第8話「にぎやかな新居とにぎやかな日々」
俺たち三人はリビングのテーブルを挟んで座っている。
とりあえずミネルヴァを名乗る金髪幼女の話を聞くことにした。
まだ目の前の幼女が戦女神だとは信じられない気持ちも少しある。
女神様ってこんなに身近なの?といった感じだ。
「それでミネルヴァ様はどうしてここに?」
果実のジュースを美味しそうに飲んでるミネルヴァに問いかける。
「マルスが家を手に入れたみたいだから、遊びにきたのじゃ」
ミネルヴァは無邪気な笑顔で、見た目の歳相応の返事をしてくる。
さすが女神様、耳がお早いようで。
モカには、目の前の幼女はどうやら戦女神らしいということを伝えた。
「そうなんだ~。わたしは歓迎だよ。ミネルヴァちゃん、お泊りしていってもいいんだよ」
モカは可愛いものに目がないらしい。
可愛らしい見た目のミネルヴァにデレデレだ。
女神様相手にもひるまないところを見ると、モカの世界は神様が身近なのかもしれないと思った。
「モカだったな。その言葉に甘えてたっぷりくつろがせてもらうのじゃ~」
ミネルヴァがモカにこたえる。
ミネルヴァには感謝してるし、思う存分くつろいでほしい。
「うん。思ったんだけどさ、『ミネルヴァ』って長いから何か愛称つけない?」
モカがミネルヴァに提案する。
それは俺も賛成だ。
「うむ。マルスよ、何か良い呼び名を考えるのじゃ」
ミネルヴァが俺に話をふってくる。
うむ、こっちに役目が回ってきたのじゃ……。
突然の指名に、心の中でのじゃってしまうのはしょうがない。
女神様の別名を考えるなんて、責任重大なのではなかろうか。
まあ見た目幼女だし、あまり気にしない方針でいこう。
「そうだなあ……。ミネルヴァだから……、『ルヴァ』っていうのはどう?」
俺が提案した瞬間に、モカとミネルヴァが変な顔になった。
モカがたまにする何とも言えないあの表情だ。
その表情流行ってるの?
二人とも可愛い顔が台無しだよ。
「マルス……、もっと可愛い呼び名にしようよ」
モカにとっては可愛さが足りなかったらしい。
「じゃあ、モカはどんな愛称がいいんだ?」
「うーん、そうだね……。『ミニー』だと夢の国に怒られそうだから……」
モカはブツブツとつぶやきながら愛称を考えている。
つぶやきの中に、「夢の国のあの子の本名もたしかミネルヴァだったよね……」というのがあったけど、俺には何の事だか分からない。
モカはポンと手をうち、
「『ミーネ』っていうのはどうかな?」
ミネルヴァに向かって問いかける。
モカの言葉にミネルヴァは、パアッと表情を明るくする。
「うむうむ、良いぞモカ! 今から妾のことはミーネと呼んでくれ」
ミネルヴァは上機嫌でこたえる。
女神様のお気にめしたようだ。
「うん。ミーネちゃん、あらためてよろしくね」
「ミーネ、よろしくな」
女神様も幼女の姿だと、緊張しないで接することができて、こちらとしてもありがたい。
その後、食材などの簡単な買い出しをしてから、新居でまったりくつろぐことにした。
宿屋に比べて、貸家はいいね。
ゆったりした空間は、心にもゆとりを持たせてくれるようだ。
◇
あっという間に、深夜の召喚タイムがやってきた。
今日はミーネも加わって、三人でワクワクしている。
「召喚を間近で見ると、ドキドキするのじゃ」
召喚はミーネもドキドキするものらしい。
ミーネは、モカが居た世界のことについて詳しいのかな。
「じゃあいくよ……。――――地球より愛をこめて」
ピカッと一瞬輝いた後、光がモカの手に収束する。
「おおっ! モカよ、今日は何が来たのじゃ?」
ミーネが両手で握りこぶしをつくり、はしゃいでいる。
まるでおもちゃを心待ちにしている子供のようだ。
「えーと……。ムニュムニュしてるこれは……? なんだろう? けっこうズッシリしてる」
モカが両手で持ってるものは、モフモフした毛皮?
銀色のモフモフが、モカの手の上に乗っている。
見た瞬間は、毛皮でできた何かかと思った。
けど、すぐにそれが動き出した。
生き物?
「ね、猫……?」
「ニャー!」
モカのつぶやきに答えるように、その生き物が鳴いた。
「おお、可愛いのう。これは地球産の生き物なのか? 触りたいのじゃ」
この世界にはいない生き物にミーネのテンションも上がっている。
それにしても……、モカの召喚って生き物も召喚されるの?
「あっ! この猫、わたしが助けようとした猫かもっ!」
モカが何かに気づいたように大声を出す。
そう言えば、この世界にくるきっかけが猫を助けようとしたからだと言ってたな。
たしか、ベヒーモスの突進から助けようとしたんだっけ。
「ニャー」
その生き物は、モカに懐くように頭をグリグリとモカの足にこすりつける。
「くすぐったいってよぉ。ほらほらよしよし」
モカがその生き物のあごあたりを、くすぐっている。
くすぐられてる方も、気持ち良さそうに目を細めている。
どちらも嬉しそうで、見ているだけでほっこりする光景だ。
さて、銀色の毛がモフモフのこの生き物も地球産には違いない。
「ちょっと失礼……」
俺はその生き物の背にそっと触れてみる。
触ると同時に情報が頭に流れ込んできた。
「呼び名は猫で、潜在力を引き出すと……」
潜在力を引き出すと、そうなるんだ……。
生き物も、地球産はやっぱりすごいな。
潜在力を引き出しても、何かを壊すことも迷惑になることもなさそうだ。
というわけで早速、潜在力を引き出すために、猫の背をなでて集中する。
「ニャン!?」
猫が驚いたような鳴き声をあげる。
次の瞬間、猫がその場から消えて、代わりに猫の耳をつけた少女がそこに現れた。
猫耳少女は顔をモカの方に向けているため、俺からは少女の背中とモフモフした銀色の尻尾が見えるだけだ。
どうやら、潜在力を引き出すことに成功したようだ。
「えっ? あれっ? 猫が女の子になっちゃった!?」
モカが慌てている。
どこか地球と違うのだろうか。
俺は力を引き出してるだけで、今回の場合も猫が持ってた力を使っただけだよ。
「おおっ!? 地球産の生き物は人型になれるのか。なかなかやるのう」
ミーネは猫を見て感心したようすだ。
猫耳少女は首をかしげながら、モカにつげた。
「ご主人様……? よろしくにゃ」
どうやら猫にとってモカが主人のようだ。
助けられたからか、召喚されたからなのか、もしかしたらその両方かもしれない。
「よ、よろしく? って、まずは服! 服を着て~!」
モカがワタワタしながら叫んでいる。
ここは一軒家だから、近所迷惑の心配があまりない。
これが一城の主の気分か、と心にゆとりを持って見ていられる。
まあ、賃貸だけどね……。
ミーネの訪問、猫耳少女の召喚と、なんだか一気ににぎやかになった気がする我が家だった。
ここ数日、本当にいろんなことがあった。
俺を取り巻く環境も大きく変わった。
数日前には想像もできなかった状況になっている。
目の前のにぎやかな光景を見ていると、いろんな気持ちが俺の中に湧いてくる。
言葉にするのがちょっと難しいこの気持ち。
もしかしたら、これが幸せっていう気持ちなのかもしれない。
あの時、声をかけてくれた戦女神のミーネには大きなきっかけをもらった。
俺の前に現れてくれたモカには、自信をもらった。
諦める寸前だった俺にとって、言葉では言い表せないほどの価値あるものだった。
今もこうして温かい気持ちにしてくれる。
二人には感謝してもしきれない。
明日からまた楽しそうだなと、俺は目の前の光景を眺めていた。
その時、モカから声がかかった。
「ちょっとマルス! この子が裸だからってエッチな目で見てないで、何か服をもってきて!」
「エッチな目でなんか見てない! 言いがかりだ!」
俺は一応の反論だけして、服を探しに部屋を出ていったのだった――。
お読みいただきありがとうございます。
ここで一応の第一章の終わりとさせていただきます。
いかがでしたでしょうか。
ご感想や、ページ下方の評価は作者の励みになっております。
すぐに第二章に入りますので、今後ともよろしくお願いします。
(それにしても、あのキャラクターの本名がミネルヴァだったとは……)