第3章18 【天命の泉】
ーー数時間後。
善は急げという言葉通りに私達は天命の泉と呼ばれる場所を目指して出発した。
クロムとヴァルは同じ馬車に乗ってはいるが、お互いに黙りなままだ。
ヴァルとヴェルドがいつもやっていたような喧嘩とは次元が違う。ヴァルとクロムの間の溝はしばらく埋まらないだろうな。というかヴァルが乗り物酔いを起こしていない......
「1つ、邪龍教に関して言い忘れたことがある」
重たい口を開けてクロムがそう呟く。
「あいつらは『ただの怪しい宗教団体』という認識を、みなは持っていると思う......」
突然、何を言い出すんだ?
「世間的にはそういう認識だと思うけど......」
「世間的には......か......。確かに、奴らは人を殺すとかそういう非人道的なことはしない。それが世間一般が見てきたものだ」
「何が言いたいんだ?」
「奴らは表に見えないところで殺しも略奪も行っている」
「? さっぱり話が見えねえぞ」
ヴァルが眉間に皺を寄せてそう言う。
「今まで、不可解な事件......殺人とか強盗とか、そんな類で不可解なものを聞いたことはないか?」
「たまに、聞くことはあるけど......どう見ても自殺としか捉えられないのに他殺だって言っている事件とかそういうのでしょ?」
「そうだ」
「それがどうしたんだ?」
「そういった不可解な事件。全部実行犯は邪龍教徒だってことが分かっている」
「じゃあ、なんで捕まえ......」
そこでヴァルが口を閉じる。
なぜ、犯人が分かってて捕まえようとしなかったのか。答えは簡単、捕まえることが出来ないからだ。
恐らく、ヴァルは言いかけてる際に気づいたのだろう。
「それだけじゃない。奴らは俺の母さんを殺した。骨も残らないような無残な姿にしてだ」
「「 ...... 」」
「俺がお前らに感情をあらわにしてまで怒った理由......それは、母さんみたいな目に遭う奴を作りたくないからだ」
ここに来て、やっとクロムが見ず知らずのネイを思って激怒した理由が分かった。
「俺の手が届く範囲のものは全て俺が守る。だから、龍人であるこの子も俺が守る」
「大体は分かった。だが、それでも譲れないものってのがこっちにもあるんだ」
「その辺に関してはこいつが治ってから話そう......」
やっぱり、素直になれないな。この人達は......ネイを守りたいという気持ちは同じなのに、互いに意地を張っている。
「それはそうと、お前は一体どこで天命の泉なんて場所を知ったんだ」
「それに関しては秘密だ。相手が誰だろうと言えない」
「そうか......」
「クロム様、まもなく目的地に到着いたします」
アランがそう言った。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
龍人の里。
その名の通り、どこを見渡しても龍人が生活をしている。戦争は勝ったものが正義。この人達は先祖達の戦いによってこの土地に縛られた人々。そう思っていたのだが、この場所に知られてはならない『天命の泉』があるのならば、自らこの場所を選んだということになる。
それが、彼らの『使命』であるのだから。
「クロム殿。何度足を運ばれてもここに飛龍族の子なんておりやしませんよ」
目の前に立つ老婆ーー恐らく村の長かそれに近い人だろうーーがそう言う。
「今日の用事は少し違う。飛龍族絡みなのは間違いないが、御老人は『天命の泉』を知っているだろうか?」
「さあ?そんな場所、聞いたことがないね」
「本当にそうか?」
「? どういう意味じゃ?」
「御老人。あなた達が解放令が出た後もここから去っていかない理由はーー」
「この世が過ごしづらいからだ!」
クロムが言い終える前に老婆がそう言う。
「今の世は龍人嫌いが多いままじゃ。儂らが外に出られん理由はそれだけじゃ!」
「確かに、そうかもしれない。しかし、本当の理由はここに知られてはいけない何かがあるからではないのか?」
「............」
「助けたい奴がいる。そいつを蝕んでいる毒を解けれる最後の手段がその泉にかけるしかないのだ」
「誰じゃ?その助けたいという奴は。あの泉は龍人にしか効かぬ」
「丁度良かった。助けたいという奴は龍人だったんでな」
そう言うと、後ろからヴァルがネイを抱えてやって来た。
「......! 飛龍族の子じゃと......?」
老婆がネイの姿を見てそう呟いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「飛龍族の子がまだこの世におるとは......それも純血のが......」
目の前を進む老婆が何やらぶつぶつと呟いている。
「一体、その子はどこから来たのだ?」
突然、老婆が問いかけてくる。
「本人にも分からないんだって。気づいた時には記憶が無くて、ずっと彷徨ってたらしい......」
「そうなのか......」
「ねえ、おばあちゃん。本当に飛龍族の子ってこの世にいないの?」
「純血はおらん。混血なら、かなり薄いが沢山おる。現に儂も飛龍の血を少しだけ継いでおるからのう」
「しかし、実際にこうして飛龍族の子がいるわけだが......」
クロムが口を挟む。
「儂にも分からん。飛龍の子なんぞ、大分昔におらんようになったはずじゃからのう」
ネイについての謎は深まるばかりだ。
「話は変わるが、対龍人用の毒にやられたと聞いたが......」
「ああ、『対龍人用低体温揮発剤』というらしい......だよな?ヴァル」
「ああ、間違いねえ」
「そんな物騒な物が今の世にあるとは......犯人は誰なんじゃ?」
「邪龍教徒達だ」
「邪龍教徒?」
「邪龍・フェノンの復活を望む質の悪い集団だ」
「邪龍フェノンか......あれも、同じ飛龍族じゃったな。それなら、その教徒共に狙われた理由が何となく分かるわい」
「? どういうことだ?」
「かつての邪龍・フェノンも心に深い闇を背負っておった。奴らは飛龍族のこの子に同じ境遇に合わせることによって邪龍との波長を合わせるつもりなのじゃろう。奴らはしっかりと頭で考えて行動しておることになる。気をつけろよクロム殿。この子のことを思うのなら、『滅界の日』までこの子を外に出さん方がええ」
「滅界の日?」
「邪龍様が誕生した日じゃ。儂らの集落の者しか知らん」
「その日までってどういうこと?」
「その日はさっき言ったように邪龍様が誕生した日とされる。故に、儂らは邪龍様の怒りを沈める儀式をしておる。奴らも邪龍邪龍言っとるんじゃったらそれくらい知っておるじゃろう。その日までに教徒共を殲滅、もしくはこの子を守り切れば復活を阻止できるじゃろう」
「頭を働かせてはいても、そういった決まり事はしっかりと守るってことか?」
「そうじゃ。と言っても、滅界の日なんて毎年やってくる。教徒共を殲滅出来なければ、毎年この子を怯えさせるだけじゃな」
「それを阻止するためにも」
「教徒共を滅ぼす。お前らが出来ることはそのくらいじゃな。さて、そろそろ着くぞ」
老婆が顔を上げ、目の前の景色を見る。
目の前には巨大な泉、というよりも湖に近い広さのものが広がり、泉の上にはオーロラのようなものが見える。
「ここが天命の泉。昔昔に天命の龍王様によって授けられた儂らの救いじゃ」
この泉は普通の水とは明らかに違う。一見、白く濁っているように見えるが、波を打つ度に虹色の輝きが見える。
「さあ、その子をこの泉に浸けな。治るかどうかなんぞ保証はせんが、数分で治るじゃろう」
治るのか治らないのか分からない喋り方だな。でも、この老婆が自信気に言うところを見ると、治らなかった者はいないのだろうな。
「溺れるとか......しないのか?」
ネイを抱えるヴァルがそう言う。
「安心せい。浸ければ分かる」
「どうなるのかまでは、言わないんだな......」
「見れば分かるもんじゃからな」
とりあえず、溺れるとかそういった類の心配はしなくて良さそうだ。
ヴァルがそうっとネイを泉に漬ける。すると、ネイの体に空中に見えていたオーロラらしきものがまとわりつき、一目で治療してるんだな、というのが分かる。
「やはり、飛龍族の子というだけあって、治療が早いな......」
「? どういうこと?」
「この泉は、確かに龍人を癒すものじゃが、龍人の中でも飛龍族の者だけに効果があるものなんじゃ。儂らは少しばかり飛龍の血を受け継いでおるからこの泉の恩恵を受けられる。純血の地龍や泳龍が使っても一切効果はありゃせん」
ネイが飛龍族であることなど意識したことがなかったが、もし、ネイが地龍や泳龍の種族だったのならばあんな目に遭わなかった。そう考えると、益々ネイの境遇が悲惨に満ちたものに見えてくる。
「お嬢さん。そんな悲しげな目で見たところで何も変わりはせん。誰もが常に抗いようのない理不尽とあの手この手で戦っておる。この子だってそうじゃ。お前らはこの子の嘘偽りのない笑顔でも見たことはあるかい?」
ネイが笑ってる顔......最近は見た事がない。いや、最後に見たのはネイと友達になったあの瞬間だけ。最初で最後の笑顔だった。
「どうやら、心当たりはあるようじゃな。後は、それを大事にすればいい。どれだけ理不尽が容赦なく襲いかかってきても、幸せだけは自分から掴みに行かんと取れはせん。頑張れよ」
私にも、するべきことが分かった気がする。
ネイと笑っていられる明日を作るために、私はネイと共にいよう。
覚悟を決めた私の顔に満足したのか、老婆はネイの方に向き直る。
「そろそろ終わりそうじゃな。全く、毒にやられたとかなれば小一時間は平気でかかるというのに......これも飛龍の血か......」
ネイの顔はさっきまでの青ざめた表情と打って変わり、かなり良さげに見える。体の震えはよく分からないが、恐らく止まっているだろう。
「そこの坊主。もうええじゃろ。引き上げてやりな」
老婆がヴァルにそう指示する。
それを聞いたヴァルはネイの体を引き上げる。
不思議なことに、ネイの体には若干の水滴が着いているだけで、ずぶ濡れにはなっていなかった。
「丁度いい時間じゃったな。この水は全て治療薬となる。体にあまり水がついとらんのは全部治療に使われたからじゃよ」
私の疑問を察したのか、老婆がそう言う。
「しばらくすればその子も目覚めるじゃろう。さて、ここはあまり人間が長居していい場所ではない。さっさと帰れ」
老婆がハエを追い払うかのような手の動きをしながらそう言う。
「わざわざ済まなかったな。助かった」
「次来る時は平和な話題を持ってこいクロム殿」
「邪龍教を殲滅したという話題が良いか?」
「ハッハッハッ。面白いことを言うのうクロム殿。そうなった時は盛大に持て成してやるわい」
初めてこの老婆が笑っているところを見た。
「さて、お嬢さん方。しっかりとその子を守ってやれよ。そこの坊主も......」
「うん」
「分かってらあ」
ヴァルの方は少しぶっきらぼうにそう答えた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
帰りの馬車でのことだった。
「オロロロロロ......」
張り詰めていた緊張から解放されたせいか、ヴァルが思いっきり吐いた。
馬車を停めようかとアランが言ってきたが、停めても動けば意味がないので帰ることを優先した。
「全く、お前はどうしてそうも気を確かに持ってられんのか......」
「う"る"ぜぇ!どりぼのばだべだんだ!」
翻訳すると「うるせぇ!乗り物はダメなんだ!」
ヴァルもネイもこんな感じなので、乗り物酔いが酷い人が言っている内容が全て理解できるようになっていた。と言っても、ここまでの酔いを起こす人なんて滅多にいないだろうが......
ちなみに、ネイは馬車に乗っている時、あまり酔っていない様に見えるが、実際はかなり酔っている。悟られまいと頑張って耐えているが、その根性がどこから来てるのかを教えてほしい。そしたらヴァルに教えてあげれるのに......
そのネイは今でも眠り続けて......
「あれ?起きた?」
ネイが薄らと目を開けては閉じを繰り返している。
「良かったぁ、心配したんだよ?」
ネイがゆったりとした動作で起き上がる。頭を押さえているところを見ると、乗り物酔いでも起こしたか......
「あの......」
そこから先はネイ頭を下げて口を開けたり閉じたりしているが、中々言葉を言わない。
「どうしたの?」
ネイの顔色はもう悪くないが、何かあるのか?
「あなた達は......誰ですか?」
解説
白陽王国と黒月王国。
この国はかなり後で物語を書く予定ですが、前回の解説の時にチラッと出てきて気になる人用に解説します。
白陽王国はグランアーク、黒月王国はラグナロク帝国と、それぞれの隣に位置しており、黒雷龍王国は北国なので寒いです。この2つの国はグラン対戦以前から対立しており、現在も小競り合いを続けております。詳しい話は第1部が終わって2部が始まったらそのうちします。
次回予告
第3章19 【喪失の物語】
多分、前回の話は今回のと一緒に出来たはずです。同時投稿してるんだから絶対できるだろうと思いますが、私もそう思います。しかし、コピペするだけでも非常にめんどくさい。というわけで別々に投稿されます。




