第4章10 【俺が助けてやるって言っただろ?】
「幸せに......なりたかった......。あなた達と、ずっとずっと一緒に......いたかった......」
ネイが、涙で声を震わしながら、そう言う。
ネイが突然抱きついてきてから、数十分。ネイの過去について、色々と知ることができた。
なぜ、ここまで聞いてもいないのに、過去を話してくれたのか?
その答えは、きっと助けてほしかったからだろう。
でも、俺にはどうしてやるべきかなんて分からない。
ただ、優しく、そっと頭を撫でてやることくらいしか思い浮かばない。
「お主は......本当に優しいな......」
ネイが、俺の膝の上に頭を置いてそう言う。
「その優しさが、妾には怖いのじゃ......」
優しくされるから、失うことが怖くなる。俺が、こいつに優しくするのは、間違ってることなのだろうか?
いや、違う。何も間違っちゃいない。
間違ってるのは、世界だ。
こいつを、こんなになるまで孤独にさせ、挙句の果てにはやっと近くに寄り添ってくれた者までもを壊す。
「なあ、なんで妾がこんな話をするのか分かるか?」
前は、これと似たような質問をされて追い出された。あの時は答えなんて深く考えはしなかった。
でも、今はちゃんとこいつと向き合って、そして、1つの答えを出す必要性がある。
「なんでお前が自分の過去を語りだしたのか。そんなこと、俺は知らない。何も知らねえ」
「そうじゃろうな。妾は、誰にも理解されん。唯一、理解してくれたあの二人も、どこかへと行ってしもうた」
「......逆に、俺から質問しよう。俺が、なんでこんなところにやって来たのか分かるか?」
「......分からぬ。妾には、何も分からぬ。なんで、お主がこんなにも優しくしてくれるのか。なんで、お主がここにやって来てくれたのか。なんで、お主が妾のことを嫌いにならないのか。何もかも分からぬ」
「......俺自身、よく分からねえよ」
「じゃあ、なんでここに来ようと思ったのじゃ。来ても、入れないと分かっておったのに......」
「俺の行動一つ一つに意味はねえよ。その時その時、本能で感じたことをやるまでだ。それで、お前を助けに行かなきゃならねえと思ったから来た。ただ、そんだけだ。後は、ヴェルドに叱責されたってのもあるけどな」
「......分からぬ。どうして、妾を見捨てぬのか」
「お前が赤の他人だったら、ここまで怪我してでも来ることはなかったかもな。ただ、お前が、俺達の"仲間"だからだ」
「仲間......か」
「それだけじゃ、不満か?」
「いや、思えば、あの海賊共も、同じようなことを言っとったな」
「ゼラ達が?」
「妾は、どんなことがあっても死にはしないのに、危険を冒してまで助けに来てくれた時があった。なぜなのか、未だに理由が分からぬ。仲間だというだけで、自らが危険を冒す必要はあるのか?」
「仕方ねえだろ。"仲間"なんだから。俺達は、その仲間を誰一人として見捨てやしねえ。お前も、その"仲間"の一人なんだ。見捨てるわけにはいかねえ」
「......優しいな」
「そうか?」
「お主は優しい。誰よりも優しい。でも、やっぱり妾にはその優しさが怖い......」
「失うことが怖いからか?」
「失うことが怖い。じゃから、もう手に入れないと思っておったのに......」
ネイの目から、再び涙が溢れだしてくる。
「なのに、お主のせいで、また欲しくなったではないか......」
「なら、欲しいって言えよ。俺の優しさでいいのなら、いくらでもくれてやる」
「......無理じゃ。それを手に入れてしまえば、また妾はその"優しさ"から抜け出せんようになる。妾には、ただの毒なんじゃよ」
「優しさが、毒になる......か」
「そうじゃ。妾には、ただの猛毒なんじゃ。この身を苦しめるだけの、ただの麻薬みたいなものなんじゃ。一度でも使えば、もう離れることができんようになる。そして、それが無くなった時、妾は壊れてしまう」
「なんで、そうやって先の分からねえ未来の話ばっかするんだよ」
未来なんて、誰にも分からない。
絶対そうなるなんてことはない。
ネイが、壊れずに済む方法があるかもしれない。
だって......
「未来は、無限の可能性を秘めている。やろうと思えば、なんだってできる。お前の不死の力を消すことだってできるかもしれない」
「それが、できぬから言っておるのに......」
「そうやって、お前は今まで諦めてきたのか」
ふざけてる。
この世界も、こいつも、俺達も、みんな間違ってる。
「言っただろ。お前が不安で1日中涙を流すのなら、俺が傍にいてやる。お前が楽しくないって思うのなら、俺がどこかにその手引っ張って連れてってやる。お前が今、未来を描けないってんなら俺が描いてやる。俺が、お前の傍にいてやるって」
「......」
「ネイ。選ぶのはお前だ。俺じゃない。お前が、自分がどうありたいのかを選ぶんだ」
「......」
「お前は、ただの操り人形でも、心の無い悲しいやつでもない。神様なんかでもない。選べ、このまま何もかもに恐れを抱いてここに残り続けるのか。それとも、俺の手を取るか。選べ、ネイ。お前はツクヨミなんかじゃない。ネイっていう、立派な名前があるだろ」
そう言って俺は、ネイを無理やり立たせて、手を差し出す。
ネイは、手を取ろうとしては躊躇い、取ろうとしてはまたしても躊躇うことを繰り返す。
「妾と一緒にいれば、お主はもう自由にはなれないぞ」
「自由なんて散々無駄にしてきたんだ。今更求めることなんてねえよ」
「妾が、お主を苦しめることになるかもしれんぞ」
「苦しみなんて知らねえよ。そんなんで後悔することよりここでお前を連れ出せなかった後悔の方が大きいさ」
「最後に、妾を......幸せにしてくれるか?」
ネイが、ハッキリと俺の目を見据えてそう言う。
「分からねえ。でも、お前が幸せだと感じれるよう、精一杯努力するさ」
「......汝、お主の望みを叶えてやる。どんな望みでもじゃ。お主が差し出す代償はたった1つ。お主の時間じゃ」
ネイが、ギリギリ俺の手に触れない位置に手を置く。
「取れるか?6兆年の運命を背負った龍の契約を......」
契約か......。そうだな、約束を破らないためにも、これが一番いい。
「時間でもなんでもくれてやる。俺の望みはただ一つ、みんなで幸せな未来を描くことだ!」
俺はネイの手をしっかりと握る。
冷たい手だ。これが、6兆年も誰の手を取ることができなかった奴の手か......
俺が、この手を温めてやる。こいつの"心"も温めてやる。"思い出"という最高の1ページで。
「その契約、待ったをかけたい」
ふと、後ろ、いや、前?違う、横か?いや、どの方位からもだ。声が聞こえる。
ネイが突然、俺の腕にしがみついてくる。
「彼奴が......、創界神が、来る......」
ネイが全身を震わせながらそう言う。
「ツクヨミ......」
目の前に、巨大な龍が突然現れる。
「本当に、その男の手で良いのか?」
「......」
「また、失った時に暴走するかもしれんぞ?そいつはただの人間だ。お前を収めきれる器は持っていない」
何を言っているんだ?この龍は......
俺とネイの契約を望んでいない奴なのか?
「あれが......妾を6兆年も縛り続けた"神様"じゃ」
創界神か......
まさか、本当にその姿を見れるとは。しかも、あまり良好的ではないように見える。
「何をしに来たんじゃ。エクストリーム。妾は、この男、ヴァルの手を取ることを決めたのじゃ」
ネイが、震える喉に力を込めながら言う。
「......」
「妾は、もうお主に縛られる存在ではない。心もちゃんとある。ちょっと問題があるだけの......」
そこでネイが口を閉じる。
「ちょっと問題があるだけの、なんだ?」
「......"人間"じゃ。神様なんかじゃない。"人間"じゃ」
よくぞ言いきった。
そう褒めてやりたいところなのだが、状況がそれを許さないように見える。
「......ふっ、ハッハッハッハッハッハッ」
エクストリームが、突然笑い出す。
ネイも、俺も理解不能といった顔をする。
「......すまなかったな。ヨミ。いや、ネイ」
「......どうして、謝るのじゃ?」
「お前が、世界を破壊する魔法を編み出した時、お前が破壊者になると思った。だから、お前ごと世界をこわそうと思った」
「......」
「しかし、お前は無理だと分かっていても、世界を守る魔法を考えだしよった。面白い奴だと思った」
「何が......言いたいのじゃ?」
「すまなかったな。お前が破壊者になるかもしれないと思って、儂はお前をここに置いた。でも、間違っていたのは、儂の方じゃったな」
「間違ってた?」
「うむ。お前なら、6兆年前に世界を壊すことはなかっただろうな。本当に、世界を壊すのは、争いを続ける人間だ」
「......」
「なのに、儂はお前が世界を破壊するかもしれないという不安に溺れ、お前に6兆年もの苦痛を与えてしまった」
「でも、私は邪龍になってしまった。そのせいで、一時世界を破壊しようとした」
「それも、儂が悪い。お前を、もっと自由にさせておけば。気紛れに、千年だけ下界に降ろさせるなんてことをしなければ。お前が、自由になれていれば、そんなことにはならなかった。お前を儂の元に縛り付けておかなければ......」
エクストリームは、本当に申し訳なさそうにそう言う。
「人間の子よ。どうか、ネイを大切にしてやってほしい。ネイは、儂のせいで、色んなものを失ってしまった。ちょっとずつでいいから、取り戻させてやってほしい」
「ああ、分かってるよ。俺が、こいつの傍で、こいつを幸せにしてやる」
「期待しておるぞ。ヴァル・ゼグラニル。それはそうと、なぜ、ネイが記憶を取り戻した後、この書庫に戻ったのか分かるか?ヴァル」
「?そういや、考えたことなかったな」
「理由は簡単、お前らのところに戻っていいのかが分からなくなったからだよ。そして、ネイはここに戻ることを選んだ。間違った選択を最初にしたのは、ネイだったのかもしれんな」
「おい、エクストリーム。それは、妾がお主のところに戻らんと、お主は何も出来んからじゃろうが」
「どういうことだ?ネイ」
「こやつはな、妾を縛り付けてからずっと歴史の管理を妾に任せ切りにしといた。本人曰く、歴史の管理なんて面倒臭いらしいのじゃ。神様のくせに、ふざけておるな」
「おいちょっと待て、エクストリーム。お前、本当に神様なのか?」
「"一応"神様だ。といっても、早くこの座を誰かに渡したいのに、中々受け継げれるものが現れん。ヨミあたりなら受け継いでくれると思っとったのに、こいつは、そんなのお断りだとぬかしおった」
「どういうことだ?ネイ。俺に、分かりやすく教えてくれ」
「要するに、神様やめたいから、なんかやべー頭のやつ現れねえかなぁって思ったら、本当に現れた。しかも、そいつ世界の破壊と守護ができるから丁度良いじゃんってことじゃ」
「神様辞めたいがために、ネイに6兆年の苦しみを与えたってことで大丈夫?」
「「 ......あ 」」
神様が世襲制なのに驚きだが、まさか、ネイを縛り付けた理由が、神様辞めたいからだった!?
「おい、エクストリーム。お前、ただじゃ済まされねえぞ。それと、なんでネイも今気づいて若干絶望してんだよ」
「すまぬ。こればっかりは嘘だと誰か言ってくれ。じゃないと、妾の6兆年が......6兆年が......」
「......口を滑らしてしもうたかのう」
折角の、シリアスで良い感じの空気だったのに、どうしてくれるんだ......
「ま、まあ、ネイ。すまなかった。儂はもうちょっと神様を続けるとするよ。じゃあな」
そう言って、エクストリームが消えていった。
「神様って、あんなにお調子者なのか......」
「妾の......6兆年......」
「どの道無駄な6兆年だったんだ。これから、真っ黒に染まるくらいの量をお前のこれからのページに刻んでやるから安心しろ!」
「お主、言葉の選び方が上手くなったな。本と掛け合わせて言うとはな」
「......お前、のじゃ妾キャラやめて、です私キャラに戻した方が良いと思うぞ」
「こう......ですか?」
「さっきのでよく分かったな」
「正直、この口調で話すのは、若干の抵抗があるのですが、ヴァルがそう言うのなら、しばらく我慢します」
うん。ネイはこっちの方が良い。
「さて、早速で悪いが、外に助けを求めてる奴がいるんだ。手伝ってくれるか?」
「ヴァルの望みならいくらでも」
ネイが、俺の手を握る。
「新しい1ページが戦いからってのも、なんか悲しくならねえか?」
「ヴァルが書かれるのなら、なんだって大丈夫ですよ」
まあ、なんだっていいか。
どうせ、その先のページに色んなことが書かれるんだし、最初が『勝利』の文字から始まっても良い。
ここからが、俺達の戦いだ。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
邪龍教との戦いが始まってから2時間ほど経った。
初めは、30分も耐えられないと思っていたのに、意外と前線を押し下げられずに耐えることができた。
でも、この戦いは限界を迎えつつある。
教徒達は負傷してもすぐ蘇る。こちらは、怪我すれば動きが鈍くなるし、大怪我なら退場せざるを得ない。
おまけに、無限に湧き続ける魔獣も現れ、教徒達は屍のメモリ持ちだ。
この状況を、これだけしかない戦力で切り抜けられる方法があるなら、誰でもいいから教えてほしい。
「ねえ、ヴェルド。本当に、ヴァルはネイりんを連れて戻ってくるの?」
ヴァルが抜けてから1時間。ヴェルドが言っていた30分を遥かに超えている。
「本当なら、もう30分くらい前には戻ってきてるはずなんだが......」
「あの女を連れてきたところで戦況なんて変わらねえだろォ。時間の無駄だァ」
ラストは何も知らないようだ。まあでも、これでヴァルが連れ出すことに失敗すれば、本当に時間の無駄となる。
教徒達の数は、増えはしないがあまり減らない。それに、時間が経つにつれ、段々と強くなっている気がする。
「ご主人様、危ない!」
突然、カグヤがこちらに向かってそう言う。
目前、それに右方向から、教徒がナイフを振り上げてやって来た。
余計なことを考えていたせいで、反応が遅れる。
カグヤの助けも、間に合いそうにない。
(いや......)
思わず、目をつぶってしまう。そうしたところで、状況は何も変わらないのに......
「輝月の世界」
時間が、止まったような感覚がした。
死を悟った時の動きがスローに見える人がいるという。
でも、これは何かが違う。本当に、止まったような感じがして......
恐る恐る目を開けた時、周りにいた教徒達は、全員死んでいた。
「悪ぃ。大分遅れちまった」
いつの間にか正面に立っていたヴァルが、こちらに振り向いてそう言う。
隣には、ネイがいる。
「遅えぞ。てっきり、逃げ出したんじゃないかと思ったぜ」
「悪ぃ悪ぃ。思った以上に時間がかかっちまった」
「話してぇことが山ほどあるんだが、今は、そんなことしてる場合じゃねえな」
斬られた教徒達は、確かに死んでいるが、他の教徒達はまだまだこの街に進軍してきている。
「あんな雑魚達に苦戦するなんて、人間も大分堕ちたものですね」
「喋り方ネイなのに、内容ヨミだな。その辺統一できねえの?」
「無理です。治したかったら、ヴァルの力で治してください」
「へいへい。お前の毒舌は時間をかけて治してやるよ」
ちゃんと、ネイがいる。
ヴァルの言っていたように、ネイが生きていた。そして、ヴァルと仲良さげに話をしている。
「ネイ。お前のだろ。いい加減受け取れ」
ヴァルが、ネイの形見になるかもしれなかった剣を渡す。
「別に、こんなものがなくても、風魔刀があるのですが......」
「武器は多い方がいいだろ」
「それもそうですね」
「......ヴェルド、セリカ。後は、俺達に任せてくれ。遅れた分、きっちりと埋め合わせしてやるからさ」
「埋め合わせをするのが、殆ど私になるのですが」
「細かいことは気にすんな。俺と、お前の最初の1ページは派手に刻んでやろうぜ!」
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