第1章4 【森と少女】
ヴァル「はぇ~全くこの森はどんだけ広えんだ?」
ヴァルがそう思うのも分かる。
かれこれ1時間以上森の中を進んでいる。途中で魔獣に襲われてないのが奇跡だ。魔獣が多いと聞く森なのに。
ヴァル「なあ、フウロ。あとどれくらい歩くんだ?」
ヴァルが問いかける。
フウロ「分からんな。地図を見る限り、半分以上は進んでいるから後30分といったところか......」
ヴァル「そうか......」
ヴァルがぶっきらぼうに返事をする。
正直、私としてはこの森に地図なんて意味あるのかな?と思う。だって、進んでも進んでも、基本は雑木林の中を進んでいるようなものだし、途中で分かれ道があるわけでもない。ただひたすら、360度同じ景色の中を歩き続けなければならない。そら、ヴァルの不満が溜まっていってもおかしくない。
あ、ちなみにヴァルの腹痛は、フウロ達の言うように本当にそのうちしたら治ってました。
ヴァル「ん?」
突然ヴァルが止まり、辺りを見渡す。
「どうしたの?ヴァル」
私は歩くのをやめ、ヴァルに駆け寄る。
フウロとヴェルドも歩みを止め、ヴァルの下へ駆け寄る。。
フウロ「どうしたんだ?ヴァル」
ヴァル「いや、なんか変な臭いがするなと思って」
セリカ「臭い?もしかして魔獣とか?」
やめてよ。さっきまで魔獣来なかったのに、いきなり襲いかかってくるとかいう展開いらないから。
ーーと、私は無理なお願いをした。
ヴァル「いいや、違うな」
そう言い、ヴァルは辺りの臭いを嗅ぐ。
まるで、犬みたいな匂いの嗅ぎ方……。
セリカはそう思ってちょっと笑った。もちろん、みんなにはバレないように口を押さえて。
ヴァル「ん?あっちだ」
ヴァルは私の小さな笑い声なんか気にせず、指で森の奥を指す。
フウロ「あっちは進行方向だ」
ヴェルド「でもヴァルが何かを感じたらしいし、警戒しながら進もうぜ。こいつの鼻はバカにできんからな」
「あぁ、分かっている。セリカ、いつ何が来てもいいように警戒しとけ。ここからは気を引き締めて行くぞ」
「はい」
ヴェルド「おう」
私とヴェルドはそれぞれに返事をした。ヴァルは、フウロよりも前に出て、1人勝手に森の奥に進もうとする。だが、フウロに肩を押さえられて、ヴァルはハッとした顔になって後ろに戻った。
この森は1人で進むには危険が多い。フウロはそれを理解してヴァルの単独行動を止めたのだろう。
「ねえ、ヴァル。何か分かったの?」
私は隣に並んだヴァルにそう尋ねる。
ヴァル「ハッキリしたことは分かんねえけど、この先から生き物の臭いを感じる」
「それって、やっぱり魔獣じゃないの?」
ヴァル「違うと思うんだけどな、もうちょっと近づいてみねえと」
「そう」
そして、一行は警戒しつつ慎重に進んで行った。
ヴァルが言ったような生き物はまだ現れない。だけど、ヴァルはずっとしかめっ面をしたまま。まだ、警戒を解くわけにはいかなそうだ。
ーーそれから20分くらいが過ぎた。
ヴァル「ん?」
まだ目的地まではもうしばらくある距離で、ヴァルが声を上げた。
「どうしたの?ヴァル」
ヴァル「この先から感じる」
「感じるって何?」
やっぱり魔獣なのかな?
ヴァル「この臭い、人間の臭いだ!」
ヴァルはそう叫ぶと同時に走り出した。
フウロ「待て!ヴァル」
フウロが制止するように叫ぶが、ヴァルは構わず走って森の奥地にまで行ってしまった。魔法も使ってないのに、結構な速さだ。犬と言うよりも虎かな?
フウロ「……仕方ない、私達も行くぞ!」
フウロは頭を押さえ、どうしようか悩んでいたみたいだが、やがて決心したかのように顔を上げ、そう言い残して走り出した。
ヴェルド「おい、セリカ、俺達も行くぞ」
困惑する私を置いてヴェルドも走り出す。
「ちょ、ちょっと待ってよぉ!」
私も走り出した。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
3分ほど走ったところで私はやっとヴァル達に追いついた。
「ねぇ!ちょっとヴァル。ちゃんと説明してよ......ね?」
私はヴァル達の視線の先にあるものを見て言葉を失った。
そこには倒れてる少女の姿があったーー
「……何……この子?」
宝石のサファイアのように透き通った群青色の長い髪。人形のように細くて小さい10歳くらいの未成熟な体。どこからどう見ても子供そのものだ。
どういう状況か分からず、私は1番近くにいたフウロに尋ねる。
フウロ「分からん。私が来た時には、既にこんな状態だ」
フウロがそう言ってる傍ら、ヴァルは少女の息を確かめるように耳を口元に当て、その後手首を握って脈拍を測った。
ヴァル「大丈夫だ。息はあるし、脈も正常だ。ただ、1つ問題があるとすればーー」
ヴェルド「アレ、だな」
しゃがみ込み、ヴァルと同様に少女の様子を見守っていたヴェルドは、立ち上がって少女の足元から先を見るように顔を上げる。
「あ、あれは……」
少女の足元から先、地面の方ではなく空中の方。大きな大樹がそびえ立ち、私の目線が丁度斜め下45度くらいを指す場所に丸くて黒い物体があった。
フウロ「瘴気団……か」
間違いない。この調査に出る前に、幾度となく眺めたイラストそのままの瘴気団だ。
「……ねぇフウロ。あの瘴気団の近くにいたってことは……」
考えたくはないが、ここで言っておかなきゃ事の重大さが分からないと思い、私は重くなる口を開いてそう言った。
フウロ「考えたくはないが、相当危険な状態であることに変わりはないだろう。むしろ、息も脈も正常なのが不思議だ」
ヴァル「嘘はついてねぇぞ」
フウロ「分かっている。ーー瘴気団のことは気になるが、今はこの子の命を優先だ。ヴァル、頼めるか?」
ヴァル「おう、任せとけ」
ヴァルは少女の体を軽々と持ち上げ、ヴェルドの手を借りて背中に背負う。
ーーヴァルが匂いを感じとってくれなかったら、今頃この子はどうなっていたのか。息も脈も正常とは言ったが、それはまだギリギリセーフラインだったってだけであって、少しでも遅れてたらこの少女の命は無かったかもしれなお。
そう考えると、私は少し怖くなった。フウロ怖かったからという理由はあるが、もし私がそんなことを気にせず、疲れたとか言って休みを要求でもしてたら……。いや、少女は助かってるわけだし、してもいない事で後悔みたいなことをするのは間違ってるよね。
私はブンブンと頭を振り、フウロ達の後を追いかけた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「はぁ~疲れたぁ」
結局、私達が屋敷に戻ったのは日が傾き、空を程々に赤く染めあげる夕暮れ時になった。
なぜかと言うと、あの後瘴気団をどうするかについて議論し、明日出直そうという事になるまではすんなりと落ち着いたが、帰路に着こうとした瞬間に魔獣が襲ってきたためである。
数も強さも大したことはなかったが、たたでさえ広い森だというのに、転々と現れられるとなると、それなりに時間を浪費する。と、いうわけで、夕暮れ時近くになってしまったのだ。
ディラン「やぁ、おかえり」
屋敷に入ると使用人ではなくディランが出迎えた。
フウロ「ただいま、ディラン」
フウロがヴァルから少女の体を受け取り、足早に屋敷の奥に行こうとする。
「フウロ、その女の子は誰だ?」
さすがに目立つため、ディランはフウロを呼び止めてそう尋ねた。
フウロ「あぁ、森で倒れてるのを発見して連れてきたんだ。適当に手頃な部屋を借りるぞ」
フウロが早口で言う。
ディラン「それは構わないがどういう事だか説明してくれ」
「あの、私でよければ説明しますが......」
私は、小さく手を挙げディランに話しかける。ヴァルとヴェルドではまともに説明できない(偏見)と思うので、必然的に私がしなくちゃいけないと思った。
ディラン「よろしく頼む」
ディランがサッと身を翻して私の方を見る。
「あの女の子は私たちが調査に向かった森で倒れていたんです」
ディラン「森で倒れていた?」
ディランが聞き返してくる。
「はい。近くには例の瘴気団もあったのですが、女の子の容態が無事である保証はないので、何もせずに帰ってきました。すみません……」
早口にそう説明し、私は頭を下げた。
「ふむ......いや、謝らなくていい。当然の行いをしたまでだ」
ディランはそう言ったが、顎に手を当てて何か考えているようだ。
「あの、何か心当たりがあるんですか?」
気になった私は、思った疑問を口にしてみた。
ディラン「あると言えばある。ただ、それが何なのかが思い出せない」
「そうですか......」
ディラン「書斎に行けば何かあるかもしれない。ここでずっと立ち話ってのもあれだからそこで話そう」
「分かりました」
私は頷いて、ディランの後について行くことにした。
ディラン「君達も来たまえ」
ディランは後ろにいるヴァルとヴェルドにも言う。
ヴェルド「おう」
それに返事を返したのはヴェルドだけだった。
ヴァルはヴァルで、ずっと何か考え事をしている。
「ヴァル、行くよ」
ヴァル「お、おう」
私の呼びかけにやっと応じたヴァルだったが、またすぐに上の空の状態に戻った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ディラン「どこか適当な場所に座ってくれ」
ディランの書斎に入った私達は、ディランに促され、ソファーに腰掛ける。
ディラン「えっと......どれだったかな?」
ディランが棚の中をゴソゴソと漁っている。
「あの、何を探しているんですか?」
何をしようとしてるのかが分からない私は、たまらず声をかけた。
ディラン「あぁ、あの子がどこかで見たことがあるかもしれないということは、もしかしたら村の住民じゃないかと思って住民簿を探しているんだよ」
「そうなんですか?」
ディラン「あぁ、ってあったあった」
ディランが分厚い本を3冊取り出す。
ディラン「この中に村の住民の顔写真と名前が載っているんだ。済まないが手伝ってくれるか?」
「はい」
そう返事をし、私は回されてきた冊子をヴァルとヴェルドにも配る。
ヴェルド「つまりは、あの子の顔が載っているページを探せばいいんだろ?」
ヴェルドが問いかける。
ディラン「そうだ。ただ、それは個人情報が載っている。扱いにはくれぐれも気をつけてくれ」
ヴェルド「へいへい」
ヴェルドが適当に返事をする。
ヴァルの方は、特に何も言いはしなかったが、手はちゃんと動かしている。しかし、何かを考えているようだった。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ヴァル達と別れた私は、1人救護室で眠る少女の顔を見ていた。
「ーーなぜ、この子は森の中で倒れていたのだろうか?しかも瘴気団の傍で」
腕組みをしながら考える。後、ついでに部屋をぐるぐる回り歩く。特に意味のある行動ではない。ただ、体を動かしていた方が頭も回ると思っただけだ。
「う、ぅー……」
と、そんな事をしていると、突然少女が唸り声を上げた。
「おい、大丈夫かお前」
私はすぐさま少女に駆け寄り、顔色を確かめる。
「……え?あ、あれ……?ここは何処?」
少女はパッチリと目を開けはしたが、まだ意識が朦朧としているみたいだ。
「大丈夫かお前?」
私は重ねて少女にそう尋ねる。
「え、えっと…………あなたは誰ですか?私は……どうしちゃったんですか?」
少女がかなり戸惑った様子で言う。まあ、当然のことだ。目を覚ましたらよく分からない場所にいて、よく分からない女性が目の前にいるのだからな。
「私はフウロ。お前は森で倒れていて、私たちに助けられて今に至るって感じだ」
短く簡潔に今の状況を少女に説明する。
「そ、そうだったんですか......」
意識がハッキリとしたようで、少女は観察するように私の方を見てくる。
「それで、お前、名前は?」
目覚めたばかりで悪いとは思っているが、とりあえずは名前を聞くことが大事だ。
「エフィ。エフィ・ベルディアって言います」
「そうか、エフィか......」
エフィ「はい」
「で、エフィ、お前はなんで森の中で倒れていたんだ?」
エフィ「は、はい、えっと......」
エフィはモゾモゾとしている。何か、答えられない事情でもあるのだろうか?
「どうした?」
エフィ「いえ、その……倒れる前の記憶が思い出せなくて......」
「覚えている範囲でいい。森の中に入った経緯とかを教えてくれ」
エフィ「あ、はい。その……、信じてもらえないかもしれないんですけど、私は最近動物達の様子がおかしいなと思って森に入ったんです」
動物の様子がおかしい……魔獣騒ぎのことか?
「それで?」
先を促す。
エフィ「それで、森の中に入ったはいいんですがそこからの記憶が......」
「無いわけか」
特に原因を見つけたとかそういうのではないのか。
エフィ「......あの、フウロさんはどうして森の中で私を発見したんですか?」
しばらくの沈黙の後、エフィがそう言った。
「私達は、依頼であそこの森で不自然な瘴気団が発見されたから調べて欲しいという内容で訪れたんだ」
エフィ「依頼?どこかのギルドの人ですか?」
「あぁ、グランメモリーズのだ」
エフィ「グランメモリーズ......」
エフィが言葉を反芻する。
「それで、森の中まで進んだのだが、そこでお前と瘴気団の同時発見だ」
エフィ「そうだったんですか......」
「お陰で調査はまた明日だ」
悪気はないのだが、ついボソッと呟いてしまった。
エフィ「なんだか、すみません」
「いや、気にしなくていい。それよりもお前の言う『動物達の様子がおかしい』ってのはどういう事だ?」
暗い顔をさせてしまったので、サッと話を切り替える。
エフィ「あの、その、これまた信じてもらえないかもしれませんが、私、動物さん達とお喋りが出来るんです」
「ほう、会話ができるのか」
私はあっさりとした口調で言う。
エフィ「そうですよね、信じてもらえ……ってええ!?そんなあっさりと信じてくれるんですか!?」
エフィが驚愕した表情で言う。
そんなおかしな事を私は言っただろうか?
「別に世の中色んな人間がいる。動物と話すことが出来るやつが居たって不思議なことではない」
困惑するエフィに対して私の姿は傍から見れば冷静そのものだ。
「まあ、良い。話の続きをしてくれ」
エフィ「え?あ、はい」
エフィは戸惑いながらも話を続ける。
エフィ「それで、いつものように森に行ったんですけど、一昨日くらいから動物さんの姿が少なくなっていて、それで昨日森の奥まで行ってみることにしたんです」
「そうか、それであんな所にいたんだな」
エフィ「はい......」
話が正しければ、昨日からあんな状態だったということか……。魔獣がウロウロしているというのに、よく無事でいられたものだ。運が良かったんだろうな。
「よし、そうとなれば明日、そこら辺も念入りに調べておこう」
調べるべきことは決まった。私は、立ち上がってセリカ達の元へ向かおうと部屋を出る。
エフィ「あ、あの」
部屋を出ようとした私を止めるかのようにエフィが声を上げる。
「どうした?」
エフィ「あの、私も連れていってください。こう見えて私、錬金術と治癒魔法が使えるんです」
「そうか、動物の声も分かるんだったな......」
私は少し考える。動物の声が分かるというのは貴重だし、是非ともいてほしい人材だ。だが、この子はどこからどう見ても子供。魔獣がウロウロする森に連れて行ってもいいのだろうか?
迷った。だが、答えは早くに出た。
「よし分かった。ついて来てもいいが、私達は必ずしもお前を守れるとは限らないからな」
そう答えた。
エフィ「はい、分かってます」
エフィは返事をし、私の後ろに着いて、共に部屋を出た。
人物紹介
ヴェルド・グレイディス
性別:男 所属ギルド:グランメモリーズ
好きな物:プリン 嫌いな物:ヴァル
誕生日:7月25日 身長:178cm 18歳
見た目特徴: 黒髪で刺々しい髪型のイケメン。ただし、ナルシストなので残念イケメンである。ヴァル程ではないが筋肉質。
設定:ヴァルの親友ポジにいる残念なイケメン。ナルシストであり、自分に思いを寄せてくれている子がいるというのにそれをウザったらしく思っている。お前は世界中の男から抹殺されてろ。