情けなくて
俺「今日の問い合わせは3件ありました。いずれも他のクラスの女子です……」
麻里「…………いや、怒らないから!」
……麻里さんは我慢強くなった。と、いうより慣れたのかも知れない。
麻里「で、『完売した、来月よろしく』だよね?」
俺「そうです。」
麻里さんは少し考え込む。
麻里「来月のチケット、足りなくならない?」
俺「……それは早い者勝ちじゃないですか?」
麻里「んー。いつも使っている会場、キャパが200人なんだよね。で、うちの高校がメインで対バンで他の高校…」
俺「他の高校って、俺の高校ですよね?」
麻里「違うよ。今回のライブも他の高校から2バンド出るよ」
………知らなかった。
麻里「俺君はうちの高校扱いだよね。で、バンド数で割って、それぞれのバンドに割り振るの。」
俺「今回は何バンド出るんですか?」
麻里「もー!チケットに書いてあったのに!」
………ヤベ!全然見てなかった!
俺「スミマセン…」
麻里「今回は5バンドだよ。うちからは3バンド」
俺「って事は、1バンドあたり40枚?」
麻里「実際はB子が当日用としてキープしてるのもあるし、出演時間の短いバンドには割り当てを減らしたりするけど、大体そんな感じ」
俺「バンドあたり4人居たとしたら、1人あたり10枚ぐらい?」
麻里「そうだね」
………なるほど。
俺「って事は、今回、俺が割り当てられた20枚って……」
麻里「多分、多すぎw」
俺「……そうだったんですね」
麻里「ただ、B子も他の高校に売りたいって頭が合ったから渡したんだろうけどね。」
麻里「それに……キャパが満員になった事は無いから、対バンも売るのは苦労してると思うよ?」
…………そういや前回、友達は全然売れなかったって言ってたな。
麻里「……それが今までの問い合わせを考えると……1人で40枚くらい売りそうじゃない?」
俺「……そうかもしれません」
麻里さん考え込んで
麻里「うーん……」
俺「……やっぱり早い者勝ちじゃだめですかね?」
麻里「うーん………やっぱり嫌だな……」
俺「…………えっ?」
………何が?
麻里「………うーん。ん! まだB子には言っちゃあダメだよ!」
俺「…………何をですか?」
麻里さん、俺の目をみて
麻里「今まで報告した全部っ!!!」
〜〜〜〜〜〜
…………全部ですか?
麻里「うーーー、私って嫌な性格だなぁーー」
俺「………ごめんなさい。全然わからないんですが?」
麻里さん、フー!っとため息をついて、
麻里「B子に話しちゃったら、多分、俺君の高校から対バンを入れようって言うと思うんだ」
俺「あっ、そうなるとチケット販売の枠を増やしても大丈夫か!」
麻里「大丈夫じゃないっ!!!!」
えっ?………名案……じゃないのかな?
麻里「………だって、そうなったら候補は?」
俺「何回か対バンしたとこあるって言ってませんでした?」
麻里「あそこ下手だった………」
俺「……B子さんの友達のバンドは?」
麻里「多分、ほとんど活動してないみたい。元々上級生中心で卒業しちゃったらしいし」
…………候補がいないって事かな?
俺「じゃあ対バン出来ないんですね?」
麻里さん、キッと俺を睨んで
麻里「候補ならいるでしょ? もーっ!!!」
……………えっ?
……………麻里さん、なんで怒ってるの?
麻里さん、髪の毛をグチャグチャにして
麻里「………自分達から対バン希望だしたとこがあるでしょ?」
ん?……………あっ!……忘れてた。
麻里さん、俺の表情を見て
麻里「…………忘れちゃってたのね?」
俺「………スミマセン」
麻里「…………まあ、そんな俺君だから安心できるんだけどw」
麻里「………でも、やっぱり嫌だよ」
………そりゃそうだよね。
俺「……俺も嫌なんですが?」
麻里さん、俺の目をみて
麻里「………黙ってようw」
俺「………そうしましょ!」
二人でニヤッと笑って
麻里「……悪巧みw」
俺「違いますよw これは仕方ないんですw」
この後、二人でソロの練習をして、麻里さんのマッサージをして帰った。
〜〜〜〜〜
そして、翌日……
麻里「で、今日も当然………」
俺「何人か……多分、情報の伝わり方がまばらなんだと思います。」
麻里「いきなりピアノ弾いて、それっきりだしねw」
………麻里さんは色々吹っ切れたようだ
麻里「それで、B子からメール来た?」
俺「今のところ無いです。」
麻里「私のほうは特訓をからかわれるぐらい」
俺「大丈夫みたいですね?」
麻里「………まだ、絶対に何枚売れたか聞かれると思う。」
俺「……完売した、はマズイですよね?」
麻里「……マズイと思う。…けど追加のチケットって後払いじゃなかった?」
………あっ!
麻里「………また、忘れてたのね?」
俺「………流石にチケット代金を誤魔化す訳にはいかないですね…」
麻里「うん。それはダメ」
俺「じゃあ、苦労してなんとか完売したって事に………」
麻里さん、俺の目をチラッと見て
麻里「………俺君、そんな演技できないw」
俺「………どうしましょう?」
麻里さん、頭を抱えて
麻里「………ヤバイ!手詰まったっ!!!!」
俺「………え?」
麻里「やっぱり私達に悪巧みは無理だったっ!!!!」
俺「……相手はB子さんですしね」
麻里「今日は?水曜日?まだ時間はある!」
俺「金曜日にはB子さんに会いますね」
麻里「……それまで考えよう!!」
この後、また二人で特訓。
今日は初めて満足いく出来になった。
麻里さんにマッサージをしたら、
これまた初めて、麻里さんからマッサージされた。
なんか幸せな1日だった。
〜〜〜〜〜〜
…………そして翌日
麻里「…とりあえず報告は今までどおり?」
俺「そうです。そして………」
麻里「そして?」
俺、黙って携帯を見せる
B子『ちゃんとチケット売ったか?
明日、代金持ってこいよ!
ごまかすんじゃねーぞ!
完売したら、お姉さんが可愛い麻里ちゃん写メ撮ってやるから♥
ラストスパートかけろよ!』
俺『頑張って明日料金払います』
麻里「…………また、隠し撮りするの?」
ちょ、ちょっと! そこじゃないでしょ?
俺「違います! 遂にB子さんからメールが来たんですよ!」
麻里「………んー。なんか名案、浮かんだ?」
俺「………怒らないで聞いてもらえますか?」
麻里「………内容による」
俺「………ポイントはB子さんが写メを餌にラストスパートを煽ってきた事です」
麻里「……うん」
…………大丈夫かな?
俺「俺は【苦労して完売】の演技は出来ないと思うんですが……」
麻里「うん。出来ないと思う」
俺「【写メ欲しさに完売した】って演技は出来そうと思いませんか?」
麻里「やっぱり隠し撮りするつもりじゃんっ!!!!」
やっぱりそう取ったーっ!!!!
俺「演技の話ですよ!」
麻里「でも、隠し撮り欲しいんでしょ?」
俺「欲しい演技です!」
麻里「じゃあ、いらないの?」
俺「………えっとー」
麻里「即答出来ないじゃんっ!!!!」
俺「出来ます! 欲しいのは写メであって隠し撮りじゃないです!」
麻里「ブリクラ撮ったじゃん!」
俺「それは嬉しかったです!」
麻里「それでも写メ欲しいの?」
俺「今は写メの話じゃないんですよ!」
麻里「じゃあなんの話なの?」
…………落ち着け。
俺「今は演技の話ですよ?」
俺「B子さんに、チケットが簡単に完売した事を悟らせない為の演技の話です!」
俺「演技がうまく行けば、その後に連日問い合わせが来たとは思われないでしょ?」
麻里さん、ポカーンとしてるし……
麻里「………あっ、そういう事ね?」
俺「そう言う事なんですよ。………それでうまくいくと思いませんか?」
麻里「………それ、うまくいったら、隠し撮りされる訳でしょ?」
俺「…………えっとー、じゃあ、隠し撮りの件は麻里さんにバレたという設定で?」
……麻里さん、ジーっと俺を見て
麻里「……そんな複雑な設定、無理だよ」
………うん、無理だよね
麻里「……………隠し撮りは我慢する」
俺「えっ?……いや、別な手を考えましょうよ」
麻里「………もう明日の話だし、他に方法も無いと思う」
…………なんか俺、情けないや
麻里「………もう!そんな事で涙目にならないのw」
俺「………ゴメンナサイ」
麻里「……いいの!……別に裸を撮られる訳でもないし、行き先は俺君なんだから!」
……なんか、名案とか思ってて、麻里さんが嫌な気分になるのを思い至らなかった。
……元々、俺が原因なのにな。
麻里「……そんな顔してると演技が台無しになるぞw スタジオ行こ? ね?」
………この後、結局スタジオで大泣きしてしまった。
……結局、特訓は1時間ぐらいしか出来なかったけど、結果は完璧に近い。
……麻里さんは本当に頑張ったと思う。
〜〜〜〜〜〜
…………そして翌日、ライブ前の最後の全体練習
B子「で、お幾ら万枚売れましたの?w」
俺「………完売しました。」
B子「マジ?」
俺「マジです」
B子「………まさか昨日?」
俺「………クラス全員に声をかけました」
B子「つーか、二人でプリクラ撮るんだから、写メぐらい一緒に撮れば良いじゃんw」
俺「麻里さんは写メが嫌いなんです」
B子「………そういや、そうだったわw」
B子さん、チラッと麻里さんを見て
B子「…………流石にハードなのは無理だぞw」
…………あー、なんか心が痛い!
俺「……いや、……そんなんじゃ」
…………演技しなきゃならないけど
B子「ん?麻里となんかあったの?」
俺「えっ?……いやーなんにも無いですよw」
ここで麻里さんが来てくれた。
麻里「俺君、完売したんだよね?」
………なんか口調が変です!
俺「はい! 完売しました!」
………やっぱり白々しい演技になる
B子「………なんか気持ち悪いんだけど?」
麻里「………よし!全体練習始め!」
B子「…………いや、……まあいいや」
………こんな微妙な空気で始まった、最後の全体練習。
みんなと音を初めて合わせた時とはまるで違う。
B子さんのリズムが乱れる癖も直ってる。
D子さんはヘッドホンをつけながら、正確にリズムを刻んでる。
麻里さんのギターは本当に上達したし、ソロもピッタリ合うようになった。
みんな、相当、個人練習をしたんだろうな。
なんかジーンとくるものが合った。
B子「で、どうよ?w 文句あっか?w」
全曲通して演奏が終わった時、B子さんがドヤ顔で聞いてきた。
D子さんはヘッドホンを外して、微笑んでる。
麻里さんはニコニコしながら、俺を見てる。
こんな演奏見せられたら、言う事は1つしかない。
俺「完璧です!」
B子「よっしゃーっ!!!! 遂に言わせたっ!!!!」
D子さんが涙ぐんでる。
麻里さんは俺の手を掴んでブンブン振ってる。
これでやるべき事は全部した。
本当に、本当に、みんな頑張ったと思う。
後はライブまで、しっかりと体調を整えるぐらい。
なんか、凄いよ。みんな。
〜〜〜〜〜〜
B子「あー、ちょっと聴きたい事があんだけど?」
みんなで片付けをしている最中に、B子さんに話しかけられた。
………まさか、演技がバレた?
………思わず、麻里さんと顔を見合わす。
B子「………そういや、お前、ライブはどんな格好で出るつもりなんだ?」
…………ライブの格好?衣装って事?
俺「………特に考えてませんでしたけど?」
B子「いや!考えとけよ!まさか、土日とかに見たような私服じゃ、無いだろうな?」
俺「………あー、ダメでしたか?」
B子さんが頭を抱えてる。
そこに麻里さんがドヤ顔で………
麻里「大丈夫!明日、二人で買いに行くから!」
……初耳ですけど?
B子「麻里コーデか……まあ、統一感は出るだろうけど……」
D子「特に問題はないと思うよ。ただね…」
………何?二人の反応?
麻里「俺君の変身ぶりにビビるなよw」
顔を見合わす二人…。
………えっ? 何? この反応?
〜〜〜〜〜〜
麻里「実は前から考えてたんだw」
二人で例のバカな帰り道、麻里さんがそんな事言い出した。
俺「衣装の事?」
麻里「うん!俺君改造計画!」
なんかワイドショーで、そんな企画があった気がする……
麻里「ふふーんw 俺君の良さを引き出してやるw」
………ちょっと嬉しかった。
………いや、凄い嬉しかった。
麻里さんは俺の事を考えて、
俺に良かれと思って、色々考えて、
なんか、俺は麻里さんに甘えてばかりだ。
演技の件も、衣装の件も
俺はまるで考えが及ばなかった。
隣でニコニコ笑顔で喋ってる女性。
俺はこの女性に何をしてあげられるんだろう?
また、涙が出てきた…
なんで俺はすぐに泣いてしまうんだろう?
俺は、麻里さんの隣にいるだけ
何もできないし、何も与えられない
悔しい……
麻里さんを喜ばせたい
麻里「ん? えーー? なんで泣いてるの?」
………本当にバカだ。
麻里さん、優しい目をして、
背伸びして、
俺の首に手を伸ばして、抱きしめてくれた。
麻里「……本当に泣き虫なんだからw」
情けなくて、悔しくて、申し訳なくて……
麻里「……あんまり喋ると、また釣られちゃうからw」
麻里「昨日もそうだったけど……その前も、その前もそうだったけどね」
麻里「私、俺君を泣かそうとしてる自覚ないんだよw」
麻里「……実は最近ね、俺君が泣いてるのを見ると嬉しいw もしかしてSっ気があるかもw」
麻里「学校とかで、俺君を囲んでたりする女の子達は、こんな泣き虫な俺君知らないだろ?って思っちゃうw」
麻里「だからね、二人でいる時はいつでも泣いていいよw」
麻里「ただね、今じゃないよ? 落ち着いたら、泣いた理由を教えてね?」
麻里「私が酷いこと言ったなら直さないと行けないし。」
俺「……違い……ま…す…。情け……な…くて…」
これしか言えなかった……
麻里「そうなんだ? じゃあ二人で直そう? ね?」
麻里「辛いんだったら、二人で直そう?」
麻里「ほらw 涙拭いてw」
麻里「ん! はい! 泣きやんだ!」
麻里さんが笑顔をつくってくれる。
そして、手を引いてくれる。
いつか見た光景。
今日は月が出ている。
明日、麻里さんと買い物に行く時、
何かプレゼントしよう。
月を見ながら、そう思った。




