第10話「自分専用の武器っていいよね」
今日はフリスビーを試すため、街の近くの草原にモカとシルヴィを連れてやってきた。
モカがシルヴィの手を引いている姿は、少し歳の離れた姉妹のようにもみえる。
「マルス、相手の魔物は何?」
「楽しみにゃー」
シルヴィは魔物と戦うというのにどこか遊びにいくようすだ。
危なくないように配慮するつもりだし、気負いすぎるよりはいいか。
「相手はちょっと先に見える、あのプレーリーファング。ファングと呼ばれるDランク下位の魔物だ」
離れたところに見える魔物を指差してモカに伝える。
旅人を集団で襲ったりする困った魔物だ。
「ハイエナみたいな魔物だね。結構な数いるけど、シルヴィには危なくない?」
「8体か。大丈夫だ。危なそうだったら、俺がすぐに割って入る」
トランプはすでに箱から出して、いつでも使える状態だ。
それに、シルヴィの力は見た目から判断してはいけない。
腕力だけなら、俺よりはるかに強いだろう。
…………。
すぐに腕力以外も追い越される気がしてきた……。
「そうは言っても、シルヴィの見た目だと心配だよ……。小学生の女の子を戦いに放り込む感じがしてさ……」
「ご主人様、だいじょうぶ! それよりも上手にできたらいっぱいナデナデしてにゃ!」
シルヴィはやる気満々だ。
銀色の尻尾がファッサファッサと揺れている。
「よし、シルヴィ。フリスビーの力は俺の手を離れてもしばらくは使えるから、こうやって……こんな感じで……使うんだぞ」
フリスビーの使いかたをシルヴィに教えた。
「マルスさま、任せてっ!」
シルヴィは、そう言って俺の手からフリスビーを受け取ると、ファングの群れに向かって走っていった。
「シルヴィ、ちょっと待て! 焦って近づくな!」
いくらDランク下位の魔物といっても、8体もいれば結構な脅威だ。
慎重に戦うべきだ。
シルヴィの後を追いかけるが、追いつかないどころか差が広がるばかりだ。
走力も完全にシルヴィの方が上だ。
シルヴィはあっというまにファングの群れの中央に踊り込んだ。
ファングはシルヴィを敵と見なしたようで、数体同時にシルヴィに飛びかかる。
ちょっと距離はあるけど、ギリギリ届くはずだ。
俺はトランプを構えた。
ところが、俺の心配は無用だったようで……。
「えいにゃっ!」
フリスビーを右手に持ったシルヴィが、その場で回転しながらフリスビーを振るう。
飛びかかったファングが弾かれたように空を舞う。
ひるんだファングにはフリスビーの振り下ろしが命中する。
シルヴィは舞うようにファングを倒していく。
フリスビーは軽い不思議な素材だけど、潜在力を引き出している間はかなりの硬度になる。
シルヴィが全力で扱っても、曲がったり壊れたりしないだろう。
あっという間にあらかたファングを倒したところで、2体のファングが逃げ出した。
シルヴィはフリスビーを振りかぶる。
それを見て、いつの間にか近くにきていたモカがつぶやく。
「もしかして投げて倒すのかな……」
モカは、ちょっとワクワクしているようすだ。
シルヴィ―の圧倒的強さを見て、心配も解消したらしい。
投げて使ってもトランプのように消えないのは良いんだけど、あの使いかたは結構難しいはずだ。
いきなり今日できるとは思えないが……。
「う~、こうにゃ~!!」
シルヴィがフリスビーを振りかぶってファングに向かって投げた!
――と同時にフリスビーに飛び乗った。
高速回転して飛んでいくフリスビー……とシルヴィ。
片手でフリスビーのふちをつかんでいる。
「うそでしょ……」
モカがポカーンとしている。
あっという間にファングに追いつき、二体ともを弾き飛ばした。
すごいなシルヴィ、初日でここまで使いこなすとは。
「あれって、シルヴィ自身が飛び乗る必要あったの……?」
何か疲れた様子で、モカが聞いてくる。
「そりゃ必要だよ。シルヴィがフリスビーに触れてないと、すぐに引き出されている力が失われるからね」
飛んで行ったフリスビーは弧を描いて、俺とモカのところに飛んできた。
もちろんシルヴィを乗せて。
ザッと音を立てて、シルヴィが着陸した。
「目が回ったにゃ~~……??」
フリスビーから降り立ったシルヴィは、その場でフラフラとしている。
使用後に課題は残るけど、十分な成果だな。
「シルヴィ、よくやった! ケガはないか?」
「だいじょ~ぶ。とっても楽しかったにゃ」
まだちょっと目が回ってるようだけど、シルヴィは無邪気な笑顔で返してくれた。
その後、モカの「これがフリスビーの正しい使いかただからっ!」という言葉の元、モカがフリスビーを投げてシルヴィがそれを追いかけて取ってくるという遊びが行われた。
武器を遊びに使うのは危ないよ……、と注意しようと思ったけど、なんだか二人とも楽しそうだったから俺は黙ってることにしたのだった。
草原の日差しと風が気持ちいいね。
◇◇◇
プレーリーファング8体は金銭的にも結構良い収入だった。
街道の安全確保は街も力を入れてるところだからね。
さて今夜の召喚の時間だ。
「今夜は何かにゃー?」
「また消えない武器が出てくるとありがたいな」
フリスビーはシルヴィ専用武器兼遊び道具ということになった。
バットは消えないけど、対アンデッドの専用武器だしね。
そろそろ俺用の使っても消えない武器が欲しいところだ。
どんな武器が召喚されても有難いことには違いないけど、この生活を守るためにも力は欲しい。
「じゃあ、いくよー! 何が出てきても驚かないんだからねっ。――地球より愛をこめて」
いつものように一瞬の閃きの後、光がモカの手の上に収束していく。
出てきたのは……、薄ピンク色の布製の帯?
飾りがずいぶんと凝っているな。
「ぶ、ブラジャー? えっ? しかもなんか見覚えある……」
固まっているモカの手から、それを持ち上げてみる。
いつもと同じく、その地球産アイテムの情報が頭に流れ込んでくる。
「ブラジャーっていうのか。しかし凄いな透けるほど薄いのに、このキレイな装飾。地球の技術はすごいな」
「ち、ちょっと!? わたしのブラをじっくり見ないで!」
ふむ、ブラと略すのか。
これはモカの使ってた武器だったのか。
俺用の消えない武器が手に入ったと思ったけど、ちょっと残念だ。
「シルヴィにも見せてにゃ~」
シルヴィは今日のフリスビー遊びが楽しかったのか、あたらしい地球産アイテムにも興味をしめしている。
「あっ、シルヴィ。わたしに返してっ」
モカがブラジャーに向かって手を伸ばしている。
少し焦っているように見える。
愛着のある武器だと、あまり人に触らせたくないってこともあるだろう。
「うーん、こう……かにゃ?」
シルヴィが、ブラジャーの二つある丸いところを丁度目の位置にくるようにあてる。
ちょっとした仮面のようになっている。
「わたしのブラで遊ばないでよ~! ブラ眼鏡しないで~!」
モカが顔を真っ赤にしながらワタワタしている。
大事な武器で遊ばれて、モカは怒ってるのかもしれない。
「シルヴィ、それはモカの武器のようだ。あまり遊ぶなよ」
シルヴィに、近づいて注意しようとした時のことだ。
「なんか違うにゃ。こう……かにゃ?」
シルヴィは、そう言って俺の頭にブラジャーをかぶせてきた。
丸い部分が頭の上にきて、布の端がちょうどあごの位置にくる感じだ。
「マルスさまにも、おそろいの耳ができたにゃ~」
シルヴィが嬉しそうにしている。
シルヴィよ、これは防具じゃなくて、武器なんだよ……。
「わたしのブラで遊ばないでよぉ~!」
モカが顔を真っ赤にして涙目で訴えてくる。
怒ってるんだろうけど、その姿をちょっと可愛いと思ってしまった。
ごめん、モカ……。
モカの武器で遊ぶつもりはなかったんだ……




