第6話「F1に乗ってそろ~りと」
「もう……、マルスは言葉足らずなところがあるよ。はい、制服」
モカが着ていた服を渡してくれる。
モカは代わりに冒険者用の布の服を着ている。
言葉足らずか……。
難しいな……、簡潔すぎると言葉が足らず、言葉が多すぎればうっとうしいだろう。
訓練が必要だな。
「ありがとう」
俺は服を受け取る。
上下に別れていて、ブレザーとスカートというらしい。
「でも……、本気でこの制服をマルスが着るの……?」
俺の正気を疑うような表情だ。
勢い脱いでしまったけど……、といった様子だ。
「もちろん本気だ。俺がこの防具をつけるのはおかしいのか?」
「わたしのいた国で、男がそれを着てたら警官……衛兵が飛んでくるよ」
「なるほど、強力な武器は国の管理下におかれることも珍しいことではないからな。男限定なのはよく分からないが」
「そういう意味じゃないのに……」
モカは、もはや何かをあきらめた顔だ。
試験が終わったらちゃんと返すのにな……。
◇
昇格試験は冒険者ギルドの敷地内にある訓練場で行われる。
俺が試験を受ける番が回ってくる。
今回の試験官は誰だろうな?
Cランクへの昇格試験の試験官は、Bランク冒険者が行うことが多い。
引退したAランク冒険者の時もあるらしいけど。
俺は訓練場の中に足を踏み入れた。
モカには少し離れた場所で見ていてもらう。
その時、声をかけられた。
「何だ、万年Dじゃないか? 試験受けるの何回目だよ?」
聞いたことのある声だった。
振り向くとそこにいたのはランスだった。
モカといるときに声をかけられたイケメンBランク冒険者だ。
何でここに? Bランク……。
もしかして……。
「ランスが試験官か?」
「そういうことだ。てかよく見るとその服、この前あの女の子が着てた服じゃね? お前が着るとなんか気持ち悪いな」
大きなお世話だ。
モカも俺が着たのを見た時、笑いをこらえてたな。
下半身がスース―するけど、動きやすくて良い服なのにな。
「そんなことより、試験を早く始めてくれ」
「いいのか? あの子にかっこ悪いところを見せることになるぞ」
ランスがモカを指差して、嫌味な笑いをうかべる。
こいつは人をいらつかせる言葉が、よくここまでスラスラ出てくるな。
「いいよ、さっさと始めよう」
◇
俺とランスが距離をおいて向き合う。
二人とも木製の片手剣を構えている。
相手に大ケガをさせなければ、武器も魔法も何を使っても良いことになってる。
ランスはBランク冒険者だけあって、剣の扱いに関しては俺よりはるかに上だ。
だが、今回は剣の勝負にならないはずだ。
「いつでもかかってこいよ」
ランスが剣を肩にポンポンと当てて挑発してくる。
さて、ここがちょっと難しいところだ。
難しいのは加減だけどね。
地球産のアイテムを使うようになって気づいたことがある。
アイテムの威力だけど、俺の熟練度によって、幅がかなりある。
これから俺が成長すれば、“トランプ”の威力も上がっていくだろう。
現状の熟練度での全力を使うのはそう難しくない。
3割とか5割とかその辺の加減が難しいんだ。
5割のつもりが8割の威力でトランプを使ってしまったら、大けがを負わせてしまうだろう。
集中が途切れて潜在力を引き出せないと、8割のつもりが2割の威力ということもある。
モカに地球の武器は手加減が難しいということを話したら、「F1に乗ってゆっくり走るのが難しいようなものだね」と言っていた。
全く意味が分からなかった。
手加減という意味で、トランプやノートは却下だった。
その点、この制服は加減するのに向いてるはずだ。
制服の潜在力を引き出すことに集中する。
「聖服開放……」
制服が淡い光を帯びる。
スカートがパタパタとはためく。
視界の端でモカが笑いをこらえてる気がするけど、きっと気のせいだろう。
「なっ、なんだそれは!?」
ランスが戸惑っている。
この状態は、いくつもの補助魔法がかかった状態に近い。
筋力などが数段上がっている状態だ。
ついでに制服自体の防御力もかなり高くなっている。
木製の剣では、ほつれ一つ生じないだろう。
試験は少し離れたところで見ているもう一人の試験官に強さを認めてもらえば合格だ。
勝てばもちろん、勝てなくても善戦できれば合格だ。
要はCランクとしての強さがあると証明できればいいのだ。
時間をかけてもしょうがない。
すぐに終わらせよう。
とりあえず大ケガしそうな場所への攻撃はひかえよう。
というわけで、
「ふっ!」
一呼吸の間に相手との距離を詰めて、足払いだ。
これなら大ケガしないだろうし、転んだところを組み伏せれば勝ちだ。
スパッと足払いを繰り出す。
「のあっ!?」
足払いが当たった直後、ランスが車輪のように回った。
あれっ?
空中でクルクルと三回転ほどして、顔から地面に突っ込んだ。
突っ込みなさりました……。
ランスはピクリとも動かない。
「あれ……」
やりすぎたかも……。
オカシイナー……。
おそるおそる、もう一人の試験官の方を見る。
その試験官は慌ててこっちに来るところだった。
◇
「昇格できて良かったね。おめでとう」
宿屋の部屋で、笑顔のモカにつげられる。
結局あの後、ランスは気絶から目覚めて、大ケガとまでは言えないという判断になった。
かなりギリギリだったと思う。
ランスは地面に突っ込む時に、自身の持っていた木剣に顔をぶつけて、前歯2本を折ってしまったのだ。
歯が無くなって、だいぶ間抜けな顔になってたけど、元がイケメンだからあれくらいは大丈夫……だと思う。
うん、歯抜けでもまだ差し引きプラスだろう。
「ありがとう。モカのおかげでCランクになれたよ。もう万年Dじゃないな」
あれだけ昇格できなかったのに、あっさり行き過ぎて不思議な気分だ。
もちろん、悪くない気分だ。
俺たちはそのまま深夜まで談笑し続けた。
「さて、今夜の召喚タイムだ」
「何その呼び方」
俺の言葉にモカが笑う。
深夜だからか、声を抑えて笑う様子がとても可愛らしい。
最近この時間がとても楽しい。
数日前には考えてもいなかったことだ。
「さあ、モカ。頼むよ」
「うん。――地球より愛をこめて」
いつもと同じく、光がモカの手元に収束する。
モカの手の上に、こん棒のようなものが現れた。
素材は金属か?
「こっちの世界の武器に近い見た目だな」
モカに、これは何?と視線を向ける。
「金属バットだね。これは武器……じゃなかった」
ん? モカが一瞬、武器って言いそうになったような。
俺はバットとやらに触れてみる。
情報が頭に流れ込んでくる。
「これはたまに打撃を与えるものなんだね?」
俺はモカにつげる、
やっぱり武器じゃんか。
ふーん、これはそういう使いかたをするものなんだ……。
「あれ? こっちの世界でもその使い方なの? そうなんだ……」
モカが肩すかしにあったような表情をしている。
何でちょっと不満そうなのさ。
「ちぇっ」とか言いそうな雰囲気だ。
これを使えばあれができるな……。
俺は明日が楽しみになったのだった。