に跪いて私に差し出してくる。


「いつか、あなた様がお覚悟を決められた時に渡すつもりでした」


「これは......?」


 どう見ても金属製ではない剣。かといって木造でもないし、刃のあたりは鋸のようにギザギザしている。


閻王(えんおう)の刃。黒月に残されていた神器のうちの1つです。使用するには、導く者である素質が必要ですが、今のあなた様なら、きっと使いこなせることでしょう」


 その刃は、月の光に照らすと、紫色に輝き、私の手によく馴染んだ。


「皆を導くものとして......」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「きゃぁぁぁぁぁぁ!」


「オラァッ!」


 ただ空を斬っただけの場所に、鮮血が飛び散る。


「見えねえってのも中々に困りもんだな。大丈夫か、あんた」


「え、ええ......」


「そうか。なら、さっさと向こうの方に逃げろ。ここは危ねぇ」


「は、はい」


 そう言うと、女は一目散にデルシア達がいた方へと走り去っていった。


「あーあ、鼻が良ければもっと分かりやすいんだがなぁ」


 そう呟きながらも、後ろを振り向きざまに斬る。そうすると、またしても鮮血が飛び散る。


「いくら耳が良くても、こんな叫び声ばっかするとこじゃ分かんねえよ」


 とは言うものの、この耳のおかげでデルシア達の作戦が聞こえた。その策の通りに戦ってはいるのだが、流石に分が悪すぎる。


 見えない敵は、ほとんど直感で斬っている。幸い、数は少なそうだからそれでも困りはしないのだが。


「お嬢がちゃんとした契約を結んでくれれば、もっと力が出せるのになァ!」


 周囲を取り囲んでいた獣の群れをまとめてぶった斬る。


(......ジーク、何してるんですか)


「お、やっとお目覚めか」


(やっとお目覚めって、そうだ、皆さん酷いですよ!私を気絶させてジークだけに指揮権を持たせるとかーー)


「はいはい、そういうのは後でいくらでも聞いてやるから、今は大人しくしてろ」


(大人しくって、今、何が起きてるんですか)


「......簡単に言うと、なんか訳分からねえ奴らが里を攻めてきたから、みんなで一掃してるところって感じだ」


(その腕についてる赤い液体はなんですか)


「ああ?血に決まってんだろ」


(いやぁぁぁぁぁ!)


「バカ!落ち着け!お前に暴れられたら困るんだ!大人しくしてろ!」


(ちょ、ジーク早く代わって下さい)


「だから、大人しく......」


「グルルルル......」


 中で色々とやっているうちに、獣がこちらに向かって飛び込んできた。


「やべっ......」


 咄嗟に剣を構えようとするが、間に合いそうにない。


「グルァ......」


 獣が、小さな呻き声をあげて倒れた。


「ジーク殿、大丈夫でしょうか」


「おお、あんたか。助かったぜ」


「あまり、無茶をしないでくださいよ。それと、中のネイさんを落ち着かせておいてください。作戦に支障が出ます」


「悪ぃ。なんとかしておくから」


「それは、何もしない人が言う言葉ですよ」


 イグシロナの投げたナイフと、ジークが突き出した剣が、お互いの背後に迫っていた獣を討ち取る。


「全く、姿が見えないというのは、非常に困ったものです」


「同感だ。なあ、あんたこの里一帯に振り撒けれそうな粉とかねえか」


「生憎、そんなものはどこにもありませんでした」


「チッ、使えねえやつめ」


「助けに来たものに対して失礼ではございませんか?」


「うるせぇ!そもそも、俺とあんたは喧嘩してる途中だっただろうが!」


「さぁ?なんのことでしょうか」


「都合のいいやつだな」


「騙し、挑発、知らん振り。この3つは極めておいた方が役に立ちますよ」


「あ、そうかよ!」


 2人は、これほどの会話をしている間に、次々とあたりに鮮血を撒き散らして行っていた。


 敵はそれほど強くはない。見えないということだけが強さ。それだけなら、この2人にはなんてことは無い。


 お嬢も、それを理解してか大人しくしてくれてはいる。後で、何か色々と言われそうではあるが。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「えい!」


 背後で剣を振るうデルシアが、なんとも気の入らない掛け声を出しながら空を斬っていく。


 思った通り、というか、使えなければただの重荷になると思っていたが、デルシアはしっかりと閻王の刃を使いこなせている。


 刃の真の力は扱えてはいないにしろ、この戦いでは十分と言っていいほどの力は出ている。


「グァルァ!」


 デルシアのことばかり気にしてはいられない。敵は、気づいた時には目の前に迫って来ている。


「ふんっ!」


 横を、なるべく風の抵抗が入らないよう、鋭く斬る。


「大丈夫ですか、ガンマさん!」


 デルシアが、振り向きもせずにそう尋ねてくる。私は死なない。それを確信しているからこそ、そういった行動ができるのであろう。

 少し前のデルシアなら、一々無事を確かめなければ何も出来なかっただろう。


「お気になさらず。歳のせいで動きが多少鈍くはなっておりますが、私はまだまだ戦えます」


 それだけを聞くと、デルシアは助けを求める声のする方へと向かっていく。


「私も、歳のせいばかりにはしてはおれませぬな」


 老いで体が動かないというのは、ただの言い訳だ。そんなことで自分を甘くしてはいけない。


 「年老いても、悪知恵は働く」

 村長のガイルがよく言っていた言葉だ。

 どれだけ歳をとったとしても、私にはあの御方を御守りする必要がある。その為なら、盾にだってなってみせるつもりだ。


「ガンマ、息が荒いわよ。カッコつけて倒れられても困るから、後方で守備に当たっていなさい」


 ミューエが、冷たくそう言い放つ。


「私は、まだ......」


「前線に立って戦うばかりがデルシアの為になるんじゃないの。あの子には、後ろで守ってくれる存在が必要なの。『導く者』。それが、今のデルシアなのだから」


 決して的外れではない、むしろ正論だと言えることをかまされる。


「適材適所。あなたの役割は前線で戦うことじゃない。それくらいは理解しておいて」


 そう言うと、ミューエは私の返事を聞きもせずにデルシアの後を追っていった。


「やれやれ、私がどう思おうが、皆さんは歳のせいだと思ってしまわれるようですね」


 それは私にとっては残念なことだが、動きとして、正直なところが表に出てしまっているらしい。


「適材適所......その通りに動きますか」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「爺ちゃん......」


 カイナが不安気な目線を里に向けながらそう呟く。


「心配するな。もう生き残っておるものは全員助け出せれた。後は、デルシア様達が狼煙を上げるのを待つだけ」


「そういう意味じゃないよ」


 カイナが悲痛な顔でこちらを見る。


 言いたいことは分かっている。本当に、里を焼き墜としていいのか。

 迷いがないと言えば嘘になる。あれほどの啖呵を切ったあとでも、未だに里を残しておく方法はないか、と探してしまう。


「カイナ、爺ちゃんに迷いがないわけではない。できることなら、あの里を残したい。じゃが、現実というのは酷く、悲しいものじゃ」


「こんなところで道徳しなくていいよ」


「そうか。じゃあ、一つだけ覚えておけ」


「それ何回も聞いた」


「世界は広い。諦めなければ大方のことはできる」


「全部じゃないんだ......」


「ああそうじゃ。全部できるわけではない。いずれ、諦めなければならないこともある。今回のは、その一例に過ぎん」


 諦めなければ全てができる。そう言いたかった。でも、現実は、酷く残酷なものだ。どれだけ頑張ったとしても、ちょっとの理不尽で全てが失くなってしまう。


 地下トンネルの入口付近から狼煙があがる。


「デルシア様、我らは貴方様を信じておりますぞ」


 手を空に挙げ、合図を出す。

 里の周囲に隠れていた里の兵達が、自らの故郷へと火を放つ。


 見えない敵とは言えど、生き物としての性質は自分達と同じ。食い物を食わなければ死ぬし、火も怖い。

 周囲に逃げた奴らは、デルシア様達が掃討してくれているだろう。


「っ......っ......」


 隣でカイナが泣いている。後ろの方でも、何人かが泣いている。気づけば、自分でさえも涙を流している。


 皆が、里を愛してくれていて、嬉しかった。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 掃討作戦から一晩明けた次の日。


 私達は、里のみんながここを旅立つ見送りに来ていた。


「すまんな。本来なら逆の立場になっていただろうに」


「気にしないでください。私達は、私達で頑張りますから」


 この『頑張る』は、今まで以上に重荷となる言葉だった。

 自らの里を捨てる判断をしてくれた、この人達のためにも、私達は、戦争を終わらせ、異界の者達を倒す必要がある。


「デルシア、お姉ちゃんは一旦城に戻るわ。こんなことを言うのはどうかと思うけど、この騒ぎのおかげでお兄様に怪しまれる可能性がなくなったわ」


「分かりました。アルフレア兄さんのことは任せましたよ」


「ええ。じゃあ、時間がないから私はこの辺でおさらばさせてもらうわ。......あ、あと、この龍人の子お願いね。流石に家じゃ飼えないから」


 ベルディアが、背中ですぅーすぅーと寝ているネイを預けてくる。

 あれだけ気絶していて、こんな騒ぎがあったというのに呑気なものだ。


「そういや、カイナさんの姿が見当たりませんね」


 あれだけ活発な少女だったのだ。この場に居合わせても良いとは思うのだが。


「恐らく、ショックでしょうな。しばらく、そっとしておいてやってください」


「そう......ですか」


 できることなら、カイナにも挨拶くらいはしておきたかったのにな。


「では、私も里のものを待たせておるので、この辺で」


「はい。お元気で」


「次に会う時は、戦争を終わらせて、この事件も解決しといてくださいよ」


「はい」


 村長のお爺さんは、これで満足と言いたげな背中を見せて立ち去っていった。


「次に会う時の条件が色々と厳しいわね」


「まあ、それは私達がやるべきことですから」


「そうね。で、別の話なんだけど、この子は本当にどうするの?」


 1番最後に決めておくべきこと。


 ネイの処遇。


 無関係ながらも、この里を守ろうと必死に戦ってくれた。イグシロナは私に激突したことを未だに気にしてるっぽいが、そんなことはどうでもいい。


「とりあえず、鬼族の集落まで同行させましょう。後は、彼女のやりたいように決めさせる。これで良いと思います」


「そう。今起きてくれれば、今すぐに決めれるのにね」


 そんなこと言ったって、今の様子じゃどれだけ起こしたところで起きそうにない。


 私が、自らの道を自らで決めたように、ネイにも、自分で自分の道を決めてくれればいいだけの話だ。


「じゃあ、私達も行きましょうか。鬼族の集落へ向けて」


 村長のお爺さんが向かった方と逆方向に向けて歩を進める。


「そういえば、なんだかんだで村長のお爺さんの名前、聞き忘れていました」


「そういえば、そうね」


「あの御方の名前はガイル。デルシア様には、きっと聞き覚えのある名前であります」


 ガイル......。何の名前だったか......


「昔、聖王大戦についての話をしたことはありませんでしたか?」


 聖王大戦......あ、もしかして......


「昔、亜人の生き残りを引き連れて戦地を駆け巡り、全員生き残らせたっていう、あの伝説の軍師ですか!?」


「そうでございます。彼とは所謂、戦友というやつでして、彼らを逃がすための手筈を整えたのは私でした」


 なるほど。それで仲が良かったのか......


「彼には、また世話になることがあるでしょうな」


 ガンマが、ガイル達が向かった方の空を見て、そう呟いた。



 そんな、デルシア達の後をつけて木々を飛び回る少女がいたことを、デルシア達は知る由もなかった。

人物紹介

イグシロナ

性別:男 所属ギルド:デルシア陣営

年齢:33歳 誕生日:5月26日 身長:177cm

好きな食べ物:鍋 嫌いな食べ物:なし

趣味:裁縫

見た目特徴:白色の髪で短髪。少しくせっ毛がある。細身で動きが素早い。


黒月時代のデルシアの世話係。普段は暗器を使って戦う。

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