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剣聖の初恋は終わらない  作者: りょうと かえ
第三章 剣聖の力
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第六話 タラーン公は悪だくみする

 悪の貴族、タラーン公の屋敷。

 帝都でも皇族を除いて、最も豪勢な屋敷である。


 夜中だというのに客人は続々と訪れる。

 その全てが、権勢を極めつつあるタラーン公に群がる輩だった。


 当のタラーン公本人はしかし、易々と悪だくみや謀略に乗りはしない。

 他人のうまい話ほど危ないということを、タラーン公は知っていた。


 高級ワインを傾けながら、でっぷりと太ったタラーン公が遅い夕食を取っている。

 豊潤な香りを楽しみながら、タラーン公は傍らの書類に目を通していた。


「ほっほっほ、素晴らしい数字ですねぇ。武術大会の参加者の約半分に忠誠を誓わせるとは……実に、実にいいことですよぉ」


 隣で手を揉む執事が、恐縮する。ハゲ頭で油断のならない目つきだ。

 タラーン公は、執事をハゲ鷹と心の中では呼んでいた。


「いささか金貨、銀貨をまきましたが……大会まであと一カ月、もう少し比率は伸ばせるかと」


「それは構いませんとも、んふふふふ。どうせ元は取れますからねぇ……」


 帝都武術大会は名誉ある戦いの場、通常は賞金さえもたかが知れている。

 しかし、裏では悪徳貴族や商人による賭けがまかり通っていた。


 もちろん非公式の賭けであり、露見すれば罰は免れない。

 それでも100年を超える太平の世にあって、金持ちは刺激に飢えている。

 大金が動き、時には貴族や商人の家の趨勢さえも変わるのだ。


 タラーン公はさらに数年前から武術大会を派手に、大規模にするよう動いてきた。

 その甲斐あって、150年記念の今大会は史上最大規模と言っていい。

 タラーン公でさえ目が眩む金が飛び交うのは必定だった。


「属州提督もこんなに観戦しに来る……この調子だと例年の5倍、いえ10倍!」


「賭けが楽しみでございますな」


「胴元も掌握しましたし、選手も過半が手の者……どれだけ稼げるか、想像もつきませんねぇ」


 あくどいタラーン公に、抜かりはない。

 すでに賭けの流れは押さえてある。これにも多少の出費は要したが、リターンは確実だ。

 むしろ投資と形容するのがふさわしい。


 タラーン公はキャビアの乗ったビスケットをかじりながら、ページをめくっていく。

 そこにはドゼー公の動静が記載されていた。


「ドゼー公は、方々より武人をかき集めるようで……」


 執事が、いくぶんか心配そうな声を出す。

 死にぞこないの老いぼれドゼー公だが、まだタラーン公に抗う気骨があるらしい。


「ふうむ……帝都より離れれば離れるほど、私の恐ろしさを知らない田舎者が増えますからねぇ。とはいえ、そのような者に優勝候補がいるわけでもなく……」


 やはり帝都の人口の多さ、層の厚さは段違いだ。

 警戒はするものの、上位入賞者を操作できれば十分過ぎる利益が出る。

 一回戦、二回戦で消える選手など、記憶するだけ無駄なのだ。


 ハゲ鷹の執事が、少しだけ顔を寄せる。


「タラーン公様、一つだけ気になる情報が……」


「ほう……何でしょう?」


「フォルネルト伯爵家が剣術部門へ一人、選手を登録させたようです」


 フォルネルト伯爵家はシェリルが当主代行を務める家である。

 件の選手はレインのことであった。


「ふうむ……レイン、知らない名前ですねぇ。で、元冒険者……年齢は40歳!? ほっほっほ、いくらんでも全盛期をだいぶ過ぎていますでしょう! しかも初出場とは、苦し紛れもいいところです!」


 武術大会は一日に何戦も行う。若く十分な体力がなければ戦い続けるのも不可能だ。

 いわゆる老師といった武人が疲労で敗退するのを、タラーン公は何度も見てきた。


 さらに皇帝陛下の御前でもある武術大会は、独特の緊張感がある。

 多少の腕があるだけでは、空気に呑まれて実力を発揮できないのだ。


 ドゼー公も承知のはずだが、窮してついに数合わせを入れてきたか。

 タラーン公はほくそ笑んだ。


「しかしこいつ、元Sランク冒険者です……注意は必要かと」


「あなたは慎重ですねぇ……」


 タラーン公は、金粉をまぶしたパイにフォークを刺した。

 魔獣討伐の為の、冒険者制度。その中には卓越した武人もいるのは確かである。


 だが冒険者は表舞台に立てない者達のたまり場だ。

 腕と礼儀があるなら、普通は仕官の道を選ぶはず。


 故にタラーン公は、冒険者の腕前を警戒しない。

 おおむね噂話に尾ひれがついて、大げさに聞こえるだけなのだ。


 パイをあんぐりと大口を開けて頬張り、タラーン公は思案する。

 それでも、不安要素は出来るだけ消しておくに限る。


「腕がそこそこ立つのを、三人ほど送りこみなさい。頭を垂れるならよし、垂れないならば……」


 タラーン公は邪悪な笑みを漏らした。

 執事もタラーン公の意図を難なく読み取る。


「……承知しました、タラーン公」


「さてさて、くたばり損なってるドゼー公のカード……どんなものでしょうねぇ」


 ごっくんとパイを飲み込み、タラーン公は目を細めるのだった。

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