外伝18 【黒・鬼の姉妹】
「それじゃぁ、行ってくるわね」
「バレないように、と言ったはずだが、飛龍に乗っていくんだな」
「お父様には偵察って言っておけばどうにかなるわ」
「あの人の勘は鋭い。くれぐれも隠密に頼むぞ」
「分かってるわよ」
ベルディアが飛龍に跨り、白陽の方へと発つ。
念には念を入れて剣の1本を持たせたが、今更ながらにベルディアは剣を振れないことに気づいた。まあ、魔法が使えるからどうにかなるだろう。それに、向こうにはデルシアがいるはずだ。早々戦いにはならないはず。
さて、ベルディアの出発を見届けたので、ミューエ達の処遇を考える必要がある。
城で匿うにしても、ギリスの目を掻い潜らなければならない。自由行動は無理。しかし、あの部屋に食事でも運べば、それだけで勘づかれる可能性がある。
いっその事、どこか、城の近くの隠れ家にでも住まわせるか。宛を探してはみるが、多分ない。
「......あの人を殺せば、それで万事解決......」
するかもしれない。この世界で俺を縛っているのは奴だけだ。奴さえいなくなれば、心置き無くデルシア達に協力することができる。
そんなことを考えてたからか、俺の足は自然と大広間の方へと向かっていた。
「アルフレア様」
大広間に足を踏み入れる前に、シータが目の前に現れた。
「どうかしたか?」
「いえ、あまり、お顔が優れないようだったので」
「そうか?」
「はい。普段より、苦虫を噛み潰したような顔がもっと酷くなっております」
それは、考え事がありすぎたからだろう。頭を惜しみなく使って、今の状況を把握する。確かに、いつも以上に頭が疲れている気がする。
「ギリス様のところへ行くのであれば、今は控えた方がいいかと思われます」
「父上の姿を見たのか?」
「ええ先程。見てもらえれば分かると思うのですが、なんだか様子がおかしいようです」
様子がおかしい......。
俺は気になって、角から少しだけ身を乗り出してギリスの様子を見る。
「殺......せ......白陽......を......潰......せ......黒月......も......潰......せ......」
「なっ......」
聞き間違いじゃなければ、今、ギリスの口から出た言葉には、「黒月も潰せ」と入っていた。
「アルフレア様。私は、飽くまであなた様を信じます」
シータが変わらない真っ直ぐな瞳でこちらを見つめてくる。
「......奇兵隊と暗殺隊をいつでも動かせるようにしてろ。ベルディアの帰還次第、行動に移る」
「はっ」
※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※ ※
ベルディアが発った頃とほぼ同時刻。
黒月の城でもう1つの作戦が密かに、1人の少女の手によって動いていたーー
「......」
辺りを見渡す。
周囲には見張りがいなければ、あのウザったらしい王子もいない。
足音を立てず、隠密に、そして、最短ルートで目的の場所を目指す。この城の内部構造は、この城で暗殺隊に入ってから調べ尽くした。失敗はしない。
本当なら、ベルディア様がいてくれたはずなのだが、急用だとかで牢の鍵だけ渡された。急用がなんなのかは気になるが、今は1秒でも早くセルカを助け出さなければならない。
元々捨て子だった私達姉妹。そんな私達を、あの集落の人達は優しく育ててくれた。この命、捨てるわけにはいかない。
「......こっちだ」
曲がり角にぶち当たる度に、周囲を確認する。見張りの1人にでも見つかれば大変なことになる。流石のベルディアでも、そこまで根は回していないだろう。
「そこの青鬼の方、こんなところを彷徨いて、どこへ行こうと言うのですか」
「っ......」
不意に聞こえた男の声に、持っていたナイフを構えた状態で振り返る。
「どうやら、警戒されているようですね」
「......」
その男は、武器を何も持っていないのに、余裕の表情でいる。ナイフ持ちに格闘技だけで勝てれるというのか。
「......ベルディア様からお話は聞いておりますよ」
「......え」
「安心してください。私はあなたの協力者です。つい先程、ベルディア様から約目を仰せつかったのでね」
そういうことなら、もっと早くに言ってほしい。というか、そんなことならわざわざ侵入者を見つけた強者のような感じで喋らないで。
「驚かせてしまってすみません。ですが、後ろ姿だけではアイリス様かどうか分からなかったので」
髪色でだいたい分かると思うが......。それに、私のことを『青鬼』と言っていたんだし、絶対嘘だろ。
「ベルディア様は白陽へと行きました」
「白陽?なぜ敵国のところに?」
私はそう質問するが、ゼータは答えもせずに、スタスタと歩いていく。
「1秒でも早くセルカ様をお助けするのでしょう?立ち話は無用です」
そういえばそうだった。話なら歩きながらでもできる。彼、意外と気遣いができるようだ。
「もしかしなくてもアイリス様は知っているでしょうな」
「......?何を、ですか?」
「デルシア様ですよ。彼女、色々とやらかしたみたいです」
「や、やらかしたって」
確かに、あのちょっと抜けてる感じの子なら有り得る。しかし、デルシアが何かやった事とベルディア様にどんな関係が?
「簡単な話、アルフレア様に仲間を使って刃を向け、どこかへ姿を眩ませたのですよ」
「なんだ。そういう、ってええ!?」
いくら抜けてるとは言えど、あの人がそんなヘマをするわけがない。ヘマというよりも、かなり思い切った行動だが。
「ーーというのは、簡単に説明しすぎましたな」
ゼータが「今のは冗談です」みたいな口振りでそう言う。
「ーー私達が知らない間に、何か、大きなことが進んでいるようですよ。その筆頭にいるのがデルシア様です」
「そっか......」
直接現場にいたわけではないから、詳しいことは知らないが、デルシア達はこの無意味な戦争をやめさせるために動いている。そう考えれば、何か、大きなことが進んでいておかしくない。
「異界からの敵。我々黒月と白陽に害を成す者達。今や、デルシア様達が相手にしているのは、我々でも白陽でもなくなりました」
「異界?」
それは初耳だ。ベルディア様はそんなこと一言も話さなかったし、デルシアとはあまり話をしていない。ただ、こちらが一方的に協力すると言っただけだ。
「昨夜、ギリエア大橋で大きな戦いがありました。これはベルディア様から聞いておられるでしょう?」
「はい。デルシアと一緒に聞きましたが......」
「その戦い。本来なら黒月と白陽の大決戦になるかもしれなかったところを、先程の異界からの敵による襲撃で、両軍......いえ、暗殺隊の方は被害を抑えられましたな」
「もしかして、その理由って......」
「お察しの通り、デルシア様がその存在を知っており、デルシア様が先に交渉を始めたのがアルフレア様達、黒月軍だったからですよ。お陰様で貴重な兵をあまり減らさずに済みました。白陽がどうなったかは知りませんがね」
「なるほど......」
「その過程で、デルシア様は白陽の方も救おうと、単独で白陽側に突っ込みました。なんともまあ、デルシア様らしいっちゃらしいのでしょうが、それから帰ってくることはありませんでした」
「帰ってこなかった?」
「ええ。別に、死んだわけではないと思いますが。何か、事情ができて白陽に渡ったか、大怪我でもして、白陽に拾われたか......。そこまでは私共も知りかねません。ですが、どちらにせよ、白陽にいる可能性の方が高い。更に、白陽と休戦協定を結ばなければならない。ということでベルディア様が単独で向かいました」
答えに辿り着くまでが長すぎだが、よく理解できた。つまりは、とんでもないことが起きようとしているということだ。うん。やっぱ分からん。
「さて、この曲がり角を曲がった先が目的地ですが......」
ゼータが身を乗り出して先の様子を伺う。私も、同じようにして目的の方角を見る。
「ーー人生、そう上手くは行きませんな」
牢の前には、しっかりと見張りが立っていた。しかも2人。強行突破を測ろうとすれば、両方抑える前に片方に逃げられる可能性があるーーさせはしないがーーさて、どうする?
できることなら、極力面倒事は避けていきたい。ただの見張りの兵......とは思うが、もしもこいつらが見張りに扮した暗殺兵だったら......。有り得そうで怖い。
「殺......せ......殺......せ......」
私はゼータと目を合わせる。
「......どうやら、殺してしまっても問題ないようです」
「殺すって、面倒事になりそうなんですが......」
「あれは、敵の息がかかった者。詳しくは、また後で話しますが、殺しても問題ないですし、騒ぎにもなりません。もちろん、隠密に殺ればの話ですが」
よくは分からないが、殺してしまっても大丈夫らしい。それに、隠密に殺すのは得意だ。
「私は左の方を殺ります。アイリス様は右の方を」
そう言うと、ゼータが天井へと張り付く。蜘蛛みたいだ。
ゼータが天井から行くのだから、私は床の上から。距離はそこまで離れていない。飛んでいけば気づかれぬ間に殺すことが出来る。
(行きますよ。2......1......0)
私とゼータが同時に敵2名にまとわりつく。
(殺......)
息付く間もなく敵の首を切り落とす。
(これで無力化......)
「油断してはいけません。今すぐ四股を切り落としてください」
「え?」
言われるがままに手足を全部切り落とす。
「これで、完全に動けなくなりましたな」
ゼータが頬に着いた血を拭い、敵の死体を蹴り飛ばす。
「あいつら、多分ですが、首を切り落とされただけじゃ、体だけで動きますよ」
ゼータの言う通り、殺したはずの敵の腕が、今もピクピクと動き続けている。
「気持ち悪っ!」
あまりにもだったので、動いていた腕を踏み潰してしまった。
「ーー残酷ですね」
お前が言うか。
ゼータの方が余っ程残酷な人だとは思うのだが、もうこの際だ。無視しておこう。今はセルカだ。
「ーー寝ているようですね。起こすのも忍びないですし、こっそり城外に連れて行きますか。アイリス様、鍵を」
「はい」
私はゼータに向かって、錆びかけた鍵を投げ渡す。
「......」
セルカが無事そうでなによりだ。衰弱している様子は微塵もないし、外傷もなさそう。残忍な扱いはされてないようだ。
「さて、感傷に浸ってるのかは知りませんが、セルカ様を運び出しましょう。外に出たら、しばらくは送っていきますが、途中からはアイリス様御1人でお願い致します」
「分かっています」
ゼータに支えられ、セルカを背負う。
「素晴らしい」
甲高い音が、集中の切れかかった脳に響く。
「ーーこの城に、お前の居場所は無いはずですが」
ゼータが怒りと悲しみの篭った声でそう言う。
「久しぶりねぇ。ゼータちゃん。あなたの大事な大事なご主人様を置いて、何をしているのかしら?」
「お前に話すことは何も無い」
ゼータが右手で私を後ろに下げる。
ゼータのさっきまでとは真逆の態度。この女に、何があるというのだ。
「へぇ、鬼族の娘ねぇ......。鬼族はまだ斬ったことがないから、今初体験しちゃおうかしら」
「ーーエルドラ。お前がなぜここにいるのかを問うことはやめましょう」
「......堪忍したかしら?」
「お前には、ここで死んでもらう。我が妻の仇だ!」
ゼータがどこに隠し持っていたのかと思うくらいの量のナイフを、エルドラと呼ばれた人物に向かって投げつける。
「あら、まだあの女のことを根に持っていたの?執念深いわねぇ」
「黙れ!お前には、今日限りをもって死んでもらう!」
ゼータの猛攻がエルドラを襲うが、エルドラは全て見えているぞと言わんばかりの軽い動作で避けきる。
「知っていたのよ。あなたがベルディアに就いた時に、なんのためにあの女を選んだのか。ベルディアも知っていたんでしょうねぇ。でもまあ、あれは終わったことの話でしょ?今はベルディア様にご執心じゃなくて?」
「黙れ黙れ黙れ!」
ナイフが避けられるのなら、直に攻撃、という考えで近接戦へともつれこませる。
「ナイフの切っ先が迷いまくってるわ。いや、怒りから焦点を合わせられないのかしら?」
「お前に、お前如きに!我が妻がァ!」
ゼータがナイフを1本投げつけた後に、もう片手に持っていたナイフで勝負をつけに行く。
ダメだ。今やりにいっても、返り討ちにあうだけ。冷静さを欠けたゼータなら、簡単に殺されてしまう。
「そこまでご執心なら、あなたもあの女と同じ道を辿ってもらいましょうか?」
ゼータの投げたナイフをキャッチし、そのまま反撃する構えだ。死にはしなくとも、かなりの傷を負ってしまう。それこそ、致命傷になりうるくらいのものが。
「死になさい」
ゼータのナイフよりも、エルドラのナイフの方が早い。阻止しないといけないのに、なぜか体が動かない。
「っ......」
「ゼータぁ!」
人物紹介
ゼータ
性別:男 所属ギルド:黒月軍
好きな食べ物:焼き鳥 嫌いな食べ物:カラン
誕生日:5月30日 身長:175cm 32歳
見た目特徴:銀髪のロン毛。スリムな体だが、意外と筋肉質。
ベルディアの従者。エルドラとの間に、何かしらの因果関係があるらしい。
次回予告
外伝19 【白・家族】




