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グランストリアMaledictio  作者: ミナセ ヒカリ
第4章 【時の歯車】
82/404

第4章18 章末 【時の歯車】

「ゴッホン......えぇ......それでは、邪龍討伐おめでとうの意を込めまして、乾杯!」


 クロムがガチガチに固まった様子でグラスを掲げる。


「「「 乾杯! 」」」


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 戦いが終わった。長く長かった戦いがようやく終わった。


 思えば、異世界軍との戦いの時からずっと休まる暇が無かったように感じられる。


 それだけ、悩み、苦しみ、戦い続けてきたのだろう。


 1週間ほど前、ヴァルが死んだはずのネイがいると言ってきた時には、思わず耳を疑った。

 生きているはずがない。ネイは私達のために死んでしまった。生き返るなんてそんなことはないと思っていた。


 でも、そのネイが目に見える形で私達の前にいる。ヴァルが頑張ってくれたお陰だ。


「よォ聖王様。ヒック......聖王としての仕事はちゃんとやってるのかァ?俺はやってねぇ......」


「ラス、酒臭っ!お前もう5杯くらい飲んでないか!?」


「うるせぇなぁ......俺様だってちったァ疲れてんだよォ......こんなに酒と美味い飯と女を並べられたら嫌でも手が出るもんだってばよ......ヒック」


 予想通り、ラストはかなり飲んでいる。たくさん買ってきて正解だった。


「ラスト、確かに、ここには可愛い女の子がたくさんいるかもしれないが、手を出すなよ。特に、そこの龍人にはな......」


「分かってるって......ヒック......。あれに手を出したら殺されるんだろ......そんくれぇ、酔っ払ってても分かるって......ヒック」


 なんかの拍子に手を出しそうだな。今、話に挙がったネイの方を見ると、いかにもお嬢様といった感じで上品に酒をたしなんでいる......。いや、よく見たらただの紅茶だった。


「ネイ......、酒はあんまり飲むなよ......。お前は......一応未成年なんだからよ......、こんな悪い大人になっちゃいけねえぞ......」


「あからさまに悪い大人に言われても説得力がないのですが......」


 意外なことだ。てっきり、ヴァルは酒に強いかと思っていたのに......


「ヴェルド様ぁ......。あの2人みたいに私達もいちゃいちゃしましょうよぉ......」


「お前は俺に酒を飲ます余裕を与えねえつもりか!」


 これは、いつも通り......というか、みんなちょっと酔すぎじゃない?


 そう思ってこの辺に配った酒の銘柄を見てみた。


「ウイスキー......ラム......ウォッカ......」


 なんということだ。見事にアルコール度数の高いものばかり。強い酒は買わないようにしてたのだが......グリードだな。


「見てろよォ、これが男の一気飲みだァ!」


 グリードも盛大にやられてる。ちょっと待て。あんな強い酒を一気飲みしたら危ない。普通に危ない。


「落ち着けグリード。死に急ぎたいのならそのまま飲め」


「あの、フウロ?今のでグリードやられちゃったんだけど......」


 フウロのチョップでグリードが一気飲みする前に倒れた。レラが心配そうに見ている。


「どうせ、1時間もすればこの男は目覚める。というか、誰だこんな強い酒を買ってきたのは」


 犯人目の前です。その男がやりました。


「まあいい。レラ、そこのグラスを取ってくれ」


 いや、飲むんかい。強い酒はどうした?


「あの、こんなの飲んで大丈夫?」


「大丈夫だ。私は酒には強い方だ」


 まあ、フウロなら......


 いや、このギルドの全員が酒を飲んだらどうなるのかを私は知らないのだけど......大丈夫、だよね?今のところ暴走してる人はいないし......ラストがちょこっと心配。


「よォ、可愛い精霊魔導士様......。あの時はまんまとしてやられちまったぜ......ヒック」


 心配してたら、その当人がやって来てしまった。クロムの言う通り、酒臭い。


「ラストも、中々に強かったよ?私達が総掛かりで行って倒せれないくらいだったし......」


「ギャハハハハハハ。そりゃあたりめえだ。なんたって、俺様は最強を目指す男だからな。魔導士ごときに簡単にやられてたまるかってんだ......ヒック」


 ああ、こりゃダメなやつだ。暴走したら、その時はソラにでも止めてもらおう。


 そのためにも、ソラの鍵を手に取りやすいように腰に引っ掛けた。


「あーあ......結局、あのお嬢様と戦うことはできなかったなぁ......」


 ラストが落ち着いた様子でネイの方を見ている。


 ネイは、なぜかヴァルに「あーん」と食べ物を口に入れさせてあげてる。なんか、見てるこっちが恥ずかしくなる絵面なんだけど......


「あのお嬢様......強かったなぁ......」


 ラストが何を言いたいのかがなんとなく分かる。


 最強を目指すのなら、ネイを倒さないとその領域には行けれない。私達の評価じゃ、間違いなくネイが最強である。ただ、ネイは人外なので気にしなくてもいいと思うのだが......


「あのお嬢様何もんなんだ......現代じゃ使えねえ闇魔法......それと、時間を止める力。聖王様でもそんなことはしてこねえぞ。まあ、だとしてもあの聖王様には勝てなかったんだが......」


 いつ戦ったんだ......。クロムとラストが直接戦った記憶なんてあの時の戦いだけ。しかも、ラストが勝っていたし......


「実はな、邪龍教の奴らとの戦いが終わったあとで決闘を仕掛けてみたんだよ」


 よくもまあ、そんなものをクロムが了承してくれたもんだ。色々と忙しそうに見えるのに。


「それでよォ......戦ってみたのはいいんだが、タイマンでやるとあの聖王様バカみたいに強くてよォ......姉のために剣を取った奴の強さじゃないぜあれは......」


 タイマンなら強い......ヴァルとヴェルドもそうだったな。


「悪ぃネイ。これ以上やったら、見てるみんなが恥ずかしいと思ってる可能性があるからもういい」


「シアラ、ちょっくっつくな!おい!やめろ!」


 ヴァルは全てを察し、ヴェルドはシアラの勢いそのままに倒れた。やかましい人達だ。


「良いよなぁ......あの男2人は......。立派なフィアンセがいて......」


 なんか違う気がする。別に、ネイはヴァルの契約龍だし、シアラの好意はヴェルドにとってはウザイと思われてるらしいし。


「あの、ヴァル?なんか吐きそうですけど、吐くなら早めに言ってくださいね?でないとブラックホール出せないので」


「ああ、分かっおえ......」


 言わんこっちゃない。ヴァル、その酒多分高いから戻さないでくれ。


「だからシアラ!離れろ!苦しいんだよ!」


「えぇ~いいじゃないですかぁ......私ぃ、今とても幸せですよぉ~」


「俺が死んで俺が不幸になるからやめろ!」


 ヴェルドがようやくシアラの手から解放され、深呼吸を何回も繰り返してる。あれってガチだったのか......


「はぁ......、どこかにいい女いねえかなぁ......俺も春が来て欲しいよぉ......」


 最強を目指す男が言う発言とは思えないな。


「最強を目指すのもそうだけど......、俺様ァちょっとくらいの癒しが欲しいんだよぉ......。王様になって、自由なことができなくなって、早く誰かに王座を渡してぇ......」


 欲があるのかないのか。よく分からない男だ。


「ラスト......王座を捨てたいとか言うな。それでも、一国の王様だろうが......」


 クロムがラストの隣に座る。


「捨てたいなんて言ってねえよ。ただ自由が欲しいって言ったんだ。王様になったら、予想以上に仕事があって大変なんだよォ......誰か、優秀な補佐が欲しい」


「自由が欲しい気持ちは分かるが、そんな怠けてたらダメだぞ......ラスト......」


「あれ?クロムも若干酔ってない?」


「......すまない。最初に飲んだ酒が回りだしてな。今、辛うじて人格を保っているのだが......」


 なんだこの地獄。結局ここら辺にいた全員酒にやられてるじゃん......


「異世界軍との戦い、ヒカリの死、邪龍復活、ネイの死、邪龍教との戦い......全部この1年間で起こったこととは思えないな......」


「私達はその前に魔獣騒動があったんだけどね」


 私には、どうやって解決したのかの記憶がないが、あれもメモリ絡みの事件ではあった。


 本当に1年でやれたこととは思えない。


「帝国との戦争が始まったかと思えば、それは罠。まさかの姉さんが殺される事態になる......クソっ」


「いつまでも後悔してんじゃねえよ......まあ、大事な人を失うってのはよく分かるけどさぁ......俺だって妹を失ったくらいだし......」


 それは初耳だ。ラストに妹がいたとは......


「可愛い妹だったよ......。元々、俺様ァいわゆる孤児だったんだ......。そいつが本当に俺様と血の繋がった妹だったのかは、今は分からねえ。でも、家族だったんだよ......なのに、ある日突然変な男達に連れ去られてさ、それしき行方不明だ。俺様が最強になりてえって思ったのはその時だったかなぁ」


 なんか、ふざけた人だと思っていたのに、途端にいい人に見えてくる。最強になりたいというのが、ただの夢じゃなくて、しっかりとした目的があったからだとは......


「あのお嬢様に勝ちてぇ......聖王様にも勝ちてぇ......強くなって、もう誰も失いたくねぇ......失う奴いねえけど」


 いい話だと思っていたのに、なぜ最後にその文を入れた?そこは、嘘でも国民とかにしとこうよ。


「俺も、もう誰も失わない。この手が届くところはもちろん、その先にあるものだって......ヒカリや、姉さんのような犠牲を出さないためにも......」


 この2人、なんやかんやで似ている。強くなりたいと思い、その目的もほとんど同じ。汚いかそうでないかくらいの違いだ。(いや、それはラストに失礼かな?)


「仲良くやろうぜ、聖王様......」


「ああ、お前とは気が合いそうだ......とりあえず、強くない酒1杯」


「強くなりてえんだろ......強ぇ酒でやろうぜ......」


「......そうだな」


 とりあえず、暴走しないことを祈ろう。それと、ここの席、なんか居心地が悪くなってきた。ヴァル達のところに行くか......


 そう思って立ち上がった。


「おぇ......」


「吐くなら早く吐いてください......私だって、そんな何時間もブラックホールは出せないんですからね」


 ネイがヴァルの完全なるお守りになっている。許すまじ、グリード......


「大丈夫?ヴァル?」


 適当に、近くの椅子に腰掛けて問いかける。


「らいしょうふらいしょうふ」


「大丈夫じゃないね......」


「んなわけオロロロロロ」


 あ、遂にキラキラが出た。ネイのブラックホールに全部吸い込まれていった。


「あぁ、なんかスッキリした......」


「だから早く吐いた方が楽って言ったんです」


「でも、こんな美味い飯を捨てるわけにはいかねえだろ」


「帰り道で吐かれる方が厄介なので変な気を遣わないでください」


 ネイがやれやれといった感じに、近くにあったグラスに残っていた紅茶を全部を口に含む。


「ネイ......」


「どうか......しました?」


「それ、俺が飲みかけてた結構ヤバい酒なんだけど......」


「え?嘘......」


 ミイラ取りがミイラになる。はて、ここからネイがどれだけ耐えれることやら......


 そんな甘い考えを持っていたのが悪かった。


「おい大丈夫か?ネイ」


 ネイの顔がさっきまでと比べて若干赤くなっている。


「大丈夫......です......。ちょっと......お手洗いに......」


 フラフラとした足取りでネイが退席した。なんか大丈夫じゃない気がする。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 ネイが出ていってから10分程度。本当に大丈夫だろうか?


 元々未成年の体。しかも、かなり強い酒を飲ませてしまった。各方面から怒られそうで怖い。


「あれぇ?あのお嬢様はどこに行ったァ?」


 もう1人、こっちは完全に酒にやられてるラストがやって来た。


「間違って酒飲んじまってな。トイレに行った」


「トイレに行っトイレってか?ギャハハハハ」


 今ので酔いが冷めた。完全に目も覚めた。


「あ、おかえりネイ......?」


 ようやくネイが帰ってきたが、なんだか様子がおかしい。


「ヴァぁルぅ......」


 フラフラとした足取りで、そのまま抱きついてきた。


 ダメだ。完全に酒にやられてしまったようだ。シアラ化している......


「ちょっ、あんまりくっつくな」


 なんか思った以上に抱き締めが強い。まずい、まだ若干残ってる物が出てきそうだ。


「いいではないかぁ......。妾、お主とおれて幸せじゃし......ずっと、こうしていたいのじゃぁ......」


 色々と鍵が外れてやがる......


「へぇ......。お嬢様は酒に弱いやつだったのかァ......」


 なんかめんどくせえな。酔っぱらいしかいねえんだけど......。いや、俺もさっきまでそうだったけどさぁ......


「ね、ネイりん大丈夫?」


「だいりょうぶだいりょうぶ。妾、こう見えても全然平気じゃから......」


「ダメみたいだね」


「そうだな」


 酒を飲むと、ここまで子供っぽくなってしまうのか......いや、14だったら十分子供だけど......


「もっと酒を持ってこーい......。妾、ちと飲み足りんぞぉー」


 これ以上飲ませるのはヤバい。俺が怒られる。


「はぁい、ただいまシアラが持っていきまぁす」


 シアラが近くにあったグラスに例の強い酒を注ぐ。


「待て、これは俺が飲む」


「なんでじゃぁ......。あ、もしかして間接キスってやつか?んもぅ、ヴァルったら~」


 可愛げがねえ......


 軽く酔ってるくらいなら可愛げがあったかもしれねえのに、これじゃあただ弱体化してるだけじゃねえか......


「妾から飲んでやるぅ」


 別のこと考えてたせいでグラスを取られた。


 ネイは取った勢いそのままに、中身を全部飲み干す。


「あぁ......。間違えて全部のんじゃいましたぁ......」


「何やってんだお前ー!」


 1番暴走しねえ、というか暴走したやつを抑える係のやつが暴走しちまった......


「おい、お嬢さん。俺と飲み比べしようぜ。剣じゃあ負けたが、酒じゃあ負けねえ」


「いいなぁ、望むところじゃ......」


 ラストはラストで何言い出してんだ......


「おーい、酒を追加しろー!」


「ありったけたくさん用意しろよぉー」


 クソっグリードめ......


 ここは地獄か?半分以上がかなり酔っぱらってやがる......。どんだけ酒に弱い人間の集まりなんだ?いや、こんな強いの飲んだらそうなるのかもしれないが、弱い酒だってたくさんあっただろ。


「おい、ラナ、そろそろ止められねえのか」


 剣に向かってそう言う。


「す、少しだけなら......できる......。さあ、今の......うちに......」


 ラナが一時的に切り替わる。この様子じゃ5分と持たないだろう。


「悪ぃネイ。お前のためだ」


 腹のあたりを思いっきり殴る。


「あぅ......」


 なんで腹を殴ると気絶するのか知らないが、ネイがそのまま俺の腕に倒れた。


「んじゃ、ちょっくら救護室にでも連れていくからラスト達抑えるの頑張っててくれ」


「え、えぇ......」


 セリカに無理難題押し付けて救護室へと向かった。ちなみに、ネイはお姫様抱っこの状態だ。意外と軽い。



※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 寝顔はすごく可愛いと思う今日この頃。


 まさか、ネイがここまで酒に弱いとは思わなかった。


 ラナの協力もあってなんとかネイを気絶させることができた。あのまま続けていたら色々と危ないところだった。


 それにしても、ネイの体はビックリするほど軽い。試しに、右手首あたりを俺の指で輪を作って通してみたが、余裕ができるほどではなく、若干隙間ができるくらいだ。


 そんなこんなで救護室に辿り着き、ネイをベッドの上に置く。


「あれ?私、なんでこんなところに......」


 目覚めるのが早ぇ......。もうちょい寝ててもらいたかったのに......


「大丈夫か?ネイ」


「えーっと......何がでしょうか?」


 覚えていないのか......。まあ、酒飲みは、大体何をやっていたのか覚えていないしな。


「もしかして......暴走......してました?」


「ああしてた。可愛くなかった」


「随分ハッキリと言いますね......」


 ネイが辛そうに頭を押さえる。


「大丈夫か?」


「まだ、ちょっと酔いが......」


 仕方ない。窓でも開けて、冷たい風で頭を冷やしてもらおう。


 そう思って窓を開けに行った。


「あ、雪だ......」


 いつの間にか、外には雪が降り出していた。


「月と雪......。中々綺麗な組み合わせですね」


 ネイが俺の前側に出て、同じように外の景色に目を向ける。


「今宵の月は......どこを照らすのでしょうか......」


「月なんてどこにも見えねえぞ」


「そりゃあ、新月に近い、というかほぼほぼ新月ですからね」


「じゃあ、どこも照らさねえじゃねえか」


「確かに、私達にとってはそうかもしれませんね。でも、この世界とは違う世界なら、別の月が光り輝いているかもしれませんよ」


「別の世界ねぇ......」


 例えば、ヒカリとアルテミスがいた世界だろうか。でも、月はこの星での呼び名。他の世界だと呼び方が変わるのではないか?


 まあ、そんな些細なこと、どうでもいい。


「月詠。月を詠むと書くんですよ」


「それくらい、バカな俺でも知ってるさ。で、それがどうかしたのか」


「私が、なぜツクヨミという名だったのか。私が、なぜフェノンとして新たな人生を送ろうとしたのか......。その答えは、月にあるんです」


「月?でも、ツクヨミってのはお前の親が付けてくれた名前なはずだろ?」


「いえ、親が付けてくれた方はフェノンです。魔導を極めていくうちに、月に関することをどんどんと研究していったのですよ......。そしたら、いつの間にか月を詠む存在、月詠だなんて呼ばれて......」


「つまり、フェノンとして新しくやっていこうとしたんじゃなく、全てをリセットしようしたってことか?」


「そうですね。今にして思えば、名前を最初のフェノンにしたのは、そういうことだったのかもしれませんね......」


「そういや勘違いしてたことがあったな。お前って800年前は龍人だったよな?」


「何を勘違いしてたのか知りませんけど、生まれた時からずっと私は龍人ですよ?あの時はまだ、差別とかがなくて過ごしやすかったんですよ......あ、その差別の原因私か......」


「何今更気づいてんだよ......。また今度、時間がある時に龍人の里に謝りに行くぞ」


「龍人の里?」


「あれ?覚えて......」


 確か、未来のヨミはあの時のことを知らなかった。ここで話しても、歴史は大して変わらないだろうが......、黙っておくか。


「いや、やっぱなんでもねえ」


「気になります。今すぐ話してください」


「そのうち分かるよ」


「今じゃなきゃダメです」


「だから、そのうち分かるって」


 どうせ、何年になるか知らないけど、歴史の修正だなんだ言って過去に来るんだ。その時に、過去の俺と出会って知ることになるさ。


「分かりましたよ......」


 ようやく折れてくれた。まあ、今回のは俺が黙り続けていれば勝てた試合だしな。ネイもそこまで頑固ではない。


 そう思ったのだが、ネイは不貞腐れたように窓の外を見つめる。


 こういうところは、まだまだ子供だな。


「あ、流れ星......」


「マジで!?どこどこ」


「もう消えましたよ。流れ星ではしゃぐとか子供ですか」


「お前にだけは言われたくねぇ......」


「私、子供じゃないので」


 肉体年齢的には十分子供だろうが。それに、精神面も、俺以外と話はしないし、ずっとベッタリくっついてくるしーーいや、まあそうなるようにしたのがいけないんだけどーーまるで、俺が保護者でネイは保育園児じゃねえか......


「む、なんか今、ヴァルの中で侮辱を受けてるような気がします」


「気のせいだって」


「なら撫でてください」


「はぁ......分かったよ......」


 なんか、すごくめんどくさい奴に育ててしまった気がする。教育方針を今から厳しめに変更するか......。いや、なんかそれはネイが可哀想だな。やめよ、今のままでいいや。


「やっぱり、ヴァルの手ってガサガサしてますね」


「自分の頭で何を感じてやがんだ」


「いえ、これが働き者の手なのかなって。私を書庫から連れ出す時に握ってきた手も、結構ガサガサしてましたし」


「お前と違って俺は怠け者じゃねえんだよ。色んなところに出歩いて、依頼主のために頑張って、そして、お前のためにも色々と頑張って......。誰か、こんな俺に頑張ったねの一言くらいかけてくれてもいいんじゃねえか......」


「はいはい、頑張りましたねー」


「なんだ......その申し訳程度の褒めは......」


「なんなら、私の体を触ります?こんなにヴァル好みのワガママボディに育ってるわけですし......。むしろ、私の方から触ってほしいくらいです。ムフ、ムフフ......」


「別にいいよ。俺はそんなに飢えてねえよ。あ、それ人前では絶対に言うなよ。特にラストとグリードあたりには......」


「そうですか。私はヴァルに好きにされたかったのに......」


「俺、そこまで変態に見える?むしろ、お前の方が変態だと思うんだけど」


「私は変態じゃありませんよ。ただ、(好きになった人に対しての表現が思い浮かばないだけです」


 普通に好きだと言えばいいじゃねえか。なぜ、そこでそういう展開に持っていく......


「......ヴァルは、本当に私の手なんかを握って良かったのですか?」


 今更何を言い出すんだ。世界の書庫(ワールド・アーカイブ)で1回目。再霊島で2回目。どんだけ確認するつもりなんだ。


「俺は、お前の手を取って良かったと思ってるよ」


「こんな、悲しみに濡れた、悪魔の手をですよ?」


「だから取ってやったんだ。クロムほど、俺には力がない。でも、そんな俺にだってできることは全部やっておきたいんだ」


 ヒカリの時は、やらなくていいと思っていた部分がある。それで失敗したんだ。

 なら、今度は失敗を繰り返さないためにも、できることは全部やるというのが筋というものだろう。そう思って痛い思いをするのを我慢して行動してきたわけだ。


 結果としては、目的を果たすことができたので大満足だ。


「それとも、お前は俺の手じゃ不満だったか?」


「いえ、そんなことはないです。むしろ、ヴァル以外は嫌です」


 ダメだなこりゃ。他人を受け入れられない時点でコミュ障改善なんて無理だ。


「一生後悔しませんよね?例え、どんなことがあろうとも、ずっと、私の隣にいてくれますよね?」


 どんだけ不安なんだ......


 そう思ったが、口に出して言う気にはなれない。ネイは、ずっと昔から不安を抱えて生き続けたんだ。

 俺が、どこか遠くへ行くかもしれないことがとても不安なのだろう。その不安を、少しでも払拭してやりたい。


「ずっと......隣にいてやる。お前が、いてと言うならいつでもいてやる。それが、俺の決めたことだ。だからよ、そんな涙流してんじゃねえよ。笑ってろ」


「いえ、別に泣いてるわけでは......。あれ、涙が出てる......」


 本人に自覚はなかったのか......


 「ヴァルは、本当に私の手なんかを握って良かったのですか」のあたりから、ずっと涙を流していたというのに......


「なんで......ですか......。私......別に......悲しいわけではないのに......」


「ネイ、それはな、『嬉し涙』ってやつだよ」


「嬉しいのに......泣くのですか......」


「お前に、少しずつ感情が芽生えてる証だよ」


 そう言って、優しくネイを抱き締めてやる。冷たくて、小さな体だ。

 でも、これからこの体はどんどん温かくなっていくだろう。体はこれ以上大きくならないだろうが。


「私......、ずっとこのままでいられますかね......」


「大丈夫だ。何かあった時には俺がどうにかしてやる」


「私を......悲しませないでくださいよ......」


「どっかでなんかあるかもしれねえが、少なくとも戦死しねえよう努力する」


「......なんで、こんなに、優しくしてくれるのですか」


 優しくする?そんな答え決まってるだろ。


「お前が、俺の行為を優しさだと気づけてるからさ」


 だってそうだろ?優しさなんて、本人が優しさだと思ってやったことだとしても、受けた側からすれば迷惑だと思うことがある。逆に、優しくしようと思っていないのに、相手から優しさだと思われることもある。


 優しさを、『優しさ』だと気づけるかどうかの違いだ。ネイは、その『優しさ』に気づけた。もう、この『優しさ』を手放すことはできないだろう。


「ずっと、ずっと迷惑をかけるかもしれませんよ......」


「何回も聞いた。そして、何回も大丈夫だって答えた」


「そんなに優しくされたら......私、それを手放せなくなるじゃないですか」


「それでいいじゃねえか。お前は、ずっと優しさに飢えてたんだ。思う存分、優しさを感じてろよ」


 いつか、俺が寿命で死ぬ時が来ても、ネイが『優しさ』を持っていれば、新たな生き方を見つけてくれる。貰うだけ貰った優しさを、他人に分けるような人生が......


「ありが......とう......」


「っ......」


 ネイが、崩れ落ちるように眠った。


 『ありがとう』


 その一言で、なぜか俺も救われたような気がした。




 こうして、長かったような短かったような1年が終わった。




※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 時は、ネイが本格的に眠ってから10分程。


 ネイが目覚める様子はなさそうだと思ったので、セリカ達の元へと戻った。


「あ、ヴァル......もしかして、ネイりんそのまま寝ちゃった?」


「ああ。泣きながら寝た。嬉し涙でな」


「そう......。なんか、ネイりんがそう思えたのなら私達も救われた気がするね」


「ああそうだな」


 セリカも同じ思いを抱いてくれた。


 ネイを救い出せたのはいいが、邪龍教との戦いで、圧倒的に自分達の力が足りないことに気づいた。


「もっと、強くなりてぇ......」


 そう思うのは当然だった。


「そんなヴァルに朗報」


 なんだ?手っ取り早く強くなれる闇商売でも見つけてきたか。


「じゃーん、見て見て、この7月末頃から開催される『龍王祭』っていうのがあるんだけどね......」


「セリカ、それはやめとけ」


 若干頬を赤らめたフウロがやって来た。


「え?なにかあるの?」


「セリカ、そいつはァやめとけ......。どうせ、龍王祭のメイン『グランアランドラルフ』にでも参戦しようとか言うんだろォ?」


 酒が抜けきっていない様子のグリードがやって来る。


「え?そのつもりだったけど、なにかあるの?」


 やっぱりか......


「実はな、セリカ。俺達は5年前までその大会に出てたんだ」


「えっそうなの?......5年前まで?」


「話せば長くなるんだが、俺達は5年前からその大会に出るのをやめたんだ」


「やめた?面白そうな大会なのに?」


「実はな、その大会、グランメモリーズは例年予選落ち。決勝に駒を進めても最下位なんだ」


 フウロがみなが言いたいことを短く説明する。


「もしかして、ただの恥になるからやめたとかそんなところ?」


「正解だセリカ。ちょ、シアラ離れろ!」


「ヴェルド様ぁ......」


「なあ、こいつも腹パンしてネイの隣に連れて行っていいか?」


 思わぬ横槍が入る。邪魔だからどっかに行け。


「ヴェルドは無視して、その大会に出るのは、ギルドの総意で嫌だということになってるんだ」


「えぇ......。でも、うちのメンバーって強いのいっぱいいるじゃん。例えばフウロとかライオスとかさ」


「強いだけで勝てるんだったら俺達も大会に出るのをやめるなんて言わねえよ。ただな、その大会には毎年特別なルールがあるんだ」


 話を聞いてたのか、ライオスがやって来た。


「ルール?」


「基本的に、出場メンバーの交代は1回まで。7日間かけて行われるんだが、次の試合のルールは当日に発表。今までだと、狙撃とか造形とか......うちはことごとく出すメンバーを外しちまってるんだ」


「でも、今回の大前提ルールは強さ比べみたいだけど......」


「そうだとしても、うちはなぜか勝つことができない。その大会の参加は諦めーー」


「何言ってんだ若僧共!」


 あ、酒が完全に回ってるオッサン、ネメシスが来た。酒臭い......


「昔の昔、俺がまだまだ若かった時の話だが、その時はうちが毎年1位争いの立場にいたんだ!」


「昔の話だろ?今は関係ねーー」


「馬鹿野郎!うちはそれくらいの力があったんだ。なのに、なんで今は弱いのか分かるか?」


「いや、分からねえ」


「答えは簡単だァ!うちが少々怠け過ぎてるんだ!それと今年、いくらなんでもうちのギルドは活気が無さすぎただろ!」


 そりゃぁ、ヒカリを死なせてしまって、そんな状況で上手くやれるわけがない。


「ヒカリが死んだとかネイが死んだとか、てめえらは人の生死に人生を左右されすぎだろ!そりゃあ、若ぇんだからそんくらいの覚悟がないのも分かる。でもな、俺達は今回の戦いで圧倒的に力不足だと分かっただろ!?」


「まあ、確かにそうだが......」


「その大会での優勝を目標に特訓だァ!マスターもそれでいいだろ?」


「すまん、声がデカすぎてよう聞き取れんかった。でもまあ、2代目の前で恥を晒すわけにもいかんな。よし、今年は参加するぞ!1位取れなかったら全員不眠不休でトレーニングじゃあ!」


「「「 勝手に決めるなよ! 」」」


「何を言うとる若僧共。お前ら未来を担う者共が強くなくてどうするんじゃ?それとも、2代目の力を借り続けるのか?」


「「「 ...... 」」」


「ここいらでいっぺん、天下を取って、他のギルドの者共を上から見下ろしてやろうではないか!」


「......ああそうだな」


 なんだか、胸の奥で何かが燃えてくる感覚がする。


 強くなりたいと思ったんだ。まずは、ギルドでの一番を取って強くなるんだ。


「負けるのを恐れて出ないなんて、やっぱダセェや。全員で、てっぺんを取ろう!」


 俺は、結構心変わりが早い方である。そして、やろうと思ったことはすぐにやる派でもある。


「全く、お前らの無茶には呆れさせられる」


「でもでも、ギルドでの一番を取るなんてすごいことじゃん!みんなで出ようよ!」


「まあ、力不足を今回ので痛いほどに感じられたからな」


「はぁ!?また負けに行くのか?ってシアラは離れろ!おりゃ!」


「そんなの喰らいませぇん......」


「お前らには少し早めの夏休みをくれてやる!4月、いや、今から特訓を開始して、ギルドでの頂点を目指すぞ!分かったやつは大声で返事をしろぉ!」


「「「 はい!!! 」」」


「声が小さァーーーいィィィ!ゲホッゲホッ」


「ああ、マスター」


「「「 はいーーーー!!!! 」」」


 ミラがマスターを支えに行くが、全員そんなもの無視して大声で返事をする。




 戦いが終わったばっかだが、またしても戦いが始まりそうだ。ギルドの頂点をかけた戦いが......

祝!第4章完結!!!

え〜約半年間、お付き合い頂き(読んでる人いるのか知らないけど)誠にありがとうございました。これにて、第1部は完結となります。

次回から、第5章を始めても良いのですが、正月ネタスタートになるので、1月になるまでは外伝の話を書いていきたいと思います。要はヴァル達が戦っていた時と同じくらいの時に別の場所であった話です。あと、第5章はいきなり龍王祭の話から始めません。その前にワンクッション短い章を挟みます。


てなわけで、次回予告

外伝【白と黒の英雄】

外伝1 【選ぶべき道】


あ、そうそう。今までの話なのですが、実は分岐点とかがあったりします。そこら辺の話はいつかまたやりたいと思います。

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