第4章8 【助けてと叫んだ】
「なんで、みんな、妾を一人残して、先に逝ってしまうのじゃ......」
書庫の扉を閉める。もう、誰も入ってこれないように......
「なんで、あんなことをしてしまったのじゃ......」
自分の中で何かが切れた。
そのせいで、ヴァルに当たりまくった末、ヴァルを追い出してしまった。
「もう、何も分からないのじゃ......」
自分も、他人も、この世界のことだって、何も分からない。
「何が神様じゃ。何がちっぽけな思いじゃ。そんなの......」
ただの強がりだったではないか。
"自分"という存在が怖いから、それをかき消そうとした。
"自分"が何もかもを壊してしまう存在だから、その存在を否定してもらおうとした。
"自分"のことを消してほしかった。認めてほしくなかった。冷たく突き放されて、そして、殺してほしかった。
なのに......
「なんで、あの男はあんなにも優しくしてくれたのじゃ......」
どれだけ"自分"の恐ろしさを語っても、あの男はここにやって来続けた。
どれだけ、強力な魔法で打ち返しても、構わずやって来た。
どれだけ、"自分"のことを語っても、あの男は優しくしてくれた。
「その優しさが......怖いのじゃ......」
あの優しさに浸れば、妾はそこから抜け出せなくなる。
あの優しさを失えば、妾は壊れてしまう。
あの優しさが恐ろしい。
「一体、妾にどうしろと言うのじゃ......」
分からない。
"自分"という存在をどうすればいいのか。
あの男の思いをどう受け止めれば良いのか。
"自分"が、みなのところに戻っても良いのか......
「何も分からないのじゃ......」
なぜ、あの時ヴァルに攻撃してしまったのか。
なぜ、冷静になれなかったのか。
なぜ、"自分"という存在があるのか。
「怖い。誰か、助けてよ......」
涙を流しながらそう言ったところで、誰もやってきはしない。
ヴァルから鍵を奪い取った。ヴァルはもうここには入ってこれない。
仮に、入ってこれたとしても、もうここにはやってこないだろう。
「バカなやつじゃ......」
選択を間違えた。
もっと早くから素直にヴァルの言葉を聞いていれば良かったものを。
もっと早くにヴァルの手を取っていれば良かったものを。
もっと早くに"自分"を消せれていれば良かったものを。
後悔先に立たず。
どれだけ後悔しようが、過ぎ去った時間は戻ってこない。
"自分"の力でも、精々時を止めるので精一杯。戻すことはできない。
「誰か、助けて......」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「おい、ヴェルド。突然俺を連れ出して何するつもりだ?俺達が抜け出したら、辛うじて耐えている前線が崩れちまうだろ」
街から少し離れた広い広場にやって来た。
「俺達が抜けただけで前線が崩れる、か......」
「それがどうしたんだよ」
「騎士団がやって来た。ラストがやって来た。なのに、俺達が抜けただけで前線が崩れる。お前、もう勝てないって気づいてんだろ?」
「ッ......そ、そんなわけ」
「分かってるよ。気づいてるからこそ、俺達が抜けるわけにはいかない。だから、早く戻らないと負けるって」
「そうだよ。こんなところで無駄話をしてるわけにはいかねえんだ」
「無駄話か......」
ヴェルドがそう言って、意味もなく空を仰ぐ。
もう、あたりが暗くなり始めている。
「しばらく、俺達殴り合いとかしてなかったよなぁ?」
突然、何を言い出すのかと思った瞬間、ヴェルドが殴りかかってきた。
「ッ......いきなり何すんだよ!」
反射で避けれたが、流石にこの行為には理解ができない。
「お前の覚悟を確かめておこうと思ってな」
そう言いつつ、ヴェルドが更に殴りつけてくる。
「覚悟ってなんだよ......。今はこんなことしてる場合じゃねえだろ......」
ヴェルドの拳を、左手で抑える。
意外と力が強くなっている。
「オラァ!」
左手の方で頬を殴られる。
「やりゃァ良いんだな!」
すかさず、右の拳で殴り返す。
「お前、少し体が鈍ったんじゃねえのか!受けは上手くなってても、殴りが全然痛くねえぞ!」
「そう言うお前の方こそ攻撃が全然痛くねえぞ!運動不足でも出たか!」
「生憎、俺は氷魔法を鍛えてたんでね。殴りは若干弱くなっているだろうよ!」
そう言いながら、ヴェルドが右の拳で俺の腹を凍らせてくる。
「魔法使うとかズリぃぞお前!」
「お前の方こそ、俺の腹を焼こうとしてきてるじゃねえか!」
「うるせぇ!やられたらやり返すに決まってんだろ!」
それから、数十分間。意味が無いと分かっていながらも殴り合いーーにしては、魔法とか使ってなんか違う気がするがーーを続けたーー
「俺の勝ちだ。お前、弱くなったんじゃねえのか?」
ヴェルドだけが立っていて、俺は地面に仰向けで倒れている。
「不意打ちで喧嘩ふっかけてきたんだ。お前が勝たねえとおかしいだろ」
「前は不意打ちでしかけても、お前が勝ってたのにな」
「あの頃のお前はまだまだ雑魚だったろ」
「なのに、ギルドの中で大暴れして」
「よくフウロに怒られてたなぁ......」
ヴェルドの言葉を継いでそう言う。
「魔獣、瘴気団、グランメモリ、邪龍教......」
「なんだ、それは?」
「セリカが加わってから俺達が相手にしてきたものだ。そして、今、その驚異が俺達の前にまた現れた。つか、それくらい気づいてんだろ?」
「......気づいていないとは言えねえな。全部、苦戦しつつもなんとか撃退してきたもんだ」
「それら全部が街に来ている」
「ぶっちゃけ、全員で逃げ出した方が良いと思うけどなぁ」
「珍しく弱気だな」
「俺達だけで勝てるわけがねえ。全部、1つずつだったからなんとか解決できたんだ。ラストがいて、クロム達が駆けつけてきて、みんなで精一杯戦って、でも......」
「足りるわけがない。いかにして、俺達が非力だったかがよく分かるな」
「自分で言ってて悲しくならねえのか......」
「悲しいと言うよりも、悔しいな。俺達だけじゃ、もうどうにもならねえ......でも、まだ切り札は切っていないだろ?」
「JOKERは呼び出せれねえよ。もう山札から排除されちまった禁止カードだ。使えねぇんだよ」
「ネイと、何があったんだ」
「俺が悪いんだ。あいつの悲しみに気づいてやれなかった俺が......。あいつの傍にいてやることができねえ俺が悪い。なにせ、俺達はただの"人間"だからな」
「邪龍・フェノン。その再生力は異常であり、奴は恐らく不老不死」
「恐らくじゃねえ。ガチの不老不死だ。前に話したろ?6兆年も生きてるって」
「確かに、そんな話も聞いたな。前世かどうのこうのって。でもそれは、前世の話だろ?別に、今の体に不老不死の力なんてーー」
「前に見ただろ。ネイが肩からざっくりとやられたのに、その傷が一瞬にして消えていた。もう、あの時には既にその力が蘇ってんだよ」
「相変わらず、あいつの話になると、難しいことばっかだ。もっと分かりやすい話にならねえもんかねぇ?」
「要は、あいつが色々特殊すぎるから考えないようにしろって話だよ」
「なるほど」
「......それで、お前はこんなところに俺を呼び出して、ただ喧嘩を売ってきただけか?」
「......ヴァル。あいつらは、もう俺達じゃどうしようもならない。そうだよな?」
「ああ。逃げ出すなら早めに決めた方がいいぞ」
「......30分だ」
「......?」
「30分だけ耐えてみせる。だから、その間にお前はあのバカを引っ張り出してこい」
「だから、俺にはもうあそこに行くことは出来ねえよ」
「出来ねえじゃねえ。やれ。今回の喧嘩は俺の勝ちだ。俺の言うことを聞け」
「無茶苦茶過ぎんだろ」
「無茶でもやるしかねえだろ。もう、この街を守るにはあのバカの力を借りるしかないんだ。それしか方法がねえのはお前も気づいてるだろ」
「......」
「30分間なんとか抑えてみせる。その間に、お前はどうにかしてあのバカを連れてこい」
「......本当に、耐えれるんだな?」
「死なねえ程度に頑張るさ。だから、お前は俺達の努力を無駄にしないよう頑張れ」
「......分かった。今日ばかしはお前の言うこと聞いてやる。死ぬなよ」
「お前の方こそ死ぬなよ」
そう言い合って、お互いの手を叩きあった。
「「 次に喧嘩する時は、祝杯を上げる時だ 」」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ネイー!聞こえてるのなら返事をしろー!」
ヴェルド達と別れてから数分、俺は森の中を必死に叫びながら走り回った。
「さっきは悪かった。何も考えずに無責任な発言をして悪かった。だから、出てきてくれよー!」
どれだけ叫んでも、あいつは顔すら見せてくれない。そもそも、この声が聞こえているのかどうかすら怪しい。
「ッ......」
突然、背後に気配を感じて振り返る。
「さあ、邪龍様の場所を教えーー」
「誰がてめえらなんかに教えるかよ!」
てっきり、ネイが現れたかと思ったのに、前にネイを連れ去ろうとした幹部らしき奴だったじゃないか......
「い、いきなり酷い方ですね......抵抗するのなら、痛い目に逢いますよ」
「今はお前らに付き合ってやる暇はねえんだよ!」
周りに次々と現れる教徒達を殴り飛ばしていく。
「良いでしょう。あなたに価値はなかったようだ」
そう言って、男は手の平で小さなブラックホールを作る。
「喰らいなさい。そして、死んで邪龍様の生贄となりなさい」
「グッ......」
なんともなかった。
「そろそろ俺も人間卒業し出てきたかな......」
恐らく、ネイの攻撃を喰らいすぎたせいでこれくらいの魔法なら全然効かなくなっている。
「なら、物理攻撃で」
教徒達が、ナイフと呼ぶにしては刃の長い刃物を持って一斉に襲いかかってくる。
「お前らに構ってる暇はねえって言っただろ!」
一斉とは言っても、バラバラにやって来るため反撃はしやすい。
「チッ......大人しく死になさい!」
「諦めの悪い奴らだな!」
あらかた周りにいた奴らは片付いた。
「こんなことしてる場合じゃねえ......」
急いでこの場を離れ、ネイへの呼び掛けを再開する。
「ネイ!頼むから扉を開けてくれ!」
どんな呼び掛けが良いのかなんて分からない。
もしかしたら、この呼び掛けはダメなのかもしれない。
でも、何もしなかったら何にもならない。
ただ必死に呼び続けるしかない。
「ネイ、ネイー!」
ただひたすらに、その名を呼び続けた。
「俺が、お前の傍にいてやるー!」
ずっとは無理かもしれない。でも、俺が寿命で死ぬまでなら......
「いい加減、私の言葉を聞きなさい!」
「うるせえ!俺は今、あいつの声を聞くのに必死なんだよ!」
しつこい奴らだ。いい加減、諦めて市街地の仲間の元へ向かえば良いものを......いや、それはそれでダメだな。
「あなたはもう既に包囲されています。大人しく我々に捕まりなさい!」
「騎士団でも、そんな古臭い言葉は使わねえよ!」
「ぶがァ!」
なんだ今の情けない声は......
そうあってほしいとか思うのも変な話だが、敵なら敵らしく、堂々とカッコよくあってほしい。
「ふっ、ふふふ......私はただの囮ですよ」
幹部が囮になるってのも変な話だな。そうは思ったが、周りから数え切れないほどの教徒達がやってくる。
「やべぇ......流石に相手にできねえ......」
前を倒したら、後ろと横から、それをなんとか倒しても全方位から同時にやってくる。
「死ね!」
教徒達ばかりを気にしていたせいで、さっき殴った男のことを忘れていた。
男は、月夜に輝く刃を俺の腹辺りに当ててくる。
(まずい......)
あと数ミリで刺さる。
「さあ、死んで邪龍様の生贄となれ!」
「おわァっ!」
刺さる寸前、何かに引っ張られるようにして、俺は別の空間に出た。
「痛て......」
硬い床に当たった衝撃で、背骨あたりが痛む。
「......ネイ」
立ち上がって、後ろを振り返ると望んでいた人物がいた。
「良かった......。実は、お前に話があってーー」
「助けて......」
ネイが、突然抱きついてきた。
次回予告
第4章9 【古の物語】




