芸術家
前にB子さんから言われた、俺に関する伝説。
中学で晒された、からかわれたという経験から、可能な限り、周りからの評価を気にしないように過ごしてきた。
もしかして、そんな態度が伝説作りを助長させてたのか?
そんな事を考えると、正直、気になってしょーがない。
休み時間に音楽を聞いてたとして、無意識にエアピアノをしそうになって、なんか赤くなったり…。
そんな姿をクラスの女子に見られて、これが伝説の元になるのか?なんて思ったり…。
ちなみに、あれ以来宣伝はしていない。
対バンも次の日には「そちらのライブを見てから考えたい」と断ったつもりだったが、
「じゃあ、ライブ決まったら、真っ先にお知らせしますね!」
と、考えてみれば、当たり前の返しをもらって憂鬱になった。
そして、昼休みや放課後に、見知らぬ方からチケットの問い合わせが多くなった。
一体、どのようなルートで情報が流れているんだろ?
結局、俺に割り当てられた20枚は4日で完売し、麻里さんへの業務報告は毎日行うことになった。
怒られなかったのは、最後の一日だけだった。
〜〜〜〜〜〜
俺「4日連続の業務報告になります。」
麻里「………今日も女子に囲まれた?」
俺「いえ、残りの4枚はクラスの男子がニ枚とクラスの女子二名に渡りました」
麻里「…クラスの女子の反応は?」
俺「先ず、どんな音楽を演奏するのかを聞かれました。」
麻里「続けて。」
俺「うちのバンドは洋楽ハードロックのカバーだと答えました。」
俺「彼女達はヘビメタ?と聞いてきたので違うと答えました。」
俺「うちのバンドは女性ボーカルが綺麗に歌うので聴きやすいはずだと答えました。」
麻里「…ん、続けて」
俺「彼女達はチケットを買ってくれました。初めてのライブ観戦らしいので楽しみだと言ってました。」
麻里「…それだけ?」
俺「そうですね。ちなみに男子はデートに使いたいと二名分買ってくれました。」
麻里「……終わり?」
俺「終わりです。これで完売しました」
麻里さん、笑顔を作ってくれて、軽く拍手
麻里「お疲れ様でしたw 頑張ったねw」
あぁ…今までの苦労が報われるー
麻里「じゃパフェでも食べる?慰謝料の慰謝料をまだ、払って無いから奢るよw」
俺「良いんですか?依頼はしてないですけど、写メ貰ったのは事実なんで、奢られると俺が得しすぎの感じ何ですが?」
麻里「んーんw 疑ってお金使わせたのは事実だしなぁ」
俺「じゃあ、パフェだけいただきます。飲物は自分で払いますよ」
麻里「うんw それでいこう!」
〜〜〜〜〜〜
麻里「ところで……変な事を聞いていい?」
俺「ん?なんですか?」
麻里「ここ数日で、自分が思っているより人気があるってわかったでしょ?」
俺「………人気っていうか、珍獣扱いのような気がしますけど?」
そう、どちらかと言うと一般人扱いされてない。
俺じゃない、イメージの中の芸術家と話している。
そんな気がする…
まあ、今まで自分を出さなかった俺に原因があるんだけど…
麻里「不満そうw」
俺「不満ってよりは、戸惑いですね。人気があるのは俺のイメージで、俺じゃないから…」
麻里「ふふーんw でもそのイメージを作ったのは俺君だよw」
…………いや、俺は地味な高校生だったし
俺「作ったつもりはないんですけど、助長させたのは確かですね…」
そしたら麻里さん、ちょっとドヤ顔で
麻里「違う違うw 高校でのイメージって、俺君を知らない人が広めたかも知れないけど、元にあるのは中学までの俺君って事!」
………まあ中学の同級生から漏れたんだけど
俺「………でも、指を痛めるから球技しないとか…」
麻里「ぷっwwwwそれはやりすぎだよね?」
俺「ですよね?そんなイメージ持たれても…」
…………でしょ?
麻里「ただね、例えば俺君の高校に行ってない、私の高校に来ている俺君の中学の同級生にね」
麻里「俺君ってどんな人?って聞いたら、みんな同じように答えると思うよw」
麻里「天才ピアニストってねw」
………多分、正解。
………逆に他のイメージは無いと思う。
麻里「ただねぇ〜、こんなに女子人気が高かったとは予想外だった…」
俺「………人気ですか?」
麻里「人気でしょ? チケット買ってくれたのって、ほとんど女子じゃない?」
俺「……団体様が多かったので」
麻里「…………毎日囲まれてたもんねぇ〜」
麻里さん、思い出してイライラするのはやめてほしい
俺「………結構、苦痛だったんですよ」
麻里「……私が怒るから?」
俺「それもありますけれど、そもそも女子と話すとか苦手なんで………」
麻里さん、パフェを一口食べて
麻里「おーい? 君の目の前にいるのは女子じゃないのか?w」
………えっ?
俺「………麻里さんがそれいいますか?w」
麻里「ん?なんで?」
俺「麻里さん、男嫌いでしょ?」
麻里「あっ、そうかw けど、私が嫌いなのはやらしい男であって、俺君じゃないよ?」
………ん?
麻里「俺君は女子全般と話すのが苦手なんでしょ?別にやらしい女子と話すのが苦手って事じゃないでしょ?」
…………ん?ん?
麻里「だから私が俺君を嫌わないのはおかしくない。俺君が私と話すのが苦手じゃないのはおかしいw」
俺「…………んーと、麻里さんが特別って事で良くないですか?」
麻里「ん! それでよろしいw」
〜〜〜〜〜〜
麻里「俺君は天才ピアニストってイメージは嫌なの?」
俺「嫌って言うか、天才って言われるのは抵抗がありますね。」
麻里「そうなの?」
俺「才能が無いとは言いません。絶対音感もありますし……ただ、選ばれた一握りの才能みたいな見られ方は嫌です。」
………俺は単に人より多く弾いてるだけ。
俺「俺と同年代で、同じくらい鍵盤を叩いてる人ってそうはいないと思います。ただ、そういった人達は、俺と同レベルの技術があると思いますよ」
麻里「……言っている意味はわかるけど、そんな人、俺君以外見たことないよ?」
俺「俺も会ったことは無いけどw 多分いますよw」
また麻里さんドヤ顔………
麻里「ふふーんw つまり、俺君はめったにいないレベルの才能の持ち主ってことじゃない?」
…………………でもなぁ
俺「俺より年下とかでも、国際コンクールとかで優勝してる人とかいますよ? 天才って、そういう人達の事を言うんじゃないですか?」
麻里「……俺君、コンクール出た事あるの?」
あっ……失敗した……
俺「…………いや、無いですけど」
麻里「ほらーw 俺君は【逆・井の中の蛙】だw」
…………なに?それ?
麻里「大海に通用するのに、井の中で満足だゲロゲーロw」
……………反論できない
麻里「でも麻里さんに捕まっちゃったゲロゲーロw」
麻里「これからちょっとずつ外の世界に行くんだゲロゲーロw」
俺「しかも俺の井の中も狭いですねw」
麻里「自分一人の井の中だゲロゲーロw」
俺「今はバンドのメンバーまで広がりました」
麻里「次はライブだゲロゲーロw」
俺「……楽しみですね、ライブ。」
麻里さんの表情がちょっと変わった…
麻里「実は私達はかなり緊張してるんだぞゲロゲーロ」
………ゲロゲーロはもうやめましょうよ?
俺「そんなんですか?」
麻里「俺君はわかんないだろうけどゲロゲーロ」
俺「………?」
麻里「先に言っておくゲロゲーロ」
麻里「ライブが成功したらゲロゲーロ」
麻里「たぶん、みんな泣く……ゲロゲーロ」
〜〜〜〜〜〜
俺「……とりあえずゲロゲーロはやめましょう」
麻里「……止めるタイミングがわからなかったw」
俺「それよりさっきの……成功したのに泣くんですか?」
麻里「たぶん、ね… 昨日の全体練習かなり良かったでしょ?」
俺「そうですね。リズムも良いし、ミスも少ない。後は合わせにくい箇所の練習ぐらいですか?」
麻里「そうだね…。ただ、昨日の演奏って私達の過去最高レベルだと思うよ」
……え?、話を続けにくい
麻里「ん? 違う違うw だって私達もまだ直す箇所があるって自覚してるもんw」
……俺って表情に出過ぎるんだなぁ。
麻里「俺君が加入する前だったらわからなかったし、満足もしてたと思う。ただ、今は満足出来ないし、直す箇所も自覚しているの。」
麻里「俺君に引っ張られて、みんな凄いレベルアップしてる…」
麻里「だから次のライブは自分達が今まで体験したことのないパフォーマンスが出来るはず。」
麻里「だから緊張してるんだw」
………それは良い事なんだろうか?
麻里「D子はもちろん、B子だって俺君に感謝してるよ。……多分w」
俺「そんな感謝されるような事はしてないですけど…」
麻里「ふふーんw だって俺君が加入しただけで、みんながレベルアップしてるんだよw」
俺「それはみんなが頑張った結果じゃないですか?」
麻里「違う違うw 普通のキーボードが加入したって、レパートリーが増える程度。」
……うーん
俺「俺、別に何もしてないっすよ?」
麻里「んw みんなにアドバイスくれてるよw」
…………ん?
俺「……それは気付いた事があれば言ってほしいって言われたからですけど?」
麻里「ピアニストってピアノがメインで他はわからない、そんなイメージなんだけど、俺君は違うでしょ?」
俺「俺はエレクトーンがメインですし…」
麻里「うんw だからかも知れないけど、周りを引き上げてくれるんだよw」
……そんな意識はなかったけど
麻里「この前のリズムマシンの件も、他の人ならそんな提案したかな?なんて思うよw」
……それはそうかもしれない
麻里「そしてD子のドラムは安定したし、B子もリズムが乱れる状況を指摘されて凄い安定した。」
麻里「私もソロを一緒に考えてくれて、凄い良いメロディが完成したしねw」
……こういうことかな?
俺「…つまり、ピアニストのはずが、他の楽器もわかっていると?」
麻里「そうそう!そして、単に欠点を指摘するだけじゃなくアドバイスもくれるw」
………なるほど
俺「エレクトーンじゃ極端な話、ピアノが無い曲も弾くんで、その影響かも?」
麻里「そうかもね? ただ、エレクトーンをやっている人が全員そんな事できるか?って言うと出来ないと思うよw」
………それはそうかもしれない
麻里「エレクトーンジャンキーの底力だw」
………うん
俺「天才ピアニストよりエレクトーンジャンキーって言われたほうが、やっぱり納得しますよw」
麻里「天才ピアニストのほうが世間受けは良いのにw」
俺「やっぱり、俺は天才って言われても違うって思うし、ピアニストって言われても実はそうじゃないって思っちゃいます。」
俺「元々テレビで流れる曲をどんどんコピーしてったってのが最初ですしねw」
麻里さん、何かを思いついた
麻里「……俺君だったらラッシュ時の駅の様子とか再現しそうw」
俺「……実はもうやってますw ただ失敗しましたけどねw」
麻里「へーw 俺君でも失敗するんだ?w」
俺「電車のチャイムとかアナウンスは言葉じゃなく音階でも意外とそれっぽく聞こえるんですよ。ただ雑踏の騒音が難しいw」
麻里さん、なんかスッキリした顔で
麻里「やっぱり天才ピアニストじゃなく、エレクトーンジャンキーなんだw」
〜〜〜〜〜〜
カフェからの帰り道、麻里さんは上機嫌だった。
麻里「俺君が天才ピアニストとして人気があったり、評価されるのを嫌がるのが納得出来たw」
俺も自分のモヤモヤした感情が何か解けた感覚だった。
俺「エレクトーンジャンキーが人気が出たりするかは不明ですけどねw」
そしたら麻里さん、ニッコリ笑って
麻里「きっとバンドマンとして人気が出るよw」
…うん
俺「それは嬉しいと思いますよw」
麻里さん、ニヤッと笑って
麻里「そうなったら、ちゃんと業務報告してよw」
……バンドマンなら業務なんだw
俺「必ずしますよw麻里さんには全部話しますからw」
麻里さん、少し考えて
麻里「ライブが成功したら、俺君も泣くんじゃないの?w」
…………んー
俺「多分、泣きませんよ」
麻里「…泣き虫なのに?w」
………泣かないと思う
俺「……俺が泣くのは、麻里さんと二人きりの時だけですw」
麻里さん、それを聞くと一瞬ポカンとしてから、
嬉しそうに笑った。
麻里「私が特別なんだねw」
…………そう、麻里さんは特別なんだ