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第11話「聖剣ビュステンハルター(ブラジャー)乱舞する」

「マルス、わかったよ……。そのかわり、使えかったらすぐに返してね……」


 モカが条件付きで、ブラジャーの使用許可をくれた。

 早朝から説得を重ねた結果だ。


 モジモジしてて顔が赤いのは、自分の武器を貸すことへの躊躇(ためら)いだろうか。


 昨夜召喚されたこのブラジャーという武器は、モカのものだ。

 ただ、どうやらモカはもう一つ同じ武器を持っているらしい。

 けど、どこに持ってるかは教えてくれなかった。


 俺は目の前にある薄ピンクのブラジャーを貸して欲しいと頼み込んだ。

 ちょっとだけでいいからと、この武器で皆を守るからと、必死に頼み込んだ。


 初めは嫌がってたけど、最終的には使ってみてダメだったら返すからということで納得してくれた。


「ありがとう、モカ。この武器に恥じないように頑張るよ!」


 このブラジャーはかなりの潜在力(ポテンシャル)を秘めていることが伝わってきた。

 今の俺では全てを引き出せないほどだ。


 地球産のアイテムを手に取ると、その情報が伝わってくる。

 頭の中に浮かぶと言ってもいい。


 名称は、モカの母国語(“日本語”というらしい)が一番初めに伝わってくる。

 そして、そこからさらに情報を探ろうとするとモカの世界の別の言語による呼び名まで知ることができる。

 このブラジャーの各言語での呼び名を、参照していた時のことだ。

 呼び名の一つに、“ドイツ語”という言語によるものがあった。

 モカに聞いたら、ドイツという国の言葉とのことだった。


 このブラジャーのドイツ語での呼び名は、『ビュステンハルター』だった。


 すごくしっくりくる。

 もしかしたら、物語で聞いたことがある真名(まな)というやつかもしれない……。


 このブラジャーを授けてくれたモカに、どうしても感謝を伝えたかった。

 俺はモカの目の前で片膝(かたひざ)をつく。

 ブラジャーを横にして、両手で目線の高さに捧げ持つ。


 騎士が剣を捧げるように、俺はブラジャーをモカに捧げる。


「俺はモカを守り抜くことを、この聖剣ビュステンハルターに誓う!」


「ち、ちょっと!? マルス? 性剣?? なんで騎士みたいにかっこつけてるのっ!?」


 モカが戸惑っている。

 俺の想いが少しは伝わっただろうか。

 あとなぜか、剣のニュアンスがおかしかった気がする。  

 

「ビュステンハルター……、愛称は『ハルちゃん』だな……」


 俺は感慨にふけりながらつぶやく。 


「な、なんでわたしのブラに、愛称つけてるのよっ!?」


 モカが顔を赤くして、あたふたしている。

 さらに、モカが自分の胸の部分を手で抑えてるのは何か苦しいのだろうか。


 そうだよな……。


 モカが苦しくなるくらいに怒るのも当然だ。


 まだ俺はこの聖剣にふさわしいとは言えないもんな。

 今の俺では、この聖剣の持つ力の半分も引き出さないと思う。


「早く、この聖剣にふさわしい男になるよ!」


 俺は、ブラジャーあらため、聖剣ビュステンハルターを両手で強くにぎりしめて誓ったのだった。


「わ、わたしのブラを握りしめにゃいでっ!」


 モカが舌をもつれさせるようにして、叫んだ。


「あ、ご主人様。シルヴィと一緒だにゃ!」


 シルヴィが嬉しそうにモカのことを眺めていた。





 ブラジャーもとい、ハルちゃんを試すために、街の近くの森にやってきた。

 シルヴィは森が楽しいのか、キョロキョロと辺りを見回している。

 たまにシルヴィが木に登ろうとするのを、モカがなだめたりもしている。


 この武器のお試しに丁度良い魔物の討伐依頼が出ていたのだ。

 今日の標的はCランクのバジリスクという魔物。

 石のように硬い灰色の表皮が特徴で、打撃も魔法もなかなか効きづらい相手だ。

 ギルドで魔物の絵図を見た時に、モカは大きなトカゲと言っていた。


 森を進んでいると女性の助けを呼ぶ声が聞こえてきた。


「誰か! 誰か助けてっ!!」


 俺たちは顔を見合わせた後、声がした方に向かった。

 

 現場は近かったため、すぐに到着した。

 森の中から、少しひらけた場所に出た。


「マルス、あれって?」


 少し離れたところで、冒険者二人がバジリスク数体に囲まれていた。

 男女ペアの冒険者パーティだ。

 男は足に負傷しているのか、その場から動けないようすだ。


「ビアンカ、俺をおいて逃げろ! 頼むから逃げてくれっ!」


「嫌っ! マックが残るなら私も残る!!」


 マックと呼ばれた男が逃げるように叫ぶ。


 見たことのある男だ。

 たしか以前、いくつかのパーティーが合同で任務を受けるときに一緒になった男だ。

 当時、雑用の俺にも気さくに声をかけてくれたりして、良い印象が残っている。

 今も、怪我をしてるのに女性を逃がそうと奮闘している。


 たしかマックはBランクの冒険者で、Cランクのバジリスク相手にピンチになることはなさそうなのだが……。

 危なそうだったら逃げるものだしね。

 バジリスクが十体近くいるから、数に押されたのか?


 そう思ってバジリスクの方を見ると、一体だけ赤黒い色をしたバジリスクが混じっている。 


「オーガバジリスクか……」


「強そうなのがいるね……」


 俺のつぶやきを聞いたモカが、心配そうにしている。


 バジリスクの上位種で、Bランクの魔物だ。

 その表皮は通常のバジリスク以上の硬さだ。


「大丈夫だ。モカはここで待っていてくれ」


 モカの肩にポンと手を置き、安心して見ていて欲しいと伝える。


「すごく強そうだよ……」


「心配ない。俺にはモカが貸してくれた、このハルちゃんがある」


 ブラジャーを握りしめて力を引き出す。

 ブラジャーが剣のようにピンと立ち、淡いピンク色の輝きを発する。

 モカの顔が少し赤い気もする。


「気をつけて……」


「ああ! シルヴィもモカと一緒にここで待っててくれ」


 俺はバジリスクへ向かって駆け出す。


「ギュキー」

    

 バジリスクは俺の接近に気づいたようで、数体が俺に向かってくる。

 鳴き声からは怒りが伝わってくる。

 マックたちも突然の参戦者に驚いているようだ。


 ハルちゃん、力を貸してくれ!!


(えぐ)れ! 聖剣ビュステンハルター!!」


 向かってきたバジリスクに向かって、ブラジャーを振るう。

  

 一切の手応え無く(・・・・・)、バジリスクの胴体とその下の地面がえぐり取れた。


 この聖剣、大概の物質をえぐり取ることができるのだ。


 バジリスクは、一瞬何が起こったのか分からないといった様子を見せた。

 そして、すぐに動かなくなる。


「「ギキキー」」


 さらに数体のバジリスクが向かってくる。


 何でも斬れる剣が仮にあったとしたら……。

 それは通常の剣とは、そもそもの戦い方が異なるものになる。


 空振った時に地面や木を叩く心配をしなくていい。

 敵に刺さったときに抜く心配をしなくていい。

 切れ味が落ちる心配もいらない。


(えぐ)()らかせ! ハルちゃん!」


 地面も周囲の木も一切気にすることなく、それらごとバジリスクを(ほうむ)っていく。

 ブラジャーの当たったものが、次々に消滅していく。


「――んなっ!?」


 マックが驚いているのが視界の端に見えたけど、今は戦闘に集中。


 あっという間に、オーガバジリスクを残すのみとなった。


 オーガバジリスクは状況を理解していないのか、自信の硬さに絶大な自信をもっているからか、焦った様子もなくジリジリとこちらに近づいてくる。

 

 気をつけるべきは素早さだけだ……。


「ギキュッ!」


 オーガバジリスクの突進に合わせてブラジャーを振るう。


 しかし、突進はフェイントだったようで、オーガバジリスクは急にバックステップをした。


 空振り地面をえぐるハルちゃん。

 地面がバターのようにえぐれる。


「ギギィ!!」


 俺の一撃をやりすごしてから、再度の突進を繰り出してくる。


穿(うが)て!!」


 ブラジャーの先がまるで意思を持っているヘビのように、クネクネとオーガバジリスクに向かう。

 一瞬の後、オーガバジリスクの体を貫いた。

 オーガバジリスクはその場に崩れて、すぐに動かなくなる。


 どうやら全部倒しきれたようだ。


 マックたちは放心しているのか、声を出せないようすだ。

 過度の緊張状態から解放されたからだろうか。


 モカとシルヴィが近づいてくる。


「マルス、今の何?」


 モカは驚いているようだ。

 もしかしたら、これだけの武器を借りておきながら、スマートに勝てなかったことを怒ってるのかもしれない。

 地面とか周囲の木とかボロボロにしたからね。


「今度はもっとキレイにえぐり取るよ」


 俺の言葉を聞いてモカが自身の胸を抑える。

 さらに顔が赤くなった気もする。


「えぐっ……。ちゃんと(ふく)らんでるんだからっ!! …………今のを見たら、つけてると減っていきそうで……。ブラで削るとか。怖すぎるから……」


 モカの叫びの後のつぶやきは小さくて聞き取れなかった。

 ふくらむ、の意味が分からなくて考えていたこともある。


 何がふくらむ?

 まだ使いこなせていないから、俺が使えていない力のことだろうか。


 まだまだ、精進が必要だな……。


 今は、モカと聖剣ハルちゃんに感謝しておこう。


 俺は薄ピンクの聖剣を眺める。

 そこに書いてある一文字だけは、なぜか読むことができた。


「C……?」


「わたしのカップを公表しないで~!!」


 静かな森にモカの叫び声はよく響いたのだった。


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