第5章9 【白の九節】
「あれは、邪龍となったもう1人の私を倒した時だった」
泣き止んだネイが語り出す。
「自分の中に、黒い何かが入ってくるような気がした。邪龍の魂だと思ってた。自分が死ねば、一緒に消えると思ってた」
「それが、あの時の行動か」
「うん。結局、死ぬ事は出来なかったけど、あの黒い何かは消えた気がした」
「んなもん気がしただけで残ってたんだろ?」
「......なんか、ヴェルドに言われると、そうじゃない気がしてくる」
「んだとてめぇ!」
「まあまあ、落ち着けヴェルド」
ヴェルドが突き出した拳を掴んで、腰の辺りに戻してやる。
こいつらはいつまで犬猿の仲でいるつもりなのか......。
「......消えてたと思ってた、黒い何かは、最近になって急に存在を大きくしていった。それが、この間連れてかれたあの神殿を機に、表に出てきてしまった」
「なあ、連れてったの間違いだったんじゃねえか?」
「それ言われたら後悔しか残らねえからやめとけ」
「お主らは黙って話を聞けれんのか」
「お前はお前で、なんなんだその喋り方は」
ヴェルド、論点そこじゃない。
「うるさいのう。喋り方なんてどうでも良かろうが」
お前もお前で突っかかるな。ヴェルドと同レベルだぞ。
「......とは言っても、あの黒い人格が現れとったのは、お主らと出会ってからの話ではない」
「そうなのか?」
「そうなのじゃ」
「そうなのか......」
「うむ。お主らは絶対知らんじゃろうがデルシアらとおった時から、存在は見えとった」
「デルシア?誰だそいつ」
「最近建国された、創真王国の王様だよ。女の人だけど」
答えてくれたのはセリカだった。時事ネタならなんでも知ってるな。
「ああ、あれか。白陽と黒月の間にできた」
「それなら、俺も1度会いに行ったことがある」
「ああ、お前も王様だもんな。一応」
「一応言っておくが、会いに行った時は、まだ王子の身だ」
「へぇー......どうでもいい」
「どうでもいいとはなんだヴェルド。王子だった時はな......」
やっべ、変な話始まりそう。話題元に戻さねえと。
「それで、デルシアっていう奴らと一緒にいた時から、あいつがいたんだよな?」
「ーーうむ。と言っても、あの時は妾が意識するだけで、ただなんとなくその人格でいられた気がするってだけなのじゃが」
「それお前の妄想から生まれたんじゃねえの?ほら、彷徨ってた時から色々な困難に出くわしてたって言ってたじゃん」
「......どうなんじゃろうな。お主の言う通り、ただの妄想から生まれたのか、それとも昔から邪龍の因果がこびりついとったのか。よう分からんわ」
「分からないで許される問題じゃねえぞ」
「分からんもんは分からんわ。そもそも、お主ら人間が変な憎悪を持っとるから妾が苦労してーー」
「あーもう分かった。その話は分かったから、もうあいつをどうするかって話をしよう」
これ以上は喧嘩になる。そう思い、俺はヴェルドとネイの視線の間に立つ。
「どうするもこうするも、倒せば終わり。あれだって生物じゃから殺せば解決する」
「その事なんだけどさ、ネイりんの体って今どうなってるの?」
「それ、どういう意味だ?セリカ」
「だってさ、ネイりんって今分裂してる状態でしょ?両方がちゃんとした生き物だって、そうは思えないんだけど」
「そんなの、どうせ片方がちゃんとした肉体持ってて、片方が幽れ......」
待てよ。そうだとしたら、俺はこいつを引っ張り出した。龍王達の魂が集まる書庫から。ということは......
「気づいてほしくなったのう。あれを殺せば、妾も死んだことになる。魂だけの存在になるから、幽霊じゃな」
「おいおい、そんなんで良いのかよ......」
「無論、諦めるつもりはない。何とかして、彼奴から体を取り戻す。ただ、そうなれば一時的にでも彼奴と同じ体を共有することになる」
もう1回、閉じ込められる可能性があるってことか。正直、あれをもう1回できる自信はない。
「まあ、もう1回閉じ込められることはないじゃろう。......多分」
「気をしっかり保ってくれよ。苦労するのは俺なんだから」
「元々、そういう契約じゃったはずじゃが......」
そういやそうだった。契約する時に迷惑かけるとかうんたらかんたら言われてた。クソっ、もっとよく話を聞いとけば良かった。
「多分、あの様子じゃと、彼奴はしばらくの間、騒ぎは起こさん」
「イマイチ信用ならねえ......」
「なら無理矢理信用しとけ。バカ」
「お前、俺に対してなんでそんなに冷たいの!?」
「理由は、自分の胸に手を当てて、しっかりと考えーー」
「あー、お前らやめろ!話がややこしくなる」
とりあえず、ヴェルドをネイの視界に入らない場所に置いとく。多分、喧嘩を始めるのは目を合わせてしまうからだろうと思ったからだ。
「なんなんだ、あのバカは。神様だ何だ言っても、所詮はただの悪ガキだろうがって伝えとけ」
「図に乗るな人間。妾はお主らが思うような弱き者ではない。その気になったらお主らでは相手に出来ん。と、そう伝えとけ」
お前らは目を合わせなくても喧嘩するのな!もう面倒だよ。
「とりあえず、ヴェルド。お前、外に出とけ」
「はァ!?なんで俺が......」
「お前がいるからややこしくなるんだ。お前がいなくても話は進む。フウロもなんか言ってくれ」
俺は同意を求めてフウロの方を見る。
「寝てるね......」
「寝とるな......」
「ああ、ぐっすり寝てやがんな......」
今更言うことでもないし、俺が言えることではないが......
このギルド、緊・張・感が無さすぎる......!
「......もう疲れた」
ふと、ネイがため息と共に愚痴を零す。
「お主らと出会ってから邪龍云々の騒ぎに巻き込まれて......」
「それお前のせいだろ」
「記憶が戻って、死にたいと思っとった記憶も戻って......。結局死ねず、ただただ無意味に時間を過ごして......」
「それもお前のせい」
「全部解放されたと思ったら、また変なのが現れて......」
「突き詰めたら全部お前のせいだな」
「だーれが、誰もお前のことを責めることなんかしない、じゃ。思いっきり妾に原因があるではないか!」
自滅した。
あまりしたくないけど、哀れみの目で見ることしか出来ない。
「どうじゃ?これが、お主らの信じた、神様というやつの、姿、じゃぞ......」
「もういい。全部お前が悪くない、なんて言うつもりはないが、せめて自分がやった事の責任は取れ」
「......優しいな。でも、お主はその優しさがあ"っ......」
突然、ネイの息遣いが荒くなる。
「......来た。あいつからのう"っ」
「どうした!ネイ!」
「はぅ、はぅ......、魂が、叫んでる。あいつの魂が、私に呼びかけてる......」
「なんて言ってんだ、あいつは」
「......明日、お前と、俺。どちらの存在が残るかを賭けた決闘を申し込む、と」
「決闘か......。男気のある奴だな」
「んで、場所はどこなんだ?」
「......言ってきてない。多分、私なら分かるだろうってこと、です」
「ネイ!」
倒れたネイを瞬時に抱え込む。
「疲れてたんだろう。ゆっくり寝かせとけ。魂が寝るっていうのはよく分からんが」
「お前に言われなくてもそうするさ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
何がどうなってんだ。
あの契約者がよく分からないことをして。
あいつが勝手な妄想に洗脳されて。
俺だけが、こうして残されて。
「クソがァ!」
俺のどこがダメなんだ。
俺のどこが嫌いなんだ。
俺は、強くて、賢くて、殺しが得意で、みんなから頼りにされるはずだったのに。
「クソっクソっクソっ!」
なんでだ。なんでなんだ!
なんで強い俺なんかじゃなく、弱虫のあいつを、あいつを選ぶんだ!
「所詮、日陰者には嫌われる運命がお似合いってことかよ」
(僕は、君のことは嫌いじゃないけどね)
「......!誰だ!どこにいる!」
(君が持ってる剣さ。そこに、僕達の魂はある)
「......あいつの、味方か......」
(まあ、そういうことになるかな。でもでも、安心したまえ。僕は興味のあることには全力で力を注ぐ。僕は今、君に興味を抱いている)
「なら、俺があいつをぶった斬ることに協力してくれんのか......」
(流石に、僕の手であの子を倒すことは出来ない。契約上の問題でね。でも、君にアドバイスをすることなら出来るよ)
「......誰も、お前らのことなんか頼らねえ」
(ふーん。まあ、僕はそれでもいいけどね。でも、君はそうやって孤独を貫き通すのかい?)
「うるさいうるさい!黙れ黙れ!お前らなんかに何が分かるってんだ!」
(分からないよ。僕達は何も分からない。でも、君と常に一緒にいたのだから、知り得たこともたくさんある)
「知っただけだろ。理解なんてしてないだろ」
(どう受け取るかは君の勝手だ)
そう言い残し、謎の声は消え去った。
なんなんだ。どいつもこいつも、俺のことをバカにしやがって。そんなに憎いか、そんなにおぞましいか。
全員、死んでしまえ。死んでしまえば、そんなこと気にせずに済む。
「あいつに、伝えてやるか......」
もう1人の俺を消す。
同期する必要性はもう無い。
あいつがいると、俺の計画に支障が出る。
もう慈悲はない。全部、ぶっ壊してやるんだ。
「......聞こえるか、もう1人の俺」
逃げ出したあいつの魂に話しかける。
「明日、お前と、俺。どちらの存在が残るかを賭けた決闘を申し込む。拒否権は無い。断れば、どうなるか分かっているだろうな」
それだけ伝えて、さっさと繋がりを消した。
場所を言い忘れていたが、同じ存在のあいつなら、決闘の場所くらい分かるだろう。それに、もうあいつとは話をしたくない。
「全部、壊し尽くしてやる......」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「どうするんだ?ヴァル」
救護室から戻って来た俺に対し、クロムがそう言う。
「どうするって何がだよ」
「ネイをこのまま向かわせるかってことだ」
「行かない、なんて選択肢はねえだろ。このままほっとけば、あいつは更に殺しを繰り返すかもしれないし......」
「......ネイが、あれに勝てると思うのか」
「何拗ねてんだよ。聖龍の力が効かなかったくらいで負けるわけではないだろ」
「なんでお前は俺がほんの少しだけ気にしてたことを言ってくるんだ」
それめちゃめちゃ気にしてるってことだろ。言わせたいの?
「心配すんな。あいつは強い。負けねえよ」
「......そういうもんか」
心做しか、ギルド全体が暗い雰囲気で包まれてる気がする。人が少ないってのもあるんだろうが、多分、皆ネイのことを信じきれていないのだろう。
人を信じることで有名なクロムでさえ、不安な気持ちを隠しきれていないのだから。




