第8章1 【再会】
再び訪れることになった異世界『結界』。
ここには、ヒカリさんのお姉さんが眠る場所であり、ヒカリさんが帰るべき家がある。
人格が違えど、そこは私にとっても帰るべき場所である。
ヒカリ(久し振りに見る光景......何も変わってないですね)
ネイ「そうなんですか?」
ヒカリ(いつ見ても田舎臭いこの町。町と言うにしては、家がたったの2軒しかないですけどね)
それはもう、離れ里でいいんじゃないか?
ヒカリ(あそこに見える、木々に囲まれてるのが私の家。そして、その少し離れたところに見えるのが、テミの家。そして、ちょっと手前に見える草原に、墓場があります)
木々に囲まれていて、私達の実家は一切見えないが、墓場とアルテミスの実家はよく見える。といっても、この距離だから全体が見えるだけであって、実際はかなり離れているだろう。
ヒカリ(......行きましょう。ネイ)
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
どこをどう見ても変わらない、この懐かしくも、悲しい景色。
ネイは、墓場を目指して足を進めている。私は、ネイの瞳から見える景色を、世界の書庫で見ている。
そんな景色をただぼーっと見ていただけだったが、私の意識はある一点に集中されることになる。
ヒカリ(......!ネイ!私と替わって!)
ネイ「え?どういう事ですか?」
ヒカリ(いいから早く!)
ネイ「わ、分かりました......」
体の支配権が私へと切り替わる。
そして、私は墓場に向けて一直線に走る。足が完全に治ってるわけではないが、それでも私を突き動かすものがそこにはあった。
ヒカリ「......」
墓場には、1人の人影があった。
その顔は、実際に見ることは初めてになる顔。それでも、写真で見た事のある憎たらしい男。
「......」
墓場に立っていた赤髪の男に、私が近づくと、あいつも私に気づく。
ヒカリ「......」
「ラクシュミーか......?」
ヒカリ「っ......クソ親父が!」
怒りそのままに、男の頬をぶん殴る。
「い、いきなり何するんだ......」
ヒカリ「っ。ふざけんな」
「......そうか。お前、本当の自分を見つけたか」
ヒカリ「......ちっ」
墓参りに来ただけなのに、すごく嫌な奴に出会ってしまった。お陰で、墓参りする気分じゃなくなった。
「墓参りに来たんじゃなかったのか?」
ヒカリ「お前のせいでそんな気分じゃなくなった。姉ちゃんには後日、改めて来る」
「......アテナとシヴァ。なぜ、私を置いて行ってしまったんだ」
そんなの、お前が育児放棄したからに決まってんだろ。
姉ちゃんが、仕事をしながら問題児である私を育てていた。兄ちゃんは、姉ちゃんと先生を失った私を引き取って育ててくれた。
だけど、この男は何もしなかった。仮にも、父親だと言うのに。
ヒカリ「お前のせいで、姉ちゃんは過労で死んだ。兄ちゃんは私を守るために死んだ」
「......お前は、それでいいのか?」
ヒカリ「......お前のせいだろうが!お前が、姉ちゃんを放ったらかしたから死んだ。お前のせいだ!」
「......だから、お前は人体錬成を行ったのか」
ヒカリ「っ......!ああそうだよ!大事な家族を取り戻すために、私は禁忌に手を染めた!」
「開き直りか。アテナが苦労していそうな悪ガキだな」
ヒカリ「っ......もういい!」
話してるとこっちがイライラしてくる。
「......綺麗な白髪だ」
ヒカリ「うっさい!ついてくんな!」
「俺の家、そっちの方角だから」
......ちっ。
仕方ない。テミの家に行こう。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ヒカリ「エルナばあちゃーん。いるー?」
ドアをガンガン叩きながら、その名を呼ぶ。
エルナ「おや、ネイじゃないか。随分と久し振りだねぇ」
そうすると、何も知らない様子のエルナが顔を出す。今日は家の中にいたようだ。
ヒカリ「私、ネイじゃなくてヒカ......ラクシュミーなの」
エルナ「......すまない。よく聞こえなかったよ」
ヒカリ「だーかーらー、私はラクシュミーなの!」
ネイ(ヒカリさん、順を追って説明しないと分かりませんよ)
ヒカリ「......エルナばあちゃん」
エルナ「なんだい?」
ヒカリ「私、昔死んだって言われてたラクシュミーなの」
エルナ「......そうかい。ここじゃあれだ。中にお入り」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
エルナ「なるほどねぇ......年寄りにはさっぱり分からんが、とにかく生きてて良かったって事じゃな」
ヒカリ「......」
エルナ「あんたに何があったかは知らんし、聞くつもりもないが、昔とは随分と印象が変わったねぇ」
ヒカリ「そりゃぁ、色々とあったから......」
エルナ「......まあいい。あんたが生きてて何よりだ。丁度飯が出来てる。食っていくか?」
ヒカリ「うん......」
エルナ「じゃぁ、ちょっと待ってな。3人分用意しなきゃならんからね」
ヒカリ「3人分......?」
エルナ「途中で出会わなかったかい?あんたの親父さんだよ」
あいつが......?
「よう、エルナ」
エルナ「お帰り。ヴァルガ」
ヴァルガ「ラクシュミーもいたのか」
ヒカリ「その名で呼ぶな!」
ヴァルガ「......はぁ、面倒臭い奴に育ったな」
ヒカリ「うるさい!」
ったく、なんでこんな奴と同じ食卓で飯を食わないといけないんだ。
私は、恨みの意味も込めて、エルナの方を見るが、とうのエルナはクソ親父と仲良さそうに話をしている。
エルナ「全く、あんたがちゃんと子育てしてれば、この子はこんなグレた少女にならなかったかもしれないのにね」
ヴァルガ「いや、多分、俺がいてもこういう奴はこうなってる」
ヒカリ「ちっ......」
エルナ「ほら、飯が出来たよ。食べな」
久しぶりに見たエルナの料理。美味しそうに見えるが、ただ1つの問題がある。
隣に、クソ親父が座ることだ。
エルナ「美味しいかい?」
ヴァルガ「ああ、美味いな。エルナの料理は」
ヒカリ「......」
ネイ(ヒカリさんも何か言ったらどうですか?)
ヒカリ「うるさい!」
エルナ「......どうかしたかい?」
ヒカリ「......なんでもない!寝る!」
ヴァルガ「ちゃんと最後まで食べろ」
ヒカリ「うるっさい!」
誰がいつまでもこんな奴と肩を並べて食うか!
ネイ(ヒカリさん......)
ヒカリ「ネイは黙ってろ!」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
エルナ「あの子、ヒカリの記憶が戻ったとか言っていたが、あたしが見た時は『ネイ』っていう子だったんだ。それが、なんであんな子になっちまったかねぇ......」
ヴァルガ「恐らく、ネイとヒカリは別人格として存在している。あれは、普通にヒカリだ。内側に、ネイの人格が存在している」
エルナ「......やっぱり、年寄りには分からない話だよ」
ヴァルガもラクシュミーも、難しい話ばっかりして。ちょっとは年寄りにも分かるよう説明してくれないかねぇ。かと言って、あの子は折角作った飯を半分も食わずに寝ちまった。昔はもっと可愛い子だったのにねぇ。
エルナ「その顔、アテナとシヴァがどうなったか知りたそうにしているね」
ヴァルガ「ああ。シヴァの方は概ね知っている。俺が知りたいのは、アテナの死因だ」
エルナ「......」
蘇る赤い景色。あの血溜まりの中で、反響欄になって暴れているラクシュミー。
思い出したくもない嫌な記憶だよ。全く。
エルナ「アテナは、何者かによって全身に酷く傷がついていた。そこからの、多量出血によっての死亡。誰がやったのかは、5年経った今でも分かってないよ」
ヴァルガ「......そうか」
あの時のあの子の顔は、今でも忘れることが出来ない。
ヴァルガ「それともう1つ。あいつが、人体錬成をしたという話は本当か?」
エルナ「............あの時の光景は、別の意味でも忘れられないものとなっておる」
ヴァルガ「......」
シヴァが、ラクシュミーを連れて行ってから1年経った時の事。ある日、急にあの2人が帰ってきた。
ただの帰省だと言って、シヴァはあたしの飯を食い、ラクシュミーは家で何かをしていた。誰も、それを特に気にすることはなかった。
アルテミスは、その時ラクシュミーを探してあちこちを飛び回っていた。もし、あの時にアルテミスがいれば......
エルナ「あれは、雷がゴロゴロ鳴る、非常に天気の悪い日だったよ。突然ね、あんたの家に巨大な錬成陣が現れたのよ」
ヴァルガ「錬成陣?」
エルナ「ああ。最初はなんだろうと思っていたけど、雷が落ちたのかと思うくらいの巨大な光が家を直撃したんだ。心配になったあたしは、すぐに家に向かったよ」
ヴァルガ「それで?どうなったんだ?」
エルナ「......」
この先は、口にするのもおぞましい。
家の中に入ると、アテナが死んでいた時を思い返すような血溜まり。そして、まるでゾンビのように蠢く黒い塊。
血まみれになって泣いているラクシュミーの姿。
ヴァルガ「そうか。話すことは難しいか」
エルナ「......ああ。あれは、口にしたくないね」
ヴァルガ「そうか......」
エルナ「ただ、その次の日あたりだったかね。あの子が、急に自分の名前を『ヒカリ』と呼べと言い出したんだ」
ヴァルガ「......」
エルナ「特に意味があるかどうかは分からないし、あたしはずっとラクシュミーって呼んでる」
ヴァルガ「......なあ、その人体錬成をした時、あいつが作ったアテナを見たのか?」
エルナ「っ......ああ見たさ。あれは、とても人と呼べるものじゃなかったよ」
ヴァルガ「人じゃないか......なあ、あれは、本当にアテナだったのか?」
エルナ「さっきも言ったが、あれは人と呼べるものじゃーー」
ヴァルガ「違う。そういう意味じゃない。例えば......そうだな、髪の色、瞳。骨盤とか、その他諸々だ」
エルナ「......そりゃ......どういう事だい?」
ヴァルガ「人体錬成によって生み出したもの。例え、それが人外のものだったとしても、何かしら酷似するものがあるはずだ。だから、あいつが作り出したものに、そういった点はあったのか、という話だ」
......まさか......いや、でも......そうだとしたら......
エルナ「あの子は、何の関係もないものを作って心を壊したとでも言うのかい!」
思わず、机に拳をうちつけてしまう。ただ、そうしても痛みを感じないほどに混乱している。
あの子は......あの子は......
ヴァルガ「......あくまで、仮説だ」
△▼△▼△▼△▼
ヒカリ「っ......っ......」
私が作ったものは、姉ちゃんとは全く関係のないもの......?
そんなはずが......あるわけがない......
だって、私はお姉ちゃんを作ったはずなのに、それが全くの別物だったなんて......
信じられない。信じたくない。
ヴァルガ「嘘か真かは、俺には分からない。ただ、考えてみる価値はあると思う」
エルナ「......あの子は......っ」
ヴァルガ「これ、あいつの血の繋がった姉なんだってな」
しまった。机の上に写真を置き忘れたままだった......
回収しようにも、今、あの場に出ることは出来ない。
ヴァルガ「......あの日、あいつが家に来た日。雷が降る荒れた天気だった」
エルナ「......?」
ヴァルガ「龍人の少女に抱き抱えられて、あいつは家にやってきた。その時は、俺もまだあの家にいた」
エルナ「昔話か」
ヴァルガ「ああ。あいつが来た経緯。それは、連れて来た龍人の子に教えてもらった。それを聞いた俺は、ずっと考えていた作戦を実行に移すことにした」
エルナ「作戦?」
ヴァルガ「今は、相手がお前でも話すことは出来ない。だが、ただ1つ言えることは、あいつを助けるために動いていたという事だな」
エルナ「そのせいで、あの子は闇に堕ちてしまったというのにかい?」
ヴァルガ「......それは、唯一の誤算だったな。いじめという、どこの世界にもあるくだらないことが、あいつを苦しめることになった。俺がいてやれば、多少はマシだったかもしれない。だが、俺にはそれ以上にやるべき事があった」
エルナ「......そうかい。あたしはこれ以上何も聞かないよ」
ヴァルガ「......。明日は早い。この写真の人物。『星界』と呼ばれる世界にいるとあいつに伝えておいてくれ」
エルナ「直接言いに行けばいいじゃないのさ」
ヴァルガ「......いや、今更どんな顔して話をすればいいのか分からなくってな。それに、あいつは聞いてくれないだろ。お前の口から伝えておいてくれ」
エルナ「分かったよ」
......
......
......
私はそっと、テミの部屋に戻った。
人物紹介
ヴァルガ・エーテル
性別:男 所属ギルド:なし
好きな物:家族 嫌いな物:家族を傷つける者
誕生日:7月7日 身長:182cm 46歳
見た目特徴:赤髪ロン毛のオッサン。髭も濃い。旅人というだけあって、体はそこそこに鍛えられている。
アテナ、シヴァ、ラクシュミーの親であり、様々な世界を旅する者である。エーテル家は別に、そんなデカくはない。妻が誰なのかは、そのうち明らかにします。少なくとも、この章では明らかにしません。




