ドヤ顔
B子「なんかしっくりこないんだけど…どこかわかる?』
初めての全体練習。
最初から通して演奏してみる予定だったのが、2曲目でストップがかかった。
D子「ごめん、なんかミス多い」
B子「…いや、私もたくさんミスってるし」
テンションが下がる二人。
一番の原因はD子さんのドラムがなんだか不安定なとこだと思う。
全体的に飛ばし気味で、何故かB子さんのミスに釣られる?
と言うか、B子さんがミスるとテンポが下がる。
そこを指摘して聞いてみた。
俺「なんか焦ってません?」
D子「そんなつもりはないんだけどなぁ」
B子「何回もやってる曲だし、いまさら焦る?」
俺「じゃあ、逆に抑え気味な気持ちでやってみませんか?」
D子「そのほうがいいかな?」
B子「私は? D子が安定すると、私も安定するとか?」
俺「メロディの切り替わりの時に、リズムから外れる事が多いです。
後はコーラスが入ると微妙に乱れます。
そこを気をつけていけば安定すると思います」
B子「……容赦ないなw」
俺「すいません」
B子「いや、ちゃんと言ってくれたほうが助かるからw」
ちなみに麻里さんは上機嫌でソロの練習をしている。
B子「…あいつ、今日はやたらとテンション高いんだよな」
D子「あれはラストのソロ?」
俺「そうですね。完成したのが昨日の遅くだったんで練習時間がまだ足りないでしょうね。」
B子さん、ニヤニヤしながら
B子「あいつが夢中になってる間に、昨日の事、おねーさんに教えてほしいなぁ♡」
〜〜〜〜〜〜
昨日の事と言われても、話せる事は殆ど無いし。
あの後、二人でひとしきり泣いて……
先に泣きやんだ麻里さんに手を引かれて、家まで送った。
麻里さんの家の玄関先で
麻里「一人で帰れる?」
って聞かれて、グズグズ鼻をすすりながら頷いたら、
麻里さん、ティッシュで涙と鼻水を拭いてくれた。
麻里「もうw 泣き虫だなぁw」
俺「………麻里さんも………泣いてたじゃないですか」
麻里「…うん。 釣られたw」
俺「………俺、麻里さんと出会えて…………本当に良かったです」
これは伝えなきゃって思った。
絶対に言いたかった。
そしたらまた麻里さんも泣き出しちゃって、
麻里「………もう家なんだから………泣いてたら……変に思われるのに………」
そして、また麻里さんに手を引かれて、一区画グルっと回って、また玄関先……
麻里「はいw もう泣かないw 家に帰ったら水分取ってちゃんと寝る事w」
俺「はい!」
麻里「よし!じゃあまた明日ね! おやすみなさい」
家に帰ったら11時を回ってた。
朝、起きたら麻里さんからメールが来てた。
麻里『おはよう。昨日はちゃんと寝れた?』
俺『おはようございます。水分取ってちゃんと寝ました。』
麻里『じゃあ帰りに駅で待ってる』
恥ずかしくて喋れる部分が無い。
〜〜〜〜〜〜
D子「麻里、うまくなってるよね」
B子「悔しいけどね。なんか急激にうまくなってる…」
なんか二人の目がジト目になってるんですが……
俺「……麻里さん、頑張ってますから…」
D子「……確かにあの子は練習熱心だけどさぁ」
B子「……まぁいいや。確かに全体練習は真剣にって言ったのは私だしね」
B子「じゃあ、別な質問。あんた、この前のバンドが初めてだったんだよね?
私達と音を合わせたのも今日が初めて。
しかも今日のD子は不安定とか…
じゃあ、なんであんたはピッタリと音を合わせられるの?」
別にピッタリって訳じゃない、
D子さんのペースに合わせて、テンポが変ったら修正しているだけなんだよな。
その事を伝えると
B子「つまり、私にはピッタリに聞こえても、あんたはピッタリ合ってるとは思っていないって事だよね?」
…嫌みに聞こえたかな?
麻里さんが来た。…なんかドヤ顔で…
麻里「ふふーんw 少しは俺君の凄さが実感できた?w」
B子「………なんでお前がドヤ顔なんだよ?」
麻里「ふふーんw 別に〜w」
B子「…………正直、ナメてたのは認める。」
麻里「ふふーんw」
B子「…………でも、お前のドヤ顔はムカつく」
麻里さん、そんな事言われても上機嫌…
何か言いかけようとした時、D子さんが口を開いた。
D子「ゴメン! 最初からもう一度やろう!」
D子「俺君、何が気づいた事があったら全部言って!
どんなに細かいとこでもいいから!」
〜〜〜〜〜〜
だから俺は最初に疑問に思った事を言った。
もしかしてD子さんはB子さんのベースに合わせてませんか?…と
ドラムがベースに合わせてるんじゃないか?って言った時には、D子さんが目線を下に向けたから、自覚があったんだろうと思う。
何回か合わせてみてわかったのは、
このバンドの中心はB子さんのベースだという事。
D子さんは自分でリズムを作るのではなく、B子さんのベースに合わせてドラムを叩いてる。
だからB子さんがミスると、リズムそのものがおかしくなる。
ところがB子さんは、あくまでもD子さんのドラムに合わせて弾いているんだろう。
この話をしたらぽかーんとしてたから…
B子「…つまり…今日、不安定なのはD子じゃなく、私って事?」
D子さんは答えない…
だから俺が答えた。
俺「そうなりますよね…」
なんか微妙な空気…
そんな中で、麻里さんが不思議そうな顔をして聞いてきた。
麻里「俺君、ドラムがベースに合わせるってダメなの?」
俺「他にもそんなバンドがあるかもしれません」
麻里「…じゃあ良くない?」
俺「そこら辺はバンド内の決めごとだと思いますよ。ただ、ドラムとベースが両者とも相手のリズムに合わせてるってのは良くないと思います。」
麻里「………どうして?」
俺「リズムを立て直す人が決まってないんで、リズムが狂ったら戻せなくなると思います。」
麻里さんが大きく目を見開いて
麻里「なるほど!」
そして多分、無意識に急所の質問ー
麻里「じゃあリズムを立て直す人は誰になるの?B子?D子?」
これは俺が決められない。
麻里さん、俺の表情を見てB子さんとD子さんを見た。
D子「私がやる。」
うん。それが良いと思う。
〜〜〜〜〜〜
また1曲目から再開…そして中断…
俺「今までこんな事はなかったんですか?」
B子「…そりゃあ合わない事はあったけど………」
B子さんが最後まで言わない。
つまり、ここまでひどくなった事は無かったんだ。
って事は、原因はひとつしか無い…
…俺の存在。初めての新メンバー。
気負いなのか、緊張なのか、わからないけど、
何らかのプレッシャーになってるんだろうな。
俺「D子さん、試しに一人で叩いてみませんか?」
D子「あっ、は、はい」
………なんか敬語になってるし。
一人で叩いてもらうと……悪くない。
他の二人も同じ感想をもったんだろう。
お互い顔を見合わせてる……
俺「じゃあ、次はリズム隊だけでお願いできますか?」
B子さんは無言で立ち上がり、麻里さんは俺の横に来た。
麻里「……やっぱりちょっと乱れるね」
俺「……でも、全員で合わせた時ほど乱れないですよ」
1曲弾き終わり、D子さんが口を開いた。
D子「……ごめん、どうしてもベース聞いちゃう」
…うーん。
…どうすりゃいいんだろ?
………耳栓するとか?………ダメだよな
そんな事を考えてると、隣で麻里さんが、
麻里「俺君はいつもどうしてるの?」
俺「いつもって?」
麻里「ジャンキーの時。他の音に釣られたりしないの?」
麻里さん、微妙にエレクトーンを誤解してるみたい…
俺「釣られるって事はないですね。ドラムはリズムマシン使うから、基本的にドラムに合わせるんですけど」
麻里「んー?順番は?」
やっぱり誤解してるな…
俺「ドラムに合わせて一緒に弾きますよ。鍵盤多いし、足鍵盤もありますし」
麻里「へー! あのアレンジもいっぺんに弾いたの!」
俺「そうです。だからミスタッチすることはあっても、釣られるって事はないですね」
麻里「んー、参考にはならないか…」
俺「そうですね…俺の場合、ドラムは機械ですし、他のドラマーのほうが参考になる意見を持っていると思うんですけど」
麻里「機械に聞くわけにはいかないしね」
人間だから、機械のように正確じゃないけど、そこが味なんだけどな。
いっその事、リズムマシンを横に置いて、それに合せてもらうとか?
………んー?
………あれ? 意外と良くない?
横に置くんじゃなくて、ヘッドホンで聞いてもらいながらとか?
リズムマシンから、その曲に合せたリズムを流して、
それに合せてもらうと、ベースに無理に合わせようとしなくなると思う。
そんな事を考えてたら、麻里さんがジーっと俺を見ている……。
…はい、ちゃんと説明します。
その視線に促されるように、さっきの思い付きを説明してみた。
…………
D子「………良いかもしれない。けど、肝心のリズムマシンとかもってないよ」
俺「リズムマシンなら俺が持ってますから、それを貸しますよ」
D子「本当?」
俺「明日、ここに持ってきます」
D子さん、ガタッと立ち上がって
D子「みんな! 悪いんだけど来週金曜の前に、もう一度全体練習をしたい!」
B子「…そうしたほうがイイね。で、いつにする?」
そして二人とも手帳を広げだす………
麻里さんは…………
俺「麻里さんは手帳チェックしないんですか?』
麻里「ん? 予定なんて無いしw 空いた日にリハビリしようよw」
………とりあえず次回は水曜に集まる事が決まった。
〜〜〜〜〜〜
次の日、スタジオに入るとB子さんとD子さんが既に待っていた。
俺「おはようございます。」
麻里「おはよー」
二人「おはよう」
早速、リズムマシンの説明。ヘッドホンはD子さんが持ってきた。
俺「とりあえず、今回のライブ用の5曲を入れてます。」
D子「ちょっと叩いて見ても良い?」
俺「修正したい部分があれば言ってくださいね」
そして…
B子「思ってた以上に変わるな…」
俺「聞きながら叩く癖があったのかもしれないです
ね。」
B子「ちょっと合わせてみようかな? 麻里ちゃんには悪いけどw」
良かった。B子さんも、いつもの調子に戻ってきた。
そしてリズム隊だけで1曲………
麻里「…………凄い良くない?」
俺「やっぱりドラムが安定するとB子さんも弾きやすいんでしょうね?」
麻里「リズムマシンあったら、私のギターも変わる?」
俺「個人練習で使うと全体練習でも合わせやすくなるとは思いますけど」
麻里「……高い?」
俺「あれは1万ちょっとの機械ですね。」
麻里「んーーん…… 俺君と二人で練習しても変わる?」
………あっ、なるほど
俺「…二人で買いますか?」
麻里「うん!」
………これはチケット売りさばかなきゃキツくなるな。
D子「俺君、これいつまで貸してもらえる?」
俺「ずっと貸しっぱなしで良いですよ。エレクトーンには内蔵してるのがあるんで。」
D子「本当? ありがと!」
D子さん、リズムマシンを操作して、次の曲を叩きだす。
D子さんも気に入ったみたい。
B子さんもベースを弾きだすが、俺達を見てニヤッと笑った。
B子「D子ー、この前の続きをやりたいとこだけど、そろそろ麻里ちゃん怒り出すから帰ろうw」
それを聞いた麻里さん、またドヤ顔。
麻里「ふふーんw 私達、ちょっと買い物行ってくるから、練習してても良いよw」
えっ? リズムマシン?
…麻里さんって即決の人だよな。
B子「…なんだよ。またリハビリかよ?」
麻里「違うよ。ちゃんとした業務だよ」
またしても出てきた難解ワードの意味がわからず、
ポカンとしている二人。
俺にも麻里さんの言う業務の意味がわからない。
ただ、二人に「行って来ます」と声をかけてスタジオを出た。
昨日、麻里さんの言ってた、
『ずっと一緒に歌わせて』
これを聞いた今、俺はゴチャゴチャ考える事はなくなった。