外伝19 【白・家族】
「私が......陣頭指揮......」
実感が湧いてこない。少数の部隊を指揮するのなら問題は何一つ無いが、白陽と黒月それぞれの本隊を指揮するとなると、話は全然違う。
悩んだところでやるしかないのだが、上手く指揮できるだろうか。
「すみません。ベッドに横たわったまま頭を抱えるのをやめてもらえませんか?」
悩む私にネイがそう言ってくる。
「傷が良くなったから動きたくなる気持ちはわかりますが、ただただ唸られてもこちらには何も伝わってきません」
「すみません。ネイさん。ちょっとばかし、用事が立て込んでて」
「私で良ければ相談に乗りますよ」
そう言いつつ、ネイがお上品に湯のみに注がれた茶を飲み干す。倒れる前とは別人なくらい落ち着いている。そのせいで、倒れた理由を聞きそびれてしまった。まあいいや。
「実は、大掛かりな作戦がそろそろ起こりそうで......」
「そこら辺はシンゲンさん達から聞きましたよ」
「あっ、そうですか。じゃあ、私が総指揮官になることも?」
「......できるんですか?」
ネイが顎に手を当てて考える仕草をした後にそう言ってきた。
「そこを悩んでて......」
「そういうことですか。簡単な話じゃないですか」
簡単って、そんなあっさりと答えを見つけられたら苦労しないのに......。
「黒月は暗殺隊が主体でしょうし、あの軍隊は命ずるままに動きます。白陽も人ができてる部隊なので、命知らずな突撃さえさせなければどんな命令も聞きますよ。暗殺隊の場合、本当にどんな命令でも聞きそうですが」
言われてみればそうだ。特徴は分かってるんだから、そこを上手く指揮すればいいだけだ。
「......簡単な話でした」
「もっと柔軟な頭が必要ですよ。物事を1点から見るのではなく、もっと広い範囲で、全体を捉えるような感じで考えるんですよ」
「なるほど......」
流石は私達の軍師。考え方が違う。
「......なら、ネイさんが指揮官になれば、万事解決じゃないですか?」
「こんなぽっと出のよく分からない人の言うことを素直に聞ける軍隊だと思いますか?デルシアさんはアルフレアさんとシンゲンさんのお墨が付いてるから軍隊を導くことができるのです。私はあくまでも軍師。指揮官のサポート役です」
本当に、私よりもたくさん知っている。記憶が無いとか言っていたのに、本当は記憶でもあるんじゃないのか?
「ちゃんとした記憶喪失ですよ。親の顔も名前も、自分の本当の名前ですら知らないのですから」
え?心読まれてる?口からは何も言ってないのに。
「あっ、すみません。つい癖で......」
癖ってなんだ?人の心を読むのが癖なのか?どういうことだ?
「気にしないでください」
「気にするなって言われても......」
「いいから気にしないでください」
そこまで言うのなら......。ネイには人の心を読むことが出来る力がある。これで手を打っておこう。
「......そういや、本当の名前を知らないって言ってましたけど」
「あぁそういえばそんなこと口走ってましたっけ」
「名前が分からないってことは、『ネイ』って名前は自分で考えて名乗ってるだけなんですか?」
「いえ、記憶が地続きになってる時から持ってるこの剣に『To nei』って刻まれてたから、ネイって名乗ってるだけですよ」
「へぇ~」
名前か......。そんなもの考えたこともなかったな。私の『デルシア』って名前も、お母さんが付けてくれた......、そういや、お母さんを見たことがないな。
「どうかしましたか?デルシアさん」
「あー、いえ、ただなんか思うことがあって......」
「デルシアー!」
「「 ヒィっ! 」」
唐突に鼓膜をぶち破るくらいの大声が鳴り響いた。
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「デっルシア、デルシアぁ。愛しのデルシアぁ」
目指していた白陽の首都圏がすぐそこまで迫ってきている。
やっとデルシアの安否を確認できるかと思うと、更にスピードを上げて、ついでに鼻歌を歌いたくなる。
「ゥオオオォ」
「どうしたの?ミュウ。あなたもデルシアに会えるのが嬉しいのかしら?」
「オゥオゥ」
違う、と言っているのかしら?
「オオゥ!」
ミュウが「前を向け」と言っているかのように、首を前に出す。
「?」
とりあえずは、前方を確認するが、今のところ何もない。
「ゥオ!」
と思った矢先、突然ミュウが体を横に捻らせる。
「ちょ、ちょっと落ちちゃうところだったじゃない!」
そう言ってみるが、ミュウはお構いなしに前方をひたすらに見つめている。
「何があるってうわぁ!」
またしてもミュウが体を捻らせるが、今度ははっきり見えた。
何かが私の横を貫いていった。多分、魔法の類。ミュウが機転を利かせて避けていなければ、殺られていた。
「ミュウ、どこからやってきたか、分かるかしら」
「ゥゥ......」
そこまでは分からないらしい。
どこからやって来るか分からない殺意に満ちた魔法。ミュウでさえ方角が分からない。
(全く、急いでるんだから絡んでこないでよ)
辺りを見渡す。一瞬とは言えど、あれほどの速さの魔法なのだから、打つ時に溜めていたマナの光が見えるはずだ。
「ゥオオオォ!」
ミュウが避け、またしてもさっきまでいたところに雷の槍が通り過ぎる。
(おちおち見てられないわね)
探しても見つからない。なら、やれることはただ1つ。
「ミュウ、もっとスピードを上げて。吹っ切るわよ!」
「ゥオオ!」
その指示にミュウが唸りを上げ、どんどん加速させていく。
道中、何度か雷の槍が通り過ぎたが、流石にこの速さにはついて来れなかったのか、全部尽く外れていった。
(一体、なんだったのかしら)
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「デルシアー!」
「「 ヒィっ! 」」
突然の厄災に、2人で短く悲鳴をあげる。
「おっと、すまん。驚かせてしまった」
シンゲン兄さんが息を切らせつつもそう言う。
今度はなんだ?もう、本当に何もないと思うのだが、兄さんがイタズラでやって来るとも思えない。
「えっと、確か、ベルディアだったよな?お前と通じてる黒月の者って」
「は、はい。そうですけど......」
「ちょっと、表に出てきてくれないか?」
「?」
「いや、少し言い難い事なのだが......」
今の兄さんは、どうにも歯切れが悪そうだ。まさかとは思うが、姉さんがアポ無しでやって来たとかではないのだろうか。
「黒月のベルディアって奴がやって来た。同姓同名同職の奴でもない限り、多分、お前が言ってた奴だ。それで、なんだか、こう、凄いクセのあるやつだから相手をして欲しい。というか、本当にそのベルディアかどうかを確かめてきてほしいんだ」
そういう事ならそうと......ん?今なんて?
「ベルディア......姉さん!?」
「多分、そうだ。それで......」
「シンゲン殿。少しは落ち着いてはどうだろうか」
兄さんの背後から、姉さんとは姿形が違う女性が現れる。
「れ、レイか......。驚かせるな。ちょっと動揺してるんだ」
「ちょっとどころではないと思われますが、一旦深呼吸して、言葉をまとめた方がよろしいかと」
「あ、ああそうか......。ちょっと外の空気を吸ってくる。客人の相手は任せた......」
一纏めにそう言うと、兄さんは壁で体を支えながら外に出て行った。大丈夫だろうか?
「それで、その人って本当に姉さ......ベルディアだったんですか?」
「それは私共には判断しかねます。何せ、黒月の王女など出会ったことも見た事も御座いませんから」
「そ、そうですか......」
まあでも、兄さんを困らせるくらいクセが強いということは、本当に何かの間違いじゃない限り姉さんだろう。そして、今の時期にここにやって来るということは、何か向こうの情報を握ってて私の状況も知っているはずだ。
「体を動かすなってカンナさんに言われてるので、姉さんをここに、直接通してくれませんか?」
「了解致しました」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「全く、王女たる私を待たせるなんて、時間がかかりすぎなのよ」
「すみません。何分、我が主が大変動揺しておられたようなので」
「......次からは、ちゃんとアポを取った方がいいかしら」
「その方が良いでしょうし、少しは落ち着いてから城に足を踏み入れるべきだったと思われます」
あんなことがあって落ち着いていられるわけがない。向かう途中で謎の魔槍が狙ってくるわ、ミュウから振り落とされそうになるわ、やっと着いたと思ったらすんなりと通れないわ、否が応でもストレスは溜まってくる。
「あまりカリカリしておられると、デルシア様に御心配をお掛けになることになりますよ」
それもそうか。切り替え切り替え。何はともあれデルシアに会えるのだから落ち着いていこう。死体だったらブチ切れるどころじゃなくなるが。
「こちらです。何かご用があればいつでもお呼びを」
レイに促されるまま部屋へと入る。すると、真っ先に目に飛び込んできたのはベッドに横たわるデルシアの姿だった。
「あっ、姉さーー」
「デルシアー!」
デルシアの言葉を聞く前に、デルシアの体へとダイブする。
「い、痛、痛たたた」
デルシアが悲痛な面持ちで私を引き剥がしてくる。
「ね、姉さん!今大怪我してて治療中なんですから、そんなダイナミックに飛び込んでこないでください」
「大怪我って、何やらかしたのよ!」
どこをどう見ても、怪我なんてしてないように見えるが、まさか、骨折とか多量の内出血とかそういう系か?
「背中をやられたんです。例の異界の敵に」
そう言いつつ、デルシアは私に背中を見るよう手招きする。
包帯がぐるぐる巻きにされていて、所々が赤く滲んでいる。
「デルシアにこんな傷をつけるなんて......。異界軍、殺す」
「いきなり殺意を高めないでください」
「まあ、生きてて何よりだわ」
「ごめんなさい」
謝らなくたっていい。生きてればそれだけで儲けものなのだから。
さて、デルシアの無事ーーちょっと微妙だがーーも確認できたし、本来の業務に戻らなければ。
「デルシア、話があるのだけれど......」
「分かってます」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
「ーーと、いうことなの」
ベルディアの話が一通り終わる。
「ーー黒月も、我らと同じことを考えていたとは......」
「何かの縁でしょうな」
シンゲンとレイが感想を漏らす。
「私達は、あなた達白陽を完全に信用するわけじゃない。ただ、この世界を守るために協力関係を結ぶ。それがお兄様の考えよ」
「............」
シンゲンが珍しく真剣に悩んでいる。
私なら、ここは二つ返事で了解の意を示すのに。まあ、一応は軍のトップとして悩むところがあるのだろう。
「ギリスが偽物か......。確かに、それだと色々合点がいく。しかし、本当にギリスが偽物なのか?何か、心変わりしただけでは?」
当然の疑問である。私も、この戦いを続けさせているギリスが本当に偽物だとは思えない。ここまで戦いを続けさせるほどに、ギリスは支配することを望んでいる人物だからだ。
「私達だってかなり悩んで出した結論なのよ。でも、あいつが偽物なら、納得できる部分が多いの。あなた達白陽側には分からないでしょうけど、ずっとあの人を見てきた私達には違うっていうのがはっきり分かるの」
ベルディアの目は真剣そのものだ。それと同時に、少し悲しんでいるようにも見える。
父が、死んでいると思ってしまったからだろうか。ギリスの人となりは、短くはあったが、一緒に過ごしていた私には分かる。
争い事を嫌わない性格ではあったが、自分の支配下のものは全て守るといった人だった。それが、今では全てを破壊すると言う。戦争が長引いたとしても、そこまでの心変わりは起きないだろう。誰か、愛していたものがこの戦争で死んでいない限り。でも、ギリスの妻は、とうの昔に他界している。やはり、偽物で間違いないということか。
「考える時間が欲しい」
「ええ。いくらでもって言いたいところだけれど、決めるなら早くしないといけないからね。そんなに長々と待ってはいられないわ」
「分かっている。1週間後、ギリエア大橋で結論を出させてくれないか?」
「1週間後にギリエア大橋ねぇ......。何かあるの?」
「本来の予定では、俺達は5日後に黒月に向けて宣戦布告するつもりだった。もちろん、ただの形だ。本来はお前ら黒月と和平を結ぶため、ギリスの目を掻い潜らせるためのことだったのだが......」
「和平を結びたいのだったら、今すぐにでも結論は出るはずでしょう?」
「いや、そうじゃない。今ここで結論を出し、お前が黒月に持ち帰れば、ギリスにバレる恐れがある。和平を結んだ直後に向こうの世界に進軍したいのだ」
「そういうことね......。それで、1週間後っていうのは?」
「総指揮官はデルシアにしようと思ってる。だが、デルシアが今、こんな状態になっている。なるべく早くに回復するよう努力はしているが、今の感じだと後1週間くらいは欲しい」
「そういうことね。分かったわ。1週間後のギリエア大橋にて和平を結ぶ。その報告は城外でしておくから、ギリスのことは安心しといて」
「感謝する」
ベルディアとシンゲンの2人が立ち上がり、握手を交わす。これで、予約した形で正式に和平を結ぶことが出来た。
「さて、話が終わったし、名残惜しいけど私は帰るわ」
「一晩ゆっくりしていってもいいのだぞ」
「そうしたいのは山々だけれど、報告はなるべく早く、あと、また変な魔術が襲ってくるかもしれないし」
「「「 魔術? 」」」
この場にいた全員が同じ疑問を浮かべた。
「変な雷の魔法が私めがけて飛んできたのよ。ミュウのお陰で振り切れたけど、ゆっくりしてたらまた襲われるかもしれないのよ」
多分、そいつは私の背中に大怪我を負わせた奴の仲間か、そいつ本人かだろう。なぜだか、そうした確証が持てる。
冷静に考えてみれば、向こう側の敵を倒したとしても、こちらに入り込んできた奴らも掃討しなきゃならない。やることが山積みだ。だけれど、やっとここまで来れたという実感もある。
「あ、そうそうデルシア」
「はい、なんでしょう?」
「あなたのお仲間は全員無事よ。あと、アイリスも多分上手くやってるはずだから」
「そうですか。ありがとうございます」
人物紹介
レイ
性別:女 所属ギルド:白陽軍
好きな物:天馬の世話 嫌いな物:曲がった物。間違えてるもの。
誕生日:2月10日 身長:157cm 25歳
見た目特徴:茶髪の長髪(大体腰より少し上あたり)バストサイズはCくらい。ちなみに、なぜ女の子の紹介にバストサイズを入れたのかはもう思い出せない。
白陽軍第1部隊の隊長を務めている。騎士ではあるが、筋肉質ではない。しなやかな動きで相手の息の根を止めにかかる。




