第7話 吹き荒れる嵐は容赦なく彼女らに牙を剥く
森の奥へ進んでいる頃にはもう夜になっていた。
セドリックはライドスーツのバックパックから出した小型ライトで道を照らし、その後ろをハルカが追いかける形で進んでいた。
すると、約300メートル先の木々の隙間から月明かりによってひらけた場所が確認できた。
「ハルカ…見えてきたよ。恐らく土煙が上がっていたのはあの辺りじゃないかい?」
「ええ…ここからはもっと慎重に…」
その時だった。
その方向から激しい機械音と何が壊れる音が聞こえたのだった。一旦、2人は草むらに身を隠し様子を見る。そして、アイコンタクトを取ると一気に駆けて行き、ひらけた場所へ躍り出る。
そこには目を疑うような光景が広がっていた。
破損したファングあちこちに散らばっており、ファングの装甲には多数の爪痕と地面には大型の機関銃のような銃痕が残されていた。セドリックは近づいていき状況を調べ始めた。
「これは…酷い有様だねハルカ。見る限りでは、鉄平が応戦したとは思えない。これは第三者による一方的な攻撃と取れる。」
「えぇ…。それにこの爪痕と銃痕…。スキャンシステムでも解析出来ない。ということはデータベース状に存在しない機械獣兵器がこの辺にいるかもしれない…。」
ハルカは周囲を見回す。すると、3時の方向に巨大なシルエットが見えるのに気がつく。
「ねぇ、セドリック…何あれ…。」
ハルカは恐る恐るその方向に指を指す。
「え?何って…」
グァルルルルル…。
その巨大なシルエットからは獣じみた声が聞こえる。月明かりに照らされたその正体に2人は大きく目を見開いた。
ファングより遥かに大きく、体は分厚い装甲で覆われ、背中には大きなガトリングと固定砲台と思わしき兵器が搭載されている。そして、その外見は絵本の世界で見たことのある百獣の王そのものだった。
「な…なんなんだよあいつ…あんなAI見た事が見た事が無い!不味い、ハルカ逃げるぞ!」
セドリックはハルカの腕を取り、逃げようとする。
「セドリック!待って!あれ…もしかして…!」
その謎の機械獣兵器の前で倒れている人物がいた。ハルカはすぐさまスキャンシステムを起動させる。
嘘であって欲しかった。この情報が誤った物だと。しかし、その正体は紛れも無いあの腐れ縁の幼馴染だった。
「鉄平……?鉄平ぇ!!!!!!」
ハルカは一目散に走り出す。
「それはもっと不味い!!スタンバイ
オン!!」
セドリックもオベリスクを纏うとハルカに続き走り出す。
「馬鹿!こっち来るな!くんじゃねっていってんだろ!!!!」
鉄平は何か叫んでいるようだったがハルカには聞こえなかった。いや、鼻から聞く耳を持っていなかった。
(少しでも時間を稼がないと鉄平が殺される!)
何を言われようともただ目の前で殺されそうな幼馴染を救う事しか頭に無かったのだ。
だが、その行動はあまりにも無能だということに気が付かないまま。
ライオンなようなAIはハルカの存在に気がつくと、振り返り大きく跳躍し、彼女に鋭く尖る爪を振り下ろそうとしていた。
「しまっ…!」
ザシュ…!!ブシャァァァァァ…!!!
大量の血が吹き出す音が聞こえる。
ハルカはイマイチ状況が理解出来ていなかった。何故セドリックが抱きついているのか。何故彼の背中から噴水の如く血が吹き出しているのか。
「あ…れ…?セドリック?ねぇセドリックってば…。」
ハルカはセドリックに話しかける。
「ハ…ルカ…?無事かい…?なら…良かった。すまない。君よりも早く彼に気づくべきだった…。そうだハルカ…。最後に…君に伝えなきゃいけないこ…とが…」
それ以降彼の声が聞こえなかった。
「ねぇ…嘘でしょ?こんなにいっぱい血が出てるけど…。セドリック…?ねぇ!セドリックってば!」
ハルカはようやく理解した。自分の軽率な行動で大切な仲間を1人失ってしまったという事を。
このまま突っ込めばハルカが真っ先に狙われ奴に殺されることは明白だった。
セドリックはそういう時の為に、ブースト機能を常に起動させられる状態で必ず戦場に出でいた。だからこそ、ギリギリのタイミングで発動する事が出来たのだった。
セドリックはそのままハルカを抱き締めると自らの体を張って彼女を守ったのだった。
奴は狙いがそれた事がそんなにも腹に来たのか、ハルカを今にも襲ってやると喉を鳴らしている。
瞬間、ハルカは背を向け全速力で走る。脳内に響き渡る絶対死を予告するサイレン。
一心不乱に走り出したハルカを奴は勢いよく追いかけ始める。
(死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない!)
彼女の頭はそれでいっぱいだった。
(セドリックが死んだ…私を庇って…。)
しかし、今は考えている余裕がない。次に襲われるのは自分だ。
(死んだ彼を置いていて逃げる私は最低のクズ野郎だ!)
それが分かっていてもハルカは逃げ出す事しか出来なかった。
だが、それを嘲笑うかのように奴はハルカに迫ると勢いよくタックルを食らわす。
突然横からすざましい衝撃を受け、彼女は吹っ飛ばされ再び地面に叩きつけられる。
意識を飛ばしかけたが頭を振り、意識を集中させ立とうとするが左脇腹に激痛が走る。
(嘘…今ので肋骨が…。あれ、血が止まらない!何で!)
オベリスクの破損した箇所からは血が流れていた。ハルカはその部分の装甲を解除するとそこから大量の血が流れ出す。
(不味い…!折れた肋骨が飛び出て…)
意識が朦朧とし、彼女は膝をつく。
(そんな…こんな…こんな所で…)
奴がものすごい勢いで迫ってくる。
(誰か!助けてよ!!!)
彼女を殺そうと右腕を振り上げ、その爪が彼女の体を引き裂こうとした瞬間。
キィィイン ギャッシャァァン!
奴は高速で飛んできた何かによってその攻撃はキャンセルされる。
(…へ?)
ハルカは驚きのあまり唖然としていると、目の前に降り立つボロ布を纏う謎の人影があった。
「必殺…超高速ライダーキック…!」
ハルカを見てドヤ顔で決め台詞を決める。
(だ、ダサすぎるネーミング…。)
ハルカは戸惑っていると謎の人影は奴の方向に視線を移す。
「はぁ…厄介なんだよなあいつ。マジでめんどい。」
「貴方は…一体…。 」
ハルカは恐る恐る尋ねる。すると、その人物は盛大にボロ布のローブを脱ぐ。
(え…オベリスク! 外見は…訓練機…でも形状が全く違う…?)
ハルカが混乱している中、そのオベリスク使いは振り向きこう呟いた。
「全く…人騒がせな奴だ…。安心しろ。どうにかしてやる。」
そう言うとフルフェイスマスクを装着し、腰に携えた刀剣の様なブレードを引き抜き、そのAIに突っ込んでいった。
(どうにかしてやるって言っても…。)
考えようとするにも、ハルカの意識は遠のいくのだった。