エレクトーンジャンキー
麻里「もー、ちゃんと聞いてる?」
俺「え?…いや、聞いてますよ」
突然のバンド加入の翌日、俺は麻里さんに呼び出されていた。
〜〜〜〜〜〜
『もう着いた?明日は時間ある?』
麻里さんからの初メール。
絵文字とか使わないんだなーって思って、
でも、麻里さんらしいかもとか思って見てたら
姉「携帯見ながらニタニタしてキモいわー」
とか言われてしまった。
俺、そんな顔してたんだとか、ちょっと凹んで、顔を作り直して、
俺『明日は1日中空いてますよ』
麻里『じゃあ10時にカフェに来て』
俺『何するんですか?』
麻里『特訓って言ったでしょ?』
そういや、キーボードの特訓するって話だった。
ほんの数時間前の出来事が、すごい前に感じる。
姉「……彼女でも出来たのw?」
俺「そんなんじゃないから」
姉「ぷっw あんたに彼女ねーw」
俺「違うって」
考えてみれば、姉と麻里さんは同い年なんだよなー。
麻里さんも家じゃこんなんなのかなー?とか考えちゃったりして、姉をマジマジと見てしまったり…
姉「ん?何見てんの?キモい」
…姉と麻里さんを比較するのは止めようと思った。
〜〜〜ー〜〜
次の日、カフェに着いたら、やっぱり麻里さんは先に着いてて
麻里「ここー」
って手を振ってくれた。
そして、昨日と同じくアイスカフェオレを頼んだ。
麻里「まずねー、練習とライブの予定を説明するね」
麻里「練習は毎週金曜日の6時から9時まで、ライブは基本的に月末の日曜日、ライブハウスの空きが無い時には土曜日になったりもするよ」
俺「練習って金曜日だけなんですか?」
麻里「うん。ただ最初の週は次のライブの曲を決めたり、前のライブの反省をしたりだから、実際の曲合わせは次の週からだね」
…少し考え込んでしまった。
…少ない。
今の話だと月によっては2回しか曲合わせが出来ない事になる。
俺は多分、毎日3時間はエレクトーンの前に座っている。休みの日は1日中防音室にいることも多い。
自分でも高校生らしからぬ、異常な生活を送っている自覚はある。
一般的な高校生の麻里さん達がそんな生活を送っているとは思えない。個人練習が異常に多いわけじゃない。
今までの蓄積?確か、結成は中2だから4年間のキャリアがある事になる。
それでも2回は少ないと思う。
そんな事を考えていたら、
麻里「もー、ちゃんと聞いてる?」
麻里さんが少し頬を膨らませながら文句を言ってきた。
俺「え?…いや、聞いてますよ」
麻里「ほんとにー?」
麻里「何か考え込んでなかった?」
麻里「もう俺君はうちのバンドのメンバーなんだからね」
…うちのバンドメンバー
なんか凄い嬉しかった
そしたらやっぱり顔に出てたらしい…
麻里「ん?私、変なこと言った?」
俺をメンバーとして扱ってくれている…
俺もちゃんとしなきゃね…
疑問はしっかりと口にしよう。
俺「練習が週一3時間って少なくないですか?」
麻里「んー。毎回、新ネタって訳じゃないしね。極端な話、今まで何回もやった曲でライブする時もあるし…」
嫌な予感がする…
確かに今までは大丈夫だったんだろう。
けど今は…俺が加入してしまっている…
同じ曲をやっても、アレンジが変わる…
その影響をもろに受けるのは
…ギターの麻里さんだと思う。
〜〜〜〜〜〜
二人でスタジオに向かった。
麻里さんは
麻里「カフェまでは私が持ったから、スタジオまでは俺君ねw」
とか言ってギターとキーボードを俺にもたせた。
俺の普段の生活をを話したら
麻里「エレクトーンジャンキーw」
とか笑われてしまった…
俺「でもずっと鍵盤叩いてる訳じゃないですよ。PCで動画を探す事も多いんで…」
俺「最近は父のリクエストがクラシックだったりするんで、奏者を聞き比べたりもしてますよ」
麻里「でも、高校生らしからぬのは変わらないw」
なんか言い訳するほどハマる感じが…
麻里「…なんとなーく、俺君の秘密がわかった気がするw」
え?秘密って何?
何故か麻里さん上機嫌だし…
〜〜〜〜〜〜
スタジオに着くとB子さんが居た。
B子「おはよー」
麻里「おはよー」
俺「おはようございます」
B子さん、俺を見て微妙な笑顔を見せた。
B子「へーw 麻里がギターを他の人に触らせるのも珍しいーねw」
麻里「違うよーーっ!!!!!ちゃんとケースに入ってるっ!!!!!」
…麻里さん、耳まで真っ赤にして全力で否定しなくても……
B子「ハイハイwキーボードの特訓でしょ?」
麻里「そーだよ。ちゃんと覚えてもらわないとライブに間にあわないから」
B子「…ギターいらなくない?w」
麻里「………合わせるのっ!!!! 俺君加入したらアレンジ変わるんだからっ!!!!!」
あっ…麻里さん、ちゃんと考えてたんだ。
俺、また上から目線だったよ…
話題を変えたほうが良いかな?とか考えて…
俺「今日はD子さんは?」
B子「D子はデートw 私もこれから出かけるよw みんなデートだねw」
麻里「だから違うってっ!!!!!」
話題変えるの失敗しました…
〜〜〜〜〜〜
B子さんは散々麻里さんをからかった後に、
B子「終わったら鍵かけてってねー」
とか言って出て行った。
麻里「………気を取り直して特訓するよ!!!」
俺「はい!よろしくお願いします!」
とは言っても、キーボードの説明は操作方法を聞くぐらいだった。
キーボードとエレクトーンの違いは、ぶっちゃけ鍵盤の数ぐらいで、鍵盤が少ないぶん、キーボードのほうが音の切り替えが忙しいぐらいだった。
一人で弾くエレクトーンと違って、バンドなんだから自分が受け持つパートは少なくなる。
それよりも、今まで麻里さん達が覚えてきたレパートリーをキーボード有りに修正する作業のほうが大変だった。
バンドのジャンルは洋楽ハードロックカバー。
俺が知ってる曲は半分ぐらい。
楽譜なんて持ってないし、本来、キーボードが受け持つパートも強引にギターに変えて演奏してたりしたので、
まずは二人でオリジナル曲を聞く、
そして麻里さんにバンドでのアレンジを弾いてもらう、
違いを見つけてオリジナルに近い形に修正していく、
修正したとしても、すぐにマスター出来る訳もなく…
麻里「やっぱりダメかー…」
俺「先が見えませんね…」
麻里「せっかくキーボードが入ったから新しい曲もたくさんしたかったんだけどなー」
俺「むしろ全曲を新ネタでやったほうが早くないですか?」
俺がそう言うと麻里さん、少し寂しそうな顔をして…
麻里「…時間がね、…私達だけなら良いけど、B子達まで新ネタ覚えるとなると足りないんだ…」
…何かが引っかかった…
聞いて良いんだろうか?
麻里さん達がバンドを好きなのは間違いない…
じゃなんで全体練習が週一3時間だけなんだ?
専用のスタジオまで持っているのに…
さっきは濁された感じがする。
俺もバンドのメンバー、けど昨日入ったばっかり…
どうすれば良いかわからない…
そんな俺の表情を読んだんだろう…
麻里さんはちょっと悲しそうな顔をして…
麻里「俺君はバンドのメンバーだもんね…」
麻里「話しとく…」
麻里「……私達ね…1回壊れかけたんだ…」
〜〜〜〜〜〜〜
…何言ってるんだろう?
壊れるって? バンドが?
昨日は小学校からの付き合いとか言ってたのに?
麻里さんは俺の顔をチラッと見て、続けた…
麻里「やっぱりね、彼氏とか出来るのよ…でもね…バンドも好きだしさ…」
麻里「それまで毎日会って練習とかしてたんだけどね…」
麻里「最初にB子のとこが壊れた…」
麻里「次にD子のとこも危なくなった…」
麻里「バンドか、彼氏か、みたいな感じになっちゃてね…」
麻里「だから…きっちり分けようって…ね」
…気持ちはわかるような感じはするけど、
俺はと言うと、半分引きこもりに近いエレクトーンジャンキーだしなー…
ぶっちゃけ恋愛未経験だしなー…
そして…空気を読めない爆弾を落とす…
俺「麻里さんのとこは?」
麻里さん、ポカーンとして、
そしてまた耳まで真っ赤にして…
麻里「☆★♠♥♥♯××+っ!! 私んとこなんか無いっ!!!!!」
麻里「無いっ!!!!!無いっ!!!!!無いーーーっ!!!!!」
俺「え?…いや…その…」
麻里さん、肩で息しながら睨んでるし…
麻里さん、何か言いかけて言葉にならないし…
俺「…ゴメンナサイ」
麻里「ふー… よろしい…」
なにがよろしいんだか、わかんないんだけど…
とりあえず、麻里さんの顔色は戻った…
麻里「この話は二人にしちゃダメだよw」
俺「…わかりました」
〜〜〜〜〜〜
とりあえず当面の課題…
キーボードが入ったことによるアレンジの変更…
そこで提案してみた。
俺「ひとまず、次回のライブの曲だけを修正しませんか?」
麻里「そーだね。そのほうが良いかもw」
俺「で、次回の選曲は?」
麻里「決まってないw」
…………………え?
一瞬、カタカナ歌詞カードの悪夢が頭をよぎった…
麻里「話したでしょ?最初の週に次回のライブの選曲するってw」
…確かに云ってた。
最初の週って…昨日?
麻里「昨日は俺君の紹介だけで終ったみたいなもんだから、何も決まってないよw」
…麻里さん、何故ドヤ顔?
麻里「ふふ〜んw」
麻里「なーんてねw 本当は二人で決めて良いって言われてんだーw」
麻里「さっき、失礼な事聞いてきたから仕返しーw」
麻里さんって、少しリアクションが古い感じがする…
けど、そんな事を言ったら、また爆弾になりそうだったので…
俺「…ゴメンナサイ」
麻里「んw よろしいw」
〜〜〜〜〜〜
…とりあえず、お腹が空いたとの事で、二人でコンビニまで行って、遅めの昼食を取りながら選曲した。
俺「昨日、D子さんMiss a Thingやりたいって言ってましたよね?」
麻里「そ~だねー。でも完全に新ネタだから、それ入れちゃうと、せっかくアレンジしたオリジナル曲が厳しくなると思うんだー」
俺「オリジナル曲はまだメロディも固まってないから、もう少しじっくりと煮詰めても良いと思うんですけど…」
麻里「…いいの?せっかくアレンジしたのに…」
俺「僕は良いですよ。むしろ、みんなと色々話し込んで作り上げたいんで…」
休日の午後…
いつもだったら間違いなく防音室に篭っている…
一人で…せいぜい父に聞いてもらうぐらいの音楽…
それが今は…
麻里「…でねー。最後はノリの良いので…」
俺「…ありがとうございます」
なんか自然に口から出た言葉…
麻里さん、へっ?とか言いながら、こっちを見てる。
俺「…あっ…ゴメンナサイ。なんか口から出ちゃいましたw」
麻里さん、少しボケっとした後に、徐々に頬を膨らませて
麻里「……また、私の話を聞いてなかった…」
俺「いやいやいや…ちゃんと聞いてましたよ」
麻里「嘘だ!…なんか自分の世界に入ってた!」
あっ…バレてら…
俺「んーとー…なんか、こーやって人に聞かせるための音楽を、みんなで作るってのが嬉しくて…そのー…そしたら…誘ってくれた麻里さんへの感謝の意が…自然と口から…」
麻里さん、膨れっ面から徐々に回復…
麻里「んーんーんー…そういう事なら良いけど…さ…」
麻里「でも、今は真剣にやるの!」
麻里さん、怒ってはいない。少しニヤけてる。
やっぱり下手に誤魔化したりしないで、ちゃんと話して正解だったんだ…
…最初は誤魔化したけど
…しどろもどろだったけど
…つーか、感謝の意ってなんだよ?
〜〜〜〜〜〜
ひとまず曲目は決まった。
それをB子とD子さんにメールして
そして、また修正作業を再開。
ノリの良い曲として選んだ C'mon everybody は、ほぼ修正の必要の無い、俺がキーボードパートを入れれば済むだけなので、後は新ネタを含む4曲。
D子さんからの了解のメールの後で、B子さんからのメール。
麻里「俺君、何か食べる? B子がもう少しで帰るから、何か買っていこうか?って」
俺「あっ、じゃあ軽くつまめる物を、お願いします」
なんとか一曲だけ形になったところで、B子さんが帰宅。
B子「あっれーっw お邪魔だったかなぁw」
出がけのノリのままだし…
麻里さんは流石に疲れたのか、全力否定はせず、
麻里「違うってーのw」
B子さん拍子抜けみたいな顔しながら、コンビニの袋からゴソゴソとポテチをだしてポリポリ。
B子「つーか、ずっと、やってたの?」
俺「はい。これでライブ用の2曲目が形になったとこです」
麻里「んー、B子も来たし、少し休憩しよ!」
と麻里さんトイレへ…
麻里さんが扉を出た瞬間、B子さん
B子「で?どーなの?付き合ってるの?」
なんか目が輝いてるし…
俺「付き合うも何も、まともに喋って3日ぐらいですよ」
B子「いやいやいやーw そーじゃなくてさw」
B子「あの麻里がいきなり俺君をバンドに入れる!って宣言して、学校まで突撃したんだよw そりゃなんかあるでしょ?w」
…そこは興味ある。つーか、学校に来た時点でスカウト確定だったんだ?
俺「いや、浮いてて上手くて歌えるピアニストとか言ってましたよ」
B子「いやいやいやw そんなんレベル問わなきゃいくらでもいるでしょw 実際、何人かいい感じの人は居たんだからw」
俺「なんかイマイチ合わなかったとか言ってましたよ」
B子「確かに麻里が嫌がって断ったんだけどね…」
B子「だ・か・らw 俺君だけ特別ってのは、なんかあるでしょ?w」
ガチャ
麻里さん、戻ってきて、俺とB子さんの距離に何かを感じたのか
麻里「はい!練習再開!練習再開!時間ないよ!」
俺「はい!2曲目もう一回通してやってみます?それとも3曲いっちゃいます?」
麻里「えっとー…どうしよう?」
俺「調度B子さんもいるから、ベースとコーラスで入ってもらって2曲目を通してみます?」
B子さん、ニヤニヤしながら
B子「いやーw 邪魔しちゃ悪いから、私は部屋に戻るよw」
〜〜〜〜〜〜
パタン
麻里「えっとー…B子に何か言われた?」
俺「麻里さんが俺をバンドに入れるって言って学校に突撃したとか…」
麻里「………………2曲目もう一回やろw」
俺「じゃ俺がコーラス入れますね」
麻里さんが俺をどう思ってるのかはわからない。
B子さんの言うように、俺が特別って言うのはわかる。
なんせ俺はエレクトーンジャンキー
異常な練習量を誇るエレクトーンジャンキー
同年代じゃ誰にも負けない自信はある。
だから、俺は…特別…
麻里「よし!いい感じ!」
俺「後はリズム隊と合わせてみてですね」
麻里「そーだね。それは来週まで持ち越しだね」
俺「じゃ3曲目いっちゃいます?」
麻里「いや、今から始めると中途半端になるから、明日にしよ!」
…………明日?
麻里「……あっ、明日は用事あった?」
俺「いやいや、無いです無いです!」
麻里「じゃ、掃除して帰ろう!」
俺「はい!」
麻里さんが俺をどう思ってるのかはわからない
けど、麻里さんと出会って…
俺は、麻里さんと出会って…
幸せなんだと思う…
音楽は好き…
自分一人でエレクトーンの前に座って…
一曲完璧に再現するのは快感だった…
だけど。今日…
麻里さんと二人で…
リズム隊もいない中途半端な状態なのに…
なんとか2曲、形にしたのは…
今までにない達成感があった…
それが明日もできる…
多分、今の顔は…
姉にキモいと言われるような表情をしてるんだろうな。
麻里「よし!じゃ、駅まで送るよw」
俺「えっと、今日は俺が送りますよ」
麻里「おー!! …けど、私んちから駅まで行けるの?w」
俺「あっ…」
こんなとこがダメなんだと思う…
麻里「じゃ、私が駅まで送って、その後に私んちまで送ってw」
俺「スゲー!!! それで解決っすね」
今思うと、バカだと思う
けど、この時は本当に解決とか思ってた。
バカでいいじゃんか。
〜〜〜〜〜〜
この後、
麻里「疲れ果てた女子高生に重い荷物を持たせるのかw」
とか言われて、ギターとキーボードは俺が担いだ。
そして、
麻里「明日の10時に、ここねw」
と待ち合わせは玄関先を指定された。
麻里さんと別れて、ちょっとしたダルさがあったが、むしろそれが気持ち良かった。
今日一日。楽しかった証のような感じがしてね…
そして家に帰り、防音室に入ってみて驚いた。
そこにはアップライトピアノがあった。