第10章10 【Mors venit illuc】
街の惨状は酷いものだった。
あちらこちらの人間が頭を押えて倒れ、呻き声と共に眠りについている。悪夢を見せられている状態とでも表現すればいいのかな?まあ、とにかくヤバいって事だけは言える。
ヴェルド「うわっ、酷ぇ......」
フウロ「黒い霧......あまり吸うなよ。ここらにいる奴らと同じ目に遭うかもしれん」
"かも"じゃなくて、"なる"だからな。
ヴァル「......いるんだろ。ヴァルキリー」
「......貴様を逃したのは、唯一の誤算だったな」
黒い霧が一際大きな塊になり、そこからあっちの世界で見たヴァルキリーの姿が現れる。
フウロ「ヴァル、奴が......」
ヴァル「ああ。向こうの世界でお世話になった奴だよ」
ヴェルド「とりあえず、ぶっ飛ばせば万事解決だろ。アイスクリエイト・氷柱ばり!」
ヴェルドが氷柱の雨を奴に向けて放つが、当然の如く、こちらの世界でも奴に攻撃は効いていない。
ヴェルド「......ったく、攻撃が効かねぇってのは本物らしいな」
ヴァル「ヒカリの話じゃ、あいつも創界神だ。神様相手に、ただの人間の攻撃は通じねぇんだよ」
グリード「よく分からんがァ、奴に攻撃を通じさせる方法とかねぇのかァ?」
そんなんあったらヒカリは死んでいない。奴に攻撃が効かないからこそ、ヒカリは死に、俺はそれを目に焼き付けてからこっちに逃げ戻ってきた。
「降伏せよ、生者。貴様らの攻撃など、雀の涙にもならん。大人しく、我らが死者の糧となれ」
シアラ「断ります!私達の世界に、あなたのような無粋なものは不要!さっさと海のもずくになれってんだウォーターストリーム!」
「......」
シアラが放った水の竜巻は、あたりにある物を巻き込んだだけで、ほぼ不発に終わった。
フウロ「......ヴァル。攻撃が通じないと分かっていても、私達の世界を好きにさせるわけにはいかない。私は戦う。この命が果てようと......!」
ヴァル「やめろフウロ。まだ、対話の余地があるかもしれねぇんだ」
フウロ「対話だと......?」
奴は自らをヴァルキリーと名乗っていた。俺が、向こうの世界に着いたばかりの時に、やたら親しげに脳内に話しかけてきたナビゲーションがいる。あいつも、ヴァルキリーと名乗っていた。そして、何かがあり、今はああして死の世界の主をやっていると考えられる。
もし、まだあいつの心の中に、あのナビゲーションをしてくれていたヴァルキリーがいるのなら、俺の呼びかけに応じてくれるはずだ。
ヴァル「......ヴァルキリー。お前の心に、俺を案内してくれたヴァルキリーがいるのなら、今すぐに表に出ろ。そんな奴に負けんじゃねぇ」
「......はて、貴様の案内をしたヴァルキリーとは誰のことであろうか?我は1人。二重の人格を持たず、我は我として君臨しておる」
ヴァル「嘘つくな。お前は、そのヴァルキリーの体を奪っただけの偽物に過ぎない。さっさと元のヴァルキリーに体を返して、この世界からおさらばしやがれ!」
「......なるほど。それが貴様の答えか。ならば、我も答えを示そう」
黒い霧がより一層濃くなっていく。こんなの、向こうの世界でも見たことはない。
ヴェルド「ぐっ......」
グリード「......っ、なんだァ......こいつ......ァ......」
ヴァル「......!?何が......起きている......?」
突然として、俺の後ろに控えていた仲間達が胸を押えて倒れ始める。
「対話を図ろうとした貴様には、少しだけ期待してやった。しかし、貴様が提示した答えは、それとは多くに違った。これは、我が貴様に示す答えだ」
ヴァル「その答えは......」
「死だ。だが、安心しろ。ここで朽ち果てた者は、死者として我に仕える。ヴァル。貴様も、死者として我に仕えよ」
なぜだか、今の黒い霧が効かない俺には、直接として黒い塊を突き付けられる。だが、それは俺に当たらず、代わりに俺の目の前に飛び出した少女に当たってしまう。
ネイ「生き......て......」
ヴァル「ネ......イ......?」
どうしてだ?泣き疲れて寝ていたはずのネイは、俺の部屋でぐっすりとしていたはずだ。なのに、なんで俺の目の前に......いいや、そんな事はどうでもいい。なんで、なんでお前が俺の代わりにあの攻撃に当たったんだ。有り得ねぇ、有り得ねぇよ......。
「なるほど。仮初の創界神が身代わりになるか。だが、次はない。死ね」
ヴァル「......」
ネイ「ヴァル......逃げ......て......」
逃げる?どうやって......俺には、転移術なんてものは使えない。
苦しんでいた仲間は、全員死んだ。他でもない、目の前にいる黒い怪物の手によって。
俺達は負けるのか?よく分からない時間改編でネイの存在を失い、夢の世界とかいう馬鹿げた空間からの侵略者によって、何もかもが謎なままに死んでしまう。そんなのでいいのか......?
分かってる。ダメだってことくらい。だが、この様子では街の奴らは全員死んでいる。俺が認める最強に近いフウロですらなんの抵抗もなく瞬殺だ。並の人間が耐えられるもんじゃない。
ネイ「ヴァル......ポケットの......中に......」
ポケットの中、と言われて探ると、そこには2枚の四角いチップが入っていた。
これは、ヒカリが作った転移術を機械化した試作品だ。片道10kmまでなら転移で移動出来る。なぜ今ここにこれが?なんては思わない。多分、俺を外に逃がす際にこっそりと忍ばせてくれたのだろう。
「時間切れだ。まあ、逃げたところでお前の死は確実であったがな」
黒い塊が俺の元へと飛んでくる。塊が俺に当たる1歩手前で、俺はオブセイスゲートを起動させた。逃げる先なんてどこでもいい。とにかく、死者の主から離れることが出来るのなら、どこへでも......
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
逃げた先は、よく分からない農村だった。
道無き道を歩いて、たまたま見つけた農民のおじさんに話を聞くと、ここは白陽にほど近い場所に位置する農村部だという。
逃げるっていっても、どうせここも奴らに侵略される。今の俺じゃ、奴に対抗することなんて出来ない。ましてや、あれ以来眠り続けるネイを抱えたままでは......
ネイは、ヴェルド達と違って、あれを喰らっても尚、死んではいない。その代わりにと、ずっと眠り続けている。
ヴァル「......悪ぃ。ネイ。俺には、どうすることも出来ねぇよ。お前がいないんじゃ、俺はそこら辺の魔導士より弱い」
そっと、ネイの前髪を掻き分けるようにして頭を撫でる。あいつらと違って、悪夢で苦しんでいる様子がないとなると、多分遊魔病にはなっていないと思う。
逃げよう。どこへでも。お前さえいれば、あとは何もいらない。
それから、俺はたまたまこの農村部に来ていたという創真の行商人に話をし、そのまま創真まで乗せていってもらえることとなった。
創真まで逃げたところで、どうせあいつは追いかけてくる。でも、そうなったらそうなったで、また違うところに逃げればいいだけだ。そうやって、逃げて逃げて、俺は生き延びる。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
馬車に揺られ、ガタガタとして若干の吐き気が込み上げる馬車道を、俺はぼーっとしながら進んでいた。
眠り続けるネイは、俺の膝の上ですーすーと何事もなかったかのように寝ている。それに、顔についていた引っ掻き傷がいつの間にか消えている。まあ、腕とか足についた傷は残っているがな。
「お客さん、こっから先、道がものすごく悪いから、どこかにしっかり掴まっててくれよ」
ヴァル「あいよ」
もう......乗り物酔いとかそんなのを感じることもなくなったな。これが、"絶望"ってやつなのかな。ハハッ......
ヴァル「う、うおぁぁぁ!?お、おぇぇぇ......」
ごめん。やっぱ乗り物は嫌いだわ。なんだよ今の揺れ......こんなに揺れることなんて今までに経験したことなかったぞ?
「お客さん、大丈夫かい!?」
ヴァル「だ、だいろうぶだいろうぶ」
「すまないねぇ。多分、今のは地震だ。ここら辺じゃあ、滅多に起きないんだけどねぇ」
地震か......これまたついてねぇな。
若干口の中に嫌なものが出てきている。こんなところで吐くわけにはいかねぇし、どうすっかな。
まあ、その辺にペッと捨てておくか。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
それから、10日間かかって俺達は創真の首都に辿り着いた。最近出来たばっかの国なのに、首都というだけあって発展してるなぁというのが第1感想だ。
白陽を感じる和風な建築物に、黒月を彷彿とさせる技術の結晶。流石、白陽と黒月の間に出来た国だ。こっから、更に北西の方角に進めば黒月にまで行けるんだよな。
ヴァル「着いたぞネイ。ここには、確かお前の仲間がいるんだよな」
まあ、力を借りようなどとは思ってないけどな。仮に力を借りれたとしても、奴らに抵抗することなんざ無理だ。
所詮、俺達はただの人間で、神様相手に戦うなんざ出来ねぇんだ。
ネイ「ヴァ......ル......」
ヴァル「ネイ!」
ネイ「良かった......まだ......生きてくれてる」
ヴァル「っ......何言ってんだよ......お前が生きててくれなきゃ、俺はとっくに自決してる......」
ネイ「......泣かないで......まだ、負けたわけじゃないから......」
ヴァル「っ......もう、無理だ。みんな死んじまった。神様にせめてでもと抵抗した奴らは、みんな何も出来ずに死んじまったんだ......もう、何も出来ねぇよ」
ネイ「そんなことはない......まだ、こうして生きてるじゃありませんか......。まだ、諦めるには早い......ですよ」
お前は、あれを喰らってもまだ諦めねぇのか。流石は、神様であっただけのことはある。でも、今の俺達じゃ太刀打ちできねぇよ。
でも、こいつはそれを理解していない。だからこそ、まだ負けてないからって理由で諦めをつけねぇんだろう。
ヴァル「ネイ......奴らは......」
ネイ「............」
寝ちまった......か......。
......
......
......
ヴァル「まだ、この国は綺麗なままだ。でも、どうせあいつらがすぐにやって来る。もう、この世界は終わりだぜ、ネイ......」
創真の国は、グランアークよりもずっとずっと美しく見える。騎士らしき人影はどこにも見えないし、スラムみたいな汚い街もどこにもない。それどころか、イーリアス以上に人々の笑顔が満ち溢れている。
これが、平和を形にした国か......デルシアって奴はスゲーな。もし、今の俺の立場にデルシアが立っていたのなら、きっと、デルシアは諦めずに戦い続けることだろう。それが、国の頂点に立つ者と、ただのギルドに属する奴との違いだ。情けねぇな。情けねぇ......
その後は、手持ちにある資金で借りられる宿を適当に借りて一泊した。持ち合わせが少なかったせいで、こいつと同室になっちまったが、まあこいつなら大丈夫だろう。
明日からどうしようか。金もねぇ、力もねぇ、あるのはただの絶望のみ。何だこのセット。ここに来て急にその展開はねぇだろ、勘弁してくれよ......
......はぁ、めんどくせ。もう寝るか。
......
......
......
完全に気力を失ったヴァル。まあ、そりゃそうなりますよ。仲間が目の前で次々と死んでいくのですから。




