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剣聖の初恋は終わらない  作者: りょうと かえ
第一章 レインとシェリル
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第三話 シェリルと歩いて食べる

 住宅街はまだ朝の内だが、道端を掃除する人や宅配人がちらほらといる。

 茂る樹木や整えられた花壇も多く、青や赤が色鮮やかに道を彩る。


 久しぶりにシェリルと二人きりで行動するのだ。レインは頭ひとつ小さいシェリルと並んで歩いていた。心地よい微風が、レインの顔を撫でている。

 ここら辺りでは誰もが顔見知りで気軽に挨拶を交わす仲だ。


「おやおや、レインさん……可愛らしいお嬢さんを連れてますね」


 ほうきを持った物知りばあさんであるミラダがレインたちへと声を掛ける。

 縁の大きい眼鏡からミラダは、微笑ましそうに二人を眺めていた。


「ニアの友達ですか、あの子も大きくなりましたねぇ……」


 しみじみとミラダが言う。どうやら、娘の友人を送っていくところだと思われていた。

 そうだよな、そうとしか見れないだろう外見の歳の差だ。


「ああ、ニアは本当によく育ってくれたよ……。ミラダばあさんのおかげさ」


「あれあれ、嬉しいことを言ってくれるじゃないの、レインさん……」


「ニアによく読み聞かせをしてくれたり、本を貸してくれたりしたじゃないか。それと今度また山に行くんだ。たっぷり土産を持ってくるぜ」


「そりゃ嬉しいねぇ、その時はご近所さんを集めてパーティしましょ」


 嬉しそうにミラダばあさんは掃除へと戻っていく。

 シェリルは会話の様子を、興味深そうに見つめていた。


「ちゃんとレインも馴染んでいるようだな」


「そりゃ、ここにいる皆は気のいい奴ばかりだからな。俺も越してきた当初は、余裕がなかったからさ……周りには本当に色々助けられたよ」


「いいことだ、君は少し背負い過ぎるからな」


 皆で綺麗に使っている住宅街の道を歩き続け、レインはご近所さんに挨拶をしていく。

 しばらく朝の気持ちよさに慣れていると、レインは一つ気が付いた。


 詮索されたり不審そうな目で見られることは全くないが、行き交う人は皆、シェリルの可愛らしさや綺麗さを褒めていた。


「きれいなお姉さん、おはよう!」


「まぁ、どこかのお嬢様かしら? ご機嫌よう」


 そんな感じなのだ。レインもシェリルを綺麗だと思ってはいるが、隣で聞かされるとなんとなく気恥ずかしくなってくる。

 レインにとって、シェリルは今は恋人とかそういう関係ではないのだが。


 ちょっと切り替えようとレインは、少し気になったことを聞いてみた。


「一人で来て、本当に大丈夫だったのかい?」


「ふむ……帝都の昼間からちょっかいをかけるほど、向こうも馬鹿じゃない。あまり大人数だと逆に目立つしな。それに引退したとはいえ、早々後れは取らないさ」


「まぁ、そりゃそうだが……」


 かつてSランクパーティー《流星の担い手》で、白刃戦を請け負っていたのはレインだ。


 シェリルは対照的に、何でも一通りできる万能型の天才だった。

 槍でも弓でも剣でも達人の域にあったし、何よりも貴族階級出身で学があった。

 読み書き、礼儀作法、算術、鑑定術と最年少ながら幅広くパーティーに貢献していた。


 レインが惹かれたのは、シェリルのからっとした性格とその知性だ。

 剣を振り回して少年時代を終えた自分に、色々な実社会のことを教えてくれた。


 今も状況はシェリルの方がわかっているのだろうが、どうしても心配だった。

 伯爵代行としてシェリルが行動するならレインとは気軽には会えなくなるが、身の安全を図るのが第一だ。


 余程不安そうな顔をしていたのか、シェリルが真顔になる。


「……レインの懸念も当然だ。次からは、十分に気をつける」


 話している間に住宅街を通り抜け、帝都大通りの一つ牡牛通りへと二人は到着した。

 まばらな人だった住宅街から、一気に人混みでごった返すようになる。


 今はしかも初夏で、あらゆる恵みが花開く季節だ。荷物も行き交い、朝から屋台や出店も営業している。帝国が大陸を統一して100年以上が経ち、平和は続いていた。


 シェリルが白銀の懐中時計を取り出し、時間を確認する。

 レインの家から牡牛通りまで、約1時間ほどだった。


「待ち合い馬車の時刻まで、少しあるな」


「じゃ、じゃあ朝食はどうだ?」


 あ、とレインは思った。

 さっき自分はニアの朝食をもりもり食べて、皿を台所に片したじゃないか。

 シェリルもその様子をばっちり見ている。勢い余って、間抜けなことを口走ってしまった。


 だがシェリルは特に突っこむこともなく、通りの中から屋台の一つを指差した。

 それは、最近話題の揚げた生地が美味しいシュークリームの屋台だ。


 ご近所でも、よく買っている人がいる。ニアも大好物だった。

 ぱりっとした生地の味わいに、卵黄のクリームがとろっとアクセントになっている。


「話には聞くが、まだ私は食べたことがない。私もシュークリームが食べてみたい……」


「意外だな……甘いもの好きなのに。俺は構わねぇぜ」


「……あれなら、食後のデザートとしても胃に入るだろう」


 うう……仕方ないじゃないか、とレインは心中で呟いた。

 好きな人と暇をつぶすのに、レインが知る最適なのは食事に誘うことなのだから。


 シュークリームの代金はシェリルが払い、二人で通りに面した簡素な木の椅子に腰かけた。なんだか、かつの冒険者時代のようだ。


 シュークリームの代金も最初、二人分払うと言ったのはレインだが、それはシェリルに華麗に却下されていた。


「私が呼び出して、指差したんだからな。ここは当然私が払う。そんな顔するな、レイン……次の機会には、ちゃんとご馳走になるよ」


 一年振りだったシェリルとの散歩、次もあるのか!?

 にわかにテンションが上がってしまう。


 二人してシュークリームを食べているが、レインにはクリームの甘さもひとおしだった。

 勢い、食べる手が早くなる。レインはふと、ほくほく顔のシェリルの横顔に見惚れていた。


 こんなに屈託のないシェリル、いつ振りだろうか?

 少なくてもここ数年会った時はもっと張りつめていた気がする。


 食べ終わった頃、混みあう通りの向こうから黒塗りの馬車が近づいてきた。

 人波をかき分け、のっそりと進んでくる。武術大会の事務局近くまで行く待ち合い馬車だ。


「よし、あれだ……行こう」


 二人して立ち上がり、看板が垂れ下がる乗降場所まで歩いていく。

 レインは、ぼんやりと出る前のニアの意味深な笑みのことを考えていた。


 多分、ニアはシェリルと独自の接点を持っていたのだ。直接聞ける勇気は、レインにはなかったが。

 ニアは現役のAランク冒険者、不思議な話じゃなかった。


 いきなり大地に現れるダンジョンと、そこに巣食う魔獣を討伐するのが冒険者だ。

 Aランクなら、帝国でもまず冒険者全体の上位1パーセントに入るだろう。

 実力主義は大昔から変わらないものの、免許制になったりと近年では色々締め付けが厳しいらしい。


 自分と違って如才ないニアはその辺りもうまくやっているのだろう、とレインは思った。

 もちろん、冒険者であることはニアの自由だ。何の文句もない。

 それどころか、夢のような時間だった。


 レインの思い違いでなければ、かつてシェリルとは両思いだったはずなのだ。

 それぞれの道に進むためパーティーが解散し、顔を合わせる機会すら減ってしまった。


 用事のついでとはいえ、二人きりなんて思いもよらないことなのだ。

 この様子ならシェリルも、憎からず思ってくれてるのでは……。


 埋められた火を抱えているのは、自分だけじゃないかも知れない。

 もう一度、燃え上がりたい。レインは素直にそう思ってしまう。


(帰ったら……たくさん褒めてやらなきゃな)


 ニアへのお土産は何がいいかと考えながら、レインは馬車へと乗るのであった。

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