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第13話「地球産アイテムに支えられて」

 オーガバジリスクの後はティターンとの遭遇か……。


 このAランクの巨人も、こんな街に近いところで出てくる魔物ではない。

 マックが言うように、何か異変が起きているのかもしれない。


 ……今は、目の前のティターンを倒すことが最優先だ。


 ティターンは俺たちを敵と認識したのか、ズシンズシンと大股でこちらに向かってくる。

 手には巨大な剣を持っている。

 バスタードソードよりも大きなその剣は、おとぎ話に出てくる斬馬刀のようだ。

 文字通り、騎馬兵を馬ごと切り捨てることができそうだ。


「モカ、コンドームを出してくれ。今こそ使うときだ!」


 ティターンへの勝ち筋は見えているけど、それは全力を尽くした上のことだ。

 Aランクの魔物は、簡単に勝てる相手ではない。

 小さな村や町だったら壊滅するくらいの脅威だからな。


「こ、コンドーム!? 何をす……」


 モカは一瞬驚いたものの、目前の脅威に対処するためだと気づいてくれたようだ。

 手持ちの皮袋の中をガサゴソと探してくれる。

 いつもコンドームを使うことを嫌がっていたけど、いざという時は俺を信じてくれる。

 ありがたいことだ。


「君たち、どうする気だ? あれは一人で戦える相手ではないぞ。一流の冒険者が数人で戦うべき魔物だ……」


 マックが焦りながら声をかけてきた。

 戦おうとしている俺に、驚いてるようにも見える。


「ここは俺に任せてください!」


 マックに告げたタイミングで、モカがコンドームを手渡してくれた。


「はい、マルス。無茶はしないでね」


「ありがとう、すぐに片づけるから。少し下がって待っててくれ」


 モカからコンドームを受け取り、片手をモカの肩に置く。


 ――聖服開放(セイクリッドクロス)


 淡い光がモカの制服を包む。


「あっ……」


「俺からのお守りだ」


 これで、しばらくの間、モカは安全だろう。

 流れ弾がいくこともあるからね。


「じゃあ、モカ。あの辺りまで下がっていてくれ。シルヴィ! そっちの二人を頼む!」


 モカに後方に下がるように頼む。

 そして、シルヴィにも指示を出す。


 俺の声と同時にシルヴィは動く。

 マックとビアンカの二人をあっという間に肩に担ぎ、伝えた場所まで駆けていく。

 自分よりも大きな人を軽々と運ぶ姿は、ちょっと不思議な感じだ。


「ち、ちょっと待ってくれ!」

「な、何~?」


 二人の抗議は無視する。

 緊急事態だから我慢してもらおう。 


 モカも制服の補助を受け、シルヴィと同じくらいの速さで走っていく。


「さて……」


 俺はティターンに向き直る。


 今の俺の力量では、この大きさの敵をブラジャーで削りきることができない。

 ブラジャーは俺が削りたいと思ったものを削り取ることができるけど、その範囲はブラジャーが当たったところだ。


 高速でブラジャーを振り回せれば、ティターンも倒せるかもしれない。

 しかし、俺の振り回す速度では、一部削ったところで相手の一撃を食らっておしまいだ。

 巨大な敵を倒すのは難しいだろう。


 唯一可能性があったのは、モカから制服を借りて、そのサポートを受けつつブラジャーを振り回すことだった。

 けど、モカが制服を脱いで、それを俺が着る時間など今は無い。


 だからブラジャーはこう使う!


 俺はブラジャーを額当(ひたいあ)てのようにおでこに巻いた。


「ちょっと、マルス! なんでわたしのブラをハチマキにしてるのよっ!?」


 モカが後方で叫んでいる。

 言葉の意味はよく分からなかったけど、きっと応援してくれてるのだろう。


 ブラジャーもとい聖剣ビュステンハルターは、俺が削り取りたいものを削ることができる。

 つまり使いかたによっては、一種の防具になるのだ。


 例えば正面からの攻撃が額に当たる瞬間。

 ブラジャーがその攻撃を削り取ってくれるという感じだ。


 ただ、削れるのはブラジャーの範囲だけだから、ティターンの巨大剣の一撃を食らったら、削れなかった部分で致命傷を受けるだろう。

 まあ気休めだけど、無いよりは良い。


 それに、なぜだか分からないけど、この聖剣を額当(ひたいあ)てにすると、力が()いてくる気がするんだ。

 なんかモカから力をもらってるみたいでさ。

 モカからのお守りだな。


 ティターンが俺に近づいて来たところで歩みを止めた。

 次の一歩でティターンの間合いに入るのだろう。


 不思議と怖さはない。

 手に持ってる地球産のアイテムたち。

 後方で見守ってくれてるモカたち。


 俺は一人じゃないんだと、そんな気持ちが恐怖に勝っている。


 ブラジャーを額当(ひたいあ)てにして、片手にはコンドーム、もう片手にはトランプと黒歴史ノート。

 伝説の武器に匹敵する数々の地球産アイテム。

 これだけの武器を与えられて、負けるわけにはいかない。


「コンドーム、開封(オープン)っ!」


 危険な武器だと一目で分かるような厳重な包みを解いていく。

 簡単には解けない包みは、封印という言葉を思い起こさせる。


 今回、ティターンを倒すのは黒歴史ノートのある1ページの魔法だ。

 けど、大人しく詠唱を待っていてはくれないだろう。


 コンドームを準備しつつ、黒歴史ノートの詠唱を開始する。


「『夜の闇より暗き漆黒のはざま……』」


 俺が詠唱を始めたところで、ティターンが一歩踏み込んでくる。


「グゥアアァア!!」


 強烈な敵意が俺に向いている。


 詠唱を続けながら、コンドームをティターンの足元に投げつける。

 そのコンドームはすでに潜在力(ポテンシャル)を引き出している。


 ティターンの足元に落ちたコンドームが、(ふく)らみ、そしてうごめく。

 小さかったコンドームは水を含んだかのように大きくなっている。


 後方から、モカが「コンドーム水風船っ!?」と言ってるけど何のことだろう。

 地球人の武器の使い方だろうか。


 コンドームは、まるでスライムのようにプヨプヨと、その体をゆすっている。


 ――キシャーッ!!


 子供が遊ぶボールくらいの大きさに膨らんだところでティターンに牙をむく。

 見た目の可愛さとは裏腹に、そいつは凶悪だぜ……。

 俺は詠唱を続けながら、心の中で独りごちた。

 

 ティターンに襲いかかるコンドームスライムたち。

 小さな魔物相手なら、ヘビのように丸のみした上で溶かすことができるスライム。

 そう……、伸縮性が高い武器なのだ。


 だが、今回は少し相手が悪かった。


 ティターンはうっとおしそうにするものの、一つまた一つとコンドームスライムを潰していく。


「グガァアアーー!!」


 ティターンがいらついているのが分かる。

 大きなダメージは与えられないけど、詠唱の時間稼ぎをさせてもらう。


「『…………天より堕ちた六対の羽…………』」


 詠唱を進めるにつれて、黒歴史ノートに膨大な力が集まってくるのを感じる。

 俺が使おうと思ってるのは、威力が強すぎてお試しができなかった魔法だ。


「グウウゥゥ……」


 コンドームスライムを全て潰したティターンが、殺意を向けてくる。

 以前の俺なら怖くて逃げだしていただろう、凶悪な殺意だ。


 ティターンがニヤリと笑った。

 俺を追いつめたと思ったのかもしれない。

 たしかにコンドームは無くなった……。


 巨大剣を振りかぶり俺に一撃を見舞おうとする。


 詠唱が終わるまで、まだ少しの時間が必要だ。


(――さんざめけ! トランプストーム!)


 黒歴史ノートの詠唱を続けながら、トランプの力を引き出す。


 40枚近くのトランプが花吹雪のように舞いながらティターンに向かう。

 ティターンの周囲をトランプという刃が舞う。


「ガァァーッ!」


 ティターンは、たかられる虫を振り払うように剣を振り回す。

 トランプはティターンに傷をつけるが、大きなダメージは与えられない。


 トランプは役目を終え、徐々に消えていく。

 小さな傷を体中につけたティターンがその場に残った。

 ティターンは、コンドームとトランプで疲労しているように見える。


 その疲労を怒りに変えて、巨大剣を俺に向けて振りかぶる。


 残念だったな。

 ちょうど詠唱が終わるところだ。


「『…………冥府よりその姿を現せ。【わたしがかんがえた最強で最恐のしょうかんじゅう】by萌香(もか)』」


 黒歴史ノートの詠唱が終わると、凄まじい力がその場で渦巻き始める。


 戦術級の召喚魔法。


 そのコントロールに冷や汗が止まらない。


 俺とティターンの間の空間が(ゆが)む。


 こっちを向いているティターンが驚愕(きょうがく)しているのが伝わってくる。

 いや……、ティターンは恐怖しているのだ。


 一瞬の出来事だった。


 俺の目の前の空間が()け、何かが飛び出してティターンを食らっていった。

 実際は食らったのではなく、消滅させただけかもしれないけど、俺にはそう見えた。


 裂け目から現れたそれ(・・)は、一瞬の間に裂け目に戻っていった。


 空間の(ゆが)みは無くなり、ティターンだけがその場から消えた。


 まるで、初めから何もなかったかのようにすら感じる。


 いや……、召喚魔法を使った証拠とでもいうのか、黒歴史ノートがボロボロと崩れて灰のようになり、地面に落ちるころには消えていった。

 他の魔法と違って、その威力にノートが耐えられなかったのだろう。


「ふぅ……。上手くいって良かった……」


 俺は息を吐き出してから、後方で見守っている皆の方に視線を向けた。


「な、なっ!?」


 マックは「な」しか(しゃべ)れなくなり、連れのビアンカは口をポカーンと開けて何も喋れない様子だ。


「良かった、マルス。良かったよ……。それに黒歴史ノートも消えてくれた……」


 モカが喜んでくれている。

 少し距離があるため、後半部分はよく聞こえなかったけど、ティターンに勝ててほっとしているのだろう。


 さすがにちょっと疲れたな。

 今日はもう家に帰ってゆっくり休みたいよ。 


 それ以上は特に問題が起こることもなく街に帰ることができた。

 ギルドへの報告はマックたちに任せて、俺たちは家に戻った。



◇◇◇



 その夜の出来事だ。


 “地球より愛をこめて(トランスレーション)”によってモカの手のひらにアイテムが現れる。


 見た目は、今日の昼間に消えた“黒歴史ノート”に近い。

 ただ表紙は青色だ。


 モカはめくってそれの中を確認すると、何かを言いたそうに口をパクパクさせてから、それを地面に叩きつけた。


「なんでまたこれなのっ! 『ランダム』仕事してよぉ!」


 俺は地面に叩きつけられたそれに触れてみる。


「えーと、“黒歴史ノート2by萌香(もか)”?」


 おお……。

 さすがモカだ。


 これだけ凄いものが、いったい何冊あるのだろうか――。



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