第15話「二つ名はカッコ良く……」
俺はワイバーンの方へ歩みを進める。
周囲には、叫び声を上げながら逃げ惑う人々が目に映る。
戸をかたく閉めて、家にこもってる人たちもいる。
一般の市民にとっては、Aランクの魔物は災害と同義だ。
騎士団や冒険者に任せて、撃退を祈ることしかできないものだ。
「さて……」
俺は声を出すことで、落ち着いていることを確認する。
相手は空の魔物だ。
下からの攻撃では、いまいち効果が薄いと思う。
戦いにおいて、上方を抑えられるというのはそれだけで不利だからな。
そこで、地球産アイテムを使って、俺も空中に身を置こうと思う。
ちょっと心配なのが、まだ未使用でぶっつけ本番だということだろうか。
使いかたは分かっているけど、上手く力を引き出せるかどうかは別問題だ。
地球では時を刻むアイテムの腕時計。
時と空には密接な関係がある。
今では、おとぎ話くらいでしか聞くことのない時空魔法。
この地球産アイテムはその魔法の一部を再現することができる。
「飛翔! うでどけい!!」
おとぎ話の英雄が空を飛ぶ姿をイメージする。
かっこよく、スタイリッシュに空を駆ける姿を。
腕時計の潜在力を引き出す。
一瞬の後、俺の体は空に引っ張られていく。
なぜか、腕時計に吊られるように……。
「――痛っ!? 痛い、痛いってば!?」
ち、ちょっと!?
俺の叫びもむなしく、腕時計は俺の左手を引っ張るように、空中をワイバーンの方に向かっていく。
待て! ちょっと待て腕時計!
普通、空を飛ぶって、もっとこうカッコ良く、鳥のようにスマートにだろ!
空中に身を置いてはいるものの、飛んでいるとは言いがたい状況だ。
腕時計に吊り下げられるように、俺はぷらーんと吊られている。
こういう時って、体全体が浮くもんだろ。
もしかして、上手く使いこなせていないのか……?
この体勢では戦えないぞ……。
ジタバタしてみるけど……、改善せず。
釣り上げられる魚の気分が少し分かった瞬間だ。
そんな体勢のままワイバーンに向かって空を進んで行く。
腕時計が言うこと聞いてくれないんだけど……。
たしかに力を引き出す時、「ワイバーンに向かって飛んでいけ!」って念じたけどさ。
そんな哀れな俺を、地上にいる人々が発見したようで、何やら叫んでいる。
空中って言っても、屋根より少し高いくらいだしね。
「あれは冒険者か!? ワイバーンに向かっていくぞ!」
「空を飛ぶ魔法なんて初めてみたわ! けど、なんで変な格好してるの?」
「何か吊られてる格好に見えるな!」
「きっとあれが戦う姿なのよ!」
「単身ワイバーンに向かうなんて只者じゃねえもんな!」
逃げていた人々も、俺を見て口々に「変な格好だ!」と言う。
さらに一人が言った言葉が決定的だった。
「吊られた……、吊られた男」
「おお! 吊られた男だ!」
「ワイバーンに立ち向かう冒険者、吊られた男だな」
人々は、今まで逃げ惑っていた恐怖を吹き飛ばそうと、声を張り上げる。
「「「吊られた男! ハングドマン!!」」」
なぜか、始まった吊られた男のコール……。
なんか変な二つ名がつく嫌な予感がしてきた。
処刑される人みたいで、嫌なんだけど……。
ちなみに今も腕時計が巻いてある所が痛い。
絶対赤く痕になってるよ。
そんなことを思ってるうちに、ワイバーンのかなり近くまで連れて来られた。
5体のワイバーンが一斉にこちらを向いた。
威圧感たっぷりの視線を向けられる。
「でかいな……」
近くで見ると、その威圧感もあいまってかなり大きく見える。
「グゥアルゥゥ……?」
1体のワイバーンが怪訝そうにうなり声を上げた。
…………。
もしかして俺が変な格好してるから、何かの罠だと思ってるとか……?
たしかに今の俺の姿は、空を駆ける英雄というより、吊り下げられた餌だ。
大丈夫だ、俺にもその自覚はある。
そして、実はチャンスではないのか。
相手が油断してる間に攻撃してしまおう。
5体1だし、卑怯も何もないだろう。
俺は左肩にかけているスポーツバッグに右手を突っこむ。
左手は吊られてるため動かせない。
片手で戦わないといけないのだ。
えーと、ボールペンはどこかな……。
ボールペンは力を引き出すと、そのペン先に向かって飛んで行くらしい。
らしいというのは、威力が凄まじいのが分かっているから、街中で試せていないのだ。
下の方からは、人々の声援が続いている。
声援の一部の“呼び名”は、声援とは違うかもしれないけど。
ワイバーンと戦おうとしてる冒険者を、とりあえず応援しておけといった感じかもしれない。
この街の人たちの、そういうたくましいところは結構好きかもしれない。
「お、あったあった!」
1本のボールペンを取り出しワイバーンに向けて構える。
吊られてる苦しい体勢のため、ボールペンをしっかり確認できないけど、この形状は他にないからね。
「グアルルゥウウ!!」
ワイバーンが攻撃的なうなり声を発する。
罠だったら罠で、離れた位置から攻撃してしまえばいいと思ってるのかもしれない。
ワイバーンは炎のブレスを噴くことができるからね。
――けど、俺の攻撃の方が先だ!
俺はボールペンの真名を口にした。
「貫き滅せ! クーゲルシュライバー!!」
俺の叫びと同時に、ボールペンが手を離れて凄まじい速度で飛んで行く。
飛んで行った。
正面のワイバーンとは真逆の、後方に向かって……。
前に飛ばすはずが、なぜか後ろに飛んで行った。
あれ? あっれ~??
冷や汗が止まらない。
怖くて後ろを振り向けない。
数瞬の後、後方で轟音。
何か建物を壊したような音が聞こえてきた。
場が静まる。
ワイバーンも様子を見守っている。
もしかして、ボールペンの向きを間違えた……?
いや、もしかしなくてもそうなのだろう。
突如、下にいる人々から歓声が上がる。
「「「うおーーー!!!」」」
突然の歓声にビクッとした。
「なぜ歓声が……?」
不思議に思い、ボールペンの飛んで行った方をチラリ見やる。
……大きな屋敷?の屋根が吹き飛んでいた。
やばっ!?
たしかあれってガマーグ子爵の屋敷だ。
屋敷の屋根がゴソっと消失している。
……屋根だけで、人には被害が出ていないといいな。
しばらくは、雨が降ったら水浸しになりそうだけど。
ガマーグ子爵は、貴族ということを鼻にかけ、威張り散らしている嫌われ者だ。
もしかして、さっきの歓声は屋敷がガマーグ子爵のものだからか?
いやまあ、ワイバーンすら倒せそうな威力に盛り上がっただけかもしれないけど。
緊急時の事故ということで、見逃してもらえるといいな……。
きっと、ワイバーン5体を倒せば見逃してくれるはずだ。
「さて、本番はこれからだ……」
ワイバーンに向き直り、一人ごちる。
ワイバーンを倒さなければならない理由が増えてしまった。
◆◆◆
「隊長! スカーレット隊長!!」
部下が私を呼ぶ声に、ハッと我を取り戻す。
「ああ、すまない。戦いに巻き込まれないように、少し離れるぞ」
騎士団の隊長として、部下に指示を出す。
吊られた男と呼ばれる冒険者とワイバーンとの戦いから、目が離せなくなっていた。
騎士団のいくつかの隊は、ワイバーンと戦うために街壁近くまで来ていた。
今回のワイバーン戦は、少なからず覚悟をしていた。
私も部下も無事に済まないだろうと……。
戦いの腕には自信を持っている。
女だてらに騎士団の隊長を任されていない。
二十歳というこの歳で、剣の腕だけで隊長になったという自負もある。
今回も、Aランク冒険者なみと言われる私の腕を見込んでの配置だろう。
けど、ワイバーン5体は勝つイメージが浮かばなかった。
ワイバーンの厚い皮は、矢も魔法もほとんど通さない。
さらに空と地上では、それだけで戦いにおいて不利になる。
海の魔物との戦いが難しいのと同様だ。
そんな悲壮な覚悟をしていたのだが……。
「隊長、あいつは一体何なんですかね?」
部下の男が言うのは、吊られた男のことだろう。
彼は空から吊るされるような格好のまま、ワイバーンと戦っている。
空を飛ぶ魔法というだけでもかなり凄いのだが、彼はそれを戦いに生かしている。
頭に巻いているピンク色の防具が、淡い輝きを放っている。
その防具から凄い力を感じるのだが、どこか胸がソワソワする。
なんというか……、女としての私の心がかき乱される。
「分からん。ただ、ワイバーンと戦ってくれている以上、敵ではないはずだ」
部下に戦いを見守るように指示を出す。
彼がさきほど見せたガマーグ子爵の屋敷への一撃は凄まじいものだった。
あれならワイバーンの防御も貫けるだろう。
人々が歓声を上げた時、つい私も拳を握りしめていた。
ガマーグ、ざまーみろと……。
あのガマガエルみたいな顔をした子爵は、この前私に声をかけてきた。
私に、「お前は美しいな、よし、儂の近衛にしてやろう。夜も儂のそばで守るが良いぞ。ぐふふ……」とか声をかけてきたのだ。
思い出しただけでも寒気がする。
騎士としての収入の5倍出されても、嫌なものは嫌なのだ。
ガマーグ、ざまーみろ。
今の屋敷への誤爆は事故だったと、全力で証言してやろう。
「クーゲルシュライバー!!」
彼の叫びと同時に閃光がほとばしる。
高位魔法を収束させたかのような威力の攻撃が、ワイバーンを貫いていく。
結果だけ見れば、彼とワイバーンの戦いは圧勝だった。
もちろん彼の勝利だ。
一度ワイバーンの接近を許した時は見ているこっちがヒヤッとした。
けど彼は頭に巻いているピンクの防具?で頭突きをしてワイバーンを倒した。
凄まじい威力の頭突きで、当たった部分がつぶれて無くなったように見えた。
大した時間もかからず、彼はワイバーンを5体とも倒してしまった。
人々から歓声が上がる。
「「「吊られた男! 吊られた男!!」」」
この街の人たちは、こうやって盛り上がることによって危機を乗り越えていこうとする。
今回は人的被害もほとんど出ていないだろう。
完全に彼のおかげだ。
私たち騎士が無事なのも、彼がいたからだ。
「ふぅ…………」
ひとまず、脅威が去ったことに私は胸をなで下ろした。
しかし……、ワイバーン5体を圧倒できる冒険者が、今まで無名のままだったのか?
ハングドマン……。
英雄の戦いを見せられたはずなのに、格好が変だからか妙な気分だ。
彼は、今だって左手を軸にしてプラプラと揺れている。
一見暴れてもがいているように見えるけど、彼クラスになると私の常識では測れないものだ。
「その呼び名はやめてくれ~!!」
何か叫び声が聞こえた気がしたけど、人々の歓声だろう。
さて、騎士団はこれから後片づけの仕事がある。
私は部下に指示を出していくのだった。




