第4章14 【輝月の巫女】
「死ね!死ね!死ねぇ!」
いやぁ怖い怖い。普通に怖い。
「ヴァル!」
下の方からセリカの声がする。
「おいてめぇ何ヤバそうなもん引き連れてきてんだァ?」
「悪ぃグリード。文句言うならネイに言ってやってくれ。俺はあいつの言う通りにしただけだから」
「死ね!死ね!死ねぇ!」
「本当にあんな奴連れて来いってあいつが言ったのかよ......」
ヴェルドの言う通りだ。本当にあいつが連れて来いって言ってたのを今でも疑問に思ってる。
「死ね!死ね!全員死ねぇ!」
「アイスシールド!」
「ヴェルド、それはダメだ!」
「ぐぁッ......」
言わんこっちゃない。レイジの攻撃を氷で受け止めようとしてヴェルドがやられた。
「なんなんだよ......あの魔法......」
ヴェルドが頭を押えてそう言う。
「ねえヴァル。ネイりんはなんて言ってたの?」
「とりあえず、ここに連れて行けって、それだけ」
「でも......今の状態じゃ......」
ネイが何考えてるのかが分からない以上、今は耐えるしかない。耐えるしかないのだが......
「死ね!死ね!死ねぇ!全員死んでしまえ!」
「おいヴァル。とてもじゃねえが、あんなの避けきれねえぞ!ヴェルドだってあんなんだしよォ」
いつの間にか、ヴェルドに全体的に酷い火傷ができている。周りに、回復魔法が使えそうな奴もいない。
「死ね!死ね!死ねぇ!」
定期的に聞こえてくるあの声が、なぜか心を締め付けてくるような感覚にさせてくる。
「ヴァル、気づいてると思うが、お前らとあいつが戦っている間、避難した奴らとか魔導師とかが大変なことになってんだ。そして、そんな感じになる感覚が来てるだろ?」
確かに、さっきからずっと心を揺さぶってくるような感覚がする。
「今、また俺達の中で動き出してる。多分、あの化け物が動きを止めたからだろうな」
「それだけではないだろう」
突然、俺とグリードの間に、別の声が混ざってくる。
「クロム、やっぱお前来てたのか」
「ああ。大分遅れてしまったが、その代わり教徒は全員倒した」
「そうか......」
「お前の方こそ、あのお嬢様を救い出せたらしいな」
「かなり苦戦したけどな。それで、それだけじゃないってのはどういうことだ?」
「ああそうだったな。そうじゃないってのはつまり、あの魔女についてのことだ」
「レイジがどうしたんだ?」
「あの魔女。『人間』じゃない。人としての心を持っていない」
「だから強力な魔法が使える。俺達魔導師がそこまで強い魔法を使えないのは、無意識に心がロックをかけてるからだ」
「でも、あの魔女達にはその心がない。俺達と違って、容赦のない攻撃ができる」
「驚いたな。まさか、俺と同じ結論に持っていけてるとは......」
「俺もビックリだ。ただ、そんなことが分かったところで、」
「「 何の解決策にもならない 」」
ただ単に、あいつらが強い理由が分かっただけで本当に何も解決できていない。
「死ね!死ね!死ねぇ!」
「あいつ、三連撃しかしてこないな」
クロムがいとも簡単に炎を全てぶった斬っていく。
「そういやリーシアはどうした?ヴェルドが今、すげえヤバいことになってんだが」
「あいつは今、暴動を起こした町民の治療に当たってる」
そうなのか。それはそれで助かるが、ヴェルドが......
「遅れてすみません皆さん。私がヴェルドさんを治療します」
本当に来てほしいと思ったタイミングでエフィがやって来た。
「あ、フウロの方も治療してやってくれ。俺が来るまでずっとほぼほぼ1人で戦ってたらしいからな」
「はい」
ヴェルドとフウロが横に並んで、エフィが治療を開始する。
「全員、死んでしまえーーーーー!」
レイジが、一瞬間を開けたかと思うと、太陽なんじゃないかと思うくらい巨大な炎の玉を創り出した。
「ちょっと待て。流石に俺でもあれは跳ね返せれるかどうか分からない......」
クロムがこれまでにないほど顔を青ざめてそう言う。そんなにヤバい......いや、ヤバいな。
「聖龍・覚醒!」
クロムがオーラを立たせて構えの姿勢に入る。いや、無理だろ。
あんな魔法、ネイですら無効化できなかったのに、ただの人間(と聖龍)だけじゃ受け止めきれないだろう。
「死ねぇぇぇぇぇぇぇぇ!」
「受け止める!」
レイジが太陽を放つ。あまりにも、巨大すぎる炎の玉が......
「輝月の世界」
時間が止まる。火の玉も、その動きを止める。
「全く、ここまで無茶をしろなんて言ってませんよ......」
ネイが軽く炎の玉を空間から消滅させる。
「解時」
時間が再び動き出す。みな、自分の身に何が起きたのか理解出来ていない様子だ。
「あ、ネイりん......」
「......」
ネイがセリカの声に反応して少しだけ振り向く。
「死ねぇ......死んでしまえぇぇぇぇぇぇぇ!」
「あなた。もうその体持たないんじゃないですか?」
「うるさい......黙って死ねぇ!」
「はぁ......治療はあとどれくらいで終わりそうですか?」
ネイが振り向きもせずにそう言う。
「あ、えっと、後もう少しで終わります」
「じゃあ、終わったら言ってください。それまで押さえときますので」
「お前ごときが、私に勝てると思うなぁぁぁぁ!」
レイジが無数の火の玉を繰り出してくる。
「殺せますか?あなたが、私を」
ネイは、自分に向けたものも、周りに向けたものも、全てを無効化していく。
「ふざけるなぁ、ふざけるなぁぁぁぁぁ!」
「ネイさん。治療、終わりました!」
エフィが大声でネイに向かって叫ぶ。
「輝月・夜想の譜」
街全体に、巨大な紋章のような陣が月の光によって光らされ、レイジを『光』が包み込む。それと、俺達の体からマナが吸われていっている。
みんなのところに連れて行けというのはこういうことだったのか......
「ふざけるな!ふざけるなぁぁぁぁぁ!」
「お主、めんどくさすぎるな」
「ふざけるなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
レイジの、『断末魔』が聞こえた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ふざけるな......ふざけるなぁぁぁぁぁ......」
レイジが力なくその場に倒れ込んでいる。
「お主、ちとめんどくさすぎるのじゃ」
「黙れ......黙れぇぇぇ!」
声には力が入るようだが、やはり体に力は入らないらしい。
「お主、最後に言い残すことはないか?」
「うるさい......私は......死なない!」
死なない。それが、どれだけ苦痛なことか800年で知れただろうに......
「待ってくれネイ」
フウロが剣を杖にしながらやって来る。
「そいつと、話がしたい」
「話したところで、何か得られるものはありませんよ」
「分かっている。ただ、私の先祖なら、聞きたいことがあるんだ......」
「......10分だけですよ」
「ありがとう......」
フウロがレイジと対峙する。
並べて見ても、姿形はあまり似ていない。唯一似ているのは声だけ。
「誰だ......お前は......」
「私はフウロ。お前の、子孫に値するものだ」
「私の......子孫?」
「ああそうだ。私は、お前の子孫だ」
「私に、子孫などいない......」
「それでも、私はお前の子孫として生きている。お前がどんな人生を歩んできたのかは知らない。しかし、お前は過去に子を作っているはずだ。でなければ、私はここにいない」
「......興味ない......。私が......子を作っていようが作っていまいが......あの人さえいれば私はそれで良かった......」
「......」
「なのに......なぜ、あの人は私の傍にいてくれなかったのか......なあ、お前なら分かるか?」
「いや、分からないな。私にはお前の好きだった奴もお前がどんな人生だったのかも知らない」
「だろうな。お前に、私の苦痛は分からない......」
あれ?多分だけど、すっごい似たような会話を私もしたような......
「別に、生きていることは苦痛ではなかった。好きな人もできたし、友人もいた。例え、そいつらが死んでいっても、ずっと引きずるようなことはなかった。仕方ないとして、割り切れた」
「そんなあなたが、なぜこのような行動に出たのですか?」
「......苦しかったのだよ。好きになった人が死んで、それで寂しくなってまた違う人を好きになった。でも、奴は私を裏切って他の女とつるんでいた。私には、許せなかった......」
レイジの体が、段々と蒸発を始めている。
「そろそろ限界です。フウロ」
「ああ。話が出来て良かった。あなたのお陰で、私はここにいる。そのことに、感謝しよう」
「未来というのは、物凄く不安定なものなんだな。なあ、フェノン。いや、ツクヨミ」
「ああそうじゃな。未来なんて、考えても酷く悲しいだけのものじゃ。でも、妾は愛した者と幸せな未来を描いていく。6兆年分の悲しみは、十分に払拭できるじゃろうな」
「......先に、私は逝こう。他の、魔女達がいるところへ。いつでも、お前が来るのを待っているぞ」
そう言い残して、レイジが消えた。
「ゼラによろしく伝えてもらおうと思ったのじゃがな......」
まあ、そんなこと伝えなくとも、ゼラならば全てを理解するだろうな。
「ふぅ......」
これで、ようやく6兆年の柵から解放された気になる。そう思った途端、体の力が抜けてその場に倒れてしまった。
「おい大丈夫かネイ」
ヴァルが優しく受け止めてくれる。
「大丈夫です。少し、力を出しすぎただけです」
「ならいいんだが、お前は平気な顔してすぐ無茶するから心配なんだよ」
「そんなに関わった時間はないと思いますけど」
「1、2ヶ月でも十分分かるって。いつだったかに話してやっただろ。お前は風邪引いても口に出して言わないやつだって。心配かけさせたくないじゃなくて心配させろ」
「無茶言いますね。私だって、そんな貧弱な体してませんよ」
「十分貧弱だろうが」
「そう、ですね......私の体は、貧弱ですよ......あれくらいで倒れてしまうくらいなのですから......」
「ずっと引き籠もって本なんか読んでるからそうなるんだ。全部ヴァルから聞いているのだぞ」
「全くだ。そうやって可愛こぶったってお前は龍人なんだぞ」
「あ、ヴェルドは後で軽く地獄の端見せに行くんで覚悟しててください」
「お前が言うと冗談に聞こえないからやめとけ」
あれ?割と本気で言ったのにヴァルに冗談扱いされちゃった。
「そういえば、レイジが倒れてた場所に何か残っていませんか?」
「レイジがいた場所に?」
「はい」
私の考えが間違っていないのならば、レイジが消えた場所には"アレ"が残っているはず。
「セリカ、そこら辺に何か落ちてないか?」
「何かって何?」
「何かは何かだ」
「もっと分かりやすく言ってよヴァル。って、なんかあった」
「それだと思う」
「なんか、赤い石?かな?」
間違いない。考えは当たっている。
「ネイ、この赤石が何かあるのか?」
「それは、『憤怒の感情』。レイジの不老不死の原因であり、邪龍の元となる物」
「こんなちっせえ石ころがか?」
「はい。私の中にもあります。最も、私の不死の原因は創界神もあるのですが......」
最初に、創界神に出会ったことが運の尽きだった。創界神に授けられた力全てが邪魔だった。
「でも、今こうしているのだから、ちょっとは良かったのかもしれませんね。ヴァル、その石握り潰してください」
「良いのか?」
「あっても邪魔になるだけです。私に憤怒の感情はいりません。私は、めんどくさがり屋なだけで十分です」
「そうか。分かった」
そう言って、ヴァルが石を簡単に潰した。
もしかしたら、私の感情をコントロールできるようになるかもしれなかった物。でも、そんなもの無くていい。だって、
「幸せだと感じられれば十分だから......」
次回予告
第4章15 【思い出の場所】




