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グランストリアMaledictio  作者: ミナセ ヒカリ
第3章 【記憶の結晶】
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第3章22 【優しき王の務め】

 姉さん、姉さん、姉さん、姉さん、姉さん、姉さん、姉さん、姉さん、姉さん。


 必死に走り続けた。


 目の前に現れる敵は全て斬り殺した。


 ただ、姉さんを助けるために。


 隣にはヴァルとヴェルド、後ろにはアランが付いてくれている。


「姉さん!」


 何度もそう叫んだ。高台の上にいる姉に向かって。


「しばし、大人しくしてくれると助かる」


 またしても、敵が現れる。


「そこをどけ!」


 躊躇いもなく、他の敵と同じように斬りつけにかかる。


「そなたの剣は我に届かない」


 目の前の敵は俺の剣撃を指先だけで受け止める。


「なっ......」


 そのまま、剣を後ろに投げ捨てられ、体を押さえつけられる。


「クロム様!」


 アランが助けに向かおうと、こちらにやって来るが、別の教徒によって押さえられた。


 左右を見ると、ヴァルとヴェルドも同じようになっている。


「聞け、小僧」


「黙れ!離せ!」


 必死にもがくが、体がびくとも動かない。


「お前らに最後のチャンスをやろう」


「チャンスだと?」


「そうだ。あの飛龍の小娘を寄越せ。そうすれば、お前の姉は返してやろう」


「渡すわけないだろ!ネイは渡さない。お前らを倒して姉さんも助ける。お前らに交渉の余地はない!」


「そうか。残念だよ。この話はあの聖王にも話してある。あの優しい聖王様なら、2つの選択肢を掲げられてどちらを選ぶだろうな?」


「ッ......姉......さん」


 姉さんの優しさは、幼い頃からずっと誰のためにもあった。


 その姉さんが自分の命とネイの命を天秤にかけた時、どちらを選ぶだろう。


 姉さんは平和を望んでいる。自分の命1つで平和になるならそちらを選ぶだろう。


 でも、今はどちらを取っても世界に終わりがってくるかもしれない。


 それでも、姉さんは自分可愛さに他人の命を落とすことを選ばない。なら......


「答えはもう分かっているだろ?あの聖王様は私達に協力する形になるだろう」


「やめろ、離せ!この手を離せ!」


 必死にもがき続けても、この手は離れない。


 もう、姉さんがいる高台は目と鼻の先なのに......


「離せ!離せ!」


「あの聖王、何か言い出したな」


「離せ!」


「『クロム、もう良いのです。私一人の命で平和が保たれると言うのなら、私は喜んでこの命を捨てましょう。ただ、ここにいる人達全員に知っていてほしい。争いは何も生まない。争いは悲しみを作り、不幸の元種となるもの。でも、平和は違う。必ずしも幸せとは限りませんが、それでも、戦争よりかは遥かに良い。その平和を作るためには、一輪の花を愛でるように、皆が小さな幸せを大事にし、それを広げてゆくのです。やがて、その小さな幸せは大きな幸せへと変わり、世界が平和になる。争いをするなら、花を育てなさい。そして、育ったら他の人に自慢しなさい。それは自分が育てた小さな幸せなのですから。私が最後に、王として言いたいことはそれだけです』だってよ」


「姉......さん......」


 姉さんは優しい。そして、残酷だ。


 先の分からない平和のために自分の命を捨てるなんて......そんな酷いことがあってたまるか。


「あの聖王......」


 姉さんが、高台から身投げした。


 あの時のヒカリの姿と重なる。


「離せェェェェ!」


 ありったけの力を振り絞り、なんとか男の手から逃れられる。


「姉さぁぁぁぁぁん!」


 必死に走る。


 この手で守れるもの全てを守るために。


 高台まで後もう少しだと思っていたのに、意外と距離がある。


 後もう少し、なのに、手が届かない。


「俺は......何も出来ない、何も守れない、ただの、ちっぽけな男だ」


 この時、14代目聖王・セレナは、その生涯を終えた。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


「クソっ......」


 目の前でクロムが何度目になるか分からない程机を叩いている。


 セレナ救出戦が失敗した後、なんとか追手から逃れながらギルドに戻れたが、ギルドはかなり暗い状態になっていた。


「すみません......」


 クロムが机を叩く度に、ネイがそう言う。


 ネイ程の力があれば、セレナを助けれたかもしれない。しかし、実際は倒しても倒しても湧いてくる教徒と、邪龍教の幹部と思われる人物との戦いで、中々前に進むことが出来なかった。


「クロム様。こんな状態で言うのもなんですが、奴らの狙いは全て終わりました。そして、偵察兵によると、邪龍復活の儀式が始まっているとのことです」


 邪龍教の狙いは聖王セレナの血だった。しかし、その意味はこの世から聖王を消すことであった。


 セレナが死んだ今、奴らの企みは全て完了したと言える。ネイが必要なくなったというところに多少の疑問は感じるが......


「......止めよう。儀式を......。父さんの真似をするつもりはないが、姉さんが目指した平和のために、邪龍の復活を止めよう」


 クロムが立ち上がり、涙を垂らしたままそう言う。


「場所は『滅界の祭壇』丁度、帝国の中央辺りに位置します」


「そんなところにあるのか......」


「ええ。突撃が困難かと思われましたが......」


 アランがそこで険しい顔をする。


「どうした?」


「いえ、今、帝国ではその祭壇に向かってたくさんの人が向かっているとのことです。全員正気ではなかったらしいですが......」


「恐らく、生贄だろうな」


 ラストがそう言った。


「俺様は歴史にあまり強くねえ。だけど、邪龍誕生の際に、大量の人、動物から生命エネルギー?を取り出したって記述があっただろ?」


「なるほど」


 確かに、それならその祭壇に人が集まる理由も分かる。


「帝国の人口ってどれくらいだ?」


 ヴァルがそう言う。


「大体、1億5千万くらいだ。それで、八割が邪龍教の信徒と考えると......」


「生贄の数は相当だろうな。少なくとも、その信徒達は邪龍復活のために自らの命を喜んで差し出すだろうな」


「住んでた俺様が言うのもあれだが、気持ちの悪い国だな」


 本当にお前が言うなって話だな。ラストも大概気持ち悪いだろ。


「とりあえず、滅界の祭壇近くまでは簡単に行けれそうだな」


「はい。ですが、中はかなりの教徒達がいるでしょうね」


「下手しなくても邪龍教徒は全員いるだろうな。どれくらいの数がいるのか分からないが......」


 作戦が思いつかないな。突撃するだけなら簡単なのだが、敵は全員なぜか死なない特殊能力持ち。ネイは......


「うっあ"、あ"ぁ"っ」


 突然、ネイが発作?を起こした。


「どうした?ネイ」


 近くにいたヴァルが駆けつける。


「う"......」


 ネイが苦しそうに頭を押さえている。


「大丈夫か?」


「......とりあえず......治まりました......」


 ネイが頭から手を離してそう言う。


「本当に、大丈夫か?」


「はい、大丈夫です......」


 どう見ても、大丈夫そうには見えないのだが......呼吸は乱れているし、頭痛もまだしているのではないか?


 それはそうと、なんだったんだ?今のは......


「ここ最近、よく起きるんです」


「発作が?」


「はい。なんか、落ち着いた状態になると頻繁に起きるんです」


 落ち着いた状態か......なら、戦場で起きることはなさそうだが......


「いつから始まったんだ?」


「......ラヴェリアと契約した辺りからです。あの時は1日に1回来るかどうかだったのですが......」


「今は毎日のように来てるのか?」


「酷い時には5、6回来ます」


「ギルドのお前達はこれを知っていたのか?」


「いや、知らない。初めて見た」


 その質問にはセリカが答えた。他の者も、首を横に振っている。


 ギルドの者が知らないとは......


「戦えるのか?」


「大丈夫です。戦場にいる時は起きないので......」


 一応、支障はないだろうが、この発作が少し気になる。ラヴェリアと契約を結んだあたり......まさか、邪龍教絡みか?


「とりあえず、私のことはもう大丈夫です。今は策を練りましょう」


 本当に大丈夫か?


「本当に大丈夫です!今は作戦を......と言っても、多分私が戦場で直接指揮するだけになると思うのですが......」


 だろうな。今回は相手の情報が全くもって分からない。


「アラン、準備は整ってるよな?」


「はい、いつでも行けます」


「よし、姉さんの救出戦が終わったばっかりだが、すぐに行こう。もう、姉さんみたいな犠牲は出したくない」


 難しいことなど考える必要はない。敵を殺せば終わり。戦争は非常に複雑で簡単だ。父さんもヒカリも同じようなことを言っていた。なら、一瞬で片付けてやる。


※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※


 白く、真っ白な空間。

 そこに無尽蔵に置かれる本の山。


 一体、この空間はどれだけの記憶を保存しているのか......


「なんじゃ?ヴァル。そんな呆けた面をしよって」


「あれ?なんで、俺こんなところに......」


「ん?自分から入ってきたんじゃないのか?」


「いや、俺は......確か、みんなと一緒に滅界の祭壇って場所を目指して馬車に揺られていたはずだ......」


「妾は呼んだ覚えなぞないぞ」


「つっても、俺だって行こうと思って来たわけじゃ......」


 あれ?確か、帝国領とグランアーク領の間にあの森があったような......


「もしやと思うが、あの森に近づいたのではないか?お主」


「多分、そうだな」


「はぁ......まあよい。ちょっと過去に戻してやるからそっちから出ろ」


 ツクヨミが俺の後ろの方を指してそう言う。


「ああ、分かった。って、今なんつった?」


「じゃから、ちょっと過去に戻してやるからそっちから出ろって」


「お前、なんでさらっととんでもないこと言い出すんだ......」


「なんか不思議なことでも言うたか?」


「過去に戻すってなぁ......」


「前に言ったはずじゃぞ。妾は神に値する者じゃと」


「ああ、そういやそうだったな。お前なんでもありみたいな奴だったな」


「そういうことじゃ。ほれ、急がにゃいかんのじゃろ?急いで行け」


「そうだな。じゃ、行かせてもらうわ。と言いたいところだが、最後にいつもの質問をしておく」


「何度問われても変わらんのじゃがな」


「じゃあ、いつも通り、聞いておくぞ。お前は何者だ?」


「ーー妾はツクヨミ。歴史の管理者であり、この世界を見守る者。本当の意味でお主が妾を知ることになるのはもっと先の話じゃ。と、これで満足か?」


「ーーまあ、今はそれでいいや」


「なんじゃ、その意味深な発言は......」


「なんでもねえ。じゃあな」


 そう言って、俺はこの場を跡にした。



「そろそろ、あいつの正体も掴めるのかな」


 俺は誰に言うでもなく、ボソッとそう呟いた。


次回予告

第3章23 【邪龍】

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