外伝2 【歯止めの刃】
「デルシア様、私は先程あのようなことを言ってしまいましたが、本音で話せばデルシア様には黒月側についてほしかったものです」
隣に立ち、平原を眺めるイグシロナがそう言う。
「ごめんなさい。イグシロナさん」
「いえ、例えデルシア様が白陽を選ばれたとしても、私はあなたの傍でお仕えさせていただくつもりでしたから」
「よくそんな危険なことをしようと思ったわね」
「危険なことですか......」
「ええそうよ。普通、仲間を裏切ってまで危険な方につこうと思うかしら?私ならそんな選択はしないわよ」
「ミューエ殿の仰る通りです。しかし、私にはどうしても譲れないことがありますので......」
イグシロナが苦笑しながらそう言う。
「まあ、私はデルシアがどれを選ぼうとも、それについて行くから人のことは言えないのだけれど」
ミューエがふぅー、と一息つく。
「デルシア、分かってると思うけど、この道はかなり厳しい道になるのよ。今ならまだ後戻りはできる。でも、ここから先に進めばもう戻ることはできない。それでもいいのよね?」
「分かっています。やっぱやめたはナシです。私は、なんとしてでもこの戦いを止めてみせます」
「そう簡単に上手くいくものかしらねぇ......」
「やれるだけのことはやりましょう。そのためにも、今はあの2つの部隊が衝突するのを待つまでです」
シンゲン、アルフレア達と少し離れた場所、そこで2つの小隊が激突する。そのタイミングを見計らってその小隊を壊滅させる。これさえできれば一時的に戦いは止まることだろう。
あとは、そこで兄さん達に話を聞いてもらえればの話だが......
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「デルシア......、なんで、そんな危険な道を行っちゃったのよ~」
「ベルディア様、いつまでも挫けてないでください。なんとか奇襲は成功したのですから」
ゼータが宥めるようにそう言ってくる。
「あなたには分からないでしょう?私にとって、あの子は何物にも代えられない宝物なのよ。ずっと、ずーっと大事にしていきたかったのに......」
「......ベルディア様、あそこをご覧下さい」
「どうしたの?ただの平原と兵士が広がってるだけでしょ」
ゼータが指さしたところを見ても、そこに広がるのはただの草原と白と黒の兵士。あと、ところどころに火の跡があるくらい。不思議なところなど、どこにもない。
「いえ、ベルディア様のお目当てのものがございます」
「?まさか、あそこで2つの小隊と激突してるのって......」
あまり、注視していなかったが、白と黒の小隊に割って戦っている別部隊がある。といっても、両方を倒してるのは3人だけだが......
「デルシア様ですな......。おまけに、どこかへ逃げたのかと思っていたイグシロナまでいます」
「なんてこと......。まさか、本当にこの戦いを止めようとでも思っているのかしら」
無理だ。こんな大規模な戦い、たったの3人でどうにかできるとは思えない。
「恐らく、デルシア様は両方を一度に相手取ることによって、双方の注目を集めようとしているのでしょうな。まあ、大方イグシロナが考えた作戦でしょうが......」
「そんなことしても両方から睨まれて攻撃されるだけじゃない」
なんて、バカな子に育ってしまったんだ......。素直に、こちらについていれば死ぬことなどないのに......
ああなってしまった以上、アルフレアは見逃さないだろう。そして、白陽の王子達も......
「ねえ、今からデルシアを連れ去るなんてことはできる?」
「まさか、デルシア様をお許しになるおつもりで?」
「違うわよ。説教するためによ。アルフレア兄様達が気づいてしまう前に、私達で戦いをやめさせるの。そうすれば、あの子は死なずに済む。暗殺部隊か、奇兵隊のどちらかを動かせれる?」
「残念ですが、両小隊とも戦場に罠を張っている最中でございます。我らの隊もアルフレア様の支援に行っているまま。こちらから動かせられる兵はございません」
「なんてことなの......」
こんなことなら、もっとたくさんの兵を連れてくるべきだった......
いや、兵力が足りないのなら、私自らが行けばいい。いくらワガママなあの子でも私の話くらいは聞いてくれるはず......
「兵隊がダメなら、馬はある?もしくは、飛龍でもいいのだけれど」
「飛龍なら、2羽余っております」
「今すぐ手配してちょうだい。デルシア達のところに行くわよ」
「......了解しました」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「デルシア様、なぜこのようなことを、グハッ......」
「ごめんなさい。でも、みんなのためなんです」
最後の一人を倒した。
これで、2つの小隊は壊滅。兄さん達が注目してくれるはず。
「デルシア様、こちらも完了致しました」
「ありがとうございますイグシロナさん」
イグシロナもなんとか敵を全滅させることができたようだ。
「本当に無茶なこと言うわね。殺さずにやれってどれだけ手加減したらいいのか全然分からなかったわよ」
ミューエも剣を鞘に仕舞いながらやって来る。
「すみません。でも、殺すのはよくないかと......」
「殺さないってのはいいことだけれど、私達の命がかかってるこの状況下じゃあ、ただの自殺行為よ」
それは分かっている。でも、殺すのはどうにも耐えられない。軽く怪我をさせるだけで動けなくなるのだから、そっちの方が断然良い。
「デルシア!なんてことをしてくれたんだ......」
期待通り、シンゲンが注目してくれた。
「デルシア......お前という奴は......。お前の覚悟がそれ相応なら、俺達もお前を許さない」
「え?ちょっと待ってください。別に、私はそんなつもりじゃあ......」
「言い訳など無用!デルシア!お前は我らの裏切り者だ!」
どうしよう。期待していたことと全然違う展開になってしまった。
2つの注目を集めることはできたが、逆効果となってしまった。
戦いをとめるどころか、2人は話すら聞いてくれそうにない。
「まずいわねデルシア......」
言われなくても分かる。この状況は非常にまずい。どうにかして2人を説得しないと......
「デルシア......今日限りでお前は俺達の家族ではなくなる。最後に言いたいことはあるか」
最後に言いたいことはあるか、と言われても、ここで死ぬつもりは1ミリもない。どうしよう......
「デルシア様、ここは一旦逃げましょう」
「逃げるってどこにですか!?」
「デルシア、丁度いい逃げ場があるわ。そこまで行きましょう」
え、えぇ~。2人を説得するはずだったのに、なぜかとんずらする羽目になってしまった......。でも、今はそんなこと考えてる暇はない。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「はぁ、はぁ、はぁ......」
ミューエの後を追ってから数分、辿り着いた場所は吊り橋が1本だけ架かっている渓谷だった。
「まさか、あの世に逃げろとでも言うつもりでしょうか?」
「そうね。あの世に逃げるのなら簡単な話ね。でも、まだ死ぬわけにはいかないのでしょう?」
「当たり前のことでございます」
「なら、ここから飛び降りるわよ」
「「 はい? 」」
ミューエの発言は、かなり予想外のものだった。
渓谷から飛び降りろって、自殺しろと言っているようなものだ。
この先に何があるのか分からないが、死ぬ可能性が見え見えなところに飛び込みたくはない。
「説明は飛び降りた先でするわ。今は、奴らに見つかる前に行方を晦ます必要があるわ」
「......死なないのでしょうな」
「自分の体で試してみるといいわ。私は先に行くわよ」
そう言い残して、ミューエが飛び降りた。
「......今は、ミューエ殿を信じるしかないようですな」
イグシロナが頭を押さえてそう言う。
「ええい!目を瞑れば怖くない!」
高いところが苦手だったのか......
どおりで、さっきからずっと足を震わせていたわけだ。深く納得。
ミューエが飛び降り、イグシロナも信じて飛び込んだ。
ミューエのことだから何か考えがあるのかもしれないが、せめて飛び降りた先に何があるのか教えてほしかった。
「......これも兄さんたちのため!」
意を決して渓谷の底に向かって飛び降りた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「......る......あ」
耳元で、聞き慣れた少女の声がする。
「デルシア、いつまでも寝てないで起きなさい」
「ん......」
天国にでも辿り着いたのだろうか。やけに、あたりが真っ白な景色になっている。
「いつまでも寝惚けてないでシャキッとしなさい」
目を擦り、あたりをよーく見渡す。
「ミューエさん、ここは天国ですか?」
「余程寝惚けてるみたいね。まあいいわ。デルシアがこんな反応をすることは想定内だったから」
なんだか、すごくバカにされた気分になる。そんなに私は抜けているのだろうか。
「イグシロナ。デルシアが起きたわ。もう戻ってきて大丈夫よ」
ミューエが霧に向かってそう言う。すると、霧の中から忽然とイグシロナが姿を現す。
「お目覚めになりましたか、デルシア様」
もしかして、寝ていたのは私だけなのだろうか?
「どうせ、ここがなんなのか聞きたがるだろうから今のうちに説明しておくわ」
ミューエが私の前に屈んでくる。
「ここは反転世界。別名、世界の裏側なんて呼ばれているわ。まあ、ここの存在を知っている人自体少ないのだけれど。それで、ここは名前の通り私達が住んでいる世界とは反転された世界。鏡状になっている場所よ」
それだけ言われてもなんのことやら。名前とどういった場所か分かっただけでなんなのかという疑問は解消されない。
「まだ何か知りたがってる様子ね」
「えーっと、じゃあ、1つ聞きますけどここはなんなんですか?」
「さっきも言ったように、世界の裏側。鏡の世界。私達が住んでいる世界が鏡になっただけで何も変わらないわよ。ただ、人は住んでいない。今ここにいるのは私達だけ。白陽と黒月の王子達がやって来る心配はないわ」
うーん......、イマイチ分からない。
「なんでミューエさんはこんなところを知っているんですか?」
「私のお母さんがここの住人だったからよ。私は小さい時からこの場所の存在を聞かされていたの。まあ、ここに来れるかどうかは半信半疑だったのだけれど......」
そんな曖昧な情報で死ぬ可能性があるところに飛び込まないでほしい。てっきり、確信した何かがあると思っていたのに。
「あれ?確か、ここって住人がいないはずですよね?」
「ええそうよ。といっても、800年くらい前まではここに人がいたらしいの」
「800年......、じゃあ、ミューエさんのお母さんって......」
「安心して。お母さんは普通の人間よ。800年前の人が現代にいる理由は、ここの時間の流れが不安定だからよ。ここから出た時に、時間がかなり進んでいる時もあれば、少し前に戻っている時だってある。お母さんは800年もタイムスリップしてしまったということよ」
なるほど。それなら矛盾はない。それはそうとして、
「それだったら、私達も早めに戻った方がいいのでは?」
「そうなんだけれど......」
何か、帰れない理由があるのだろうか。
「帰り道も、来た時と同じようにこの世界にある渓谷から飛び降りればいいの。ただ、その渓谷が見つからなくて彷徨っているの」
「申し訳ございません」
イグシロナが深々と頭を下げる。
「とりあえず、道が続いていた北側に行こうと思うのだけれど良いかしら?」
「そんなの私に聞かれても、なんとも言えません......」
「そうよね。まあ、他に選択肢はないんだし、とりあえずここで立ち止まっているのはやめましょう」
そう言ってミューエが立ち上がった。
私も、後に続こうと立ち上がった時、
「あぅ......」
突然、目の前が暗くなってその場に座り込んでしまった。
「気をつけなさいよデルシア。ここは酸素が薄くなってて体調を崩しやすくなっているの。だから、寝起きで勢いよく体を動かすのはやめた方がいいわ」
それをもっと早くに言ってほしかった。




