第一話 娘は父を応援する
新作です、純愛物語を書いてみました。
よろしくお願いします!
帝都ウィザースは、のどかな朝を迎えていた。
春が終わってもまだ暑さにはほど遠く、爽やかな風が吹き抜けている。
石が敷き詰められ整備された道は、どこも欠けた所がなく綺麗に舗装されていた。
大通りを離れた住宅街を、一人の女性が歩いている。
肩までのなびく銀髪に、深い海色の瞳が印象的な美女だ。年齢は20歳くらいだろうか。
落ち着いた紺色の服を着て、バッグも上等の革物だった。
薄手の服から伸びる腕は白く、肢体もすらっとして胸も大きい。
歩いている女性、シェリル・フォルネルトは住宅地を見回し、記憶をたぐりながら目的地へと向かっていた。
シェリルは人目を引く凛とした顔立ちだが、もう一つ彼女には常人にはない特徴がある。
犬狼族の血をわずかに引いている彼女は、ふさふさの銀色の尾があるのだ。
さらに外見上歳を取らないのもあるが、それ以外は普通の人間と同じであった。
とことこと歩くシェリルは、分かれ道で少し立ち止まった。
じーっと家々を見ても、足は前へ進んでいかない。
シェリルは、腕を組んで首を傾げた。
「ふむ、周りの景色が前と違っている。……迷った」
シェリルはぽつりと潔く認めた。誰かに道を聞くしかない。
さて他に道行く人はいないものかとシェリルは思ったが、運良く日傘を差して散歩する小柄な老人が通りがかった。
黄色の太陽が描かれた、ど派手な服を着ている。
「おんや、この辺では見ない顔ですじゃ……どこぞに用ですかのう」
「ちょうど良かった、レイン・ルネストという人の家に行きたいのだが……」
「おお、あの剣士さんか。それなら分かれ道を右にいった左手側じゃな」
ちょいちょいと老人が、手で指し示してくれる。
「ありがとうございます……!」
「なんの、レインはこの界隈で知らぬ人はおらぬ有名人じゃ」
ぺこりと頭を下げ、シェリルは再び歩き出す。
嬉しそうに尾を揺らすシェリルを、老人は手を振りながら見送るのだった。
◇
一方、そのレインの家では気持ちいい初夏の日差しが、リビングを照らしていた。
窓の外からは平和を楽しむスズメの歌が聞こえてくる。
帝都の住宅地の小さな家に、ふんふんと上機嫌に料理する少女がいた。
魔石でコンロに火を起こし、鍋を煮込んでいる。
肩までの赤髪に、抜群のスタイルだ。垂れ目で物静かそうな顔が可愛らしい。
その様子を一人のおっさんがぼうっとテーブルに肘をつき、眺めている。
短く狩った黒髪に、がっしりと筋骨たくましい男性だ。
料理を作っていた赤髪の少女ニアが、皿によそったシチューをテーブルに乗せていく。
「……出来た、お父さん……」
わずかな高揚をにじませて、ニアはサイドデッシュも置いていく。
ちょっとしたサラダとブドウジュースも添えられ、朝食としてはボリューム満点だった。
「あ、ああ……」
お父さんと呼ばれたのは、今年40歳になるレインだ。二人に血の繋がりはない。
しかしこの13年間、親子として一緒に暮らしている。その絆が、レインに本能的な知らせを告げていた。
(やっぱりおかしい……。朝食なのにテンション高すぎないか?)
この数日間レインから見て、ニアはいささか情緒不安定ぎみだった。
物思いにふけるかと思いきや、今みたいに機嫌がうなぎ登りになるのだ。
いままでニアがそんな風になったことは、一度もない。
(何かあるのか……)
レインは、真っ白なシチューに吸い込まれそうになっていた。
スプーンで意味もなく、ぐるぐるとかき回したりもしている。
かつては冒険者としてSランクパーティー《流星の担い手》の一員でもあり、さらには剣聖でもあるレインは、実に落ち着かない気持ちになっていた。
レインが顔を上げると、ほくほく顔のニアがシチューを黙々と食べている。
「どう……? おいしい……かな」
娘のニアは15歳、次期剣聖としてもう十分な技量を備えている。
口数こそ少ないものの、芯も身体も強い娘に育っていた。
「……とってもうまいぜ」
朝食は確かに美味しかったが正直な所、それどころではなかった。
勘違いかも知れないが、考えても考えても恋愛関係しか思い浮かばない。
(気分のむら、年頃……やはり、男関係か……)
レインは確信を深めつつあったが、同時に微妙な心持ちでもあった。
自身を振り返って、レインもとても偉そうなことは言えないのだ。
とはいえ、ニアもすでに15歳だ。もう結婚も出来る。
好きな男がいても、何もおかしくはなかった。
Aランク冒険者であるニアは剣術も一流の域にあり、稼ぎも良い。
ここ最近はよほどのことがない限り、魔獣討伐でも別行動を取るようにしている。
冒険者として独り立ちさせてから、ニアはますます魅力的になっていた。
立ち振舞いも大人びて、レインにはない世渡りの上手さーー字の上手さや他言語の習得も身に付いている。
そうだ、冒険者稼業は順調のはずだ。
それにレインは長年の勘で、恋とか愛とかに悩む乙女の気配を察知していた。
「なぁ、ニア……ちょっといいか」
ニアは親友から預かった大事な娘である。
シチューをあらかた食べ終わったところで、レインは意を決した。
「ん~……?」
もぐもぐとサラダを口に含むニアは、小首を傾げた。
「気になる男でも出来たのか? 良ければ相談に乗るぞ」
「ぶはっ!?」
ニアは盛大に吹き出したが、すぐに気を取り直した。
「お父さん……私にそういう人は、まだいないから……!」
「そ、そうか?」
せっかく意気込んだが外れたらしい。40年生きてきて、ちょっと情けない。
他にありそうなのは、友人関係か。
ニアの親友で冒険者仲間でもあるアーシュは、かなりの変人だ。
とはいえ、そう喧嘩する仲でもなかった気はする。
見るとニアは、少しもじもじしながらレインの様子を伺っているようだ。
どうやら相談事はあったらしい。きりっとレインは、背筋を伸ばす。
こういう時こそ、しっかりした父親でなければならない。
「お父さん、ちょっと……言いづらいんだけど……」
「俺たちは親子だ、なんでも言ってくれ」
じゃあ、とニアは珍しくテーブルから上半身をぐぐっとせりだした。
目付きが心なしか、鋭くなっている。
「……シェリルさんに告白したり、しないの?」
シェリルはかつて同じ《流星の担い手》の仲間だった女性だ。
解散して15年が経つが、今でも時折レインはシェリルと会っている。
「ぐはっ!?」
レインは盛大に吹き出してしまったが、なんとか会話を続けることができた。
ニアもシェリルとは面識がある。しかし、その程度の接点しかないはずだった。
「ど、どうしてそんな風に……思うんだ」
んー、とニアは椅子に座り直して、スプーンでシチューをかき混ぜる。
回る野菜を見ながら、ニアは答えた。
「だって、シェリルさん絡みのことになると……お父さん、嬉しそう。私以外に誕生日プレゼント送ってる。棚の奥にシェリルさんからの手紙が隠してあった。この家も――」
「分かった、俺が悪かった!!」
レインは両手を挙げて全面降伏した。
なにせ、ニアの言うことはまるっと当たっていたのだ。
シェリルにまだ気があるのも、娘にはお見通しだったらしい。
「……私も冒険者としては独り立ちしたし……。もう気を遣わなくてもいいのに、と思って」
座り直したニアが、腕組みして頷く。
ニアがそんなことを思っていたとは、レインは想像もしなかった。
(なんつー出来た、というか出来過ぎな娘だ……)
すでにたじたじ、父親の威厳はちょっと怪しかった。
「で、今日……シェリルさんがお父さんに話があるって」
「うん?」
間抜けな声をレインは思わず出してしまう。
今日、シェリルが来るとはレインは全然知らなかった。
対するニアは、にまっと無邪気に微笑んでいる。
「もうそろそろ、来るはず……だよ」
ちょうどその時、玄関の呼び鈴が軽やかに鳴った。
どきり、とレインの心臓が跳ねる。
ニアが立ち上がり、ぱたぱたと玄関へと向かっていく。
「朝早くにすまないな、邪魔するよ。ニア、レイン……元気だったか?」
レインがゆっくり振り向くとシェリルがニアを撫でながら、玄関口にいるのであった。
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