第六話 タラーン公は悪だくみする
悪の貴族、タラーン公の屋敷。
帝都でも皇族を除いて、最も豪勢な屋敷である。
夜中だというのに客人は続々と訪れる。
その全てが、権勢を極めつつあるタラーン公に群がる輩だった。
当のタラーン公本人はしかし、易々と悪だくみや謀略に乗りはしない。
他人のうまい話ほど危ないということを、タラーン公は知っていた。
高級ワインを傾けながら、でっぷりと太ったタラーン公が遅い夕食を取っている。
豊潤な香りを楽しみながら、タラーン公は傍らの書類に目を通していた。
「ほっほっほ、素晴らしい数字ですねぇ。武術大会の参加者の約半分に忠誠を誓わせるとは……実に、実にいいことですよぉ」
隣で手を揉む執事が、恐縮する。ハゲ頭で油断のならない目つきだ。
タラーン公は、執事をハゲ鷹と心の中では呼んでいた。
「いささか金貨、銀貨をまきましたが……大会まであと一カ月、もう少し比率は伸ばせるかと」
「それは構いませんとも、んふふふふ。どうせ元は取れますからねぇ……」
帝都武術大会は名誉ある戦いの場、通常は賞金さえもたかが知れている。
しかし、裏では悪徳貴族や商人による賭けがまかり通っていた。
もちろん非公式の賭けであり、露見すれば罰は免れない。
それでも100年を超える太平の世にあって、金持ちは刺激に飢えている。
大金が動き、時には貴族や商人の家の趨勢さえも変わるのだ。
タラーン公はさらに数年前から武術大会を派手に、大規模にするよう動いてきた。
その甲斐あって、150年記念の今大会は史上最大規模と言っていい。
タラーン公でさえ目が眩む金が飛び交うのは必定だった。
「属州提督もこんなに観戦しに来る……この調子だと例年の5倍、いえ10倍!」
「賭けが楽しみでございますな」
「胴元も掌握しましたし、選手も過半が手の者……どれだけ稼げるか、想像もつきませんねぇ」
あくどいタラーン公に、抜かりはない。
すでに賭けの流れは押さえてある。これにも多少の出費は要したが、リターンは確実だ。
むしろ投資と形容するのがふさわしい。
タラーン公はキャビアの乗ったビスケットをかじりながら、ページをめくっていく。
そこにはドゼー公の動静が記載されていた。
「ドゼー公は、方々より武人をかき集めるようで……」
執事が、いくぶんか心配そうな声を出す。
死にぞこないの老いぼれドゼー公だが、まだタラーン公に抗う気骨があるらしい。
「ふうむ……帝都より離れれば離れるほど、私の恐ろしさを知らない田舎者が増えますからねぇ。とはいえ、そのような者に優勝候補がいるわけでもなく……」
やはり帝都の人口の多さ、層の厚さは段違いだ。
警戒はするものの、上位入賞者を操作できれば十分過ぎる利益が出る。
一回戦、二回戦で消える選手など、記憶するだけ無駄なのだ。
ハゲ鷹の執事が、少しだけ顔を寄せる。
「タラーン公様、一つだけ気になる情報が……」
「ほう……何でしょう?」
「フォルネルト伯爵家が剣術部門へ一人、選手を登録させたようです」
フォルネルト伯爵家はシェリルが当主代行を務める家である。
件の選手はレインのことであった。
「ふうむ……レイン、知らない名前ですねぇ。で、元冒険者……年齢は40歳!? ほっほっほ、いくらんでも全盛期をだいぶ過ぎていますでしょう! しかも初出場とは、苦し紛れもいいところです!」
武術大会は一日に何戦も行う。若く十分な体力がなければ戦い続けるのも不可能だ。
いわゆる老師といった武人が疲労で敗退するのを、タラーン公は何度も見てきた。
さらに皇帝陛下の御前でもある武術大会は、独特の緊張感がある。
多少の腕があるだけでは、空気に呑まれて実力を発揮できないのだ。
ドゼー公も承知のはずだが、窮してついに数合わせを入れてきたか。
タラーン公はほくそ笑んだ。
「しかしこいつ、元Sランク冒険者です……注意は必要かと」
「あなたは慎重ですねぇ……」
タラーン公は、金粉をまぶしたパイにフォークを刺した。
魔獣討伐の為の、冒険者制度。その中には卓越した武人もいるのは確かである。
だが冒険者は表舞台に立てない者達のたまり場だ。
腕と礼儀があるなら、普通は仕官の道を選ぶはず。
故にタラーン公は、冒険者の腕前を警戒しない。
おおむね噂話に尾ひれがついて、大げさに聞こえるだけなのだ。
パイをあんぐりと大口を開けて頬張り、タラーン公は思案する。
それでも、不安要素は出来るだけ消しておくに限る。
「腕がそこそこ立つのを、三人ほど送りこみなさい。頭を垂れるならよし、垂れないならば……」
タラーン公は邪悪な笑みを漏らした。
執事もタラーン公の意図を難なく読み取る。
「……承知しました、タラーン公」
「さてさて、くたばり損なってるドゼー公のカード……どんなものでしょうねぇ」
ごっくんとパイを飲み込み、タラーン公は目を細めるのだった。
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